余談ですが新しい灯織のSSRめっちゃズルくないですか。
346プロのライブから数日後、私は事務所の一角で雑誌のページをめくっていた。
「あら灯織、もう事務所に来とったと?」
「あ、恋鐘さん」
どれだけ私は集中していたのだろうか。
気づけば恋鐘さんが隣に座っていた。扉を開く音も挨拶の声も耳に入らなかったことを考えると、私は深くその記事に集中していたことになる。
「すみません、気がつかなくて。おはようございます」
「おはよー。何ば読みよったと?」
「えっと……」
私は先ほどまで読んでいた雑誌を恋鐘さんへと差し出した。
「あ、VIVIたい」
『VIVI』とはとある出版社が発行しているアイドル専門誌だ。事務所で定期購読しているらしく最新刊が常に事務所の机の上に置いてある。
「で、そんな熱心になんば見よったとー?灯織の記事は2か月前の奴やろー?」
「いえ、自分の記事ではなくて……」
ありがたいことに私も小さくこの雑誌にライブの記事を載せてもらったことがある。ステージの上の私とちょっとばかりのインタビュー記事。駆け出しのアイドルである私には勿体ないくらい記者の方には良くして貰ったのを覚えている。
そんな記事が載っていたのも恋鐘さんが言ったように2か月前のこと。
私が穴が開くように見入っていたのはそんな私の記事ではなかった。
「346の泰葉ちゃんたいね」
「ええ、岡崎泰葉さんです」
私が開いたそのページには、きりりとした横顔の岡崎泰葉さんと4人で楽しそうに笑いあっているGIRLS BE NEXT STEPの面々が写っていた。
「なんか面白いことでも書いてあった?」
「そうですね、なかなか興味深いことが」
「好いとーと?泰葉ちゃん」
「以前はそんなに詳しくはなかったんですけど……」
きっかけは数日前に346ライブ。
「恋鐘さんが十時さんに連れられて行った後、私も一人になる時がありまして……」
そこで偶然出会ったのが、出番前の岡崎泰葉さんだ。
「たまたま会った訳たいね」
「ええ、私が歩いていたところに目の前に居た白菊ほたるさんに観葉植物が倒れてきちゃって、慌てて私も起こすのを手伝ったんです。その時に同じユニットのメンバーの泰葉さんも通りかかったみたいで」
正直あの時は驚いた。不幸体質の白菊ほたるっていうのは耳にしたことはあったけど、実際に目の前で急に倒れてくるなんて思ってもみなかった。
「それで、関さんと松尾さんが白菊さんの衣装の手直しに付き添って行かれまして、泰葉さんと二人きりになること機会があったんですよ」
「ふむふむ、関さんと松尾さんなんに、泰葉ちゃんだけ泰葉さんって呼ぶったいね!」
「あ、えっと、それは……」
ここからの話は恋鐘さんにはオフレコだ。泰葉さんにはきっかけを教えてもらった。日ごろからお世話になっている恋鐘さんには、私がそのきっかけを物にできた姿を見て欲しい。
「なんか随分と意味深な顔になっとーね」
「そうでしょうか?」
気づかなかった。今の私はそんな表情をしているのか。
「うん、この前一緒にレッスンルームで一緒になったときとは大違いたい。やってやるぞーって灯織の決意みたいなんが見えるたい」
なるほど。もし、そうなのならば何と言うか……嬉しいな。
「あ、灯織。もう時間じゃなか?」
恋鐘さんの言葉につられて事務所の壁掛け時計へと視線をやると、既にここを出る時間の5分前を差していた。
「じゃあ、今日はよろしくたい!」
「はい、なんたって今日は外部からのゲストが来ますからね!気合が入ります」
「ふふふ、灯織が嬉しそうで何よりたい」
そりゃ気合が入るってもんです。なんたって今日のゲストは……岡崎泰葉さんですから。
『みんなーおはようったいー!「月岡恋鐘の明日への283」、パーソナリティの月岡恋鐘とー』
『こんにちは、風野灯織です』
『ということで今日も15分、しっかり盛り上げていくけん、最後まで聴いていってほしいったいね!』
私は今、いつもお世話になっているラジオ局の放送ブースの一角に居る。毎週土曜日に放送される「月岡恋鐘の明日への283」その収録のためだ。
『さっそくやけど、今日はなんとスペシャルゲストを呼んどるたい!』
『ゲストですか!?この番組に?15分しかないのに?』
『もう、灯織は野暮なことを言わんと。せっかくのゲストさんなんやけん一緒に盛り上げていくとよー!』
『なるほど、で、一体そのゲストってどなたなんですか?』
台本通り、オーバーなリアクションを心がける。ゲストなんて事前にわかってるし、なんなら先ほど顔合わせと打ち合わせもしっかりとこなしてある。
でも、ここはエンターテイメントですから、しっかりとしたリアクションを心がけないと!
