いちばんぼしを追いかけて   作:くまたろうさん

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新しいお話です。今回もよろしくお願いいたします。


進め、他が為に我が為に

「あら、灯織たい。こがんとこでどがんしたとね」

 

 ある休日の午後、ダンススタジオの隅で一人考え事をしていた私に聞き慣れた声が飛んできた。

 

「恋鐘さん……」

「はい、恋鐘さんたい!」

 

 そう言ってこちらに笑いかけてくる恋鐘さんは見慣れたジャージに身に包み、こちらも見慣れた笑顔で私の元へと歩いてくる。

 

「で、なんか落ち込んどるごたーけど、なんかあったと?」

 

 ここ数日、プロデューサーから唐突に出された課題に私はずっと頭を悩ませていた。

 

「あー、実はプロデューサーから課題を出されてて……。それで行き詰ってた最中だったんです」

 

 素直に課題の中身を行ってしまおうかという気持ちを押しとどめるかのように、私の口についたのは何となく濁したそんな言葉だった。

 別に嘘を言った訳じゃないし、さっきまで振り付けを確認していたのだって本当だ。

 

「課題ねぇ。この前のライブで気になることでもあったね?」

「ま、まぁ、思うところがありまして……」

 

 我ながら随分と思わせぶりなセリフだ。これじゃあ気づいてくれと言ってるようなもんだ。

 

「なるほどねぇ……。プロデューサーはなんて言いよったね」

 

 うーん、流石我が事務所のお姉さん枠。既にプロデューサーに相談していることは予測済みか。

 お姉さんと言えば、結華さんも年上と言えば年上だけど……。あの人はあれだ、年上のおともだちみたいなものだから。うん。

 

「プロデューサーは私への課題だって言ってました。他には何も教えてくれなくて……」

「なるほど。プロデューサーはそがん風にしたとねぇ」

 

 そういう風に?いったいどういうことなんだろう。

 

「そんない、うちから特に言うことはなかごたーね」

 

 そういうと恋鐘さんはそそくさと持っていた荷物をダンスルームの隅に置いてストレッチを始めてしまった。

 

「灯織もまだ踊るね?」

 

 座り込んで前に倒した上半身越しにこちらに声を掛ける恋鐘さん。その状態だと彼女のアピールポイントでもあるその豊かな胸が押し潰されて女性の私でもついついそちらに目が行ってしまう。

 

「は、はいっ!」

 

 そんな邪な視線がバレないようにと焦った私は自分でも思った以上の声を上げてしまった。

 

「……なんか知らんけど元気のあることは良かことたい」

 

 違うんです。誤解なんです。全てあなたの胸が悪いんです。

 

 そんな私の恋鐘さんとの自主練習は、プロデューサーから出された課題と私の横で揺れる恋鐘さんの胸が気になって全く思う様にはいかなかった。

 

 

 

 

 

「あら、ひおりんどしたのこんなところで」

 

 とある日曜の午後、事務所の扉を開けた私の目に飛び込んできたのは事務所の備え付けのソファーに深く沈み込むひおりんこと風野灯織だった。

 

「ゆ、結華さん……む、胸が……」

「むね!?」

 

 私の名前を呼びながら苦しそうに呻き声を上げるひおりん。

 

「胸がどうしたの!?胸が痛いの!?救急車呼ぶ……!?」

 

 ど、どうしよう。辺りを見回してもこんな時に頼りになりそうなはづきさんも頼りになるか分からないPタンも居ないし……。救急車ってどうやって呼ぶんだっけっ。

 

「いえ、違うんです。恋鐘さんの胸が……」

「こがたんの胸がどうしたの!?ついに重力に逆らえなくて零れ落ちちゃったの!?勿体ないからどこに落ちてるか教えて!」

 

 新鮮なうちに私のおっぱいに足さなきゃ!

