「W.I.N.G中野予選会場、一位通過は……283プロダクション、三峰結華さんです!」
ステージ脇の司会の人から私の名前が聞こえた瞬間、私は後ろに回した手を小さくぎゅっと握りしめた。
まずは予選突破。これで決勝への出場権が得られる。
「これにてW.I.N.G中野予選は閉幕となります。みなさんの今後の活躍、客席の下から、テレビの画面越しに、雑誌のページの向こう側から、いろいろなところで楽しみにしています!それでは出場者の皆さん、ありがとうございました!」
会場の熱気は未だ止まない。
ステージ袖へと掃けるために歩いている私にも、その熱気は背中越しに額が滝になるほど伝わってきていた。
今日、この会場、このステージは通過点に過ぎない。約束の為、目標の為、自分の為、そしてPタンの為。
三峰結華という全てを懸けて臨んだこの舞台でいちばんキラキラと輝けたのは、間違いなく私だったと今は誰よりも声高々に叫ぶことが出来る。
「お疲れさん」
控室へと続く通路の途中、スーツ姿の男の人が私へと声を掛ける。私のステージを見てどんな声を掛けてくれるのだろうと内心期待していたんだけど、味気ないにも程がないだろうか。
「……そんだけぇ?」
「そんだけ」
それだけ言い残すとスーツ姿の男の人、もといPタンは出口の方へとそそくさと立ち去ろうとする。
聞きたいことがあるのだ。私は慌ててそれに追従する。ステージ衣装のままだけど今はそんなこと関係ない。
「もっとこうさ、ここがよかったーとか無いの!?」
「そうだなぁ……。強いて言うならサビ前のステップが若干ぎこちなかったことと、Bメロの一番高いところが半音はずれていたところと、全体的に視線の動かし方が……」
「あああ分かった分かった!反省点がいっぱいあるのは分かったからぁ!!……せめて今ぐらいは余韻に浸らせてよ」
ふと、Pタンの足が止まる。
「そうだな……」
「んっ」
私の頭の上に彼の大きくも小さくもなく、それでもどこまでも頼りになる手のひらが乗っかってきた。
「ちょ、セット崩れる」
「もう終わったから良いだろうこれぐらい」
「まぁいいけどさぁ……。で、続きは?」
彼はそのままそっけなく私の頭の上から手を離すと先ほど向かっていた方へと再び足を運びだした。
「結華」
「……はい」
「良いステージだった」
それだけ。たった一言だけ。他の人が聞いたらそれで満足なのかと思うかもしれないが、今の私にはそれだけで十分なのだ。
ここがまだゴールじゃない。私にはいくべき場所があるのだ。
大きな大きなステージという世界の上、いちばんぼしが輝いているその場所へ。
「明日はいよいよ予選だな」
レッスンも終わり、後は帰るだけとなった私にPタンは彼の仕事机越しに声をかけてきた。
「そうだね。流石の三峰も緊張で心臓が弾けそうだよ」
「そうなったら救急車ぐらい呼んでやる」
「どう見ても手遅れだと思うんですけど……」
他愛のない掛け合いをしながらふと横眼で彼の顔色を伺う。ここ数日、どことなく彼との間に溝を感じていただけにこのタイミングで話しかけられたのが意外だったからだ。
「最近なんかあったか?」
その言葉で思い返すのは先日のこがたんとのやりとり。
あの言葉でどれだけ私が救われただろうか。そのおかげで気持ちの入れ替わった私はその後のレッスンでも担当の先生に褒められるくらいに上手く打ち込めている。
「まぁ、あったっちゃあったと言いますか……」
気恥ずかしさからかついつい濁すような言葉を選んでしまう私。
「そうか、恋鐘には感謝しとけよ」
その私の心を知ってか知らずかばっちりと何があったかは把握済みのようだ。
「気づいてたんなら改めて言わなくていいじゃん!恥ずかしいよ」
「気にすんな。俺も最近あったからさ」
おどけてブンブンと手を振り回してリアクションをしてみるものの、その行為は彼の口から出てきた意外な言葉でピタと止まってしまう。
「TVKの食堂で菜々に会ったよ」
「TVKってことはテレビ局だよね?こがたんの付き添いかなんか?」
「ああ、そん時に偶然な」
アイドル安部菜々。その名前が彼の中でどれだけ重いものなのか私は知っている。
Pタンが業界入りしてからずっと二人三脚で歩いてきた存在。その途中でPタンの心が折れてしまった。そんな彼女は今、トップアイドルという座でその輝きを眩しい程放ち続けている。テレビで見ているときは、そんな彼女の輝きをただ受動的に受け入れているだけだった。
だけど、今はどうだろう。同じ世界に入って、実際にその生き方に触れて、アイドルというものへの想いに触れて、三峰結華にとってのウサミンは……。どこか天然で親近感が沸いてしまうというのがウリの彼女は、同じ道を走り出すとどこまでも遠くを走っている。
