いちばんぼしを追いかけて   作:くまたろうさん

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新しいお話です。



暗雲と記憶、付き纏う壁

 アイドル三峰結華の初仕事であるその日はそれはそれはいい天気だった。日曜日のショッピングモールは大いに賑わい、物産展のために設けられたイベントブースもそれなりの集客を見せている。

 

「ほー!そしたら今の時期は千葉のネギがおすすめ!そういうわけなんですね!」

「そうなんですよ。だから今日お買い物に来てくださっている皆さんもぜひ千葉の美味しいネギを買って帰ってくださいね!」

「三峰もネギは大好きなんです!お味噌汁や薬味、冬の時期には鍋や湯豆腐の材料にと年中大活躍の野菜ですもんね!それでは千葉県東葛飾ネギ農家のみなさんでした!ありがとうございました」

 

 イベントブース中央に位置するイベントブースの上ではいつもの雰囲気とは違うイベント用の落ち着いた衣装を着た三峰がネギを両手にぴょんぴょんと動き回っている。

 やっぱりこの仕事に三峰はぴったりだったようだ。初めての仕事だというのに特に緊張や余計な空回りなどはなく、持ち前の明るさとコミュ力で商品紹介に来た参加者と和気あいあいとトークを展開して商品の魅力を引き出していた。

 

「それでは午前の部はこれまでになります!午後からもまだまだ千葉の魅力的な商品をどんどん紹介していきますので会場にお越しの皆さんも午前中で帰っちゃわないで午後の部も三峰と一緒に千葉の魅力に触れていきましょうねー!それでは午後の部は13時より再開となります!」

 

 イベントブース前に用意されている客席へと元気よく手を振ると三峰はステージ袖へと引き換えしていく。俺は客席後方からそれを確認すると会場に出店しているブースから昼ごはんになりそうなものを何品か買うとステージ袖の控室へと向かった。

 

「お疲れ様」

「おっ、Pタン!控室にいないからどうしたのかと思ってたよー」

 

 控室に入ると滲んだ汗をタオルで拭っている途中だった三峰と目が合った。

 

「あんま強くこするとメイクが剥がれるぞ」

「本番前にもっかい確認するから問題なっしんぐなのだよ~」

 

 そういって笑う三峰についつい申し訳なさが先行して俺は視線を下げてしまう。

 

「すまんな、スタイリストの一人も用意できない貧乏事務所で」

「それは言わない約束でしょ?それに、ステージ用のメイクなんて普通に生活していたら勉強なんてしないから楽しいよー」

「そうか」

 

 楽しそうに笑う三峰をみて俺はこれ以上この話題に触れるのも野暮だと思い口を閉じた。

 

「あれ?なんか美味しそうな匂いがしますぞー?Pタン何買ってきたの~?」

 

 俺の手に持っているものを目ざとく見つけた三峰がこちらに顔を寄せてくる。近いってんだよ。

 

「昼飯にと思ってな。買ってきたんだ。弁当は事前に用意してもらったものがあるからこれだけな」

「おー具がたっぷりだぁ!」

 

 見つかってしまったそれをテーブルの上に零れないようにそっと乗せる。

 

「豚汁かぁ!ネギたっぷりだね!」

「ここに出店しているいろんなブースの選りすぐりの農産物を使った豚汁らしいぞ。三峰がさっき最後に紹介したネギ農家さんのネギもたっぷりだ」

「ほうほう……いい香りがしますなぁ。ねぇPタン、食べてもいい?」

「ああ、弁当はあそこに置いてあるから勝手に取って食べてくれ。お茶も近くに置いてあるから」

 

 俺は部屋の隅の小さな段ボールを指さす。朝のミーティングの時に打ち合わせしてあった通りに昼前に控室に搬入されていたものらしい。

 

「ありがとねん!そういえば……Pタンはお昼食べないの?」

「俺はこの後スタッフさんともう一度打ち合わせがあるから」

 

 三峰がなぜか不安そうな表情でこちらを見ている。何を心配しているのやら。

 

「大丈夫だよ。三峰の午後一発目の出番中にここで食べるから」

「そう、よかった……」

「なんでそんな心配してんだよ」

「はづきさんから最近Pタンまた食事の時間少なくなるくらい忙しそうって話を聞いたから……」

 

