いちばんぼしを追いかけて   作:くまたろうさん

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もうちょい早く投稿できると思ったんだけどなぁ……
今回も楽しんでいただけると幸いです。


今はまだ、心遠くて

「ミニライブ?」

「うん、結華も一緒にどがんね?」

 

 飲みかけのスポーツ飲料から口を離しながら私は声の主の方へと顔を向ける。その日、ダンスレッスンを終えた私は同じくダンスレッスンを受けていた事務所の同僚であるこがたんに声を掛けられていた。

 

「急だねこがたん。ちなみに誰の?」

「灯織のライブ。なんか今度駅前のミニイベントでライブするらしいったい」

 

 こがたんはスポーツタオルで汗を拭いながら件のミニイベントの詳細を教えてくれた。途中たっぷりとこがたんエキスが染み込んだあのタオルは高く売れるんだろうなとかなんなら私が欲しいなとか余計なことを考えながらこの後のスケジュールを頭の中で思い浮かべる。

 

「ん~多分大丈夫だと思うけど……。一応Pタンに確認してみるよ」

 

 あの雨の日のイベントから既に3週間が過ぎていた。その間にもプロデューサーは小さなイベントのMCやこがたんのラジオのミニコーナーの仕事などを取ってきてくれていた。でも、あの日以来なんか恥ずかしくて肝心のPタンとは腹を割って話すことはできていない。

 暗い顔して控室を出ていったかと思ったら突然戻ってきてどこかすっきりした表情でやる気を出してるし……あの短時間で一体外で何があったっていうのか。

 

「じゃあ、行けるか分かったら連絡ば頂戴ね」

「こがたんはこの後空いてるの?」

「うんにゃー。この後はラジオの打ち合わせがあるとよー」

 

 こがたんはなんだかんだでうちの事務所の売れっ子アイドルらしく、と言っても私含めまだ283プロにはひおりんとこがたんの3人しかアイドルがいないらしんだけど……。それでも彼女は毎週小さなラジオ局のメインMCをやっている。また、たまに深夜のテレビ番組にも出てるらしく一般の人が目にする機会は意外と多いのだという。

 

「さすが、売れっ子は忙しいねぇ!」

「そがんことなかよ。うちはもっともっと頑張ってトップアイドルになるけんね!」

 

 彼女がこの事務所でアイドルになって1年半が経つらしい。高校卒業を期に上京して一人で夢の為に頑張っているみたいだ。ぎゅっと両手で小さくガッツポーズをするこがたんに思わず笑みが零れてしまう。持ち前のひたむきさと愛らしさに思わずこっちまで元気になってしまいそうだ。

 

「そっかー、三峰も応援してるね!」

「なんば言いよっと。結華も一緒にトップアイドルになるとよ。ってこがんことしよったらもう時間なくなりそう。じゃあまた後で連絡ちょうだいね!」

「あ、うん」

 

 そのまま慌てて荷物をまとめるとそのままこがたんはレッスン場を後にしてしまった。

 一緒にトップアイドルにねぇ……。思い起されるのは3週間前のプロデューサーの言葉。

 

「一番にして見せる……ねぇ」

 

 あの時確かに、私とプロデューサーの心は一つだった。一番になりたい。一番キラキラしたい。

そこに行くまではこんなところじゃ立ち止まっていられない。

 レッスン場の壁掛け時計はまだここの貸し切り時間まで30分ほど時間を残している。音楽プレイヤーのイヤホンを改めて耳に入れると再生ボタンに手をかけた。流れてくるのは今度ひおりんがライブで歌う彼女の持ち歌だ。誰よりも先に。でも、今は少しでも前へ。

 

 

 

 

 

「プロデューサーさん、最近お疲れですか?」

 

 事務所のデスクに突っ伏して頬から伝わるひんやりとした感触を堪能していると聞き慣れた声が耳に入った。

 

「ああ、はづきちゃん。お疲れ様。お昼から戻ったところ?」

 

 どうやらお昼ご飯を外に食べに出ていたはづきちゃんがちょうど戻ってきていたところみたいだ。

 

「恋鐘ちゃんが心配してましたよ?またプロデューサーさんお昼も食べずに机の上で溶けだしてるって」

「溶けだしてるってどんな言い方なんだよ」

 

 心配そうな表情をこちらに向ける恋鐘の姿を想像して思わず笑ってしまう。

 

「最近は灯織ちゃんのミニライブの調整で忙しそうでしたもんね。恋鐘ちゃんの送り迎えも相変わらずしてもらってますし」

 

 恋鐘と灯織の仕事は主に社長と親しくしている業界関係者からの工面らしく普段の俺は一切仕事を自ら取ってくるということはない。俺の主な業務は社長が取ってきた仕事の詳細を詰めて細かいところの調整をする程度のことだ。

 

