続編するとしたらサーヴァントを多分5騎くらいに減らすかも。
それでも十分な気がしてきた。
獅子劫と赤のセイバー”モードレッド”にとってそれらは強敵といえる者ではなかった。
こちらはサーヴァントとマスター、あちらはゴーレムとホムンクルス。実力差は明らかであり、こうなることは当然といえた。
「終わったぞ、マスター」
「応、ご苦労さん」
敵を殲滅し終え、残骸から手がかりを探そうとしたその時であった。
「やぁやぁこんばんわ! こんなところで奇遇ですね~」
獅子劫の人生において、彼が苦手と思う人物ランキングトップ3に入る女の声が背後から聞こえてきた。
「…………」
ゆっくりと煙草を取り出し、火をつける。
大きく息を吸い、毒の煙を肺に充満させ、気分を落ち着けてから振り返った。
「どうしてお前さんがここにいる?」
「驚きました? いやぁ~お恥ずかしいことに、新しい潜伏先にトゥリファスを選んだのですが、ここで聖杯戦争が起こるってつい最近知りまして、避難の準備を続けていたら獅子劫さんを見かけたものですから挨拶でも、と」
獅子劫は彼女のことが嫌いというわけではない。繰り返すが苦手なのだ。
「こいつは何者だ、マスター」
モードレッドが剣を向ける。
兜の下の表情を伺うことは出来ないが、英霊が目の前にいる少女の動きを髪先の動きすら逃さぬように最大限に警戒していることは、マスターである獅子劫には理解できた。
「ああ申し送れました、私の名前は東方幻といいます。獅子劫さんとは何度か取引や共闘をした仲でして」
しかし、それをまるで気づいていないかのように振舞う彼女。
サーヴァント、それもモードレッドほどの英霊が放つ気迫をものともせずに振舞える人間がはたしてどれほどいるだろうか。獅子劫は再び彼女を認め直す。
(前あった時から何も変わってねえ、相変わらず肝が据わってるというか……)
齢15になる少女につけるには物騒すぎる通り名だが、彼女のことを知るものは誰も疑問に思ったりはしない。
それほどまでに、彼女の実力は他の魔術師から隔絶した高みにいるのだから。
立ち振る舞いは歳相応、いや
彼女のことを知らなければただの一般人として見過ごしてしまうほどに、…………いや、知っていても気を抜けば彼女を一般人と誤認してしまいそうになるほどに、彼女は自身の力を表に出さない。並の魔術師ではその偽装を見破ることは出来ないだろう。
しかし獅子劫は知っている。彼女が凄腕の魔術使いということを。
そして、彼女が三度亜種聖杯戦争に参加し、三度とも自身以外の全てを降して勝利をつかんだ聖杯戦争のベテランともいうべき存在だということを。
宝石魔術をはじめ、錬金術、強化魔術、呪術、ルーン魔術、
常に人畜無害を装いながら、一流の魔術師ですら気がついた時には全て彼女の思惑通りに進んでいたことが何度も確認されたことを。
故に、
彼女を知れば知るほどこの怪物の前にした時、自身の首筋に死神の鎌を当てられている錯覚に陥る。
笑顔の裏で何を考えているのかわからず、どんな手段を用いてくるのか予測できず、
だからこそ、獅子劫は彼女が苦手なのだ。
(事前情報にコイツはいなかったから赤側のマスターじゃねえ、黒側が外部から雇い入れた傭兵って線もあるが、……今ここで出てくる理由がない、と思いたいが)
疑惑。
ふと横を見れば慌てた様子でモードレッド相手に彼女と獅子劫の関係や、時折自分の旅の軌跡などを交えて一方的に話している。
剣は既に降ろしているが、これが街中なら間違いなくモードレッドがいたいけな少女を脅しているようにしか見えない。
「それで、結局お前さんはどうしてここにいるんだ? こっちは見ての通り聖杯戦争だが」
見かねて、話を戻す。
嘘かもしれないが彼女がここにいる理由を確認すべきだと獅子劫は考えたからだ。
聖杯戦争の話をしたのも、彼女がこの話に食いつくか否かを判断したかったから。
だが数秒後、彼はこの質問をしたことを後悔することになる。
「ああえっとそのことでですね、……ユグドミレニアが管理するここならいい加減静かに研究できるかと思い、ここに勝手に工房を作らせてもらったのですが、先日こんなものが腕に浮かび上がっちゃって、ここで起きている聖杯戦争と何か関係があるのかと思いまして」
そう言って、右腕をまくる。
暗い夜だったことと彼女が長袖を着ていたことから目立たなかったが、こうもすれば嫌でも解る。
「な!?」
「なんだと!?」
彼女の手の甲から上腕にかけて、とても人一人に与えられる量ではない数の令呪がそこに刻まれていた。
(贋物、じゃねえ、間違いなく本物、……だがこの数は何だ!?)
