冬場の屋上は風を遮るものが少ないせいか普通に外を歩いているときの何倍もその冷たさが体の芯を貫いていくような感覚を覚える。
「うう、寒ぃな」
口から零れた息が白く濁り、雲一つない真っ暗な空へと溶けていった。
俺は昔から高いところが好きだ。まぁ、昔から何とかと煙は高いところが好きだなんて言うけれどそれはあながち間違っていないんだろう。
夢を追いかけて、夢に縋って、給料も大していい訳じゃない、休みも不定期なこの仕事にいい歳していつまでもしがみ付いているのだから。
でも、そんな馬鹿な俺が俺は気に入っている。そう思えるようになったのは目の前でこちらをただきょとんと見つめて立ち尽くしている俺の担当アイドルのおかげだろう。
「灯織からここに居るって聞いたんだ」
『屋上に居ます』。灯織から送られてきた連絡は簡潔なものだった。誰がとか、何のためにとか、そういうのは一切ない。でも、行くべきなんだろうな。そう感じさせる短いもの。
「Pタン……」
俺がそこに居るのが未だに信じられないのだろうか。キョトンとした表情がなんか面白くてたまらず口から笑みが零れる。
「ちょ、なんで笑うのさっ!」
「なんて顔してんだよ。ほら、せっかくだしちょっと話そうぜ」
そう言いながら屋上の空いたスペースへと結華を促す。
手摺へと背中を預けながらふと足元を見ると小さなピーナッツの欠片が目に入った。
「お前ら……こんなところでアイドルが柿ピーなんか食ってんじゃねぇよ」
「い、言っておくけど零したのはひおりんだからねっ!」
「別にどっちでもいいんだけどさぁ、社長がつまみがねぇって嘆いてたぞ」
「いや、事務所でお酒飲まないでよ!」
「はづきちゃんも飲んでたのは流石に引いた」
「あの人までっ!?」
酔っぱらった成人二人に絡まれてあたふたしている恋鐘の姿を思い出す。あれは正直傑作だったな。普段振り回す側の恋鐘が慌てていたのは傑作だった。
「恋鐘が俺にヘルプの視線を何度も飛ばしてたのは言っちゃ悪いがめっちゃ面白かったぞ」
「……可愛かった?」
「可愛かった」
「それは惜しいことをした。後でひおりんに画像送ってもらおう」
「それまでに矛先が灯織に移らなきゃいいな」
「そん時はこがたんにひおりんの画像送ってもらう」
「……鬼か」
「ただのアイドルオタクですっ!」
「ねぇ……」
ふと、結華が空を見上げた。
「ん、どうした?」
つられるように俺も自然とそちらへと視線を向ける。
「星、綺麗だね」
雲一つなく、空気も澄んでいるせいだろうか。東京という場所には似合わないほど夜空には無数の星が瞬いている。
「だな」
「そういえばさ」
「ん」
俺の隣で結華がトレードマークの眼鏡を服で拭うのが気配で分かった。
「この前事務所で星の話したじゃん」
「星の話?」
この前って言うときっと結華のW.I.N.G予選が始まる前に二人で話した時だろう。星の話なんてあの時出たっけか。
「あー、言い方悪かったかも。最初に二人で会ったとき。二人で見た空の話」
結華の言葉で思い出す。そういえばそんな言葉も交わしたっけか。雨上がりの空に輝く星。確か結華もしっかりと覚えていてくれたんだっけか。
「思い出した?」
ふと結華と視線が合う。気づかぬうちにお互いがお互いの方へと顔を向けていたようだ。
「……ああ、ちゃんと思い出した」
「流石Pタン」
「そんだけで褒められてもなぁ。で、それがどうしたんだ?」
先ほどまで俺の様子を伺っていた結華の視線が再び空へと戻る。
「いや、遠いなって思って」
「遠いって何が」
「……星が」
確かに、俺たちの頭上で小さく、それでも力強く輝く星はどこまでも遠くに光っている。気持ちは何となくわかる。俺が高いところが好きな理由も、高いところに居ればそんな星にちょっとだけ近づける気がするからだ。
「あのね、ありがとう」
結華が小さく零す。声にならないような声。だが、二人しかいない静かなこの場所では確かに、染み込むように俺の耳にその声は届いた。
「アイドルにしてくれて、ありがとう。私にキラキラを教えてくれてありがとう。私に一歩踏み出すきっかけをくれて……ありがとう」
何度も何度も、まるで自分の心に刻み込むように彼女は俺への感謝の言葉を口にする。何がありがとうだよ。そんなのこっちの言葉だ。
「感謝の言葉はこっちの台詞だ。結華のおかげで、俺はまだここに居る」
「……なにそれっ。似合わなっ!」
「似合わないのはしかたないだろうっ!プロデューサーはみんなポエマーなんだよ」
「他の人を巻き込むのはどーなのよ」
「……竹内君はそうだった」
「えっ、あの人あの顔でそうなの!?……ふふっ」
「はははっ」
たまらずお互い顔を見合わせ笑い合う。ああ……いい時間だ。
「あのね、Pタン」
「どうした結華」
腹から笑ったせいだろうか。今まで抱えていたものが急にどこかに行ってしまったかのような感覚になる。今なら、恥ずかしいことも何でも言えそうだ。
「私ね、目標があるの」
「……そうか」
「Pタンに誘われて、アイドルになって、菜々さんに会って、W.I.N.Gに出て……。でも、三峰結華のアイドル譚はまだここで終わるようなものじゃないって思う。……違うかも。私が、終わらせたくないって思っている」
