ーー総武高 駐輪場
「お久しぶりです。比企谷先輩。お変わりありませんか?」
「…瀬谷、なんでお前がここにいる。どこぞの強豪高に行かなかったのか」
「…ええ。勿論最初はそのつもりでしたよ。ですが交通事故に遭ってしまい推薦が取り消されたんです。最初は悔しくてたまりませんでしたがその反動か逆に俺が倒してやろうと思いまして強豪高には行かず普通の高校に行きました。総武高に来たのはまぁ偏差値も高くて家が近いからっていう適当な理由ですけどね」
…そう言えば教室で大岡が強豪シニア出身の1年生が入ったって言ってたな…瀬谷のことだったのか。
そう。何を隠そうこの瀬谷という人物は俺のシニア時代の後輩にあたる。
瀬谷康二郎
右投げ左打ち
ポジションはキャッチャー
上背はそこまでないが決して小さいわけでもない。ちゃんと筋肉もあり力がある。
バッティングスタイルはいわゆる中距離ヒッター。ホームランは決して多くはないがバットコントロールに長けており、外野の間を抜くことが得意。
キャッチャーとしても優秀であり、強気なリードでピッチャーを引っ張っていく。肩はキャッチャーとしては普通だがボールを取ってから投げるまでが早く、コントロールも抜群に良い。
と野球選手としてとても優秀な人物だ。それだけに強豪高に行かなかったのは大きな損失だろう。まぁ瀬谷は逆境であるほど力を発揮するからもしかしたら本人は言うほどショックを受けてないかもしれない。
「比企谷先輩は野球部に入らなかったんですね…。やっぱりあの準決勝が理由ですか?あれは先輩のせいじゃありませんよ。それに野球選手であれば誰もが経験することです。誰も先輩を責めてなんかいませんよ」
違う。違うんだ瀬谷。
「違うだよ瀬谷。確かに最初は責任を感じてたさ。だけど今はそんなに気にしてないよ。もっと違うことなんだ。俺は今までどんなことでも負け続けてきた。だけど野球に出会ってからはこの野球だけは絶対誰にも負けないと思ってやってきたさ。そう思うだけの実力もつけたつもりだ。だけどあの試合でその自信が粉々に砕けたよ。野球だけは負けたくなくて必死に必死に努力したが結局は負けてしまった。だからもう俺は勝とうとしない。負け続けていい。もう期待して裏切られるのはごめんだ。…すまんな瀬谷。もうお前の知ってる俺はいないんだ」
…自分がいやになる。後輩に心配をかけて、なおかつたった今後輩が語った目標を遠回しに否定してしまった。本当にクズな人間だ。
「……そうですか。生意気言ってすみませんでした。先輩がそう思うのでしたら俺から言うことは何もないです」
「そうか…。悪いな」
「…いえ。大岡主将には比企谷先輩が野球をやっていたことは話してないですので安心してください」
「…助かるよ」
「はい。では僕は先にグラウンドに行ってますね。今日はよろしくお願いします」
「ああ」
…これは嫌われたかな。瀬谷はシニアの時俺に懐いてくれてたから、ちょっとくるものがあるな。まぁ自業自得だか…。
…俺も向かうか。
ーー総武高 グラウンド
俺がボール止めネットをくぐってグラウンドに入るとすでに雪ノ下と由比ヶ浜がいた。
「あっ!ヒッキー来た!こっちだよヒッキー!」
「あら。本当ね。暑さのせいか知らないけど顔が引きつってるわよ比企谷君」
「確かに暑さのせいもあるが由比ヶ浜が暑苦しすぎて顔が引きつるだけだ。てかなんで由比ヶ浜はそんなに元気なんだよ…」
…やっぱりアホの子だから暑さに鈍いんだろうか
「いやー実は私結構野球好きなんだよね!お父さんがよく家で野球見てるから私も一緒に見てるうちにはまっちゃった!」
「由比ヶ浜さんが野球が好きなのはちょっと意外ね。私は最低限のルールは知ってるつもりだけどあんまり専門用語とかわからないわね」