異常、その一言に尽きる。
令呪は一人のマスターに3画ずつ、これは聖杯戦争のルールであり、それに則るなら腕に刻まれた21画、つまりはサーヴァント7騎分ということになる。
並みの魔術師では間違いなく持て余し、最終的には放棄するか、はたまた奪い殺されるかという劇物。
まず第一に7騎ものサーヴァントを従えられる魔術師なんて存在しない。
外部から魔力を供給する仕掛けでもあれば話は別だが、それでも7騎分の令呪がたった一人に宿るなんて話は聞いたことがない。
また、それら全てが聖杯大戦に参加するための令呪とは限らない。どこかに別の聖杯を用意し、一人だけで聖杯戦争を起こそうとしている可能性もある。
だがしかし、もしそれが、本当に聖杯大戦用の令呪だとしたら?
それではまるで――
(まるで聖杯自体がコイツの勝利を望んでるみたいじゃねえか……)
考えたくない可能性が頭をよぎる。
仮に7騎のサーヴァントを使役可能な魔術師がいたとして、そいつを勝利させたければどうすればいいか?
答えは簡単だ。絶対に勝てるように戦力を傾ければいい。
一人につき一体というルールを曲げ、そいつが使役可能な限界までサーヴァントを召喚させれば自ずと勝率は高まる。合計14騎の、いや、彼女の令呪の分を含めれば21騎の聖杯大戦に参加するサーヴァントの内、三分の一を手中に収めることが出来たらな、それは彼女一人で赤黒両陣営と渡り合えるということを意味し、例えどのようなサーヴァントが召喚されようとも獅子劫たちがこの聖杯大戦で勝利する可能性がグンと縮まったと理解するのに時間は必要なかった。
「あっちィ!?」
何時の間にか火がフィルターまで及んでいたようで、熱さから獅子劫は煙草を離してしまう。
「え!? 大丈夫ですか!?」
「ああ、少し熱傷しただけだ……」
心配そうにこちらを覗き込む彼女。
事実火傷は大したことはないが、獅子劫にとってこれはある意味幸運だったといえる。
(落ち着け、逆に言えばコイツを引き入れれば黒陣営に確実に勝てるってことになる。ならこっちが不利にならない情報を与えて今は敵対しない方がいいはずだ)
不意のアクシデントによって、冷静さを取り戻した獅子劫はそう結論付けた。
「ここの聖杯戦争は聖杯大戦と呼ばれる、通常7騎のサーヴァントの殺し合いが、黒の7騎と赤の7騎の陣営に分かれての全面戦争になっている、赤のマスターは魔術協会から、黒のマスターはユグドミレニアの一族から選抜されてるらしいが、通常3画の令呪が21画もあるところを見るに第三陣営の可能性が高いな」
はわぁ~、と気の抜けた返事をする彼女。
「いきなり7セットも変だと思いましたが、そんなことになっていたのですね~」
繁々と自身の令呪を見つめる彼女。
あたかも今知ったばかりという風を装う彼女に、言い知れぬ不気味さを感じる獅子劫。
「ああそうそう! ついでに聞いておきたいのですけど、そちらの
一瞬、空気が凍った。
何故彼女がモードレッドの性別を知っているかについては問題ない、なにせ先の戦闘を行うまではずっと素顔をさらしたままだったのだら、戦闘前に獅子劫らを目撃していれば解ること。
ただ問題は、モードレッドを女扱いしてしまったこと。
彼女は女性扱いされることを嫌い、一度自身のマスターにも警告しているほどだ。
「…………おい」
焦り、急ぎモードレッドを見るが獅子劫の予想に反して彼女は不動のまま佇んでいた。
いや、よく観察すれば剣をもつ手に力が入っているし、彼女から放たれるプレッシャーのようなものも増していると獅子劫は感じた。
「次にオレを女扱いしてみろ、その時は容赦なくぶった斬るからな」
静かに、けれども強い殺意を込めたその言葉に幻は慌てて謝罪する。
「あややや、これはちょっと失言でしたね、次会うときには気をつけますので! それではーー」
そういってドップラー効果をのこして去っていく彼女。
かくして、トゥリファスにおいて、彼らと彼女の騒がしいファーストコンタクトは終わりを告げたのであった。
《おまけ》
深く、暗い森の中、彼らは互いに対峙する。
一方は生き延びるため、もう片方は捕らえるため。
互いに引けぬ事情がある以上、どちらかが折れるまで戦うしかない。
しかし、そこにはあまりにも理不尽すぎる力の差が存在した。
片や竜殺しの大英雄に対しシャルルマーニュ十二勇士が一人アストルフォ。
片や一流とは行かないまでも高いレベルの錬金術を修める魔術師に対し生まれたてのホムンクルス。
大英雄と英雄、魔術師と虚弱なホムンクルス。この埋めようがない力の差の前に、彼らはどうすることもできない。
「
「な!?
