「灯織、いけそうか?」
駅前広場の小さなイベントステージの袖、音響機器に手を付きながら大きく深呼吸をする灯織に向けて俺はそっと声を掛けた。
「問題ないです、プロデューサー。練習通りやるだけです」
「そうか……」
本番前の緊張を少しでも解してやろうと声を掛けたつもりだったが当の本人はいつも通りの顔をこちらに向けた。
「まぁ、ここ最近小さいながらもステージに立つ機会は増えてきたしな。俺も心配しすぎたかな」
「自分に実力が足りないことは承知の上で頑張ってます。今回のステージで少しでもランクアップできるように精一杯やってきます」
精一杯かぁ……。ちょっと前までの自分に聞かせてやりたい。あんな若い女の子が自分の人生を賭けて何かをしようとしているのに、俺はそれから逃げてばっかりだった。今は少しでも前を向けるようにと自分なりに試行錯誤をしてはいるつもりだが、それもいつまで持つかは分からない。
「そうか、楽しみにしているよ」
「……楽しみに、ですか?それはダンスも歌も間違えないようにってことですか?」
「違う。灯織がこのライブで何かを掴めることをだよ」
「何か……何か?」
俺の言いたいことは伝わっていないようで灯織は魚の骨でも喉に引っかかったかのような微妙な表情を浮かべる。
「今日この会場に集まってるお客さんは、灯織を見に来ているお客さんじゃないということは理解してるか?」
「ええ、それはそうですけど……」
今日のミニライブは元々市の広報活動の一環として行われるイベントの一つとして行われるものだ。相変わらず社長の謎の伝手から取ってきた仕事らしいのだが市のイベントに時間を貰うとかどういう伝手なんだろうか。
「そんなお客さんにどう風野灯織というアイドルを見てもらうか、そういうことを考えなきゃならない。もちろんそれは俺や社長が考えることなんだろうが、それを実行する灯織にもしっかりと考えてもらわなきゃいけないことだ」
「えっと、いまいちピンとこないのですが……」
そこまできて、直接本人に言うのは灯織の為にならないということに気づく。これはきっとアイドルであるということの根っこのところに関わってくることだ。自分でこれから成長しながら気づいていくことだと思う。
「えっと、すまん本番前に混乱させるようなことを言った」
「ほんとですよ」
「まぁ、今出せるものを全力で出し切って来いってことだ」
「わかりました。じゃあ、行ってきます」
灯織の曲の1曲目のイントロが流れ出す。その音に合わせて、彼女は全速力でステージへと続く階段を駆け上がっていく。たった10分少々の出番。それでも、アイドルが成長するには十分な時間であることを俺は知っている。
彼女がそう、教えてくれた。
聞き覚えのあるイントロが会場に流れ出す。私は家から持ってきたいつも使っているアイドルのサイリウムを一つ取り出すと隣のこがたんにも別のサイリウムを渡した。
「はいっ、こがたんの分」
「おー、結華ありがとう!」
「ふふふ……これは三峰7つ道具の一つ、ライブの必需品だよ!」
「さっすが、こういうのは結華に任せたら右に出るもんはおらんね!」
こちらに向けられた笑顔を見て先ほどまでこがたんに抱いていた小さな罪悪感は萎んでいく。
今はただ、ひおりんのライブに集中しよう。
「みなさんこんにちは、283プロダクション所属、風野灯織です。短い時間ですが、みなさんに素敵なライブを届けられるように精一杯頑張りますので、最後まで応援よろしくお願いします!」
ステージ上の彼女は、奇麗な衣装に身を包んで、なんというか、キラキラしていた。
「灯織ー、きれかよー!」
「ひおりんいいぞー!」
こっちだって彼女を盛り上げるように精一杯の声援を上げる。歌の途中に一瞬目が合って驚いた表情を浮かべたけど、その後何事もなかったかのようにパフォーマンスに戻っていったあたりは何となくプロだなぁと思ったり。
ひおりんのライブは、なんというか圧巻だった。さすが、日頃からこつこつ努力してるひおりんらしいというか、歌もダンスも完璧だ。なんというか自分とのレベルの違いを感じさせられ、思わず凹んでしまったことは内緒にしておこう。
「ん~、やっぱい灯織には足りんもんがあるねぇ」
短い出番が終わり、彼女がステージ袖へと引き下がった後、こがたんがふとそんなことを口にした。
「そう?三峰には完璧に見えたけど。ダンスも歌も見事だったよ!さっすがひおりんだね」
「うちの言いたかことはそがんことじゃなか」
「どゆこと?」
「ねぇ結華、この後時間ある?」
今日はオフだ。もちろん時間なんて有り余ってる。
「うん、どしたの?」
「ちょっと事務所にいかん?きっとプロデューサーも灯織も事務所におるよ」
「いいけど、なんかやりたいことでもあるの?」
「ちょっと気になることのあってね」
「そっか。ひおりんに感想早く伝えたいしいいね、三峰付き合っちゃいますよー!」
気になること、ってのが少し引っかかるけれども私がそこを気にしてもしょうがないか。それよりも今は今日のステージ良かったよってひおりんに早く伝えてあげなきゃ。
「こっから事務所まではまた電車になるけどもう向かっちゃう?」
「撤収作業で二人とももうちょいかかるやろうから、飲み物とかお菓子とか買っていかん?」
「こがたんナイスアイデアだね!それじゃあ事務所の最寄り駅にスーパーあるからそこでいろいろ買っていこうよ」
「そうね」
それだけ相談を済ますと私とこがたんはライブ会場を後にする。ひおりんが去った後のステージでは市のマスコットキャラクターがてくてくと可愛らしい歩みを見せている。大学の同じ授業の友達が所謂中の人、のアルバイトをしているらしいのだがもしかしてあれに入ってたりしないよね……?