野球に興味なきゃそんなもんだろ。俺も野球以外のスポーツの細かいルールとか知らんし。
「じゃあ私が教えてあげるよゆきのん!」
「そう?ふふ。じゃあお願いしようかしら」
「うんうん!泥舟に乗ったつもりで私に任せて!」
「由比ヶ浜さん…それじゃあ任せられないわ…」
やっぱり由比ヶ浜は由比ヶ浜だな…。
まぁでもちょっとだけ心に余裕ができたわ。サンキュー由比ヶ浜。
「おっ!奉仕部のみなさん来てくれたか」
「ええ。今日は私達は給水係などに徹するわ。比企谷君を今日はよろしくお願いするわ」
「ああ!こちらこそよろしく!特に比企谷はよろしく!」
「俺は立ってるだけだからそんな大変じゃないけどな。まぁよろしく頼む」
「おけおけ!じゃあ他の部員達を紹介するよ!」
2.3分後に部員が集まり一列に並んで行く。
「整列!」
『おーし!』
「今日一日お世話になる奉仕部のみなさんだ!野球については素人だから俺らでフォローするぞ!よし。じゃあ。よろしくお願いします!」
『よろしくお願いします!』
あーこの感じ懐かしいな。まさに野球部って感じだな。
「よし!じゃあ俺らは準備運動してくるから結衣達は日陰のあるところでゆっくりしててくれ。頼みたいことができたら言うよ。比企谷は準備運動に参加するか?」
「いや俺はいいよ。適当に準備運動しとくわ」
「そうか。了解した。怪我しないようにしっかり準備運動しといてくれよ!」
「おう」
「おし!じゃあこっちも準備運動するぞ!ランニング!」
『おーし!!』
元気なこった…。
そういえば今日戦う山武高校ってのはどんな高校なんだ?
「雪ノ下。お前今日戦う山武高校ってどんな高校か知ってたりする?」
「ええ。私達はやることが少ないから昨日のうちに調べておいたわ。山武高校は大会結果を見る限り中堅高って感じかしらね一回戦や二回戦ではあまり負けないけど二回戦を超えると負けが目立つわね」
「じゃあうちよりは格上なんだな。人数も足りねぇのに大丈夫かよ…」
まぁ別に今日は勝つことが目的ではないからいいのか。勝つにこしたことはないが…。
準備運動中のやつらを見てみると線の細いやつは多いがちらほらガタイがいいやつもいるな。とそんなことを考えていると…
『失礼します!!』
来たか。
『よろしくお願いします!!』
山武高校のご登場だ。
ーー試合開始10分前
「主将!」
メンバー表の交換と先攻後攻を決めるために主将が審判に呼ばれる。
「総武さん。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします!」
ガッシリと握手をする。
「それにしても今日は人数が少ないですね。何かあったんですか?」
「いやーお恥ずかしい話いろいろあって3年生の先輩が辞めてしまいまして人数がギリギリなんですよ〜」
「それはそれは…。大変でしょうに。まぁ今日はお互いにいい試合しましょう!」
「はい!」
ーー
「後攻!」
『おーし!』
後攻か…じゃあこっちがジャンケンに勝ったんだろうな。
野球では基本後攻側が有利と言われている。もし最終回まで接戦できてしまった場合、後攻であれば最終回に点を取られてもその裏に点を取りかえせばいいと心に余裕が少し持てるからだ。しかし先攻の場合最終回までいってしまうと常にサヨナラ負けの危険性を感じてしまう。そうなるとどうしてもいつも通りの力を発揮できないことがあるのだ。
「おし!今日までいろいろあったけど試合をやるからには絶対勝つぞ!」
『おう!』
「整列!」
審判が整列の号令をかける。
「集合!」
『おーし!!』
両チームが審判の前で整列をする。
比企谷八幡にとって約3年振りの試合が今始まる。
「これから総武高校対山武高校の試合を始めます!礼!」
『お願いします!!』