逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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※中国語が「」
 日本語が『』となっております。


IF奈瀬ルート 第十二話から分岐㉜

嫌でも周囲の期待は高まった。なにせ、そんな訳がないと思っていたとしても、今までの時間がそれを否定する。

 

静まり返る大部屋に、胸の鼓動だけが大きく響いている気がした。

 

そうして現れたとある対局に皆は絶句する。

 

そんな皆にヒカルはそうだろうなーというのんきな感想を抱いていた。なにせ、この対局は未来の対局の中でもピカイチで解説が困難であるためパッとみただけで意味不明さが突き抜けている棋譜であるからだ。

 

それもその筈。なんと、AI同士の一戦である。これは当時、九段の解説がついていたにも関わらず、解説不能な箇所が多かった。未来の囲碁界の九段ですらこうだったのだ。これが逆行して過去に来た今、どれほど意味不明なのかは想像に難くない。

 

未来ではディープラーニングの発達で、プロにも3子や4子のハンデで勝つAIが溢れているのだ。ある意味凄い世界になったものだとヒカルは感想を抱いていた。

 

「こ、これは……これは……」

 

二の句が告げることが出来ない王 星(ワン シン)。決して先ほどのヒカルの言葉はビックマウスなんかではなく単なる事実というのを思い知っていた。しかし、どうしても信じられないという顔をしている。

 

ヒカルは苦笑した。確かに時代をぶっ飛ばす棋譜だから予想外だろう。しかし、他ならない中国であるのなら、きっと是が非でも自分達の力にしようと、解説不能だろうが乗り越えてしまうのではないかという期待があるのだ。

 

そしてこれは先ほどの問いかけの答えでもあり、更に楊 海(ヤン ハイ)への挑戦状でもあった。ヒカルとしてはこの棋譜は楊海が一番見て欲しいと思っていたし、相応しいと考えていた。

 

なぜかというと、楊海はPC囲碁開発に情熱を燃やしているからだ。是非とも将来、前人未到の囲碁の変革を自らの力で成し遂げて欲しかった。

 

「神の一手はこの中から生まれる」とパソコンを撫でながら熱く力強く語っていた楊海。

 

新時代への開拓者にちょっとしたご褒美を先取りであげたのだ。この時代では囲碁でコンピューターが人の上に行くのは100年かかると言われていた。しかし、楊海は俺には100年もいらないと自信を持っていたことから断言していた。

 

悠久の歴史を持つ囲碁がパソコンによって広がる未来を誰よりも知っているヒカルが、その可能性をみせてやりたかったのだ。

 

「実在するのか? コレが? 存在して良いのか……?」

 

やっと衝撃から戻ってきた楊海ですら、未だ抱く感情を持て余していた。取り留めのない疑問ばかりが口から溢れる。当然の反応かもしれないが、別次元の囲碁を目の当たりにして混乱が広がっていた。

 

「誰のっ! 誰がこれを打ったんだよ!」

 

楽平(レェピン)が勇敢にも、誰しもが思っても聞くのに怖気づいて聞けなかったことをヒカルにぶつけた。

 

しかし、ヒカルはこの質問の答えに少し迷いを見せる。AI同士の対局と説明しようにもこの時代にそんなものは存在しないからだ。つまり、全てはヒカルの頭の中にある空想に他ならない。

 

ヒカルがちょっとした躊躇している時間、しかし楽平には永遠にも感じられた。普段のおちゃらけた雰囲気は微塵もそこに存在しない。どこまでも真剣な眼差しでヒカルを貫いている。

 

ヒカルが重い口を開く。

 

「そんなに早くネタばらししたのではつまらないです。誰が対局したのか明かす前に、ひとまずは解説を進めようと思うです。聞いて貰えますか?」

「質問には答えてくれるんだよなっ!」

「勿論です」

「ならっ、聞いてやるよ!」

「はい、大人しく聞いてください」

 

偉そうに上から聞いてやると言った楽平であったが、実は好奇心で一杯である。興味津々といった態度が全く隠せてはいなかった。

 

「細かいことを突き詰めていけば幾ら時間があっても不足するです。そのためある程度総合して話します」

 

ヒカルはそう言ってこの恐ろしい対局について語り始めた。

 

「まず布石についても、独自の新しいアイディアが見られていますが、そこでどちらか片方がひけをとっている訳ではなさそうと思います」

「我々が本当に恐ろしいと思うのはそこではありません」

「まァまァ、そう逸らないでください」

 

王星は前のめりになってヒカルの言葉を聞いていた。最初は未知の囲碁の世界を突きつけられた衝撃に耐えるのが精一杯だったのであるが、それが通り過ぎると、大いに興味関心の全てを持って行かれたのだ。

 

「なんといっても見所とは中盤以降の恐ろしい力にあります」

「そうです! そこを詳しく!」

「左辺への侵入、中央でのヨセ。明らかにここで突き放していますね」

「これは……あくまでも憶測になりますが……ここで想像もつかない膨大な量のヨミをこなしているとみました。恐ろしいまでの」

「お見事! まずは流石と言っておきます。次に……─」

 

このAIは、人間が何千年も積み重ねた良い手、良い形のデータを使わずに独学で強くなったという特徴を持っている。アタリに突っ込むレベルから始まり、グチャグチャな碁から打ち続けて強くなった訳なのだ。

 

それでとことん戦闘力を先に身につけたのではないか? というのがヒカルの見解だったりする。つまり、それが最強AIになれたことに関係があるのではないかと思っているのだ。

 

実は人間だって同じことが当てはまる。例え人間であっても、独学で強くなった棋士は、力戦派になることが多い。

 

