なんか今回いつもより若干長くなってしまったけど、今回のお話も楽しんでいただけると幸いです。
「あら、懐かしい顔が居るじゃない」
とある土曜日の昼、方々への挨拶回りへと奔走していた最中の俺の足は、懐かしい声に呼び止められていた。
「あ、ユリさん。ご無沙汰しております」
そこに居たのはどことなくエスニックな雰囲気の衣装に身を包み、なんとも形容しがたい盛り盛りのヘアスタイルでこちらに微笑みかける女性だった。
「戻ってきたの?」
彼女は俺がユリさんと呼んで親しくして貰っていた女性。俺が346に居た頃にお世話になったベテランのメイクさんだ。
「あー、ちょっと込み入った話になるんですけど時間大丈夫ですか?」
「ちょっと待ってね」
そういうと彼女は腕時計へとちらと視線を落とす。
「卯月ちゃんのメイクがこの後待ってるからそれまでなら。15分くらいかしら」
「じゃあコーヒーでも飲みながら軽く」
「いいわね」
足を向けたのは細長く複雑に交差している通路の一角、6畳ほどの小さな休憩スペースだった。
「はい、これ」
「あ、ありがとうございます。お金渡しますね」
「良いのよこれくらい。お姉さんに奢られてなさい」
備え付けの自販機から取り出した缶コーヒーを手渡しながらユリさんはこちらに歩いてくる。
ユリさんはもうこの業界20年のベテラン。”お姉さん”というには若干の手遅れ感が否めないが口にすると三途の川ですぐにでもスイミングが出来そうなので触れないことにした。
「で、今日はどうしてここに?」
彼女がそう思うのも無理はない。346を去って2年が過ぎようとしている。そんな俺がここに居ることは俺を知っている人間が疑問に思うのは全くもっておかしいことではない。
なぜならば、今俺が居るここは今日346プロがライブを行う会場の控室通路なのだから。
「竹内君から招待状が届きまして」
そう、俺は今日昔の同僚であった竹内君、現346プロ筆頭プロデューサーからの招待でここに居る。
「竹内君がねぇ」
「貰ったのはチケットだけだったんですけど、今日連絡したらついでに挨拶でもしていったらどうかって」
「あら、いいじゃない」
346プロを離れて2年が経った。今まで連絡を取ることすら億劫だったが、久しぶりに連絡を取った竹内君はそんな時間なんてなかったかのように馴染みの口下手をこじらせながらも手早く手配をしてくれた。
「で、今は何してんのよ。もう業界は離れちゃったの?」
「いえ、今は別のプロダクションに……」
そう言うと彼女は少し嬉しそうに笑った。
「よかった」
「よかった……何がですか?」
「いや、嫌いになっちゃったかもって心配してたんだよね」
嫌う……?一体何をなんだろう。
「俺の手でアイドルをプロデュースすんですーなんて燃えてたあの頃はもう見れないのかと思ってた」
なるほど、俺がアイドルを嫌いになって業界を離れちゃったのかもとユリさんは心配してたのかぁ。
「この業界を離れていく人は多いんだから今更って話なんだけどね。それでもやっぱり親しくしてた子が居なくなるのは寂しいじゃない」
「そういうもんですかね」
「そういうものなのよ」
それだけ言うとユリさんは自分の分の缶コーヒーに勢いよく口を付けた。
「で、今は何処に居るの?」
ユリさんの言葉に合わせるように俺は懐から革製の小さなケースを取り出す。
「今は283プロに居ます」
取り出したのは一枚の名刺。283プロダクションのロゴと、俺の名前、そしてその上に小さく俺の肩書が印字されている名刺だ。
「名刺なんてもの寄こされると急に堅苦しくなるわね」
「まぁ、俺からしたら今日ここにいることもビジネスチャンスみたいなものですから」
「名前を売りにって感じ?」
「その通りです」
こうして業界でもベテラン、名前もそこそこ知れ渡っているユリさんに売り込みを行うことはデメリットになることは決してない。むしろどこかで仕事の際に役に立つことは間違いないだろう。
「これも人と人との繋がりって奴なのかね」
「昔の経験は無駄にならないってことですかね」
俺の言葉にユリさんは満足そうに小さく頷いた。
「それで、今日はステージは何処から見るの?」
「竹内君がいい席を用意してくれたみたいで」
俺は懐から4枚のチケットを取り出す。
「あら、真正面じゃない」