 

「だから、違うんですっ」

 

 ぽつりぽつりと少しずつ事のあらましをしゃべり始めるひおりん。

 

「それは壮絶な自主練習だったね……」

「はい、神様は改めて私たちに理不尽だということを思い知りました」

「さりげなく私も含めていくひおりん嫌いじゃないよ」

「あ……」

 

 うん、三峰の耳はばっちり今の発言録音済みだからね。先ほどの謝罪としてこがたんの胸、ひおりんが見つけたらちょっとだけ分けてもらおう。

 

「それにしても休日まで自主練とは流石熱心なひおりんらしいなぁ。お姉さんも見習わなきゃ」

 

 全く、この子のストイックさは誰譲りなんだろうか。

 

「そんな結華さんもちゃんと事務所に顔出してるじゃないですか」

 

 あら、珍しいひおりんのジト目。アイドルのジト目貰えるとか役得にも程があるのではー!って私もアイドルだったわ。

 

「私はほら、この後4時から打ち合わせだから」

 

 時計を見ると3時を半分過ぎたところ。約束の時間まではもうちょっとある。

 

「なるほど。今日は何してたんですか?」

「何々、三峰の生態が気になっちゃう感じー?」

「……ただの世間話として振っただけですっ」

 

 こうやって弄るとすぐに拗ねちゃうところも可愛いんだよねぇ。はづきさんも良くひおりんのことをこうやって弄ってたりしてるし。

 ま、本人はそんな風にして遊ばれてることを自覚してるみたいだし、さっきの台詞を言い終わった後にすこしニヤついているところを見れば今回もわかってやっているんだろう。

 

「全く、愛い奴めぇ!」

「ちょ、急に頭を撫でるのはやめてくださいよ!」

 

 うーん、言われてもやめてあーげないっと。

 

「おはようございまーす」

 

 このままじゃわしゃわしゃがいつまでも留まることを知らない。そんな私が止め時を見失いそうなそんな時、間延びした情けない声が事務所の入り口から響いてきた。

 

「お、灯織もいたのか」

「あ、Pタンおはよー」

「おはようございます、プロデューサー」

 

 声の主はこの事務所唯一のプロデューサーであるPタン。外回りにでも行ってきたのか彼のスーツはどことなく力なくヨれかかっている。

 

「どっか行ってたの?」

「んーあー、ちょっと知り合いに会いに行ってた」

 

 力なく笑うPタン。なんだろう。ただの外回りって訳じゃなさそう。

 

「そう言えば打ち合わせってだけ聞いてたけど何の打ち合わせなのー?」

 

 そう、今日私がここを訪れているのはPタンから打ち合わせの話を聞いたからだ。でも、そんな私はその打ち合わせが一体何の打ち合わせなのか耳にしていない。

 

「今度恋鐘のラジオで結華にコーナーを考えてもらおうかと思ってな」

「こーなー??」

 

 いや、まぁこがたんのラジオなら私も散々出させてもらってるし言いたいことは分かるんだけど……。

 

「そういうのって放送作家さんとか構成さんとかそれこそPタンとかが考える奴じゃないの?」

「あー、まぁ、そうなんだろうけど、その作家さんや構成さんが結華に作らせてみればどうかって」

 

 それは一種の職務放棄では……。言わないけど。

 

「ほら、あれだろ、アイドルのラジオとか結華なら良く聴いてるだろ?あれみたいなもんだ」

 

 言いたいことは分かる。アイドルオタクを自称する身としては気になるアイドルのラジオは良く聴いてる。もちろんその中でアイドルが企画を持ち寄るコーナーなんてのもあったりするけど……。

 

「あれ、やらせじゃないの!?」

「お前は番組を何だと思ってるんだ」

 

 今明かされる衝撃の事実。いや、まぁ、変に粗があったりするところはあったけどさぁ……。そゆことなの?

