今回から「アイドルマスターシャイニーカラーズ」の新しいお話を投稿させていただきます。
私の一番大好きなキャラである三峰結華とプロデューサーの物語となります。
どうか楽しんでいただければ幸いです。
アイドル―という言葉がある。
元の語源はラテン語の『偶像崇拝』から来ている、などということをこの仕事を始める前にネットかなんかで見かけたような気がする。
それが時代の流れとともに少しずつ変化をしていき、今はテレビや舞台で活躍する若い女性を差すようになった。
学生時代の俺はキラキラとした世界で活躍するそんなアイドルにたくさんの元気や夢を貰ったような気がする。そんな彼女たちに憧れてこの仕事についてからもう5年が経とうとしていた。
「……ごめん、はづきちゃん。ちょっとまだ事務所の方には帰れそうにない」
「そうですか。天気予報、この後雨だって言ってるみたいなのでお体冷やさないように気を付けてくださいね」
「わかった、ありがとう」
外回りを始めてから既に8時間以上経過していた。アルバイトの事務員との簡単な通話を終え、役目を終えたスマートフォンをスーツの尻ポケットへと入れると今にも泣きだしそうな東京の空がふと目に入った。
「結局今日も成果無し……か。俺の人生もこのまま何も出来ずに下り坂なのかねぇ……」
滲んだ汗のせいで張り付いたシャツについ嫌気が差して愚痴が零れる。
都会の眩しさから隠れるように身を寄せた軒先は自販機の静かな駆動音だけが響き渡り、カラフルなパッケージの煙草とジュースを照らす灯りだけが薄暗くなりはじめた路地裏に寂しく光を灯していた。
せっかく拾ってもらった縁だからと惰性で勤めているこの会社もそろそろ2年を過ぎようとしていた。一番星はおろか星一つ見つけることができない夜空にふと地元の星を思い出し恋しくなる。
左腕に付けた腕時計は18時を半分過ぎたところを告げようとしていた。働き出して初めて貰った給料で買ったその時計もベルトの部分がくたくたになって、まるで今の自分を見ているようだった。
気づけば頭の上ではぽつりぽつりと雨粒がナイロンを叩く音が響いてきた。
「雨降る前には事務所には戻るつもりだったんだけどな……」
はづきちゃんから電話口で聞いたとおりに雨が降り出してきた。灰色だったアスファルトも少しずつ黒い面積を増やしていき、落ちて居場所を無くした雨が革靴のつま先に跳ね返ってきた。
その姿に今の仕事に縋っているだけの自分をふと重ねてしまってまた嫌気が差す。
そういえばさっきから何かに自分を重ねてばっかりだ。
「うひゃぁ……ついに降って来ちゃったかぁ……参ったなぁ」
ふと暗い感情ばかりふつりふつりと湧きだす思考を打ち消す声が耳に入る。どうやら気づかないうちに隣に人が来ていたらしい。
「ポスター無事でよかったぁ……。」
俺の隣には、一人の少女が居た。
雨で濡れた眼鏡のレンズをどこからか取り出した小さな布で拭いつつ被っていた帽子を自身のカバンに彼女は仕舞い込んだ。
帽子の下から現れた二つに束ねられた黒髪は突然の雨で濡れたせいか彼女の人懐っこそうな表情にちょっとした大人の色香をアクセントとして付け加えている。
別に俺は女性を眺めてあーだこーだと評価するような趣味はない。所謂職業病という奴だと自分では考えている。
「缶バッチって錆びたりするのかなぁ……そしたらショックだなぁ」
彼女は今カバンにこれでもかと付けられた缶バッチを先ほどの布で拭っていた。あれ、あの缶バッジって―
「大丈夫ですよ。今どきの缶バッジはスチール製に防錆加工してあるものが多いですから。そうそう錆びたりしません」
思わずそう声を掛けてしまった。きっとこれも先ほどまでの鬱屈した気分のせいか、見覚えのある缶バッジのせいだ。
「本当ですかっ!?」
「ええ、だから安心してください」
「よかったぁ……。これ限定品なんですよっ!」
「知ってますよ」
―だってそのグッズは俺の企画したものだから。そのグッズをあいつが小さなライブハウスで手売りしていた後ろに俺が居たんだぞ、なんて言葉が思わず続いてしまいそうになる。そんなこと口が裂けても言えないのにな。