チケットの隅に小さく印字されていた番号はアリーナでも特等席と言えるほどの場所。ステージの端から端までを視界いっぱいに捉えることができ、それでいてアイドルの表情までばっちり確認できる場所だ。
「良い位置ね。竹内君に感謝しときなさい」
「全くですよ」
「おっといけない、そろそろ時間だわ」
自販機上の壁掛け時計に目線を移すと素早く備え付けのゴミ箱にユリさんはコーヒー缶を投げ入れる。
「それじゃあ今日は楽しんでいってね」
「はい、ありがとうございます」
「それと菜々ちゃん、今日ばっちり仕上がってるから」
菜々ちゃん。その名前に俺の心臓が一つ大きく高鳴るのを感じた。
「どうせあんたのことだろうから、辞めてから一度もステージ見に行ってあげたりなんてしてないんでしょう?」
「流石ですね、ユリさんは」
「3年一緒に仕事してたら大体のことは分かるようになるわ」
昔からそうだったけど、何と言うかこの人には頭が上がらない。
「今日の菜々ちゃんはそりゃ綺麗よ」
「……それは、楽しみにしてます」
「それではお客人、シンデレラの舞踏会へようこそ。んじゃまたそのうちねー」
それだけ言い残すと、ユリさんはメイク室の方へとそそくさと立ち去ってしまった。語尾に音符なんか付きそうな勢いだったな。
そんなバイタリティに触れて346に入って初めて彼女と出会ったことを少し思い出した。業界の作法なんかも教えてもらったし、何度も尻を叩いてもらった。
それでも潰れてしまった自分の情けなさと、その経験が今でもこうして自分の中に生きていることの嬉しさの入り混じったなんとも言えない感情に苛まれて、そんな自分を落ち着けるかのように残った缶コーヒーの甘ったるさを飲み干す。
「あ、Pタンここに居た!」
ふと声のする方を振り向くけば、今日ここに一緒に訪れている我が283プロのアイドル3人娘の姿が確認できた。
「今の人は誰です?」
メイク室の方へと視線を向ける灯織。ユリさんと話してた時から見てたのか。
「あー、昔お世話になった人だよ」
「ってことは346の人?」
俺の台詞に言葉を続けたのはそこそこの大荷物の結華。結華曰く背負っているものには彼女と共にアイドルオタク道を歩んできた歴戦の相棒たちが詰まっているらしい。
「プロデューサーにも過去があるってことたい」
「で、3人はどうしてたんだ?」
そう、今日ここを訪れたのは俺だけじゃない。
灯織、結華、恋鐘の3人も同じように346への顔見せも兼ねて挨拶回りを行っていたのだ。
「プロデューサーと別れてからは竹内さんとちょっとだけお話したたい」
「あー、悪いな。俺も俺でメイクさんとか音響さんとか顔見せに行ってたから……」
最初は4人で方々を回っていたものの、昔お世話になった人たちへ彼女たちにはあまり聞かせたくない昔話をしたい気分だったのもあり、挨拶回りの後に3人を竹内君に少しだけお願いしていた。
「うちたちお邪魔だったりせんやったろうか」
「ん~、本人が良いって言ったんだから別に気にすることはないだろう」
まぁ、プロデューサーなんてのはライブ当日は思ったより手隙だったりするもんだ。それまでに準備が大変なのもあるけれど、結局当日頑張るのはアイドルたちだからな。
これも昔の先輩特権ということで。
「それで、3人はずっと竹内君のところにいたのか?」
俺が彼女たちの元を離れてから1時間ぐらいは経っていただろうか。流石に手隙だと言っても1時間は空いていることはないだろうが……。
「それが……」
結華が一瞬口を開くのをためらうかのような表情をこちらに見せる。
「どうかしたのか?」
そんな結華の表情を知ってか知らずか、口を開いたのは恋鐘だった。
「愛梨ちゃんとお話したとよ~!」
「あいりちゃん?」
楽しそうな恋鐘。
「えっと……私は、泰葉さんに」
「や、やすは……?」
何やら決意を秘めたような灯織。
そんな二人とは対照的に苦いものを口にしたような表情を浮かべる結華と目が合う。
「三峰は……ウサミンに会った」
なるほど、結華の表情は納得のいくものだった。俺だって同じ立場ならおんなじ顔を浮かべるだろう。それにしても、あいりちゃんとやすはさんってまさかなぁ……。
「それじゃあ竹内君、悪いけどちょっとだけこの子たち見てもらえると助かる」
「ええ、わかりました」
それだけ言うと、Pタンは私たちを置いてどこかへと行ってしまった。
「なんかすみません竹内さん」