並の人間に致命傷を与える魔術も、このように防がれてしまう。
それどころか自身の道具が反逆してきたことを理解した彼、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアは怒りをあらわにする。
「この! ホムンクルスごときが!!」
彼は本来の命令を忘れ、鉄に変異したその拳を振り上げる。
ホムンクルスの少年はそれを避けない。いや、避ける力すら残っていない。
先の魔術を行使したせいで、もう瀕死の状態だったからだ。
(ああ、死ぬな……)
少年はただ事実だけを受け入れた。
未練はある、彼は生きたくて逃げ出したのだからこんなところで死んでしまうなんて満足できるはずがない。
しかし、彼には何も出来ない。ただ迫ってくるそれを見つめることしか出来なかった。
やがてその拳が彼を貫こうとしたその時だった。
「おっと、それ以上は流石に見逃せないわ」
彼らの前に一人の少女が割り込んで来たのは。
「なに!?」
ゴルドは驚く。
いきなり目の前に少女が現れたこともそうだが、何よりも自身が渾身の一撃と確信したそれを片手で受け止められたのだから。
「こんな夜更けに幼気な少年をいじめるなんて、たとえお天道様が許しても、この私が許しません!」
月明かりが彼女を照らす。
それはまるで月が彼女を祝福するかの様に美しく、幻想的に彼女を包み込む。
「アーチャー、そっちはお願い」
「了解じゃ、任せておれ」
ジークフリートとアストルフォの前に軍服の少女が姿を現す。
「すぐ終わるからの、そこから一歩も動かぬ方がよいぞ」
そう言うアーチャーの背後の空間が歪み、数多の火縄銃が姿を表す。
その全てが装填、点火済みであり、彼女の指示一つで一斉に発射されることは容易に想像できた。
「さて……ちょっと大人しくしてくれる?」
幻はゴルドに静かに言う。
「何だ、と…………」
小娘にバカにされた怒りから彼女を怒鳴り付けようとして、彼は見てしまった。
常闇の深淵へ続くかのような、深く暗いその瞳を。
それを見てしまった途端、思わず腕を引き、彼女から距離をとる。
それは全てを呑み込まんとする闇、底無しの黒。まるで自身すらもそれに包まれたかのような錯覚に、ゴルドは自身の体を抱きしめることで確かに自分がここに存在することで自分の存在を再認識する。
「良かった、話が早くて助かります」
彼女はそう言い、笑う。
まるでゴルド自身が自分から納得して彼女に譲ったかのように。
事実はそんな生易しいものではない。
哀れにも彼は瞳を通して覗いてしまったのだ。
彼女の実力、その一端を。
普段の彼女にそのような兆しはない。事実何度か彼女と接触した獅子劫はゴルドのような恐慌状態に陥ったことなど一度もない。
ただ、彼女の精神が不安定になった時、例えるなら怒った時や悲しんだ時などに、彼女が無意識にしている枷が
その緩みから漏れた力の一端が、彼女の怒りの先、つまりはゴルドに視線という形で叩きつけられ強制的に彼女の凶悪さを理解させられたということになる。
(あれは、何だ!? 今まで出会ったどいつとも違う、ダーニックと対面した時ですらこんな風にはならなかった……)
体が震える、何時の間にか変成していた腕が元に戻り、全身に冷や汗が止まらない。
「えっと、ふむふむ、これは……」
治癒魔術をかけながら、ホムンクルスの分析を進める彼女。
無防備なその背中にゴルドの魔術を一撃でも見舞えば勝敗は決する。……いや、
(無理だ! そんなのできるわけがない!!)