 まったくはづきちゃんも余計なことを……。忙しいのは事実だが、そこまで切羽詰まってないと、思いたいのだけれど。

 

「すみません、プロデューサーさん。午後の打ち合わせを軽くやりたいんですけど……。三峰さんも後でお願いしても大丈夫でしょうか?」

 

 ふと、控室のテントの袖から黒いTシャツに身を包まれたスタッフさんが入ってくる。今日一日お世話になっているイベント企画会社のスタッフさんだ。

 

「ああ、すみません、もう時間でしたね。只今向かいますので、申し訳ありませんお待たせして」

「いえ、取込み中だったらすみません」

「たいしたことないので気にしないでください。それじゃあ三峰、行ってくるな」

「うん……」

 

 最後の最後まで三峰の心配そうな表情は消えなかった。まぁ、彼女のことだ。本番が始まったらちゃんと先ほどまでの笑顔に戻ってくれるだろう。それよりも、なんだかいらん心配をかけたようで罪悪感が沸いてくるな。

 せっかくの三峰の初舞台だ。しっかりといいものにしたいという気持ちは非常に強い。アイドルとしての初仕事。アイドルが素敵な物なんだってのを、お客さんの前で笑顔を届けることが何よりも楽しいことなんだっていうのを身をもって感じてもらいたい。

 

「それじゃあ、こんな感じで進めますので……よろしくお願いいたします。三峰さんには朝の打ち合わせと変更はないと改めて本番前に伝えさせていただきますので」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 スタッフさんと軽く打ち合わせを終えると俺は手持ち無沙汰になってしまった。控室に戻ったらもしかして三峰が着替えてるところに鉢合わせてしまうかもしれないし、特に戻ってもやることはないからだ。

 

「それにしても……」

 

 見渡した会場は結構な賑わいを見せている。そういえば、この辺はあいつの地元の近くだったか。まさか鉢合わせたり、なんてな。今じゃテレビにラジオにと引っ張りだこだ。こんなところで休日を過ごしている訳がないじゃないか。杞憂に決まっている。

 それにしても、今じゃもうテレビを付ければ見かけない日の方が少ないくらいに人気になってしまったな。あの頃は二人で汗水たらしながら頑張ってたっていうのにそれがもう10年以上昔のように感じてしまう。たった2年前の話だっていうのにな。

 その時、先ほどまで照り付けるように降り注いでいた太陽が厚い雲に覆われてしまったせいか足元の地面を暗く色づけていることに気づいた。

 俺の鬱屈した気分に引き寄せられてしまったのか西の方には灰色の雲が広がっている。

 

「もしかしたらヤバいかもな……」

 

 スマートフォンは13時まであと20分ほどのところを告げている。そろそろ控室の方へと戻るか。

 

「あ、Pタン、戻ったんだね」

 

 戻ったときには控室の方は既に空で、三峰の姿は舞台袖にあった。

 

「おう、打ち合わせの方は上手くいったか?」

「うん、スタッフさんともしっかり打ち合わせしたよ」

「そうか、それなら午後も大丈夫そうだな」

「そうだね、でも……」

 

 そこで言葉を区切ると彼女は心配そうに西の空を見上げる。

 

「スタッフさん曰くもしかしたらこの後雨になるかもしれないって……」

「そうか……」

 

 寂しそうに笑う彼女に俺はそれ以上何も声を掛けることができなかった。

 

「ま、与えられた仕事はきちっとこなしてみせるよ!まだまだお客さんも沢山いるし、紹介をしてくれる人もちゃんと来てくれてるからね!一発目は海産物だよ!三峰お刺身とかに憧れがあるんだよねー!大学生の一人暮らしだと生魚なんてめったに食べないからっ。あー楽しみだなぁー」

 

 まるで自分を鼓舞するかのように声を張り上げる三峰の姿に少しだけ俺も元気を貰えたような気がした。

 西の空を覆う黒い影はだんだんとその姿を大きくしている。

 それがまるで俺たちの今後を阻む大きな壁のように見えて思わず足が竦んでしまった。

 道のりは、まだ遠く険しい。

 

 

 

 

 控室には暴力的に打ち付ける雨音だけが五月蠅く鳴り響いていた。

 

「結局こうなっちゃったね」

「そうだな……」

 

