「結華」
名前を呼ばれ心臓が一つ大きく音を立てた。……ような気がした。
それは急に名前を呼ばれたせいか、それとも彼に名前を呼ばれたせいか。もし後者なのであれば私はこがたんのことを強く言えないな。
『そろそろお別れの時間になって参りましたね』
『ミミミ~ン!今日はありがとうございました!ラジオの前の皆さんにもメルヘンパワ~ちゃんと届きましたか!?』
『きっと届いたと思いますよ!それでは今日のゲストは、7代目シンデレラガールズ安部な』
先ほどから二人の間に流れていたラジオの音が唐突に途切れる。原因はPタン。カーステレオの音量ボタンをこれでもかというくらいに押し込んでいた。
「アイドル活動、楽しいか?」
Pタンの問いかけは三峰流インタビュー回答術に想定されている質問の一つだった。さて、どう答えたものか。
正直に言えば「楽しい」というのとは違うところに私のアイドル活動はある。最初は憧れに近づきたかったから。次は雨に泣く空に星を見たから。そして最後はこの前ひおりんが小さな星になっていたのを見たから。
私はただ、そんな星を追いかけているだけだ。
「そうだな、話を振ったのは俺だ。俺の話からしようか」
私の複雑な心境が透けて見えたのかPタンが話題を振ってくれた。俺の話っていうのはもちろん自分の過去の話ということだろう。
こがたんが言っていた。私になら、Pタンの過去を教えてくれるんじゃないだろうかと。
私は……私にその権利はあるんだろうか。
「……ねぇPタン」
「どうした?」
車が走り続ける時間はまだ十分にある。
「Pタンがアイドルのプロデューサーであることになんか私の知らない思いを抱えていることは三峰にも何となく察しが付くよ」
「まぁ、隠すつもりもないからそれはしょうがないな」
そういって照れ隠しにハンドルを撫でるPタンは後部座席からは見えないだろうけどきっといつもの頼りなさげな笑顔を浮かべているのだろう。
「私はさ、私にはさ、その過去を知る権利があるの……?」
尻すぼみに消え去っていくように小さくなる私の声。Pタンの耳には届いたのだろうか。
「結華には、知っていて欲しい」
その声が私に伝えようとしてくる思いは、いつもののらりくらりとしたものとは違うはっきりとした彼の決意だった。
「私には、知って欲しい……って」
「ほら、俺は結華のプロデューサーだろう?結華にはどんな男が自分のプロデューサーでそいつがどんな奴だったかってことはしっかり理解してほしいんだ。もし、今後俺が結華のプロデューサーじゃなくなって、新しいプロデューサーが出来たとしても、そいつのことをしっかり理解してやってくれ」
「いや、そんな縁起でもないこと言わないでよ」
それに、彼がプロデューサーじゃなくなった時が、きっと三峰結華がアイドルじゃなくなる時なんだろう。なんでかは分からないけど、なんとなくそんな気がした。
「この業界色々あるからな。それに、プロデューサーが変わってから自分の夢にぐっと近づいた奴を俺は知っている」
そういってPタンはどこまでも冷たく沈むように笑った。
「そんな、Pタンは仕事できるじゃん」
「そんなことねぇよ。灯織の仕事も恋鐘の仕事も元は社長が持ってきたものだ」
「三峰はラジオとか楽しいよ?それに、この前のステージだって、三峰お喋り好きだから楽しかったし」
思い出すのはあの日のショッピングモールでのイベント。まぁ、あの後苦い思いもしたのだけれど……それ含めて、あの日の舞台は私のアイドル史上の一行目に確かに深く刻まれている。
願わくは、この私のアイドル譚が少しでも長くあらんことを……なんちって。
「まぁ、あれは確かに俺のコネではあったけどさ。それでも俺は大したことしてないぞ」
あー、コネかぁ。確かにそんなこと言ってたなぁ……。ショッピングモールの広報さんと仲良さそうに話してたPタンの姿を思い出す。それともう一つ……。
「ねぇPタン」
「どうした」
「そういえばさ……」
私はあの日からずっとこれを口にできる機会を伺ってきた。それが多分きっと今だ。何があって、どんな想いがあったのかは知らないけれど、あの日の出来事は私の背中を強く押してくれたから。