 

「いや、まぁ……言いたいことは分かりました。で、何やればいいの?」

「それを考えろって言ってんだよ」

 

 ごもっともで……。

 

「一応再来週の収録でやる予定だからそれまでに考えとけよ。あ、違うわ。一週間前にやりたいこと決めて俺に伝えて欲しい」

「収録再来週じゃないの!?」

「こちとら準備とかあるんだからそんな当日に伝えてどうすんだよ」

 

 ……それもそうか。

 

「結華さん、大丈夫ですか?」

 

 そしてそんなグダグダな私を心配そうに見つめるひおりん。年下の子にまでそんな目で見られる始末でありんす。

 それにしても、どうしようか。コーナーかぁ……正直全く思いつかない。

 

「じゃ、俺は別の打ち合わせあるから」

 

 そう言ってその場を立ち去ろうとするPタン。

 

「ちょ、もう行っちゃうの!?」

「俺は年中仕事なの。それと、ラジオだってことも覚えとけよー」

 

 そう言い残しPタンの姿は扉の向こうに消え去ってしまった。

 

「……ひおりん、手伝ってください」

 

 西日の差し込む事務所に残されたのは吹っ掛けられた無理難題にノックアウトされ年下に頭を下げるアイドル初心者三峰結華とそれを眺めるアイドル中級者ひおりん。

 こんな私がアイドル上級者になれる日はいつになるのやら……。

 

「Pタンからの宿題もあるのに……」

 

 先日のPタンとのやり取りを思い出す。そういえばあれについては全くと言っていい程手を付けることが出来ていない。というより、考えてもヒントらしい物すら出てこないのだ。

 

「……宿題?」

 

 そんな私の呟きに先ほどまでやれやれといった表情を見せていたひおりんの表情が若干歪んで見て取れた。

 

「どしたのひおりん」

「い、いえ、別に……」

 

 そう言うとひおりんは私の方からそっぽを向いてしまった。

 そういえば、あの宿題だって元はと言えばひおりんのライブから始まったことじゃないか。本人に聞けば……。そう思い口を開きそうになったが私は寸でのところで思いとどまった。

 あの宿題の内容はちょっと事務的に言い直すのならば「風野灯織がダメだったところ」ということになる。これを本人に聞いていいものか……。

 

「……あの、結華さん」

 

 そんな時だった。先ほどまで外を向いていたひおりんの整った顔がふと私の方を向いた。

 

「ん、どしたの?」

 

 私と目があったひおりんは告白前の女の子みたいに真剣で……そんな目で見られるとドキドキしちゃうっ!って冗談言ってる空気じゃなさそうだねぇ……。そんな真剣なひおりんから出てきた言葉は……。

 

「結華さんにとって、アイドルって何ですか?」

 

 そんな言葉だった。

 

「えっ?」

 

 想定もしていない言葉だったから思わず聞き返してしまった。

 

「えっと……聞き方が悪かったですかね。結華さんにとって、アイドルってどんな存在ですか?」

 

 なるほど……。いや、意味は分かるけどこれはどう答えたものか。ひおりんがどういう意図でこの質問をしたのかわからない。だから私の素直な気持ちを答えたところで彼女の納得のいく答えを言えるかどうか……。

 

「三峰にとっての、アイドル……ねぇ」

 

 答えに逡巡する私を見てか、ひおりんがすかさず助け舟を出してくれる。

 

「結華さんの思ってることを、そのまま教えていただければ」

 

 なるほど、私の思っていることをそのまま言えばいい感じか。余計なことを考えなくて済みそうだ。

 

「わかった。そうだなぁ……私の考えているアイドルは……」

 

 素直な気持ちを答えればいい。簡単なことだと思った。

 

「えっと……」

 

 小さいころになりたかったアイドル。

 ずっと応援し続けたアイドル。

 そして今私が肩書の一つとして背負っているアイドル。

 

「あー、そうだなぁ」

 

 ここ数か月で私の中に染み込んでいったいろんな思いは、私、三峰結華にアイドルという言葉への想いを簡単に口に出させてはくれなくなっていた。

 

「キラキラしていて……見る人をみんな楽しませてくれる存在で……そして……」

 

 何とか紡いでみたものの形になりそうにもない。

 

「……ごめん、ひおりん。こんなはずじゃ……なかったのに」

 

 私から出てきたのはそんな弱気な言葉だった。

 