「いえ、ライブ当日のプロデューサーに出来ることなんてたかが知れてますからね」
そういって目の前の彼はそれが癖なのか、首元に手を当ててやや愛想笑いを浮かべていた。
「えっと、改めてお名前を伺っても?」
今私たちは346プロが今日ライブを行う会場の舞台裏に居る。先ほどから多くのスタッフさんや出演するアイドルたちが廊下を行き来しているその一角、小さな控室の机に向かい合うように私たち283プロの3人と竹内さんが座っている形だ。
「はい、283プロ所属アイドル三峰結華です」
「同じく風野灯織です」
「同じく月岡恋鐘たい!じゃなくて、月岡恋鐘です!」
こがたん、素が出てる素が。こういうときひおりんは何と言うか歳に似合わない大人びた立ち振る舞いをするなぁ。
「今日はなんか押しかけるような形になって申し訳ありません」
「気にしないでください三峰さん。こちらが招待した側なのでそんなに気を遣わないで頂いてもけっこうですよ」
「そうは言いましても……」
確かに実際にライブのチケットを貰って招待してもらったのはこちらのほうだ。しかし、まさかライブ当日の舞台裏にまで挨拶に行くなんてのは想定もしてなかった。
「声をおかけしたのは私どもの方ですから」
なんというか、最初は怖い印象だったけどこうやって面と向かって話をするとものすごい丁寧な人だなぁ竹内さん。
この人が、Pタンが憧れた魔法使い……。そう思うと何となくこうして私なんかが向かい合っていることが恐れ多くなってくる。
「お邪魔じゃありませんでしたか?」
恐る恐るひおりんが口を開く。そういえば、竹内さんと一度顔を合わせたことがあるのはこの場では私だけだ。ひおりんは何と言うか……まだ竹内さんにビビってる感じ?が伝わってくる。
「あ、恋鐘ちゃんだ~!こんなところでどうしたの!?」
そんな時だ。呑気な声が私たちの耳元へと響いてくる。
「あ、十時さん。お疲れ様です」
「竹内プロデューサー!お疲れ様です」
そこに居たのは……。
「初代様!?」
「初代様なんて恐れ多いよ~」
「と、十時愛梨……」
ひおりんも恐らく私と同じ気持ちだ。
そこにいたのは初代シンデレラガール十時愛梨。トップアイドル、まごうことなき一番星の一人だ。
そんな彼女がどうして私たちに……。まぁ、346プロのアイドルが多く出演する今回のライブ、彼女が居ることが別におかしい訳じゃないのだけれど……。
「恋鐘ちゃんも今日出演するの~?」
「そんな訳なかたい!今日は挨拶に来たとよ」
「あ~そう言うことかぁ!私も頑張るから今日は応援してね!」
「うん~愛梨のこと、ちゃんと見とるけんね!」
……なるほど、こがたんと顔見知りだったか。というかやけに親し気だけど……。
「おっぱいは引かれ合うんですね……」
ひおりんが私にしか聞こえないような声でつぶやく。ひおりん、それだと私は藍子ちゃんとべったりだよ。
「十時さんは月岡さんとお知り合いでしたか」
「そうなんです~前に一緒にお仕事したときに仲良くなったんです!」
そういってとときんは嬉しそうにこがたんの手を取った。
「そうだ、せっかくだから私が舞台裏案内しちゃうよ!」
「そがん!愛梨も準備があるやろうからよかよー」
「まぁまぁ気にしないで!私も一人でいるよりもなんかしてたほうが気が楽だし!」
そういってとときんはそのままこがたんをどこかへと連れ去ってしまった。
「何と言うか……自由な人ですね」
「まぁ、あれが十時さんのいいところと言いますか」
嵐のように去っていったとときんを見ながら、竹内さんも何とも言えない表情を浮かべていた。
「十時さんの担当も竹内さんなんですか?」
「いえ、彼女にはまた別のプロデューサーがいます。彼女とは以前ライブでご一緒してから親しくはさせてもらっていますが……」
なるほど、その辺の事情は色々あるってことかぁ。
「竹内さんは自分の担当アイドルの近くに居たりはされなかったんですか?」
プロデューサーの仕事というのを私はいまいちよく理解できていない。が、こんなライブ当日の忙しい中で部外者の私たちに構っている時間なんてあるんだろうか。
「今日この場においては、私は彼女たちには必要ない存在ですからね。まぁ、なんかトラブルがありましたら出張りますけど」
「そ、そうなんですか……」
