いちばんぼしを追いかけて   作:くまたろうさん

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新しいお話です。今回も楽しんでいただけると幸いです。


紡ぎだすのは、はじまりのエピローグ

 小さいころからの夢だった。

 いつからか諦めてしまっていた。

 手の届かない。叶わない夢だと思っていた。

 でも、それが今手の届くところにあるのだとしたら……。

 きっと、きっと私は……。

 

「待ってましたよ」

 

 ステージ袖。舞台へと駆け上がる階段の入り口に彼女は居た。

 

「ひおりん……」

 

 私に宣戦布告をくれやがったときと同じ表情。いつものライブ前の緊張しいは楽屋に置き忘れてきてしまったらしい。

 

「アイドルって何か、見つかりました?」

 

 いつかの答え合わせをしましょう、とでも言いたげな表情でこちらに視線を飛ばすひおりん。

 かつて二人でぶつかった壁。そしてそれを乗り越える術。その全てを表現する方法は……ステージの上にある。

 

「それでは続いてのアイドルは、283プロダクション所属アイドル三峰結華さんですー!」

 

 大きな歓声とともに耳に着けたインイヤーイヤホンから聞き慣れた音が聞こえてくる。今日のこの日の為、プロデューサーが方々に頭を下げて作ってもらった私の曲だ。

 駆け出す。手を振る。大きくどこまでも羽ばたくように。

 手を伸ばしたその先に、かつて見た夢の尻尾が揺れている。

 

「どもー!!283プロダクションから来ました!三峰結華ですー!アイドルの追っかけをやってたらいつの間にかステージの上に辿り着いちゃいました!今日は精一杯盛り上げていきますので名前とコールだけでも覚えていってくださいねー!」

 

 会場内、まるで星の海のように揺れるのは何色ものカラフルなサイリウム。いろいろなものに染まっていける私らしい色だ。

 

「いっせーのでっ!」

「「「「はぁい!!!!」」」」

 

 コール&レスポンス。会場一体が私の声に答えてくれるこの感覚。私が振り上げた拳が大地を揺らし、帰ってくる音が空を震わせた。

 

「いっちばん後ろの席まで見えてるからねー!なんてこれ春香ちゃんの台詞じゃんっ!」

 

 先輩だけどお構いなし。弄って尊敬して、そして感謝しているその気持ちを、精一杯に声に乗せる。

 

「それじゃあみんな、ありがとー!!!」

「「「「うわぁああああ!!!!!!」」」」

 

 最後のキメポーズ。バッチリ練習どおりだ。会場全体の声が一つになる。当然だ。なんてったってここに居る人たちはみんな、私含めアイドルが大好きなのだから……。

 その後のことはよく覚えていない。

 気づけば私はステージ袖に居て、そしてそのままふらふらと浮ついた意識の中今は楽屋の隅っこでステージが映るモニターを魂の抜けたように眺めていた。

 

「346プロダクション、乙倉悠貴ですっ!今日は全力でステージを走っていきますのでよろしくお願いしますっ!」

 

 ステージでは346プロの乙倉ちゃんが踊っていた。相変わらずスラリとした長い手足がまるで鞭のようにステージ上を駆けまわっている。可愛い衣装が相まってフリフリが楽しそうに動き回っているみたいでとても奇麗だ。

 それに、彼女の笑顔からもまた元気が貰える。元気な笑顔と元気なダンス、そして可愛らしいけど前向きな歌声。先ほどまでどこかに行ってしまって迷子になっていた私の魂も、いつしかすっかりただのアイドルオタクの元に戻ってきていたようだった。

 

「ミッミミ~ン!」

「ぎゃっ!!」

 

 ふと、左頬に私の火照った体には似合わないほどの冷たい感触が襲い掛かってきた。

 

「ごごごめんなさい……そんな変な声が出るとはっ」

「変な声って……ってウサミン!?」

「キャピッ!今日も元気にメルヘンチェーンジ!歌って踊れる声優アイドルウサミンですっ!」

 

 こうして会うのは二回目だろうか。そこには自販機で買ったであろうスポーツドリンクを右手でフルフル震わせている、アイドル安部菜々の姿があった。

 

「菜々さん……何してるんですか?審査員なんじゃ……」

「あー、それは……」

 

 ちらと菜々さんが視線を動かした先には、天海春香ちゃんが何やら言いたげな表情でウサミンを見つめていた。

 

「春香ちゃんが見てますよ……」

「春香ちゃんにはすぐに戻るって言ってあるので大丈夫です!多分!きっと!」

「いや、だんだん自身無くなってますやん……」

 

