逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
●奈瀬side
奈瀬は悩んでいた。それはもうずーっとである。ご飯を食べている時も、テレビを見ている時も、お風呂に入っている間もずーっとだ。
ため息ばかりついて母親から心配されたくらいだ。しかし、脳内へ鮮明に碁盤が浮かび上がってしまうのだから仕方ない。
さっき、出会った年下の子──進藤ヒカル。人のことは呼び捨てにするし、口は悪いし。自分は強いとかさらっと言っちゃう位の生意気さもある。
(まぁ、確かに私の詰碁の問題をあっさり解いてしまう位には強いのかもしれないけどさ)
だけど、その進藤から提示された問題を見たとき。正直、目が点になった。だって、分からなかったのだ。
仮にも院生をやっている自分が理解できなかった。詰碁は読みの練習として嫌となる位に散々やってきたのにわからなくて焦って
それにただ、単純に難しいだけだったらこんなに取り憑かれた様に考えなかったかもしれない。何故かこの問題には不思議と魅力があるのだ。人を惹きつけてしまうのだった。
だからこそだろう。どうしてもこの問題を自力で解いてみたいという欲求が湧き上がるのだ。
しかし、ちょっとだけ後悔もしている。ここまで答えが出ないとは予想外だった。あの公園でギブアップしておけば良かったかも……と頭を過ぎり、頭を振る。
何を弱気になっているのだろう。仮にも院生が、あっさりと負けを認めてしまってどうするというのだ。そんなの院生の名折れだ。
時間に
そして、改めて意気込んだ奈瀬は──目覚ましをかけていたものの──そのままベッドに横になりながらマグネット囲碁を眺めていたら寝落ちしてしまったのだった。
◇◆◆◇
日曜日は院生の日だ。日本棋院にやってきた奈瀬は対局までの時間を休憩室の椅子に座りながら過ごしていた。
そのまま真剣にまた例の詰碁について考えていた時だった。奈瀬に声がかけられたのだ。
「おーい!奈瀬どうしたんだよ?スゲー眉間に皺よってんぞ」
「おはよう、奈瀬」
やってきたのは和谷と伊角くんだった。いつもなら、二人と雑談をして過ごす時間も、今日はそんな気分になれない。
「ん、ごめん。ちょっと考え事しててさ。今日はちょっと放っておいて欲しいかも」
「考え事ぉ?奈瀬が?どーしたんだよ?」
「大丈夫か?俺に相談に乗れることなら乗るけど……」
いや、いいに決まっている。なにせ、こんなに激ムズなのだから。それだけ幾ら考えても答えにたどり着かないのだ。一体どこから進藤は問題を引っ張りだして来たのやら。
「あー実はある詰碁の問題、考えてて…」
「はぁ?詰碁……って奈瀬。んなの院生なら解けるだろ?」
「そんなに難しい内容なのか?」
「もーそれが激ムズ。全然わかんなくって……けど、絶対に解いてやるって決めてるんだけど、これが中々……」
「ふーん」
「それ、どんな問題なんだ?少し興味あるよ」
時計をふとみるとまだ対局の時間まで余裕があるみたいだ。それなら相談してみても大丈夫かもしれない。そう考えた奈瀬はカバンからマグネット囲碁を取り出した。
素っ気ない反応だった和谷も、実は気になっていたらしく、徐々に出来る問題を真剣に見つめている。伊角さんは目を少し細めつつも思考に
そうして出来た問題に二人が唸る。確かに難しい問題だというのを理解して貰えたらしい。
(でしょ?ホントまじで難しいんだからね!)
