いちばんぼしを追いかけて   作:くまたろうさん

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新しいお話です。今回は灯織ちゃんのお話の切り口。


君は今、足を止めて

 

 夢は叶わないから夢なのか、星は手が届かないから星なのか。

 

 結華を自宅まで送り届けた俺は、事務所へと戻る道すがら遠く光り続ける星を信号待ちの車内から眺めていた。

 自分の過去についてちゃんと他人に話す機会が来るとは思っても居なかった。ずっと心に仕舞い続け、そしていつの日か消えてなくなるものだと思っていたからだ。

 

「そんな訳ねぇのになぁ……」

 

 青へと変わった信号をちらと横目にすると再びアクセルへと添えられている右足に力を籠める。

 

 『それでは今夜もお別れのお別れの時間となってしまいました、TOKYOヒットソングRADIO。今日はこの曲と共にお別れです。765が生んだアイドル界の歌姫。今やその声は海を渡り世界の歌姫となっています。如月千早で約束。』

 

 幾度となく耳にしたイントロが車のオーディオから静かに流れていく。「約束」。菜々と交わした約束は、結局ちゃんと果たされることなく終わってしまった。

 俺の夢と、そして彼女の夢を織り交ぜたその約束は、今や彼女の糸だけが一人歩きで夢に向かって歩き続けている。

 約束一つ守れない男が、この先女の子の夢を後押ししてやれるのか。

 あの日再び灯された俺の中の小さな炎は、大きくなるきっかけを得ることも無く、小さなままただ寂し気にゆらゆら揺れていた。

 

「今はまだ俺も結華も実力が伴ってないだけだ……」

 

 言い訳がましく口にしたセリフが他には誰も居ない車内に虚しく響き渡った。結局俺は、またあの日みたいに自分には何も才能がないことを改めて突きつけられたくないだけだ。

 そんな折だった。俺の右ポケットに入れられているスマートフォンが苦しそうに小さく鳴いた。

 

「ん、電話か。仕事の連絡なんかあったかな……」

 

 「風野灯織」。暗い車内を明るく照らし出しているディスプレイにはうちの事務所の所属アイドルの名前が表示されていた。

 一体こんな時間にどうしたというんだ。

 

「お疲れ様です、プロデューサー」

「お疲れ様、灯織。どうしたこんな時間に。ご家族と一緒じゃないのか?」

「今は、一人です……」

 

 聞こえてきた灯織の声は、どこか寂しげだった。そんな彼女の声を耳にしたとたん、背中を押すことは今は出来ないかもしれない、でも、寂しそうな彼女の声を聞くことくらいは出来るのではないか。俺の中にふとそんな感情が湧いた。

 今思えば、何でもいいから、俺の中の小さな火を大きくするためのきっかけが欲しかっただけなのかもしれない。

 

「あの……」

「電話じゃ言えないような話か?」

「えっと……」

 

 俺の声に電話越しの灯織が小さく頷くのが見えたような気がした。動かなきゃいけない、そんな気がした。

 

「待ってろ、今車動かすから」

「そんな悪いですよこんな時間に」

 

 左手の腕時計は8時を半分過ぎたところを示している。女の子が出かけるには十分に遅い時間だろう。

 でも、今の俺にはそんなことお構いなしだった。

 

「ちゃんと親御さんには俺から話をする。だから大丈夫だ」

「大丈夫って何が……」

 

 灯織が何か言いたげだったが、俺は気にせず言葉を続けた。

 

「俺に出来ることを、させてくれ」

「……」

 

 右手に握りしめたスピーカーから灯織がわずかに息を吞むのが分かった。

 

「……分かりました。うちの近くの公園で、待ってます」

 

 それだけ言うと、すぐに電話は切れてしまった。

 俺は急いで携帯の連絡先表から灯織のご両親の連絡先を探す。

 

「あの、夜分に申し訳ありません、私283プロダクション所属の……。はい、毎度お世話になっております。それで突然なのですが……」

 

 

 

 

 

 

 近くで買ったコーヒーに一口口をつけようと首を動かすと、なんとなしに輝く星空が目に入った。

 暗がりの中なんとか目を凝らして見えたアナログ式の時計は、時刻が9時になろうとしていることを告げている。

 先ほどの電話から30分が経とうとしている。さっきは一方的に切ってしまったけれど、果たしていつ来るのだろうか。どれくらい時間が掛かるかぐらい聞いておけばよかった。まったく、自分の計画性の無さに嫌気が差す。

 その時だった。私が腰かけている公園のベンチから一台の車が近くの道沿いに停車するのが確認でき、そこから一人の男性がこちらに向かってくる。

 

「灯織すまんっ、待たせたか?」

「はい、遅いですよ。プロデューサー」

 

 彼が申し訳なさそうにこちらに両手を合わせながら向かってくる。それだけで何となく笑えて来るのは普段頼りがいがありそうな彼がちょっと情けなく見えてしまうからなんだろう。

 

「それにしても、夜は流石に冷えるな。途中でコーヒー買ってきたんだけど飲むか?」

 

 そういってプロデューサーは左手のコンビニ袋から小さな缶コーヒーをこちらに差し出してきた。

 

「えっと、ありがとうござい……」

 

 そこまで言って自分の右手のそれの存在に気づく。

 

「申し訳ありません、もう既に自分の分を買ってきてしまっていて……」

 