もはやゴルドに戦意など残ってはいなかった。
初めて対面した自身の力の全てをもってしても絶対に勝つことの出来ない相手、同じ魔術師なのかも怪しい怪物。
これと比べるならばまだ時計塔のロードやダーニックの方がまだ人間らしいと彼は感じた。
相対的に自身の弱さ、矮小さを痛感させられる。
まるで天に聳える大樹と自身の大きさを比べるかのようなもの。比較にもならない。
「うーん、ここで助けても後2・3年の命……、ならこれの出番かな?」
彼女はポケットを探り、そして小さな石のようなものを取り出す。
そして何を思ったのかそれを。
「はーい、あーんしてねー」
おもむろにホムンクルスに飲ませた。
飲み込んだ途端、少年に走る魔術回路が溢れんばかりの光を放つと同時に苦しみ始める。
「ちょ!? 何してんのさ君!?」
この凶行に見守っていたアストルフォも驚愕である。
「ん? ちょっとこの子、体のあちこちが弱すぎて話にならないから中から強化してるだけよ」
「ちなみに、何を飲ませたんじゃ?」
「賢者の石の失敗作」
ほう、とアーチャーが感嘆の吐息を洩らす。
賢者の石とは錬金術に伝わる伝説上の魔石。
それを用いれば万病はたちまち消え去り、不老不死すらも可能とする伝説上の代物である。
「まあ、失敗作だからせいぜい寿命をやや延ばすくらいにしか使えないし、不老不死にもなれない、……ちょっと死ににくくはなるけど」
なお、やや延ばすと言っているがそれは彼女の主観であり、彼女の言う"やや"とはおおよそ30年程度ということに本人も含め誰も気が付いていない。
「さて、あとはこの子の今後をどうすべきなのかな?」
振り返り、黒陣営の者達へ問う。
「このまま返すのは論外だし、やっぱりウチが保護したほうがいい? そこんところどう思う、黒のライダーさんとセイバーさん?」
あえてゴルドを無視する。彼は魔術師なのだからこの子を渡してしまえば碌な目にあわないことは自明の理だったからだ。
「……」
ジークフリートは答えない。
自身のマスターから喋るなと命じられているからか、それともそれに対する答えを持たないからか。もしくはその子の命を奪いかけた罪悪感でも抱いているのだろうか、それは誰にもわからない。
「えっと、できれば安全なところに連れ出して守って欲しいな、聖杯大戦が終わるまでの間でいいから」
アストルフォはそう答える。
初めて会った人間にこういうことを頼むのは一般的に考えておかしいのだろうが、ホムンクルスを救ったことと彼の勘が幻を信用できると告げていた。
「なら決まりかな、……よいしょっと」
ホムンクルスの少年を背負い、彼らに背を向ける。
アーチャーも何時の間にか鉄砲を収め、彼女のすぐそばに佇んでいる。
「じゃ、近いうちに会うことになるけど、今夜はこれにて御免!」
身体強化の魔術を使い、15歳とは思えぬ速さで森の奥へ消えていく。
後には心が限界を向かえて気絶したゴルドと、二人のサーヴァントだけが残されていた。
・よくわかる人物関係。
東方 幻
→獅子劫「頼りになる先輩魔術師、なかよくしたい」
→モードレッド「ちょっと怖いけど悪い人じゃなさそう」
→ゴルド「魔術師にしては性格が普通よりの人、誰か先導してくれる人がいるといいな」
獅子劫 →幻「死徒を相手にしたほうがまだまし」
モードレッド →幻「例えるなら外見はガレスだが中身は得体の知れない何か、斬りたい」
ゴルド →幻「マジ無理、視界に入れたくもない」
・よくわかる東方 幻について
例えるなら自分を孫○飯位いの強さだと思い込んでいるが、実際はブ○リー位いやばい、
もしくは自分をぐだ子だと思い込んでいるリヨぐだ子。
自分はちゃんと普通に振る舞えてるつもりでも、周りから見ればホッキョクグマがアザラシの子供を可愛がろうとしてうっかり首の骨をへし折ったりするような感じに近い。