「俺もだよ。菜々と離れて、346を辞めて、もう俺にはプロデューサーを続けることなんてできないと思っていた。でも今は違う。結華と出会って、アイドルが大好きだった気持ちを思い出して、キラキラの世界に憧れていた時の気持ちを思い出して、俺にとってアイドルというものがどれだけ大切なものだったのかを思い出した」
ふと結華が立ち上がる。その視線はしっかりと夜空を見上げて、そのまなざしを逸らそうとはしない。
俺もそんな彼女に倣い彼女の隣まで行くと同じように顔を上げる。満天の星空。そんな星々の中で一つだけ、その輝きは俺の視線を確かに捉える。
「金星……」
「うん、三峰の視線も釘付けだよ」
そうか、結華の視線を捕まえたのはあの星か。
「あのね、Pタン……」
「あのな、結華」
その輝きは衰えることを知らず、見上げる人々全ての視線を攫って行く。そんな輝きに憧れて俺は……。俺たちは……。
「私、トップアイドルになりたい」
「俺はお前をトップアイドルにしたい」
いつの時代も、夢追い人はそれに手を伸ばそうとするのだろう。
『はい、ということで三峰結華と!』
『松田亜利沙でお送りする、二人のあいらじっ!今週のゲストはなんとぉー!』
『876プロダクションから日高愛ちゃんです!』
『よろしくおねがいしまぁああす!!』
『『愛ちゃんうるさいっ!』』
『っというお決まりの下りを決めたところで今週もアイドルちゃん達の話、沢山聞いていきたいですねぇ!』
『亜利沙ちゃん、アイドルがやっちゃいけない顔になってる……』
『ごごごごめんなさい結華さん!ラジオだからつい油断しちゃって……』
『あーあるよねぇ。愛ちゃんは逆にラジオだからこそ見たいな失敗談あったりする?』
『ありますっ!ラジオってピンマイクじゃなくてスタンドマイクって言うんですか?目の前にマイクがあることが多いじゃないですか!』
『あー、テレビ収録とかだと服にピンマイク着けるもんね』
『そうなんです!わたしてっきりそのつもりで……』
W.I.N.Gが終わり数か月が経った。最近、結華の仕事が増え、俺たちは毎日を慌ただしく過ごしている。あれもこれもW.I.N.Gでのパフォーマンスをしっかりと評価されているおかげだと感じている。
まぁ、仕事が増えるのはいいことだし結華自身もいろいろな仕事に挑戦できるようでこの生活を楽しんでいるみたいだ。
「Pタン」
「……ん、収録もう終わったのか。悪い」
「途中から聞いてなかったでしょ」
「だからすまんって」
「三峰ショック受けたからどこか美味しいところにご飯連れてってもらえないと心の傷が癒えないなぁ~」
「はいはい、何食べたい?」
「えっとねぇ……」
でも、その度に俺たちは痛感する。
手を伸ばそうとした先、星が輝くその場所が、いかに遠い場所かということを。
「どしたのPタン」
「ん?いやぁ別に……」
だけど俺は、俺たちはその場所から視線を外すことは出来ない。きっとその憧れの虜なんだろう。キラキラと輝く、ステージの上の輝きの。
「ほら、ご飯食べたらまた収録なんだからさっさと行く!」
「そうだな、体調大丈夫か?」
「問題なっしんぐ!それに……」
結華の視線が一瞬下がる。トレードマークの眼鏡と帽子が影になってイマイチその表情が確認できない。
「どした?」
「それに、私たちに止まってる時間なんてないよっ!」
真っすぐなその目が俺をしっかりと捉えている。なんて奇麗な顔で笑うんだろう。
そして俺の憧れるアイドルの姿が、今目の前にあった。
「ほら、だって私たちはトップアイドルにならなきゃじゃん!」
「……だなっ!」
宵の明星。昼と夜とを分つその時間に、誰よりも先に輝いて、誰よりもその光を一番に放つその星を、人々は一番星と呼んだ。
誰よりも先で輝いて、そして沢山の星々に囲まれている満天の星空の中でもその輝きを強く放つその姿は、まさしくトップアイドルの輝きに相応しい。
俺たちは歩いていく。その輝きを追い求めて。立ちはだかる困難だって、どんなことがあっても乗り越えて見せる。憧れた輝きを、自分の手で手に入れるために。
だからこれからも君と二人、いちばんぼしを追いかけて。
ということでお読みいただきありがとうございました。
これにて「いちばんぼしを追いかけて」完結となります。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
また、ご感想や評価等併せて頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
普段より、閲覧、お気に入り登録等ありがとうございます。ここまで書いて来られたのも日ごろから読んでいただいている皆様のおかげです。
拙作だとはございますが、この作品からアイドルマスターが大好きな皆さんに何かしろの思いが届いたらなと感じています。
W.I.N.G優勝は、アイドルにとっては通過点にすぎません。True Endは新しい物語の始まりでもあります。これからも皆さんと一緒にシャニマス、そしてアイマスを楽しんでいけるといいなと思います。
次回作、また並行して連載している作品の方もよろしかったらお願いいたします。それではまたみなさんにこうして挨拶をお届けできる日まで。