Apocrypha転生もの   作:火影みみみ

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Apocrypha転生もの とあるホムンクルスの場合

 それは、たった一つの異分子が原因だった。

 例外に例外を重ね、東欧・ルーマニアにて執り行われた聖杯大戦。

 そう七騎と七騎、そして二人のルーラーを加えた十六ものサーヴァントたちによる血で血を洗う激しい死闘の末、本来ならば大聖杯はとあるホムンクルスの手によって世界の裏側へ持ち去られ、終結するはずであった。

 

 これは人が願いをかなえる物語ではない。

 

 これは何かが狂った物語。

 

 たった一人のマスターと七騎のサーヴァントが加わった、七騎と七騎と七騎の大戦争。

 人並はずれた才能と異界の魂をその身に宿したがために、その渦中放り込まれた一人の少女の物語。

 

 新たに加わる一陣、その勢力の名は『白』。

 

 その身の純真を示す、穢れなき純白の色である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ん……あれ?)

 

 彼女が目を覚ますと、見知らぬ水槽の中にいた。

 ガラス越しに見る風景に容姿が似通った少年少女が大きなガラスの水槽へと閉じ込められている光景を目の当たりにし、自身もまったく同じ状況にあるのだと理解した。

 

(え? うそ!? 何これ何これぇ!?)

 

 当然彼女は混乱し、ガラスをたたくがびくともしない。

 

 一通りたたき終えたところで、ここから脱出できないと悟る。

 

(OK 今私はどこか知らない場所に監禁されていて―しかも全裸―、このガラスは頑丈で私じゃ壊せない、幸いたぶんこの液体ってよく見る培養液みたいなものだと思うから餓死はしないはず、実際私呼吸できてるし)

 

(次にどうして私がこんなところにって話になるけど……駄目ださっぱり思い出せない、友人と居酒屋六軒ハシゴしたところまでは記憶があるけど……ん?)

 

そこまで考えたところで、誰かが近づいてくる気配を感じ、他の彼らと同じように目を瞑り体の力を抜いて、保管されているふりをする。

 彼女の前に現れたのは二人の男性。

 仮面で顔を覆った男と彼を先生と慕う少年。

 

「前のホムンクルスでは失敗でしたね」

 

「では次はこれを使うとしよう」

 

 そう指差した先にいたのは紛れもない彼女。

 使う?と彼女が疑問に思うがその答えはすぐにもたらされる。

 視界の端で何かが動いた。

 どこか似通った人間たちが何かを台車で運んでいる。

 彼らはそれをまるでごみのように扱い、荒々しくそれを積み上げる。

 

 それは、死体だった。

 

 今まさにここに監禁されている彼らと同じ容姿をした死体の山。

 それを確認した瞬間、彼女はすべてを理解した。

 なぜ自分がここにあるのか、ここはどこなのか、そして自分は誰なのか。

 

 二人が去り、演技をやめた彼女は両手で自身の体を抱きしめる。

 

(ああそうだ、ここはルーマニア、ユグドミレニアの居城、黒陣営の拠点じゃないか、そして私は、私はサーヴァントを十全に運用するための生きた電池、いずれは使い捨てられる消耗品のホムンクルスじゃないか!)

 

 それを理解した瞬間、体が震える。

 さっきの仮面の男、アヴィケブロンが言った”使う”とは、文字通り材料に使われるということ。

 このままではすぐそばにまで迫り来る自信の運命を理解した彼女の行動は早かった。

 

(……よし、落ち着いた、ゆっくりと魔術について考えるだけで何をどうしたら魔術が使えるのかがはっきりわかる)

 

 彼女が右手を見れば、そこにはまるで血管のように淡い緑色に光る幾数のラインが浮かび上がっていた。

 

(さすがはホムンクルス、魔術の知識があって助かった)

 

 

 ――理導/開通(シュトラセ/ゲーエン)――

 

 

 彼女がガラスに触れると、触れた部分から幾重にもひびが入り、粉々に砕け散ってしまう。

 

「脱出、成功……ああでも、これは――」

 

 水中にあった浮遊感が消え、彼女の体にひどい倦怠感と重力がその身に圧し掛かる。

 いままで歩いたこともないホムンクルスの体に加え、出力を抑えたとはいえ魔術の行使がその虚弱な体には重すぎる負担となってた。

 

「いそが、ないと」

 

 早く逃げなければ誰かが自分を発見してしまう、そう思って彼女は必死に体を起こし、その場から逃亡する。

 

(外はだめ結界に引っかかる、どこか人目のつかない場所へ、早く!)