私は毎度お仕事のたびにPタンに本番前にあーだこーだ言ってるけど、やっぱりアイドル力が高くなるとそういうのもなくなっていくのかなぁ……。ってかアイドル力ってなんだ。
「すみません、ちょっとお手洗いに行ってもよろしいですか?」
そんな時だった。ふと隣のひおりんが声を上げる。
「場所はご存知ですか?」
「はい、ここに来るまでに見かけたものですから」
「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「私もついていこうか?」
舞台裏は私が最初に想定していたよりも複雑だ。いろんなところがいろんなところにつながっている。初見だと迷子になる可能性も否定できない。
「大丈夫です。恋鐘さんみたいに迷子にはなりませんから」
そういってひおりんはそのままその場を後にしてしまった。いや、こがたんみたいにって……。まぁ、あの子はドジだけどさ。
そして結局竹内さんと二人っきりになる私。
「……先輩は、どうですか?」
そんな私の心境を知ってか知らずか、二人っきりの会話で口火を切ったのは竹内さんだった。
なんだか前回会ったときを思い出すなぁ……。
「先輩っていうとうちのプロデューサーのことですか?」
「ええ」
そうか、竹内さんにとってはPタンは元先輩だ。なんだろう、あの人が先輩って呼ばれてるのなんか滑稽、ゲフン。失礼だからここまでにしておこう。
「どうなんでしょうね」
そんな彼を知っている竹内さんだからこそ、私の口をついたのはそんな言葉だった。
「先輩が居なくなってから2年が経ってしまいました。でも、こうしてアイドル業界という複雑な世界の中で今もこうしてプロデューサーという職に就いていることがなんだか嬉しくはあります」
「プロデューサーは、Pタンは今もまだ何かに囚われています」
そう、これは私が今もずっと抱き続けている彼へのイメージ。
「囚われている……ですか」
「こうして今日ここを訪れたのは、私には彼がそんな何かから逃れようと抗っているように感じられました」
思い返すのは先日の話。今日のチケットを手にした彼は目の前の魔法使いへの憧れを口にした。
「きっと、私を通じて彼は過去を取り戻そうとしているのかもしれません」
「そんなことは……」
「竹内プロデューサー」
そんな時だった。言葉を続けようと口を開きかけた竹内さんをスタッフTシャツを着た男性が呼び掛けた。
「どうかされましたか?」
「えっと、ちょっと演出の件で急に調整が必要なところが出てきまして……そのチェックをお願いできないかと」
「……分かりました。すみません、三峰さん」
「そんな気にしないでください!お仕事第一です!」
「申し訳ありません、先輩に一言よろしくお伝えください」
それだけ言うと竹内さんはその場で大きく頭を下げた。
「最後に一つだけ聞きたいことが!」
彼の去り際、私はガラスの靴をシンデレラへと用意する魔法使いにどうしても聞きたいことを尋ねることにした。
「どうかされましたか?」
「はい……アイドルに必要なものってご存知ですか?」
突拍子もない問いかけだっただろう。だけど、そんな私の抽象的な質問に彼はちょっとだけ時間を使うと、力強い言葉でこう答えを紡いだ。
「はい、アイドルに必要なものは笑顔です」
笑顔……それが、シンデレラに憧れる少女が、自らへとかける魔法ってことなんだろうか。
ふと気づけば私は慌ただしく動き回る舞台裏で一人きりになってしまった。
「どうしよう。ひおりん来るまでここで待ってるか、それとも事情を伝えて先にPタンの元に戻るか……」
それはポケットからスマートフォンを取り出し、どうしようかと考えだした時だった。
きっかけというものは往々にして予想だにしない場面で急に訪れる。
「三峰結華ちゃん……」
私の名前を呼ぶ声がして反射的にそちらを振り向いてしまう。
「あ、やっぱりそうですね!」
こんなところで私の名前なんかを呼ぶ人なんて……。
「こうして直接お会いするのは初めてですね!ウサミン星からやってきた、歌って踊れる声優アイドル安部菜々です!」
「ウサミン……」
まごうことなき、第7代シンデレラガールがそこにはいた。
ということでお読みいただきありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
相も変わらず不定期更新ですが頑張っていきますので引き続きよろしくお願いいたします。