 天海春香ちゃんも菜々さん同様今日765プロから参加しているW.I.N.G特別審査員の一人だ。アイドル黎明期を支え、765の精神的主柱を担ってきたまさにアイドル界の伝説的存在。

 ちなみにさっきステージで行った弄りは春香さんが実際にとある劇場で行ったパフォーマンス。その時会場後方のチケットしか取れなかった私はその時の春香ちゃんの台詞にいたく感動したものだ。

 このエピソードがあったおかげで春香ちゃんはさっきの下りをやることをあっさりと了承してくれた。この辺の器の大きさもトップアイドルに必要な条件なのかな。

 

「で、お忙しそうな菜々さんがこんなところにどうしたんですか?」

 

 本題は戻るが今の最もな疑問点は目の前の菜々さんだ。ステージの上では今も私と同じぐらいの年齢のアイドルが大きな盛り上がりを見せている。

 当然ながらここまでくる実力者。みんな私なんかとは比べ物にならないくらい歌もダンスもキレキレだ。あ、あの子可愛いな。後でチェックしなきゃ。

 

「あー、どうしても結華ちゃんに伝えておきたいことがありまして」

 

 真剣な菜々さん。改まってどうしたのだろうか。

 

「あ、あの……」

 

 この場を打開しようと何とか開いた私の口は、菜々さんの可愛らしい手のひらにピタと止められる。

 

「あの人と、ここまで来てくれありがとうございます。私のところまで、辿り着いてくれてありがとう。あの人に、新しい世界を開いてくれてありがとうっ……。結華ちゃんの生き様ぁ……ナナぁ……確かに……見届げまじたぁっ……」

 

 後半は声にならないほど震えていた。

 そうか……私、約束守れたんだ。

 

「私……ずっと不安でした。私なんかにアイドルになれるのかって。キラキラとステージの上で輝いていて、見ている人みんなを元気にできる。そんな真っすぐで憧れの存在に私なんかがなれるのかなって」

 

 ふと、痛い程握りしめていた手が温もりに包まれる。

 

「ナナも最初はそうでした」

 

 気づけば菜々さんはこちらの手をぎゅっと握りしめ、今にも泣きだしそうな表情でこちらを見ていた。

 

「プロデューサーさんと二人、毎日いろんな不安に襲われながら歩いてきました。怖くて、逃げ出したくて、こんなのが憧れていた世界なのかって。でも、いつか沢山の人たちの前でステージの上で歌って踊れるのを夢見て、今日ここまで歩いてきました」

 

 菜々さんが右手でそっと目元を拭う。一瞬隠れた彼女の表情。それがまた再び確認できるようになったときにそこに見えたのは、アイドル安部菜々、その全力の笑顔だった。

 

「結華ちゃん。今日ステージの上に立っていた貴女は、確かにアイドルでした。ナナや春香ちゃんに負けない、素敵な輝きでした!」

 

 まごうことなき菜々さんの称賛。嬉しいとか照れ臭いとかそんな言葉が陳腐になりそうなくらい、ただただ心が震えるだけだった。そんな言葉が、たまらなく胸を熱くさせた。

 Pタン。私、立派なアイドルになれたよっ。

 

「さっ、次は283の灯織ちゃんのステージですよ!同じ事務所なんでしょう!応援してあげなくちゃですね!」

 

 ウサミンの言葉につられるように楽屋のモニターへと視線を向けると、そこにはひおりんの姿があった。

 

「菜々さん……」

「ん?」

 

 モニターに映るひおりんの姿。そこから出てきたのはただただ私の素直な言葉。子どもみたいなちっぽけな感想。

 

「キラキラだね、ひおりん……」

「はい!菜々もそう思います!」

 

 一挙手一投足、聞こえる一音一音が胸を震わせて、そしてどこまでもワクワクさせてくれる。これが、アイドル。

 

「アイドルって、いいなぁ……」

「……ナナも、私もそう思います」

 

 そう、ここはまだ通過点。私にはこれから沢山の出来事があって、沢山の壁にぶつかって、そしてその度に思うのだろう。アイドルって、いいなって。

 だから今日の出来事も沢山の出来事の一つに過ぎない。でも、大切な一ページ。三峰結華のアイドル譚の大切な一ページなんだ。

 

「さ、行こうか結華ちゃん。結果発表が待ってるよ」

「はい!」

 

 

 

 

 

「それでは灯織と結華のW.I.N.Gお疲れ様会を開催するたいぃ!!!」

「いえ~い!」

「お疲れ様だぁあ!!」

 

 その日の夜、私たちの為に事務所でささやかなお疲れ様パーティーが開かれた。ちなみにさっきの声は上からこがたん、はづきさん、そして社長の順番だ。

 