 

 力の限り、彼女は歩みを続けた。

 人の気配がすればその身を隠し、遠ざかるまで息を殺した。

 全身を襲う疲労感と倦怠感、まるで体中を何かに蝕まれているかのような痛みに耐え、彼女は進む。

 

(……ここは?)

 

 そうして彼女が到達した場所は、大きな一室だった。

 そこは数日前にユグドミレニアのマスターたちがサーヴァントを召喚した儀式場にほかならない。

 

(最悪、よりにもよってここに出るなんて! こんな目立つところじゃすぐに見つかる、はやく別の場所へ)

 

 そう考え、引き返そうとした彼女の耳に数人がこちらへ向けて駆ける足音が聞こえる。

 

(もうばれたの!? ……仕方ないわね)

 

 彼女は扉を閉め、鍵の一部を魔術で破壊する。

 一時しのぎではあるが、これで少しは時間が稼げると考えたからだ。

 

「はや、く、逃げ!?」

 

 そう踵を返し歩もうとした彼女だったが、すぐに転んでしまう。

 二度にわたる魔術の行使で、もはや彼女の体は限界だった。

 

(こんな、ところで、死にたくない)

 

 その一身で彼女は這いずり進む。

 しかし、彼女が部屋の中央にまでやってきたところで異変が起きた。

 

 儀式場の扉が激しく破壊されたのだ。

 

「まさか、こんなところにいるとはね」

 

 弱弱しく後ろを振り向けば、そこにはホムンクルスを引き連れた二人の男がいる。

 

(本当に最悪、サーヴァント相手じゃもう……)

 

 例え相手が接近戦が苦手なサーヴァントだといっても、人間では太刀打ちないのにホムンクルスのしかも生まれたてで瀕死の彼女が彼相手に逃げ出せる確立はまったくといっていいほどない。

 端的に言うと、詰んでいた。

 

 彼が一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。彼女にはそれがまさに死神の足音のように思えた。

 しかし、

 

(こんな、ところで! 死にたくない!!)

 

 絶望とは程遠い感情が彼女の中に生まれていた。

 

(まだ何もしてないのに、どうして私がここに来たのかもわかってないのに、何もできないまま死にたくない!!)

 

 瀕死の体に鞭を打ち、彼女は必死に前へ進む。

 たとえそれが彼の一歩より劣る距離だったとしても、彼女は前へ前へ前へと腕を動かす。

 

「……これほどまでとはな」

 

 アヴィケブロンは目の前のホムンクルスの行動に驚きを隠せないでいた。

 彼女たちはただ創造主の意のままに作られ、感情なく行動し、そして使い捨てられる運命にあった。それが彼らの存在意義であり、決して変えることのできない宿命でもあったからだ。

 しかし、今そこにいる彼女はどうだ?

 とてもただ消費されるだけのモノにはみえないし、感情がない人形にも思えない。

 体は紛れもない模造品でありながら、今を必死に生きようとする一人の人間のように見えた。

 

 しかし、彼にも諦めることのできない目標がある。

 

 彼の宝具を完成させるための炉心となる素材が必要だった。

 そして、目の前には並みのホムンクルスとは思えない逸材がそこにいる。

 彼女こそ、炉心に相応しい、そう彼は考えた。

 

「君は僕を恨んでくれてかまわない」

 

 彼はホムンクルスに命じて、彼女を捕らえさせる。

 もはや何もできない彼女相手ならこれで十分と考えたからだ。

 

 しかし、そうではなかった。

 

「ああ、あああああああ!!」

 

 もはや感覚さえもわからないはずなのに、もう何も持ち上げる力など残ってはいないはずなのに、彼女はホムンクルスたちの腕を振り払った。

 