 なんでこんな時だけこう間が悪いんだろう。せっかくの彼からのプレゼントをもらい損ねてしまった。

 

「そ、そうか。なんか悪いことしたな。じゃあこれは自分で飲むことにするよ」 

 

 差し出したそれを引っ込めると勢いよく封を開け彼は一口口を付けた。

 

「あっま……」

「プロデューサーは普段はブラックなのですか?」

「そうだな、仕事中に飲むことがほとんどだから目が冴えるようにブラックなんだよ」

 

 なるほど、それじゃあ何かの機会にコーヒーを入れるときはブラックにしてあげなきゃ。べ、別に普段がんばっているプロデューサーにコーヒーを入れることは普通だよね、普通。変な意味は……ない、はず。

 

「で、こんな時間に呼び出しておいて話ってなんだ?」

 

 中身が空になった缶コーヒーをコンビニ袋に再び仕舞いながら彼は隣に座ってきた。急に隣に座られると緊張するんだけど……。ってそれ本題はそれじゃない。

 

「呼び出しておいてって……こちらに向かってくるって言ったのはプロデューサーじゃないですか」

「た、確かにそうだな……」

 

 私は後日にでも、って伝えようとしていたのだけどなんか勢いに押されてしまった。プロデューサーが悪いけどそれを考慮すると多分私も悪い。

 

「……今日のライブはどうだったか?」

 

 私の気持ちを察してか、プロデューサーはそんな風に話の口火を切ってきた。

 まぁ、察していただいていて何だけれど、相談の内容はそのライブの話なんですよね。

 

「今日のライブ、プロデューサー的にはどうでしたか?」

 

 プロデューサーの心遣いも嬉しいけれど、私は私自身で自分の問題と向き合わなきゃいけないんだ。だって私は、アイドル風野灯織だから。

 

「俺的に……か?まぁ、良かったんじゃないか?練習の成果も出ていたし、お客さんの反応もよかった」

 

 嬉しい。けど、私が聞きたいのはそういうことじゃない。

 

「……今日両親が来てくれて、ビデオを取ってくれてたんです」

「あー、ああいうのは本来撮影禁止だけどな。灯織のご両親には事前に許可を出していたからそれは問題ないぞ。自分の娘を商業利用するようなご両親じゃないだろうしな」

「いえ、そのことについて別にとやかく言うつもりはないんです。まぁ、恥ずかしかったので次からはやめて欲しいんですけど……」

「それで、その映像がどうしたんだ?」

 

 ここからが本題。私がそのビデオをみて思ったことだ。

 

「私には、何が足りないんでしょう。その映像の私。確かにアイドルを始めた頃よりは歌は上手くなったし、振り付けもばっちりでした。ばっちり。ばっちりだった……はずなのに、私は私に満足できませんでした。あんな風な姿でステージに立ってたなんて、映像を撮られていたことよりそっちの方が恥ずかしいです」

 

 改めて口に出すと映像を見た時の悔しさが蘇ってきた。私の憧れたアイドルは、あんな風じゃなかったのに。

 

「私の技術じゃ、まだまだなんですか?」

「……灯織に足りないのは技術ではないぞ」

「技術じゃ……ない?」

 

 プロデューサーの言っていることが理解できなかった。真剣さとかそういう面であるのなら、あの場の私は私史上一番真剣だったはずだ。

 

「トップアイドルとは言わないけれど、灯織の技術は日に日に伸びてきている。お前のその向上心、レッスンに対するストイックさは間違いなく目を見張るものがあると思う」

 

 そう言ってもらえるのは嬉しいけど……。でも……。

 

「それだけだと答えになってません。私は知りたいんです。自分には何が足りないのか」

「ふむ……」

 

 私の言葉に彼は唸る様に声を出すと考え込んでしまった。

 そして一瞬の逡巡の後に彼が口を開く。いったい私には何が足りないというのだろう。

 

「そうだな、教えてしまうことは簡単だけれど、こればっかりは言葉にしても分かるものではない。そうだな、課題にしようか。いろんな人と、いろんな仕事をしていくうちにそれを見つけるのが、今後の灯織の課題だ」

 

 なにそれズルい。それじゃあ私はそれが見つかるまでずっと停滞したまんまってことになるのかな。

 

「まぁ、それを見つけることが出来るチャンスってのは案外すぐ来るかもな。明日は雑誌の撮影だろ、家まで送ってくから」

「わ、わかりました……」

 

 立ち上がって自分の車に向かうプロデューサーに遅れないように慌てて立ち上がる。

 

「そだ、その空き缶、捨てとくから中身飲み干しちゃえ」

「は、はい」

 

 そういえばここに来てから一口口を付けただけでまだ飲みかけだったな。

 急いでコーヒーを喉に通すと先ほどよりも何倍も苦みが増した気がした。そんなことがあるわけないけど、もし理由があるとするならば、これはきっと私が今アイドルという道の途中で、立ち止まってしまっているせいだろう。

 

「ほら、行くぞ」

「お願いします、プロデューサー」

 

 私は見つけることが出来るのだろうか。私に足りないもの。私が、もっと上を目指せるようになるためのきっかけ。私の、私だけの、答え。




ということでお読みいただきありがとうございました。
更新まで間が開いてしまい、楽しみにしてくださっていた方は申し訳ありません。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
次回以降も不定期になりますが、頑張っていきますので引き続きよろしくお願いいたします。
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