「3年振りのウサミンとの会話はどうだった?」
「……この年であんな公の場で泣くとは思わなかった」
「……え、泣いたの!?」
「不覚だったわ」
そういって照れ臭そうに、そしてどことなく嬉しそうに食堂での出来事を口にしていく彼。
私はその顔にどれだけの想いが詰まっているのか知らないけれど、何となくそのことが少し悔しかった。
「そん時にな……」
ふと、先ほどまで饒舌だった彼の言葉がピタリと止む。
「そん時に、あることを菜々に言われてな……」
「あること……」
私とPタンしかいない事務所。聞こえる音は部屋の隅で静かに鎮座している冷蔵庫の駆動音だけ。そんな世界で私は彼の次の言葉をただ黙って待っていた。
「アイドル安部菜々の中には、俺と居た時間が今も生きているんだとさ」
「それって……」
「ああ、俺は、俺のやってきたことは無駄じゃなかった。アイドル安部菜々を作り上げていったものの一部に、確かに残ってくれてたんだ」
そっか……。この人はまだ安部菜々という偶像に囚われている。私のことは、きっとそれに近づくための過程で……。でも、それでも私は……。
「だから見せて欲しいんだと」
今度の声は先ほどのようにどこか過去を振り返るような、そんな寂しさとは打って変わって前だけを向くような力強い声だった。
「今、この瞬間に俺がプロデュースしているアイドルを」
「……私?」
「ああ」
「私は……Pタンの過去を追いかけるだけの幻想じゃないの?菜々さんの代わりじゃないのっ?」
Pタンのきょとんとした表情が妙に鼻に付く。人の覚悟を振り回しておいてなんて顔してるんだ。
「あのな、結華。何を勘違いしてるのか知らねぇけど今の俺の担当アイドルを言ってみろ」
「それは……私とこがたんとひおりん?」
「馬鹿やろう。恋鐘と灯織はあくまで社長の管轄だ。それに恋鐘に限ってはほぼセルフプロデュースみたいなところもあるからな」
そ、そうか……よく付き添いに行ってるもんだからてっきり勘違いしていた。そういえば最初にそう聞いたんだっけか。
「そうなると……私?」
「そうなるな。今のお前には、今の俺が生きている」
たったそれだけの言葉。それだけなのに私は柄にもなく嬉しかった。
「ちょっと昔話でもしようか」
「唐突だね」
「それぐらい許せ。始まりはとある雨の日の夕方。俺がことごとく新しいアイドルのスカウトに失敗して落ち込んでたところに偶然とある少女と出会うところからスタートだ」
「それって……」
私はふと彼との初めての出会いを思い出す。あの日は雨。私はたまたま訪れていたアイドルのイベントから帰る途中に不運にも夕立に襲われたのだった。
「あの時の俺はプロデューサーという仕事にどこか見切りをつけたくてな……。言い訳ばっかり探していた気がするよ。346を離れて2年。自分の能力の無さを嫌というほど突きつけられ続けてきたからな」
「でも、Pタンは私に名刺を渡してくれたよね」
そうだ、あの日Pタンは別れ際に私に一枚の紙切れを渡してくれた。
「最初は本当にしょーもないナンパかなんかだと思ったよ」
「悪かったな」
「で、その時の三峰はそんなに魅力的だった?」
私はその時の出来事を思い返しながら冗談を返す。
「そりゃな。自分の心が動かされないような子に名刺を渡すような適当なことはしないぞ」
それはつまり私が魅力的だったと……冗談で言っておいて改めてそう言われると照れる。
「でもあの日の私は雨に打たれていい女には程遠かったと思うけど……」
「見た目もそりゃ良い女の条件だろうけど、それだけじゃねぇと俺は思うぞ。あんときの結華がな、思い出させてくれたんだよ」
「思い出させてくれたってそんなことした覚えは……」
あの時私は何か特別なことをしただろうか。記憶を探ってみても全くと言っていい程心当たりがない。
「アイドルが好き。お前はそう言って楽しそうに笑ってただろう」
「あ、それは覚えてる……」
「あんとき思い出したんだよ。俺がアイドルが好きでこの世界に入ったこと。最初はそんな純粋な気持ちだったなって。みんなの声援を体いっぱいに受けて、ステージの上でキラキラと輝く。そんな姿に俺は憧れた。それをお前は思い出させてくれたんだよ」
そんな……。あの時の私はただのアイドルファンの三峰結華だっただけだ。そんなこと言われる程のことをしたとは……。
「そんな出会いから始まった俺とお前のアイドルの道を、今の俺とお前の生き様を、菜々に見せつけてやりたい。俺の担当はシンデレラガールにも負けないぞってな」
「私たちの……生き様」
「ありがとな、結華。あんとき見上げた星空を俺は忘れてないぞ」
その時見た彼の表情は、今まで見てきた中で一番キラキラと輝いていた。