俺の言葉にホッとしたのか思わぬ雨宿りを共にすることになった彼女は今は安堵の表情を浮かべている。そんな顔をされてしまったら俺の時間も無駄じゃなかったんだなって思えてしまってついこちらも口元が緩んでしまう。
「ほんとにアイドルが好きなんだな」
「……ん?もしかしてバレバレでしたっ!?」
口に出したつもりはなかったのだがどうやら声に出てしまっていたらしい。
「そりゃ缶バッジ眺めながらそんな表情をされたら気づきますよ。それにカバンだけじゃなくて帽子にも何個か見受けられましたし。隠す気はあまりないのでは?」
「別に恥じることをしているつもりは私にはありませんので!」
ニカッ、なんて効果音が今にも聞こえそうな表情で彼女は笑う。
アイドルが好き……。アイドルが好き……かぁ。
「もしかしてお兄さんもそっちの口だったりします?」
「昔ちょっと……」
「いいですよねアイドルっ!私大好きなんです!キラキラしてて、眩しくて、見てるだけで元気や夢が貰えるんです!」
元気や夢……そういや昔の俺もそんなものを貰った気がする。今はどこに置き忘れてしまったのか俺の中のキラキラは今の夜空の星のように真っ黒な雲の中だった。
「お兄さんは推しのアイドルが居たりしたんですか!?」
「765プロさんのライブにはよく行ったよ。それと、346プロさんにもね」
「いいですよねー!765に346!私765のシアターの常連なんですよ!……それにしても事務所名にさん付けなんて仰々しいですね」
「はは……好きすぎて呼び捨てなんて恐れ多いから、が理由じゃダメだろうか?」
上手く誤魔化せただろうか。同業他社だからなんて初対面の人間にほいほい口にする言葉でもないしな。
「尊くて恐れ多いっ!その気持ち三峰よぉくわかりますよ!あぁーアイドルの話してたらまたライブに行きたくなっちゃいました!」
「俺はもう2年ほど行ってないな」
それまでは毎日のように舞台袖から眺めていたのにな。
「お兄さんも久しぶりに行きましょうよ!楽しいですよ!お星様みたいにキラキラしていて素敵ですよ!ほら、まるで今の天気みたいで」
ふと、隣の彼女が空を見上げた。
既に雨は上がっていて雲の隙間からは僅かな星が見て取れた。さすがに東京の空じゃ少ししか視認できないのが残念だ。
「ね!ワクワクしません?」
そう言いながらこちらに笑いかける彼女は、今の星空の何倍も魅力的だった。どこぞの誰かが言ったティンと来たって奴なのかもしれない。地元の星空が恋しいなんて思ってしまった数十分前の自分をぶん殴ってやりたい。彼女ならきっと地元の星空よりも奇麗な星になってくれるはずだ。
その時、ふとスーツのポケットが静かに震えた。
「ごめん、ちょっと電話だ」
「え、ええ。どうぞ……?」
なぜ自分に許可を求めたのか、と疑問を浮かべる表情をよそに通話ボタンを押し携帯を耳に押し当てる。
「お疲れ様ですプロデューサーさん」
「お疲れはづきちゃん」
「あの……まだ戻ってこれそうにないですか?」
さっきぶりに聞く電話越しの彼女の声は前回の電話よりも少々疲れているように聞こえる。
「もしかしてもう事務所に居るのはづきちゃんだけ?」
「ええ、灯織ちゃんや恋鐘ちゃん、それに社長も帰っちゃいました。私もそろそろ帰りたいです。一応言っとくと私ただのアルバイトなので……」
「そ、それは悪いっ、すぐ帰るからあとちょっとだけ頼むっ!」
「わかりましたー。それと、私事務所の向かいのコンビニの抹茶ラテが最近のトレンドなんです」
「……買っていきます」
電話を切る直前にチョコも要求されたような気がするけれど聞かなかったことにする。っていうかそろそろうちも事務員くらい増やしたらいいのに……。いくら新鋭の事務所だといっても裏方3人で回るようなもんじゃないだろうに。
改めて感じる自分の会社のブラック具合に思わずため息が出てしまう。まぁ、拾ってもらった手前そんなこと言えるわけもないのだけれど。自分はいいけれど流石にはづきちゃんに負担がかかる現状は良くないな。
「溜息をつくと幸せが逃げますよ?」
「……もうとっくに逃げちゃってるかもな」
気が付けば隣の少女が覗き込むようにこちらの様子を伺っていた。
「こんな美少女と二人っきりで貴重な時間を過ごしておいて幸せじゃないとか贅沢ですね」