「そうだね、ミニライブ、灯織も楽しみにしているみたいだし」

「普段からストイックな彼女もよりいっそうレッスンに力が入ってるみたいですね」

「ミニライブでもライブはライブですからね。彼女もこれを期に自信をつけてもっと立派なアイドルになってほしいものだけど」

 

 うちに来て半年、彼女は別の事務所で燻っていたところを社長が引き抜いたアイドルだ。未だ大きな舞台での出番はないが、今回みたいなミニイベントにたまに出演していたりする。彼女も努力家だからな。普段から接している身としてはアイドルとして一人前になってほしいと思っているのは当然のことだ。

 

「でも、最近は恋鐘ちゃんと灯織ちゃんのサポート以外でも頑張ってるみたいじゃないですか」

「何のことだか」

「結華ちゃんのことに決まってるじゃないですかー」

 やっぱりはづきちゃんには見透かされていたのか。俺が結華をプロデュースすること。

 

「遂にプロデューサーさんがプロデューサーさんになるんですね」

「ややこしい言い方になってるぞ」

 

 3週間前、俺は三峰結華を直々にプロデュースさせて欲しいと社長に直談判をした。社長が取ってきた仕事ではなく、俺が取ってきた仕事を結華にさせて欲しい。俺が導きたい方向に三峰をプロデュースしたいと。

 

「社長がこの前二人っきりの時にぼそっと零してましたよ」

「全く……何のために直接社長室まで言って二人で話したと思ってるんだあの人は」

「案外おちゃめさんですからね、社長は。それか、もしかしてわざとだったり?」

「何のために」

「ん~……強いて言うなら私もプロデューサーさんにはお世話になってますからね。心配だったんです。あなたのことが」

 

 はづきちゃんとの付き合いももう1年以上になる。まさかあの時からずっと誰も裏方が増えないとは思っていなかったが……。

 

「社長とプロデューサーさんだけだった二人っきりの事務所に私が事務員としてアルバイトに入って、それからずっとの付き合いです」

「一年ちょっとって短いようで長いからな」

 

 二年前、前の会社を辞めて毎日を無機質に過ごしていた俺のところに、どこから聞きつけたのか社長は俺を雇いたいと声をかけてきた。新しく芸能プロダクションを立ち上げる。事務仕事でいいから経験がある人間が欲しいと。正直新しい仕事を探すことを面倒だと感じていた俺には天から垂れてきた糸のようでそこから今に至るというわけだ。

 

「でも、これでプロデューサーさんをちゃんとプロデューサーさんって呼べるので嬉しいですね」

「そんな大したことじゃないだろうに」

 

 何かから逃げ続けてきた人間が、やっと前を向いただけだ。

 

「大したことですよ。私にとっても、みんなにとっても。みんなあなたが心配でした」

「なんかそれは悪いことしたな」

「もちろんです。せっかくの機会だし聞いちゃいますけど、283に来る前はどうしてたんですか?」

 

 そういえばはづきちゃんには俺の経歴を詳しくは話していない。せいぜい前の仕事でアイドルのプロデューサーだったってことを世間話程度に話したぐらいだ。

 あんま過去をほじくり返されるのは好きじゃないど、お世話になった身だしどうしたものか。

 

「えっと……」

「あ、答えにくいことだったら無理にとは……」

「いや、はづきちゃんにはよくしてもらったしなぁ……。昔346に居たんだよ。大学卒業してすぐ3年ぐらいな」

「346って346プロダクション!?大手プロダクションじゃないですか!プロデューサーさんすごいっ」

「会社はすごいけど俺がすごかったわけじゃねぇよ。そこでちょっとだけアイドルのプロデューサーをしてたって話さ」

 

 目の前のはづきちゃんは目を輝かせながらこちらを見ていた。まぁ、俺としては苦い思い出も他人からしたらそりゃ面白そうな話のタネなんだろうな。

 

「それで、どんな仕事してたんです!?」

 

 どこまで話していいものか、好奇心が隠せない同僚を前に逡巡していると、ふと誰かの気配をドア越しに感じた。

 

「おはようございます」

「あ、灯織ちゃんじゃない。おはようございます」

「お、灯織か。おはよう。今日は早いな」

「ええ、今日は職員会議があったんで早く帰れたんです」

 

 扉を開けたのはうちの事務所のアイドルの一人、風野灯織だった。彼女との付き合いも半年になるがいまいち距離感を掴めなくて苦労しているところもあったり。

 

「レッスン場、昼から抑えてあるからなんならもう行くか?」

「ええ、ミニライブも近いですから今のうちに苦手なところをもう一回確認したいです」

「相変わらず努力家だな」

「そんなことは……。ただ自分のやってることに自信がないだけです」

 

 表情に影を落とす灯織。彼女がそこまでストイックになる理由は完璧を求めすぎるからだと俺は内心考えている。きっちりと音程のとれた歌を歌って、ワンテンポもずれていないダンスを踊る。