 その後、イベントは大きな問題もなく淡々と進んでいたが、後半に突如降ってきた雨により一時中断となっていた。

 右手に握りしめたスマートフォンの天気予報はこの後のイベントの再開はありえないだろうことを告げている。

 俺と三峰の二人だけの空間には重苦しい空気が漂っている。

 

「ねぇ、プロデューサー。私がアイドルになることって間違ってたのかな」

「どうして急にそんな結論になるんだよ」

 

 そんな空気の中ポツリと呟いた三峰の言葉に胸が締め付けられるような錯覚を覚える。お前がそんなことを言い出したら、既に俺はアイドルのプロデューサーであることが間違いなんだろうよ。

 

「だって、初めてのイベントが雨で中断なんて。やっぱりお前がアイドルなんてやめとけっていう神からのお告げなんだよ」

「お前、神とか信じるような奴だっけ?」

「ネットで素敵な曲を聴いたときとか、アイドルのライブでキラキラした場面に出会ったときはよく口にしているよ。神曲だーとか、これは神ですわーとか」

 

 まぁ、それに関しては事務所内外関わらずこいつと一緒にいるときにはよく聞くけども。今はそんな話じゃないだろう。

 

「名曲も名シーンもありゃ全部人が作り上げたものだろうが。俺らが勝手に奉り上げてるだけだ」

「いや、まぁ……、そりゃそうだけどさ……。なんか、夢を諦めきれずに縋り続けるのってなんか惨めなのかなって」

「それ以上言うな」

「普通のアイドルファンなんだよ、私は。それでよかった……はずなのに」

 

 悔しさに握りしめられた三峰の両手が静かに彼女の膝の上で震えている。アイドルだって一人の女の子だ。やめようと思えば元の生活に戻れるはずだ。彼女がうちの事務所に所属して十日。大きな仕事は入っていないし、他の仕事も他の子たちに回せる。こういう時にスケジュールと仕事のことにすぐに頭が行ってしまうあたり俺はプロデューサー失格なんだろう。自分のことをぶん殴ってやりたくなる。

 こんな時に、俺は彼女にかけるための言葉が出てこなかった。

 

「すまん、暖かい飲み物でも買ってくる。体、冷やすなよ」

「うん、ありがと」

 

 逃げるようにテントから飛び出す。スーツが濡れることも気にせず今はただ、独りになりたかった。

 あの日もこうして彼女の前から逃げ出した。かける言葉が見つからず、自分の力と運命に絶望して、そしてそこから目を逸らすために彼女を置き去りにした。何度も壁にぶつかりながら自分を貫き通して前に進んでいく、そんな彼女が眩しくて、そんな彼女に憧れて、そんな彼女を一番にしたくて。

 幻聴のように彼女が俺を呼んでいた時の声が頭の中に聞こえてくる。プロデューサーさん、プロデューサーさんって。悩みながら、ボロボロになりながら、それでもうまくいかなくて、俺は、俺だけが折れてしまったんだ。

 

「プロデューサーさん」

 

 ほら今もこうして幻聴が聞こえてくる。彼女が俺を呼ぶ声が。

 

「また下向いてるんですか?」

 

 その声はまるで転んだ子どもをあやすような暖かい声で。

 

「顔を上げてください」

 

 その声に動かされるように地面ばかり見えていた視線を上げる。そこには2年ぶりに直で見る彼女の笑顔がそこにあった。

 

「お久しぶりです、ナナですよ」

「菜々……?」

「もう、暗い顔してると幸せが逃げちゃいますよ?」

 

 絶対に会いたくなかった。でもこうして目の前にするとどうしようもなく愛おしく思えてしまう。逃げ出したって、壁はまるで自分たちをどこにも行かせないかのようにどこに行っても付きまとってくる。

 

 アイドル安部菜々という壁は、今日もこうして逃げに逃げた世界の隅で目の前で強く笑っている。

 

 




今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
安部菜々さん、第7回シンデレラガールズ獲得おめでとうございます。
結果発表当日にスマートフォンを握り締めてただ静かに泣いてしまいました。
彼女の夢の欠片と、努力の欠片がこうしてシンデレラガールという結晶になったことを何よりも嬉しく思います。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
併せてご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでよろしくお願いします。

次回も早めにお届けできるように頑張りますのでよろしくお願いいたします。
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