「こちらこそごめんなさい、結華さんにそんな顔をさせるはずじゃなかったんですが」

「いや、期待してたような言葉を言えなくてごめんね」

 

 弱気を誤魔化すように笑った私は、きっと今にも泣きそうな表情をしていたと思う。それぐらい、私は今アイドルという存在に振り回されていた。

 

「ひおりんなら上手く言葉にできるかもだけど……」

「そんなことないですよ」

 

 そう言って笑うひおりんも多分、今の三峰と同じ顔をしているんだろう。それくらい弱弱しく笑っていた。

 

「私だってわかんないんですよ。アイドルって、どんな存在で、何が必要なんでしょう」

 

 きっと今ひおりんは私と同じ気持ちだ。でも、どうして?ひおりんは私よりもアイドル先輩なはずなのに。

 

「なんか変な空気になっちゃいましたね。いきなりすみません」

「い、いや、気にしてないよ!?」

 

 まぁ、変な空気なのは否定できないけど……。

 

「……ちょっと、私の話聞いてもらっていいですか?」

「ひ、ひおりんの話!?」

 

 それは唐突にこんな話をしたきっかけなんだろうか。

 

「うん……結華さんには話せそうかな。私の課題の話」

「課題の話?」

「そう……私に足りないものの話」

 

 ひおりんに……足りないもの。

 

「この前のライブ、来てくれてありがとございます」

「いやぁー!楽しかったよ。歌もダンスもばっちりで尊敬した!」

「それは……ありがとうございます」

 

 照れるひおりん。レアなものを見れた。

 

「で、それが足りないものと繋がるの?」

「あのライブ、結華さんどうでした?」

 

 私は満足だったけど……。そういえば、こがたんはひおりんには足りないものがあるって。そしてPタンはなかなかに辛口な採点をしてたっけ……。

 

「私、あの後一人でライブの映像を見直したんです」

「そういうストイックなところひおりんらしいね」

「もう、からかわないでください」

 

 いけないいけない、三峰の悪い癖。

 

「それで……その映像に私、満足できなくて。プロデューサーとも話はしたんです。それで出たのが……」

「ひおりんに足りないもの……かぁ」

「はい、だから結華さんにアイドルってどんなものか聞けば何かヒントが見つかるかもって」

 

 ひおりんの突然の質問はそういう意図だったかぁ。しかしこれは……。

 

「なるほどねぇ。でも、それに関しては三峰はヒントをあげられそうにはないよ」

「そうですか……」

 

 露骨に落ち込むひおりん。まぁ、ヒントが得られそうなところから何も出てこなかったらそりゃそうかぁ。

 

「でもね、ひおりん」

「何ですか?」

「ヒントは上げられそうにはないけど、それでも……」

 

 これは、チャンスだ。ひおりんにとって、そして私にとっても。だから……。

 

「それでも力は貸せそうだよ」

「えっ……?」

「なんたって私も同じ宿題をPタンから貰ってるからね。だから、一緒に頑張ろう」

 

 ひおりんに足りないもの、そして今後の私に必要になるもの。それを探す為に。

 私は鞄からあるものを取り出す。

 

「頑張り屋のひおりんにお姉さんからのプレゼント!」

 

 差し出したのは一枚の長方形の紙。

 

「きっとここにヒントがあるよ」

 

 それはこの前竹内さんからPタン宛へ送られたライブのチケットだった。

 

「これは?」

「346プロのライブのチケット!」

「そんなもの良いんですか?」

「貰い物だから気にしなくていいのー!」

 

 そう、竹内さんから貰ったチケットは4枚あった。予備なのか、こういう時は多めに渡すのが業界のマナーなのか知らないけど私たちにとってはこの際どうだっていい。

 そのうちの一枚をひおりんに渡しながら私は力強く答える。

 

「良いかどうかで答えるのなら、私とひおりんには絶対に良いもののはずだよ」

 

 だって……。

 

「だってそこには、私たちが目指す場所が待ってるからね」

 

 




ということでお読みいただきありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
相も変わらず不定期更新ですが頑張っていきますので引き続きよろしくお願いいたします。
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