腰に両手を当てながら一緒に問題を覗き込む。暫く時間が経過すると和谷がにっかりと笑って答えた。
「俺、分かった!ここだろ」
「はい、残念ー。ハズレです」
「はぁ?なんでだよ!絶対ここだって」
「奈瀬。俺も知りたい。確実に俺もここだと思う」
二人が見つけた場所は、奈瀬だって考えた。しかし、進藤にあっさりと違うと却下された所でもあるのだ。
「分かる。確かにそこに置きたくなるけど、それは相手の思う壷な訳」
「「……?」」
疑問符を貼り付けている二人に、今度は奈瀬がドヤ顔で説明してやる。すると、二人は凄くショックを受けた顔をした。
よっぽど自信があったに違いない。思わず笑ってしまう位ちょっと間抜けた顔だった。きっと進藤も同じ気持ちだったのかと思うと尚更笑えてくる。
ぶすっとした顔の和谷と少し困り顔をしている伊角さんが印象的だ。
「なぁ、奈瀬。これって正解は?」
「あーそれはね……」
「んだよ。ハズレちまったし、勿体ぶらずに教えろよな。どーせどっかの詰碁集からの問題なんだろ?」
「違う。詰碁集とかじゃないし……答え、無い」
大きく二人が目を見開くのが分かった。その両者が話そうとするのが分かったため、それを
「それが、答えはまだ分からないの」
「なるほどな。だから、悩んでいたのか……」
伊角くんの言葉に頷く奈瀬。それに対して、意外な答えを出したのが和谷だった。
「んじゃあ、誰かから出された問題ってことだろ?つまり、院生への挑戦者って訳か……こりゃー意地でも解かないとだな」
「挑戦者って和谷……」
「だって俺ら院生が解けないなんて格好悪いだろ?ここは何としてでも正しい答えってやつをその出題者にぶつけてギャフンって言わせたいだろ?」
「ハハハ」
「伊角さん。笑ってるみてぇだけど、この出題者。ぜってー性格歪んでるって。こんな複雑な問題……そりゃ、なんか
「確かに…なんかひかれるよな」
「そーだよな。伊角さんもそう思うよな!」
やっぱり、この問題は人を
「おーい!皆、ちょっとこの詰碁見てくれないか?すげー難しくて解けない難問なんだ」
その声に休憩室中に居た院生の皆が瞬時に反応したのが分かった。それも1組、2組関係なくだ。やっぱり皆碁が好きなこともあって、『難しくて解けない』というワードに反応したらしい。
自分なら解ける筈というプライドを大いにくすぐるとか、そういう部分が和谷は凄いと思うものの、きっと本人は無自覚でやっているに違いなかった。
そして、マグネット碁盤の周りに沢山の院生が大集合したのだった。暫くマグネット碁盤を眺めながらああだこうだと言い合う。
「なんだ、こんな問題で苦戦しているの?答えなんて簡単…──」
「おっと、越智。ここだったら違うぜ」
「なっ!和谷。適当なことは言うもんじゃないよ」
「だからちげーって。ほら、そこはだな……」
早速、同じ間違いを繰り返した越智に苦笑する。しかし、それを皮切りに口々に皆が考えを口にする。
「これってどこの詰碁集のやつ?」
「いや、本田さん。それが違うらしいんだ。奈瀬が誰かに出題されたらしいんだ。だから、ここは院生としてのプライドにかけてこの挑戦者を負かしてやろうぜ!」
「そんなのはどうでもいいけど、この程度の問題すら解けない様なら……プロなんて夢のまた夢だね。仕方ないから解いてみせるよ」
「おっ、越智。ノリノリだな」
「フン」
「ねー伊角さん、ここって違うの?」
「あーフク。そこは考えてみたんだけど、違うらしくて……─」
奈瀬も引き続き、考えてみるが皆の熱気が予想以上に凄くてびっくりしてしまう。しかし、それだけこの問題は難しいのに、どうしても解いてみたいと
ただ、時間は待ってはくれなかった。気づけばもう対局する時間ギリギリになっていた。
「皆!考えてくれて、ありがとう!けど、もう時間だから」
奈瀬が声をかけると皆も慌てて我に返る。伊角さんがまとめる様に声をあげた。
「もし、答えを考えるのに参加してくれるなら、昼の休憩の時にもやろう。飯を食って、またここに集合で!」
不思議と否定的な声はなかった。むしろ、皆。乗り気であり、参加する気満々な様だった。そして、昼休みになっても結局は中々解くことができなかった。最終的には終わった後に皆と自主的に残り、最終的な結論を出したのだった。
そして、奈瀬は月曜日。皆の期待を背負って、進藤に正式な回答を叩きつけることとなったのだ。
なにやら、方向性が違ってしまったことに疑問符が浮かぶものの、結局は答えを見つけられてスッキリしている気持ちが勝つ。
そうして、月曜日。ワクワクとした気持ちで進藤が待っているであろう公園へと向かうのだった。再会後は挨拶もそこそこに答え合わせを希望した奈瀬に進藤が苦笑している。ただ、そんなものはどうでもいい。
今はとにかく答え合わせがしたかった。そして、恐る恐る告げた位置に進藤が頷いた。──正解だったのだ!!
しかし、正解して大喜びをしたのも束の間。
「やっぱなァ、アレさ。ちょっとは悩んでたみたいだけど、簡単だっただろ?」
進藤の爆弾発言が飛び出た。
「え?」
「え?」
思わず二人は顔を見合わせたのだった。