「あ、う……あぁ」

 

 再び彼女は逃げ始める。

 今を生きるため、死なないため、彼女は必死に這う。

 

「ホムンクルスが、どうしてここまで――」

 

 アヴィケブロンのマスター、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアは彼女の気迫に気圧されている。

 たかが道具と見下していた物体がこれほどの執念で逃げ出そうとする様など彼は初めて目の当たりにしたからだ。

 

「事実は小説よりも奇なりということだろう、ただ彼女は運が悪かった」

 

 そう言い、今度は彼自身が手を伸ばす。もはやホムンクルスでは荷が重いと考えたからだ。

 

 近づく彼の気配を感じる。

 

(まだ、死にたくない)

 

 腕を動かす。

 

 さらに近くに感じる。

 

(はやく遠くに)

 

 腕を動かす。

 

 もうそばにいる。

 

(まだ腕は動く)

 

 腕を、動かす。

 

 そうして、彼の腕が彼女を捕らえようとしたまさにその時だった。

 

「死にたく、ない」

 

 その一念が、奇跡を呼び起こした。

 

 

 

 

 

「なに?」

 

「そんな、ばかな!?」

 

 異変を感じたアヴィケブロンは咄嗟に後ろに跳ぶ。

 見れば彼女を中心に輝く四つの魔法陣。

 一度使用し、再び書き直すか魔力を込め直さなくては起動不可能なはずの魔法陣が光かがやいている。

 経験のあるロシェならわかる、これは英霊が召喚される前兆なのだと。

 しかし、それはありえない。

 ユグドミレニアのサーヴァントはすべて召喚され、黒陣営の枠はない。

 宣戦布告していくばくか過ぎた時点で赤陣営もすでにサーヴァントの召喚を終えているはずだ。

 時間を与えれば与えるほど自分たちが不利になることは赤陣営もわかりきっているはずなので四騎も未召喚とは考え難い。

 だが、現実にそれは起動している。

 不可能であり非現実的であり、起こりえるはずのない出来事。

 ロシェ自身、今見ているものさえ現実かどうかの区別がつかなかった。信じられずにいた。

 

「くっ」

 

 急ぎ、彼女を確保しようとしたアヴィケブロンだったが、その手を誰かがつかむ。

 

「オーケー、状況はよくわかんねえが、アンタは敵だな」

 

 筋骨隆々で、金髪にサングラスをかけた大男。

 

「ちょっとバーサーカー、そんなことより今はこの子をここから逃がしたほうがいいんじゃないかしら?」

 

「ええ、ひどく衰弱しきっています、このままだと危険だ」

 

 その背後に彼女を抱いた紫色のローブをかぶった女性と、男とも女とも見分けがつかないような長髪のサーヴァント。

 

「うむ! 思い張り切ってみたものの、いざ召喚された途端奏者が死んでしまっては意味がないからな!」

 

 そしてその中央に白いウエディングドレスのような衣装に身を包んだ金髪の美女。

 

 人目見ただけでわかる。

 彼らは人間ではない。そのような矮小な器に収まるモノではない。

 

「四騎のサーヴァント、だって……」

 

 かすれる様な声で、ロシェはつぶやく。

 否定したいが、彼らは紛れもなくサーヴァントだと理解した。

 

「君たちは一体何者だい?」

 

 アヴィケブロンは問う。

 

「うむ! 何者かと問われれば、声高々にこう宣言しよう! 余らは赤でなく、ましてや黒でもない! ウェヌスのごとく美しく、ディアナのような純粋をあらわすその色彩は――」

 

 白、と彼女は宣言する。

 

 これより、七騎と七騎の大戦は三つ巴の大戦へと移り変わり、更なる混迷を深めることとなる。

 

 はたして、彼女を待ち受ける運命は……。




感想で返答したのですが消えていたのでここで、
今回呼び出されたサーヴァントはセイバー・ランサー・キャスター・バーサーカーの四人です。

初期案では全員身長160以下のサーヴァントのみにしようと思いましたがさすがに勝てないのであきらめました

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