「……私もね、覚えてるよ」
アイドルの話をして、アイドルのことを想って。そうして見上げた空がとても綺麗だったことを私はしっかりと覚えている。
「それに缶バッジな」
「缶バッジ?」
「あれ今も持ってんのか?」
「いや、ごめん、何のこと!?」
はぁ。と一つ溜息をつくとあきれ顔でPタンは言葉を続ける。私には何のことやら。
「あんとき錆びないか心配してた缶バッジだよ」
「あー」
言われて私は思い出す。そういえばそんな会話もしたなぁ。
「もっちろん持ってるよ。三峰の大事な思い出だもの。それがどうしたの?」
「そっか、ありがとな」
「ありがとうってそんなお礼言われるような……」
「そん中に菜々のバッジがあっただろう?」
もちろん私は覚えている。あの鞄に付けている菜々さんのバッジは三峰のコレクションの中でも特段お気に入りのものだ。
菜々さんまだ駆け出しのころ。テレビなんかの露出が増える前に都内の小さなライブハウスでライブを開いた頃の物販で買ったものだ。
あれ、あの頃の菜々さんのって言ったら……。
「あれな、俺が無理やり部長に頭下げて作ったものなんだよ」
「……わお」
「だからありがとうなんだよ。あの頃の粗削りな菜々がお前にどれだけの影響を与えたのか分からないけど、あの頃の俺は確かに結華の中に居るぞ」
粗削り……確かにパフォーマンスは今とは比べ物にならないほどだったけれども、それでも小さ小さなステージの上で精一杯に楽しいを届けてくれる菜々さんは、確かにアイドルだった。
「あの頃の菜々さん。好きだったんだ。……そっか、あの楽しいは菜々さんと、そしてPタンがくれたものだったんだね」
「そう言ってもらえると過去の俺も浮かばれるな」
「でも唐突にどうしたの、Pタンは昔話なんてする柄じゃないでしょう?」
「明日のお前を少しでも応援してやりたくてな。俺はプロデューサーらしいことをお前にちゃんとしてやれてる自信がないからな」
全く。昔話だけじゃなくてこういうのも似合わないんだね。
「いいんじゃない、こういうプロデュースもさ。私はその辺よく知らないけれど」
「適当だなぁ」
「それじゃあ今度は私が言うよ」
ソファに座っていた角度を精一杯彼の方へと向ける。ちょっと苦しい姿勢だけれど今は全く苦にもならない。
「Pタンは私にキラキラの世界を教えてくれた。ただ憧れていただけの世界に手を引っ張っていってくれた。私、三峰結華はアイドルになれて幸せです」
Pタンが何やら口を開きかけたのが見えたがそんなのは気にしない。どうせこの人は「俺は大したことはしてない」なんていうのが落ちなんだから。
「Pタンがシンデレラに魔法をかける魔法使いになれなかったことを心残りにしているのは知ってるよ。でもPタンはPタンだから。みんながみんな魔法使いに似合ってるわけじゃないと思うよ。二人で一緒にトップアイドルになれる魔法を探しに行く、そういうプロデュースもありなんじゃないかなって私は思うな」
アイドルになって何か月も経った。その間、悩んで、もがいて、苦しんで。他の人たちと比べたら短い時間かもしれないけれど、私の人生にとってはとっても貴重な時間だった。
大好きを再確認できた。自分とちゃんと向き合えた。ステージの上のキラキラを教えてくれた。そんな素敵を沢山くれたから。そんな貴方だからこそ―。
「そんなPタンと、私はいちばんぼしを追いかけたい」
「結華、調子はどうだ?」
「何をいまさら。三峰にばっちり任せといてよ!」
「それなら安心だな」
ステージの上では東豪寺プロの新人アイドルがこれでもかと会場を沸かせている。
怖いか怖くないかと言ったら正直怖い。
でも問題ない。頼れる仲間が教えてくれたことと、頼れるプロデューサーが伝えてくれたことがこの胸にしっかりと刻まれているからだ。
「さあ!W.I.N.G決勝も残るは僅か!続いての出場者は283プロダクションきっての元気印!アイドルに憧れて3千里、ついにはここまで来ちゃいました、三峰結華さんの登場です!」
野外ステージにも関わらず会場では多くの声援が上がっている。ただの女の子だった私が、こんなにたくさんの人に応援されてステージの上に立つことが出来る。それだけで胸が張り裂けそうだ。
「そんじゃ、探してこい」
「うん行ってきます!」
時刻は午後6時。ステージからはばっちりと一番星が輝いて見える。
ということでお読みいただきありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
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完結まであとちょっと。頑張っていきますので引き続きよろしくお願いいたします。