『その演技力はアイドル界トップクラスたい。346の生んだ演技派アイドル岡崎泰葉ちゃんでーす!』
『どうも!岡崎泰葉です。今日はよろしくお願いします!』
隣に視線をやると収録前から座っていた泰葉さんと目が合った。にこりと笑った視線に吸い込まれそうな感覚を一瞬覚える。
ああ、やっぱりこの人もアイドルなんだなぁ……。
『そういえば普段からゲストなんて呼ばないのにどうして?』
『なんか構成作家さんの唐突な思い付きらしいったい』
『そんなんで大丈夫なのこの番組!?』
なるほど、呼ばれた詳しい理由は泰葉さんは知らなかったらしい。
『多分大丈夫だと思います……恋鐘さんの持ち込み企画もなぜか東北の食べ物を食べるみたいな企画でしたし』
『そ、そうなんだ……』
『そういえばどうしてゲストが岡崎さんなんです?』
『あら、灯織は知らんと?月岡恋鐘と言えば長崎!そして岡崎泰葉と言えば……』
『子役?』
『んもぅ!なんでそうなるったい!泰葉ちゃんの出身地も長崎ったい!これは長崎親善大使の座を狙ううちとしては今のうちにライバルの手の内を暴こうって作戦っちゃけんね!』
目の前で小さく腕をブンブン振り回す恋鐘さん。可愛い。ラジオだからこの魅力が視聴者の皆さんにお伝え出来ないのが非常に勿体ない。
というか手の内を探りに行くのなら逆に攻めるべきなのでは……。
『うちの番組にゲストとして呼ぶのは間違いなのでは』
『……はっ!?灯織は天才やね!泰葉ちゃん、うちたちの手の内は見せんけんねっ!』
『たちってさりげなく私を含めないでくださいよ恋鐘さん』
『な、なんというか仲が良いですよね……』
『灯織はうちの可愛い後輩やけんねー!』
そういって恋鐘さんはこちらに嬉しそうに笑いかけてくる。
普段から頼りにさせてもらっているけど、改めてこう口にされると照れる。
『というか今更ながら非常に申し訳ないんですけど、私出身が長崎とはいえそんなに長崎に詳しい訳では……』
『ほんなこて!?じゃあ西海橋の渦潮とか長崎バイオパークのカピバラとか知らんと!?』
『いや、そんなご当地ネタをここで展開されても!東京のラジオですよね!?』
『ごめんなさい泰葉さん。これがこのラジオのウリなんです……』
『それじゃあまずはこのコーナーから!多摩市の今週のイベント紹介に行くたい!ほら、灯織フリップ』
『恋鐘さん……ラジオです』
『あああまたうちやってしもーたたい!』
『大丈夫です。聴いてくださってる方は多分毎週耳にしていると思うので。それでは多摩市の今週末の開催イベントの詳細を……』
「お疲れ様でした」
収録語、ラジオブースの近くの廊下に座っていた私の頬にヒヤリとした感触が降ってきた。
「あ、泰葉さん。お疲れ様です」
「恋鐘さんパワフルだねぇ。毎回大変でしょう?」
「あはは……。大変ではあるんですけど、毎回楽しんで収録させてもらっているので……」
「……良い先輩だね」
「……ですね」
3人掛けの小さなソファ。背もたれもないシンプルなそれに、泰葉さんは一人分スペースを空けて腰を掛けた。
「どう、あれから見つかりそう?」
唐突に尋ねられたそれがどんな意味なのかというのは、私以外には誰も分からないだろう。
346プロのライブのあの日、偶然出会った泰葉さんに思わず私は尋ねてしまった。
「アイドルっていったい何なんなんですか。その質問に私は、それはきっとアイドルの数だけ存在するって答えたよね」
「はい」
泰葉さんは私に手渡してきた手とは違う方に握っていた飲み物をぎゅっと両手で握りしめる。
「私の先輩に野球に詳しい人がいてね、その人がこう言ってたんだ。プロ野球選手は4番でエースばっかりじゃない。バントが上手い人がいて、足が速い人がいて、守備が上手い人がいるって」
まるで自分が主役の舞台の最初の台詞を口にするかのように、泰葉さんは丁寧に言葉を紡いでいった。
「私は野球は詳しくないけれど、友紀さんはきっと自分の目指すべきアイドル像はみんなそれぞれ違っていて、その違いをファンの人はきっと好きになってくれるんだと、そう言いたかったんじゃないかって思うの」
「違い……ですか」
「私のステージはどうだった?」