「この度は二人とも、よく頑張ってくれた!残念ながら結果は伴わなかったが、君たちは我が事務所の自慢のアイドルたちだっ!」

 

 社長が目からボロボロと雫を流しながら手に持った紙コップからお茶が飛び出そうな勢いで挨拶を行っている。

 社長の言葉通り、結局私たちはW.I.N.Gの頂点に手が届くことはなかった。ひおりんが審査員特別賞を受賞していたけど結局のところグランプリは346の子が持っていってしまった。

 

「二人はよく頑張ったばいっ!会場で見とって泣きそうやったよー」

「そうですね~、二人が頑張ってたところはよおく知ってますし、いいステージでした」

 

 気づけばこがたんとはづきさんまで変な熱が入っているみたいで私とひおりんは若干その空気に引き気味に視線を交わした。

 

「結華さん、ちょっと……」

 

 ひおりんが手招きをするような仕草と共にこちらに声を掛けてくる。私がそれに気づくのを確認すると何やら上へとちらと視線を動かす。なるほど、屋上に行きたいってことか。

 

「寒いね」

「ですね」

 

 12月の寒さは先ほどまで暖房が効いていた事務所とは対極的に私たちの体温を奪っていく。

 お疲れ様会の会場からくすねてきたおやつをそっとひおりんに差し出しながら私は安全柵へと体重を預けた。

 

「で、どったの?」

 

 何となくひおりんの言いたいことは分かってるのに私はついおどけてそんな言葉を選んでしまう。

 

「ありがとうございます」

「お礼を言われるようなことはしてないよ」

 

 ひおりんが私に感謝していることはひおりんのW.I.N.G予選の時からずっと感じていた。まぁ、二人で悩んできたことだ。それが解決したからっていう気持ちは分からなくもないけれど、それは結局自分に帰ってきてるわけだし。

 

「わかってますよ。結華さんの気持ちは。……何となくですけど」

「じゃあ今更」

「でも、ちゃんと言わなきゃいけない気がして」

「ひおりんは律儀だね」

「だって……」

 

 そこで一瞬言葉が詰まってしまったかと思うとひおりんは私の手に残っていたピーナッツを全部ひったくると勢いよく口の中に詰め込んだ。

 

「んくっ。だって、結華さんは約束、守ってくれました」

 

 そりゃ当然だ。あんなこと言われて折れるようじゃ私が廃る。

 

「それに、結華さんのお陰でアイドルになれました!」

「……私もだよ。私も、アイドルになれた」

「一緒ですね」

 

 きっと想いは一緒だ。ずっとアイドルって何なんだろうって考え続けていた。その答えが見つかって、その答えはきっと違うだろうけど、それでもきっと、アイドルになるってそういうことなんだろう。

 

「ライバルだね」

 

 今日改めて痛感した。この世界には沢山のアイドルが居て、でもそのトップに立てるのはほんの一握りしか居なくて、それでもその中でみんなが自分のアイドル像を信じて戦っている。

 今目の前のアイドルは、これから戦っていく沢山のライバルの一人。

 

「トップアイドルって、遠いですね」

 

 ふと、ひおりんが空を見上げた。そこには無数の星々が輝いていて、でもその中でも金星だけは

ひと際眩しく輝いている。

 

「ね、遠いね。いちばんぼしって」

「負けませんよ」

「……私だって」

 

 最大限に笑って見せる。ステージの上に匹敵するぐらいの満面の笑み。それが今後のライバルに送れる最大限の称賛。私のちょっと前を走る、眩しい星へのお祝いだ。

 

「それでは、冷えるのでお先に戻りますね」

「あ、じゃあ三峰もそろそろ戻ろうかなぁ……」

 

 流石にこの季節の外は冷える。私も暖かい事務所で暖を取ろうかと腰を上げたその時だった。

 先を歩いているひおりんがふとこちらを振り向いた。振り向く姿すら様になってるとかズルいなおい。

 

「残念ながら、結華さんが温まれるのはもうちょっと後になりそうですよ」

「えっ」

 

 ひおりんの言葉に驚いて、慌てて再び彼女の姿を視線に捉えようとしたその時だった。彼女の姿がすっと階下へと続く扉からずれる。そうか、私はずっとこの人と歩いてきて、これからもこの人と歩いていきたいんだ。

 

「灯織からここに居るって聞いたんだ」

「Pタン……」

 

 今、一番私の高まる想いを伝えたい人。プロデューサーの姿がそこにはあった。

 

 




ということでお読みいただきありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
普段より、閲覧、お気に入り登録等ありがとうございます。
ご感想や評価等併せて頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。

次回、最終回です。
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