ヒカルの経験上、抜きん出た強さを持っている棋士は、垢抜けない戦闘力タイプから成長することが多い気がするのだ。これが逆に洗練はされているものの、力強さがないという状態からのスタートだと、ずば抜けた棋士になることは少ない気がしていた。

 

それが良いという訳ではなく、例えどんな棋士でもヒカルは良いし、無限の可能性を持っていると考えているが、そういった傾向もあるのではないか? と考えていたのだ。閑話休題。

 

このAIの根底にあるのは──『圧倒的なまでのヨミの強さ』

これこそが、セオリーを習わずに戦い情報を得てきたからこそ、到達出来たものだと思うのだ。

 

ヒカルは、これがあながち間違っているとは思っていない。しかし、これはあくまでもヒカルの意見だ。もしかすると考え自体が間違っている可能性もある。未だに真相はハッキリとはしていない。

 

だからこそ、コレを中国へとぶつけてみたのだ。ヒカルが出した結論に対してどう打って出るのかが知りたかった。

 

(さて、中国棋院の皆はどうするんだろうな? 俺の意見に同意する? それとも否定する? 俺は、どっちでも大歓迎だぜ!)

 

どんな意見が飛び出してくるのだろうかと心躍らせる。ヒカルがワクワクとした高揚感を味わっていると、ここで楊海から待ったがかかった。

 

「すまない。せっかくの解説なんだが、少し待ってくれないか?」

「別に良いです。しかし、どうしましたか?」

「全て解説される前に、こちら側でもじっくりと意見を交わして検討をさせて欲しい。情けないことに……とてもじゃないが、全てを受け止めきれない。これだと、受け止めるだけで精一杯な状態だ。考える時間が欲しい」

 

ヒカルは一つ頷いた。

 

「それも尤もですね。少しお互いに考える時間を取りましょう」

 

磯部秀樹と奈瀬明日美を見やると、二人はレベルが違いする余りまったくついていけないという顔をしていた。しかし、それでも少しでも理解してやろうという気概はあり、やる気でみなぎっていた。

 

現に今も目をギラギラさせている。一言も聞き逃さない様に聞いており、真剣にヒカルの言葉を待っていたため、ここで時間的猶予が与えられると聞いて肩透かしをくらった表情をみせていた。

 

それからは一旦、日本勢と中国勢に分かれて検討をした。打ったのはAIなので当然ではあるが、この対局を打てる人間は誰一人として──日本のプロ棋士と中国のプロ棋士の中に──存在しないため、話し合いは困難を極めた。

 

誰にも該当者がいない上に、今までに例をみない対局なのだ。誰しもが頭を抱えながら、しかし興奮しながら意見をぶつけ合った。

 

『進藤。これ、白も黒も凄すぎるよ』

『へへっ、だろ? 奈瀬もそう思うよな』

『だけど、凄すぎて本当に人間が打ったなんて思えないくらい』

『(奈瀬、案外鋭い……)ふーん』

『僕としては……どれだけ先の手を読めば、ここまでの領域にたどり着けるのかを考えるだけで、少し怖くなるよ』

 

日本勢も感想を述べつつ、話し合いは進んだ。しかし、ヒカルはズルになるため解説については決して口に出さなかった。とはいえ、二人も自分で考えることを重要視しているため、聞き出そうとはしない。

 

そして、流石にこれ以上長引くとマズイという場面で時間を無理矢理区切った。見れば、誰しもが検討を中断させられて不服そうな表情を隠しもしないことにヒカルは苦笑する。

 

「本当なら、各自とか各グループごとに検討した内容を発表とかしてもらいたいですが、それだとせっかくの我々の対局時間が本当になくなります。それは避けたい。そのため、俺からこれは誰が打ったのかの正解発表と、その後に解説を続けさせて貰いますです」

「「……………………」」

 

周囲は固唾を飲んで見守った。ヒカルの口が開かれる。

 

「この対局は存在しない」

「何を言って?」「ん?」「は?」「え?」「何だと?」「馬鹿な」

 

途端にざわめきが場を満たした。

 

「この対局は、俺の研究成果です。コンピューターが発達し……もしも、AI。人工知能が台頭したならば実現するであろう幻の一局を現代に再現してみたのです」

 

今度こそ誰一人言葉を発せられなかった。絶句するよりほかになかったのだ。

 

これも空想上の一局だという。研究成果と言っていたがどちらにせよ、この進藤ヒカルの頭の中のなかだけに存在する一局。馬鹿な、ふざけていると頭ごなしに罵倒したくなる程に考えられない事実だった。

 

一体、どんな頭脳を持ってすれば、こんな対局を脳内で生み出せるのか末恐ろしくなる。まるで怪物だ。

 

囲碁は二人で打つものである。その果てに、素晴らしい対局が生まれる筈だった。

──しかし、今。その事実は異なるという。異なるということが証明されてしまったのだ。

 

今日は一体何度驚いたか分からない。周囲を襲った衝撃は計り知れないものがある。アマチュアの少年だなんて、この場の誰ひとりが信じられず、信じたくない。

 

中国に送りつけてきた挑戦状は、進藤ヒカルの存在を鮮明にさせ、実力をプロ級と……それも油断していたとはいえ、本因坊のタイトルホルダーを打ち倒す程の実力という認識をしていた。

 

しかし、その認識は訂正しなければならないだろう。何度、上方修正したかは不明だが、より高みにいることは間違いない。もっと認識を改める必要があるのだ。

 

 

無言で皆が顔を見合わせる。これから一体どうなってしまうのか想像がつかなかった。

この解説の後────『王星』と『進藤ヒカル』の対局が待ち受けているのだ。

 

 


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