「あの日、Pタンどうしてずぶ濡れでテントに帰ってきたの?」
「……俺の手を離れてった、いちばんぼしに会ったんだよ」
……いや、意味が分からないんですが。
「ごめん、もっと分かりやすく」
「なんか知らないけどさ、あの日俺がテントを出てった後になんか偶然会ったんだよ」
うーん、全くと言っていい程情報が伝わってこないよ。
「もっと簡潔に」
「それじゃあ結華に質問だ」
いや、唐突すぎませんかねぇ……
「そんな露骨そうな表情するなよ。今後クイズ番組みたいなものに出る機会もあるかもだから今のうちに練習しとけ」
「いや、そう言われるとその通りなんだけどさぁ」
なんか上手く言い包められた気がして少し悔しい。そしてバックミラー越しに表情を確認しないで欲しい。
「まぁ、それなら乗ってあげる」
「そうか、じゃあ問題。俺があの日雨の中出会った、千葉出身の第7代目シンデレラガールと言えば?」
えっと、千葉出身で、7代目の……。
「はぁ?」
「なんだ、問題が難しかったのか?」
いや、問題文の意味は徹頭徹尾理解出来たんだけど。その答えが出てくる意味が分かんない。
「問題は十分に理解できるよ?でも……」
「俺の昔の担当な、今シンデレラガールなんだわ」
……なるほど。
「マジ?」
「大マジ」
……なるほどなぁ。マジな奴かぁ。ということはさっきまで聞いてたラジオも、前に見たテレビも、そしてPタンに聞いた質問も全部そういう意味だったってことになるのかぁ……。
「そろそろ本題に入ろうか。7代目シンデレラガール、安部菜々は俺の元担当だ」
今明かされる衝撃の事実っ!なんてね。
「ってことはPタンは昔346に居たの?」
「そういうことになるな」
なるほどなぁ。それで紆余曲折あって283にってことか。
「346を辞めた後にな、ブラブラしてるところを社長に拾ってもらったんだよ」
「何、社長天使かなんかなの?」
「今俺しかプロデューサーが居ないってことを考えると悪魔だけどな」
確かに。346の子がテレビで話してたのを聞いたことがあるけど、あそこはなんでもアイドルごとにプロデューサーがきちんといるとかなんとか。
「ってPタンも今担当アイドル私だけじゃんっ!」
「いや、灯織と恋鐘関連の仕事意外と多いんだぞ?社長何もやってくれないし……」
「……それはご愁傷様です」
ってこれじゃあただのPタンの愚痴を聞くだけの会になっちゃう。Pタンがウサミンのプロデューサーだったってことは、もしかしたら敏腕プロデューサーだったってことだよねっ!?
これは三峰にもおこぼれが……。これは話を掘り下げねば。なんてね。
「で、どうして辞めちゃったの?」
「……芽がな、出なかったんだよ」
そういってPタンは笑う。赤信号に照らされ、後部座席から薄っすら確認できるPタンの顔はその笑顔とは裏腹に寂しそうだった。
「どういうこと?」
「ウサミンはさ、菜々は俺がスカウトしたアイドルなんだ。元々個人でアイドル活動はしてたみたいなんだがな。俺がたまたま手伝ったライブハウスのイベントで見かけて声を掛けた」
「菜々」と口にするプロデューサーを見て私の心がチクリと痛むのを感じた。あんな可愛いウサミンに嫉妬するなんて、アイドルファンの三峰としてはありえないことだろうに。
「そ、それからどうしたのさ」
そんな自分を誤魔化すように私の口をついたのは話を促す言葉だった。
「それから一緒にいろんな仕事をするようにはなったんだけどな……。俺の実力不足が彼女の足を引っ張っているのか、なかなか彼女にスポットライトが当たる機会はなかったんだ。最初は物珍しさで受けたりはしたんだけどな……。それでも仕事は全く増えなかったよ」
確かに、私の知っているウサミンのメディアへの露出はそんな感じだ。その裏で、この人はそんな葛藤と戦ってたのか。
「日に日にそれが辛くなっていってな。そんな時だ。事務所がアイドルたちの方向性に口を出すようになってきた。社のブランドだか品だかなんだか知らないが、言うなれば色物のアイドルたちを排除しようとする動きが出てきたんだ」
「……そんなことがあったんだ」