去り際、こがたんが遠い目をしながらマスコットキャラクターを見ていた。「どうしたの?」と口を開こうとして咄嗟に声を押しとどめてしまったことの理由が、何となく自分でも理解できなかった。
「お疲れ様、Pタン、ひおりん」
「お疲れプロデューサー、灯織」
事務所の扉を開けると結華と恋鐘が事務所のソファーで何やら盛り上がっていた。
「お疲れ様です。プロデューサー」
二人の声につられるように給湯室からはづきちゃんも顔を出す。
「二人とも、今日は来てくれてありがとう」
俺の後ろから事務所に入ってきた灯織も二人に気づき声を掛けるとソファーへと腰を下ろす。なんだ、二人とも今日のライブに来てたのか。
「灯織は二人が来ることは知ってたのか?」
「いえ、二人の姿がステージ上から見えたので」
「ふふふ、ひおりんには内緒にしてたんだー」
「そーそー、うちらが来るって知ったら変に気負ったりせんやろかて思って」
「今更そんなこと……」
二人にからかわれるようにして弄られる灯織を見てると、やっぱり彼女がこの事務所で最年少であることを思い知らされる。普段しっかりしてる分こういう姿はなんか新鮮だ。
「ひおりんかっこよかったよー!この前一緒に練習してたステップもばっちりだったじゃん!」
「やっぱい歌とダンスは灯織にはかなわんねー」
「年長二人組は年下に負けないようにもうちょい頑張ってくれ」
両手を上げながら灯織へと平伏する19歳コンビを見ながらはづきちゃんが淹れてくれたお茶に口を付ける。歌とダンスは、ねぇ。この調子じゃ恋鐘はちゃんと気づいているみたいだな。灯織に何が足りないのか。
「そうだ、二人を労うためにお菓子とかお茶とか買ってきたからいろいろ食べちゃってよ!」
そう言って結華は俺の方に袋いっぱいに詰まったチョコレートを差し出してきた。
「悪いな。領収書とか貰ってきてくれたか?経費で落ちるぞ」
「そんな必要はないよ。これは私とこがたんからの気持ちだから」
「そーゆーこと、プロデューサーも固いことは言いっこなしたい」
「じゃあありがたく受け取っておこうかな」
疲れた体にはどうしてこうも甘いものが染みわたるのか。渡されたチョコレートは気だるげな体を優しさで包んでくれるかのようだった。これがチョコレートの魔力なのか、はたまた恋鐘と結華の優しさゆえか。
その時、ふと近くの灯織のポケットから着信音が聞こえた。
「すいません、母から電話です」
「気にするな、早く出てやれ。今日のライブにも来てくれたんだろう?」
「ええ、それじゃあちょっと失礼します」
携帯片手に灯織は事務所の隅っこの方へと歩いていく。
「あ、お母さん、今日は来てくれてありがとう。……うん、ありがとう。……今から?大丈夫だよ。……うん、楽しみにしてる。……いいよ、そんなこと言わなくて。恥ずかしいから……今?今は事務所。……分かった。じゃあそこまで行くね。それじゃあまた。ごめんなさい、今日はこの後両親が食事に連れていってくれるみたいなんで今日はここで失礼しますね」
電話を終えた灯織は俺たちに申し訳なさそうに顔を向ける。
「せっかく恋鐘さんと結華さんがいろいろと買ってきてくれたのに」
「気にせんといて!せっかくの一家団欒やもん。楽しんできんしゃい!」
「そーだよ!両親と一緒に居られる時間なんて貴重なんだから」
「ありがとうございます。それじゃあ今日はお先に失礼いたします」
律儀にぺこりと頭を下げる灯織とここぞとばかりに年上っぽく振舞おうとする年長二人組のギャップに何となく可笑しさを覚える。でもそうか、この二人は地元から出てきてるんだもんな。親が来てくれるっていうのは羨ましかったりするんだろうか。
「ああ、気にするな。今日はお疲れ様。気を付けて帰れよ。それと、うちに帰ったらしっかり体を休めるんだぞ。休むのも仕事だ」
「はい、ありがとうございます」
主役が居なくなったパーティー会場はちょっと前までの賑わいを失ってしまった。一番物静かな灯織が居なくなったってのにやっぱり主役はこういうときに必要な存在だということを感じさせてくれるな。
「さて、それじゃあうちも帰るばい」
机の上のお菓子群から適当にひったくったものをカバンの外ポケットにしまいながら恋鐘が立ち上がる。