 それは間違ってはいないのだけれど、彼女にはずっと何か欠けてるものがあるんじゃないだろうか。それでもそんな彼女に今必要なのは、自分がアイドルであるという自信だ。 

 

「灯織は立派にやってるよ。俺が言えた義理じゃないけどな」

「そうですか……。あのっ」

 

 そこまで言って言い澱む灯織。まぁ、理由はわかっちゃいるが。

 

「レッスン場まで送ってくよ。車出すから準備しといで」

「あ、ありがとうございます!」

 

 全く。送ってほしいぐらい素直に言えばいいのに。

 

 

 

 

「そしたらプロデューサー、何て言ったと思うね。安心しろ、恋鐘、俺がお前を無事に寮に送り届けてやるから。とか言うとばい!こっちが必死にアプローチしとるのにそいはなかと思わん!?」

「あ、あはは……それはそれはご愁傷さまで」

 

 ひおりんのミニライブ当日、会場近くの最寄り駅までの電車の中でこがたんの愚痴を右から左に流しながら私は今日のステージのことを考えていた。

 事務所の同僚アイドルのライブに行くというのは今日が初めてだ。アイドルのライブは行き慣れているもののこうしてお客さんとしてっていうのとは少し違った視点で見られるのはすごく勉強になると思う。

 

「ねえ、結華聞いとる?」

「うん、聞いてる聞いてる」

 

 こがたんとは事務所で待ち合わせをして会場へと一緒に向かっているのだけど、事務所を一歩出てからこれまでずっとPタンへの不満ばっかりだ。

 どうやらこがたんはPタンに気があるらしいのだが当の本人は知ってか知らずかそれをのらりくらりとやり過ごしているみたい。ってかアイドルの恋愛事情なんておいそれと人に話していいものなんだろうか。週刊誌だとトップ記事になりかねないぞ。まぁ、こがたん曰くまだ私はそんな週刊誌の一面を飾れるようなトップアイドルじゃないから問題ない、らしいのだが重要なのはそこじゃないと思うけど……。

 

「そういえばさ、こがたんPタンとはもう一緒にいて長いんだよね?」

「そうよ~、もう一年半ぐらいになるばい」

 

 そんなこがたんなら何か知ってるんじゃないだろうか。私はこの事務所に入ってからずっと気になっていることをここにきて尋ねてみることにした。

 

「Pタンはどうしてこがたんとひおりんのプロデュースをしないの?二人のお仕事って社長が全部取ってきてくれてるんでしょう?」

 

 何気なしに聞いた質問だったが、その瞬間こがたんの表情が少し曇ったのが分かった。

 

「あ、いやっ、言いたくないことだったら別にいいんだよ!?」

「……結華はずるかばい。うちはずっとずっとプロデューサーにプロデュースして欲しかったとに」

「なんかごめん……」

 

 二人の間に気まずい空気が流れる。流石にやってしまったと思ったのかこがたんは普段の明るい表情に戻るといつものように口を開いた。

 

「うちも詳しかことは知らんばってん、うちの事務所に来てからずっとプロデューサーはアイドルのプロデュースにどっか抵抗のあるように見えたとよ。何回かうちも聞いたことあるばってん、あの人ははぐらかしてばっかで全然話してくれんたい」

「昔何してたとかは聞いてないの?」

 

 私の最後の問いかけにこがたんは一瞬口ごもる。話していいものか悩んでるのだろうか。

 

「えっと……うちが知ってるのは、昔プロデューサーは346にいたってことだけたい」

「346っていうと346プロダクション!?」

 

 アイドル事務所としては最大手じゃないですか!今だって電車の吊り看板のところどころに346所属のアイドルが出ている宣伝広告が吊り下がっている。

 

「まぁ、結華にはもしかしたら話してくれるかもしれんよ」

 

 私たちが降りるホームへ電車が入り、扉が開くその前にこがたんはそれだけ寂しそうに呟いた。

 

「さ、灯織のために今日は精一杯コールするばい!結華お得意の盛り上げ術、しかと見せてもらうけんね!」

 

 先ほどの表情が嘘のように明るく声を上げるこがたん。どこか空元気に見えるその姿に私の心がチクりと痛む。

 

「ま、まかせてよ!三峰のコール術、しかとその目にご覧に入れましょう!」

 

 先を歩くこがたんに向かってこっちも精いっぱいの声をかける。

 こんなんで私は今日のライブから何か掴めるんだろうか。近づいてくるイベント会場の熱気だけが、そんな私の焦る気持ちを少しだけほぐしてくれる気がした。

 

 




ということで最後まで読んでくださってありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
また、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでよろしくお願いいたします。
次回も早めに投稿できるように頑張りますので引き続きよろしくお願いいたします。
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