テレビで346の個性的なアイドルを見かけない日なんてなかった。まさか裏ではそんなことがあったなんて。
「安部菜々という存在を明確に否定されてさ。そしてそれと同時に自分のやってきたことさえ否定された気がした」
「そんなことが……」
「不甲斐なかったんだよ。彼女を守ってやれない自分が。社の決定に口を出せるような立場も実力も俺にはなかった。だから逃げた。俺には初めからアイドルのプロデューサーなんて無理だったんだって」
そんな……そんなの全くPタンは悪くないじゃん。そんなの不可抗力だよ。
「それでもすぐに会社を辞めた訳じゃなかった。俺の様子を見たアイドル事業部の部長が休暇をくれてな。しばらく会社を休んでたんだ。辞めようと思ったのはそんな時だったな。結華は安部菜々のファン層ってどんな人たちか分かるか?」
「えっ……」
ウサミンのファン層?そんなの考えたことも無かった。えっと、可愛くて、電波で、個性的で……そんなのが好きな人たちで……えっと、他には……。
「ウサミンのファン層はな、夢を諦めた大人たちだ」
「……夢を、諦めた?」
Pタンから出てくる言葉は、私が辿り着こうとしていた答えにはついぞかすりもしない言葉だった。
「そりゃ魔法少女が好きな小さな女の子とか、アニメとかのサブカル文化が好きな大人たちとかそういう人たちもいるだろうけど、彼女のことを真に応援しているのは、彼女の背中を確かに押しているのは、そういう夢を諦めた大人たちだ」
思い当たる節があった。私が283を訪れる日の朝。偶然テレビに映っていたウサミンが、私には輝いて見えたことを。
「ウサミン星人なんてキャラを作って、他の若いアイドルたちに負けないように努力して、そしてトップアイドルという夢に向かってひたむきに努力を続ける、そんな安部菜々のことがみんな大好きなんだ」
夢を諦めた大人たち……それって……。
「休暇中にテレビに映る菜々を見た。そういう会社の方針なんてまだ微塵も外には出ない頃だったからな。いつものようにウサミン星人の格好をして、フリフリの衣装を着て踊ってたよ。体が付いていかないなんてレッスン場で喚いていたステップを何事もなかったかのように笑顔で踏んで、息が上がって声も出ないなんてボーカルルームで丸まって落ち込んでいたラスサビを音も外すことなく歌いきって……」
「それが、Pタンには眩しかったんだね」
ハンドルに添えられた手がわずかに震えているのを見て、彼の心中を察する。私だって、そんな立場だったら……。
「だからだろうな。湧いてきた感情は一種の諦めだった。俺はもう彼女の隣に居たいと思っていいような人間じゃない。彼女を支えて、引っ張って行けるような人間じゃないってな。俺は、アイドル安部菜々に夢を託すようになってしまったから。それですぐに辞表を書いたよ。アイドル安部菜々の隣に、さよならを言う為のな。ほら着いたぞ」
先ほどまで静かに淡々と私たちを運んでいた車が急にその動きを止めた。気づけばもう到着したみたいで、車は私が東京で一人暮らしをしているアパートの前にと付けられていた。
プロデューサーの過去。それを知って私はなんて声をかけるべきなのだろうか。
「それじゃあ結華、もう遅いからゆっくり休めよ」
「Pタンこそ。また事務所に残るの?」
それでも私は、あの日抱いたこの想いをあなたに伝えたい。
「そうだな、仕事も残ってるしな」
「あんまり無理しちゃだめだよ?」
雲間に隠れた私を見つけてくれて、そしてキラキラの世界を教えてくれたから。
「ねぇPタン」
「どうした?」
あなたと一緒に、舞台の上でみんなに最初に見つけてもらえるアイドルを目指したいから。だから、あなたにどんなに自信がなくたって―。
「それでも私は、Pタンと一緒にいちばんぼしを追いかけたい」
ということでお読みいただきありがとうございました。
更新まで間が開いてしまい、楽しみにしてくださっていた方は申し訳ありません。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
次回以降も不定期になりますが、頑張っていきますので引き続きよろしくお願いいたします。