「あら、こがたんも帰っちゃう感じ?」
「明日もレッスンやけんね。結華は明日も学校やろう?遅くならんようにせんばよ」
「はいはい、もう、こがたんはお母さんかなんかなの?」
「同い年やけんそがんことなか!」
仲良くじゃれつく二人を見ながら窓の外に目をやると日は沈み外は暗くなってきていた。
恋鐘はここから自宅が近いが結華はそうはいかないだろう。
「それじゃあ恋鐘、気を付けて帰れよ。なんかあったらすぐに連絡すること」
「なんもなくてもプロデューサーに電話してよか?」
全く、俺がお前の気持ちに気づいていないとでも思ってるのか。毎度のことながらこういうこと言われると俺も邪険にすると罪悪感がだな。
「それは遠慮してくれると嬉しい。家でも仕事してるからな」
「それはしょんなかね……。じゃあまた明日、お疲れ様です!」
最後には笑顔で事務所を後にする。こういう切り替えの早さというかなんというか。そういうところは恋鐘の長所だな。
「それじゃあ、結華」
事務所に残るアイドルはあと一人。俺の担当に声を掛けながら机の上に置かれている車の鍵を取りに行く。
「なに!?Pタン、どしたの!?」
「どしたのじゃねぇよはづきちゃんもあまり遅くならないようにね。一時間ぐらいで戻ってくると思うけど、社長が戻ってきたら戸締り任せちゃっていいから」
「は~い、行ってらっしゃい」
「いやいや、何!?三峰事情がよくわかんないんですけど」
俺とはづきちゃんへと交互に見ながらわたわたとしている結華へと俺は視線を戻す。
「帰るぞ、結華。送ってく」
初めて乗るプロデューサーの車の車窓からは見慣れない景色が淡々と流れていく。普段は電車で事務所には通ってるから初めて通るこの道は新鮮だ。
でも、二人っきりの空間で何となく気恥ずかしさを感じてしまって、事務所を出てから私とPタンはまともに口を聞いていない。
思い出すのは今日のひおりんのライブ。
とってもキラキラしていたし、何よりも自分に足りないものがたくさんあると思い知らされた。正直改めて自分の立っている場所を思い知らされているようで悔しかったってのも本音だ。でも、そんな思いのさらに上を、あの言葉が飛び回っている。
……ひおりんには足りないものがある。こがたんは確かにそう言った。あのパフォーマンスはこがたんにとってはまだまだだったのかな……。
「ねぇ、Pタン」
「どうした、結華」
両手でハンドルをしっかり握り、赤から青に変わる信号を眺めながらも確かにプロデューサーの意識がこちらに向くのが分かった。
「今日のひおりんのライブ、Pタン的には何点ぐらいだった?」
「そうだな……正直言って59点」
おいおい、あれで赤点って。じゃあ今の三峰は30点もないじゃん。
「なかなか辛口だねぇ。ステップ間違ってたとか歌詞間違ったとか?」
「そんなことはなかったぞ」
「じゃあ、何がダメだったの?」
私の質問にプロデューサーが少しだけ考え込むのが分かった。
『それじゃあ菜々ちゃんのシンデレラストーリーは始まったばかりなんだね!』
『はいっ!たくさんお礼を言いたい人がいますから。でも、直接お礼を言うのは難しいですから、ナナがステージに立ち続けることがその人たちへの精一杯の恩返しなんです』
点けっぱなしになっていたカーステレオからラジオの音が流れてくる。ゲストはウサミンなんだ……。
「そうだな、結華に宿題を出そう」
「宿題……三峰、大学の課題だけで結構パンパンなんだけど……」
「そりゃ悪いことをしたな。でも、これからアイドルを続けていきたいってんならこの宿題を受け取ってくれ」
何々、そんな大層な感じ!?気軽に聞いちゃいけないことだったのかなぁ。
「……ちなみに提出期限なんてのはあっちゃったりします?」
「そうだな、提出期限は……結華がトップアイドルになったとき、なんてどうだろう」
「宿題の内容なんてのは?」
「その前に少し長くなるけど聞いてくれ。今から話すのは俺の昔話だ」
ということでお読みいただきありがとうございました。
次回からPタンの過去のお話に入っていきたいと思います。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
次回以降も頑張っていきますので引き続きよろしくお願いいたします。