「自分で言うかそれ」
「確かに。アイドルなんて可愛い子ばっかりですもんねー」
「君も充分可愛いと思うけどな」
「それ、新手のナンパですか?」
気づけば俺の堅苦しい敬語はいつの間にか消え去ってしまっていた。うーん、彼女の親しみやすさに当てられてしまったのだろうか。
「……そうかもしれないな」
「えっ!?マジなんですかっ!?」
「はい、とりあえずこれだけ渡しとくな」
カバンの中から名刺を一枚取り出すとさりげなく彼女の前でちらつかせる。
「なんの紙ですか?もしかして電話番号渡されちゃう系!?」
「まぁ、間違ってないかもな。もし君が今の世界からもう一歩踏み出すきっかけが欲しいと思っているのならそこに来てくれ」
「……283プロダクション?」
「そ。俺、そこでアイドルのプロデューサーやってるんだ。まだまだ未熟者だけどな。それじゃあアポなしでいつ来てくれてもいいから考えといてくれると嬉しい。それじゃあまた会えることを期待しとくよ」
「ちょ、ちょっと話が見えないんだけどっ!」
一歩踏み出すきっかけが欲しかったのは彼女じゃなくて俺自身なんだろう。半ば名刺を押し付けるようにしてその場を後にすると肩で風を切るように事務所への道を目指す。
先ほどまで重苦しかったカバンが今は妙に軽く感じるのはきっと名刺一枚分軽くなったからって訳じゃない。まぁ、もしそんなことがわかる奴がいるとしたらきっと体内に精密機械かなんかでも飼ってるんじゃないだろうか。
駅前の大型ディスプレイやビル上の看板、たくさんのアイドル達に見下ろされるように過ごしていたその場所が前より窮屈に感じなくなったのはきっとさっきより輝いている夜空のせいにしておこう。
そんなことがあった翌日、午後の書類仕事に打ち込んでいた俺の元に、はづきちゃんが恐る恐るやってきた。
「プロデューサーさん、お客様がいらっしゃってます」
「お客様?今日はそんな予定はなかったはずだけど……」
「その子、プロデューサーさんの名刺を持ってましたよ」
名刺……そのワードで最近のスカウトでことごとく名刺を突き返されたことを思い出し沈んだ気分になる。今どき街中で「アイドルに興味はありませんか?」なんていきなり声を掛けてくる奴なんて不信感が看板背負って歩いているようなものだ。
そんな苦い思い出の中で名刺を受け取ってくれた人物なんて……いるじゃないか。受け取ってくれたというには語弊があるかもしれないが。まさか昨日の今日で訪ねて来るとは。
「すまん、待たせた」
「いつ来てくれてもよかったんじゃないの?」
「悪いな、新しく所属する子用の書類を作ってたんだ」
「あれ?昨日のお兄さんの様子じゃスカウトは上手くいってなかったんじゃないの?」
気丈に振舞っていたつもりだったが目の前の彼女にはどうやら昨日の俺の様子はバレバレだったようだ。
「よく見てるんだな。というかそういう喋り方の方が素なのか?」
「ふふん~三峰、こう見えてもそういうことは得意なので。それに、喋り方はそっちも一緒でしょう?」
「俺は途中から崩れてたからいいんだよ。それよりもその様子だと誰用の書類なのかももうお見通しなんじゃないか?」
もちろん完全に期待していたわけじゃない。そうなればいいな、なんてきっかけが欲しかっただけだった。それと同時にこれがダメだったらもう全てを諦めよう。そんな想いを胸に秘めながら。俺は彼女へと視線を向ける。
「ようこそ283プロダクションへ。俺が君の担当プロデューサーだ。一緒に、アイドルの星を目指そう」
「もちろん。三峰結華19歳。三峰が理想のアイドルになれるまで、今後ともヨロシクね、プロデューサー!」
ということで第一話でした。
アイドルマスターが好き、アイドルが好きという方に何か残せる物語が書ければなと考えております。
不定期の更新になりますが引き続きよろしくお願いします。
また、気を付けてはおりますがもし誤字脱字等見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
併せてご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでよろしくお願いします。