思い返すのはキラキラと輝いている舞台の上で、体いっぱいに楽しそうに踊っていたGIRLS BE NEXT STEPの4人の姿。
「……とても、素敵でした」
「ありがとう。でも、あのステージは私たち4人にしかできないし、他の誰にも再現はさせない、そう私は思ってるよ」
泰葉さんと初めて会ったあの日、彼女は去り際に「私たちのステージを目に焼き付けて欲しい」とそう口にした。
私の遥か先を進んでいく人たち。
だけど私の目指す先に彼女たちの姿はない。風野灯織というアイドルは、きっと風野灯織という道を歩いていくんだ。
「トップアイドルにわざわざ助言を貰えるなんて光栄です」
「トップアイドルなんて……。私の先を歩く人たちはまだまだいるよ」
子役を経てアイドルになった彼女は、きっと初めはただの女の子だった私たちとは違う景色を見てきたんだろう。
「昔はね、一人で何でもできると思ってた。子役だったせいもあったからかな。どこか擦れていたところがあったんだと思う。でも、いろんな人がそれは違うって教えてくれたよ」
彼女は自嘲気味に笑うと、恥ずかしそうに自分の頬を掻いた。
「人は一人でも歩いて行ける。でも、誰かと一緒だときっともっとキラキラした世界になると思うよ。それが私にとってはファンの人であり、GIRLS BE NEXT STEPのメンバーなんだと思う。だから見つけてね、灯織ちゃんのアイドル像」
「私の、アイドル像」
「それじゃあ、時間だから」
見れば遠くの方からスーツの男性が歩いてくるのが目に入る。今朝も挨拶したけどあれが泰葉さんのプロデューサーさんだ。
「灯織、どうかしたか?」
気づけばプロデューサーが近くに居た。こっちは私のプロデューサー。どこか頼りなさそうに見えて、その実私たちのことをとても大切にしてくれていることが感じられる。
「泰葉さんのプロデューサーは立派なのに、こっちのプロデューサーは冴えないなぁと思って」
「言ってろ」
私の頭の上に武骨な手が降ってくる。
「ちょ、セットした髪型崩れるんでやめてくださいよ」
「灯織もうこの後仕事ないだろ」
「そういう問題じゃないんです!」
まったく、女心が分からない人なんだから。
「そうだ、灯織」
ふと、私の頭上をかき回していた手が止まる。
「この前の課題は提出できそうか?」
ふとプロデューサーと目が合う。私のことを真っすぐに見つめている目。
私のことを、信頼してくれているときの目だ。
「大丈夫です。今度のステージ、楽しみにしていてください」
私は彼の目をしっかりと見つめ返すと力強くそう答えた。
「なら、大丈夫だな。そんじゃ送っていこうか?」
「いえ、ここからなら電車で一本なので大丈夫です」
「そうか、なら気を付けて帰れよ」
それだけ言うと彼は満足そうな表情を浮かべてその場を後にする。
「灯織、お疲れ様」
気づけば先ほどまで泰葉さんが座っていた場所に恋鐘さんが座っていた。
「灯織」
「……どうかしましたか?」
「なんか、すっきりした顔しとるたい。ここんところ暇があるたびにしかめっつらしとったけん」
流石頼りになる先輩。そこまで見抜かれてましたか。
「でも、今日はいい笑顔たいね」
「探し物が見つかりそうなので」
「まだ見つかっとらんと?」
わかっているくせに、意地悪な聞き方をする人だ。
「ええ、探し物を見つけるのに、見晴らしが良い場所がありますので」
私の言葉に、恋鐘さんも先ほどのプロデューサーと同じような表情を浮かべる。
「じゃ、楽しみにしとるね!それじゃあまた事務所で」
「はい、お疲れ様です」
人は一人でも歩いて行ける。
思い返すのは先ほどの泰葉さんの言葉。
でも、今の私の世界がキラキラしているのはきっと夢に向かって背中を押して、そして前から引っ張ってくれる沢山の人たちが居るからだ。
見つけに行こう、私の探し物。キラキラのステージの上からなら、きっとそれは見つけられる。
ということでお読みいただきありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
相も変わらず不定期更新ですが頑張っていきますので引き続きよろしくお願いいたします。