『それではみんな、今日の番組はここまでたいっ!今後も長崎の魅力、いーっぱい喋っていくけんね!』
『いや、東京の番組なんだから東京のスポットとかの話しようよ!』
『そがん言われても、うちそんな東京の土地勘なかよ?』
『そこはパーソナリティとしてもっと勉強しよう!?』
『ってことで今日の「月岡恋鐘の明日への283」、パーソナリティの月岡恋鐘と』
『隔週アシスタントの三峰結華でした!また来週っ!』
「お疲れ様」
音響スタジオの扉を開けると同時に私とこがたんの前に二つのスポーツドリンクが差し出された。
「あ、Pタンありがとー!」
「プロデューサー、そがん毎回気ぃ使わんでよかとよ?」
Pタンから差し出されたスポーツドリンクの蓋を開け、一目散に喉に癒しを与えているところに隣のこがたんはPタンを心配するかのような声を上げる。
なんというか、こういう時気を使えるかどうかが人間力の差?なに、おっぱいには人間力の差でも詰まってるのか!?って自分で思ってて悲しくなるな。やめよう。
「まぁ、これくらいどうってことないさ」
私たちは今、こがたんのラジオ収録を行っているラジオ局の一角に居る。毎週土曜日の昼に15分だけ放送されている「月岡恋鐘の明日への283」の収録のためである。
「月岡恋鐘の明日への283」とは、こがたんがメインパーソナリティを務め、地域のちょっとしたイベントの紹介やあとはこがたんが好き放題喋る自由な番組だ。
私はそんなラジオの隔週のアシスタント役としてこの場にいる。ちなみに私の出ない週は現在ひおりんがアシスタントを務めている。
「今日はどがんやった!?」
そしてこうして毎週収録に立ち会っているPタンにこがたんがラジオの感想を聞くのが毎回の恒例なのである。
「流石にあれだな、小学校の修学旅行でハウステンボスに行った時の思い出話延々とされても東京の人は絶対にピンとこないだろ」
「い、言われてみればそがんたい……」
残念ながら我が283プロに全国ネットで放送されるような番組を持てる力と知名度はなく、この番組は東京都内の一部の地域でしか聞くことが出来ない。Pタンの指摘はごもっともである。
「まぁ、そんなこがたんの話を楽しみにしてる人も沢山いるんだからそれはそれでいいんじゃない?」
「言われてみればそれもそうたい!うちはこれでよかったいね!」
手のひらくるっくるですやん恋鐘さんや。
まぁ、実際のところこのこがたんの誰が分かるねん並の長崎トークは一部の層に受けが良く、ありがたいことにこのラジオにも感想のメールや手紙が来ることもあったりする。
その中のファンの方からのメッセージだと、こがたんの長崎トークはなかなかに受けが良いみたいだ。
「……間違いなくそのメール送ってくる人、九州の北の方の出身だよね……」
東京でまさかのところにヒットだよ……。
「なんか言うたね結華」
「な、なんでもございませんよっ!?」
まぁ、私もたまたま付けたラジオで福島県民にしか分からない地元トーク展開されてたらそりゃ聞いちゃうよね。気持ちわかるよ。
「で、これから恋鐘は雑誌の撮影があるからまた現場になるけど、結華はどうする?」
残念ながらまだ私は事務所一の売れっ子こがたんとは違ってまだまだスケジュールは空白だらけだ。大学に通いながらのアイドル活動だからありがたいと言えばありがたいのだけれど……。
「ん~、私はこのまま今日はうちに帰ろうかな」
「そっか、送ってかなくて平気か?」
全く、心配性なのやら仕事に熱心なのやら。そんなに気を遣わなくてもいいのに。
「Pタンも忙しいでしょ?後私この後秋葉原にも行きたいしねー!この前出た346のライブのブルーレイ買いたいし!」
それに……。
「じゃ、じゃあこの後の現場までまだ時間あるみたいやけん、途中二人でご飯でも食べていかん!?」
「あー、そうだな、それじゃあ結華、気を付けて帰れよ」
「うん、わかったー!後は若い二人でごゆっくり!」
「お前の方が何歳も下だろ」
ブースに置いてあった私物を手早く片づけると私はスタッフさんに簡単に挨拶をしてその場を去る。隔週とはいえ既に慣れてきた私にとってはなんてことない。
帰り際、こがたんがこちらに向かって小さく手を合わせながらウインクを飛ばしてきた。まぁ、収録中にテンパった私をサポートしてくれた親友に、これぐらいの埋め合わせはしてやっても良いだろう。
「ん~!」
座りっぱなしだった体を引き延ばしてみると思ったより気持ちのいい声が出た。
「アキバで何食べて帰ろっかなー!」
ラジオ局を後にするものの昼食には既に遅い時間だ。まずは胃を満たすべく最寄り駅へと向かおうとしたその時だった。
「あの、少しお時間よろしいでしょうか」
唐突にかけられた声に驚いて振り向く。
そこにいたのは、大柄で少し目つきの鋭い、怖そうなスーツの男の人だった。
「えっと、あの……」
先ほどの出来事から数十分後、私はラジオ局内にあるカフェの一角にスーツの男性と一緒に座っていた。
「……一体私目にどんな御用なのでしょうか……。私何か悪いことしましたか……?」
鋭い目つきでこちらを見られ、ありもしない罪まで口にしてしまいそうな空気だ。
「その、そこまで固くならないでください」
「でも……」
そこまで言うのならまずはその顔を何とかしてほしい。
「突然すみません。私はこういうものでして……」
私がありもしない救いを求めて辺りをきょろきょろとしているところに、ふと一つの紙切れが差し出された。
「……346プロダクションの、武内……さん?」
「はい、私、346プロダクションで現在プロデューサーをしております武内と申します」
なるほど、目の前の男性は別に不審者でも何でもなかったわけだね。まぁ、ラジオ局にこうして入れる時点で不審者なわけがないんだけれど。
でも、そうなると今度は新たな疑問が……。
「不審がらせてしまったのなら申し訳ありません。生まれつきこういう顔付なもので……」
首に手を当てながら大の男性がぺこぺこと頭を下げる。なるほど、こう思われるのは一度や二度じゃないってことかぁ……難儀な人生だなぁ。
「それで、そんな方が一体私にどんな要件なんでしょうか」
仮にも大手プロダクションのプロデューサーだ。何か失礼があってはいけない。三峰結華、19年の人生でもって会得した最善の礼儀を持って事に当たる。
……時候の挨拶とかこういう時の言葉遣いとか全くもって分からないんだけどね。
「あの、とある方に渡してほしいものがありまして」
あれ、てっきり私に用件だと思っていた。なーんだ、引き抜きの話じゃないのか―なんちゃって。まぁ、仮にそうでも今の事務所を移る気は一切ないんだけどね……ちょっとぶれるけど。
「渡して欲しい、ものですか……?」
「ええ、こちらを」
差し出されたのは細長い白い封筒だった。ご丁寧に346プロダクションの象徴であるお城のロゴまで入っている。
「一体これを誰に渡せば……」
「あなたの担当プロデューサーに、です」
……Pタンに?いったいどういうことなんだろう。
「あの、うちのプロデューサーにいったいどういうご用件で……」
「本人には、中身を見ればわかるとだけお伝えください」
「えっと、それだけですか?」
「急で大変申し訳ありませんが、お願いできれば恐縮です」
改めて私は差し出された封筒を眺める。
346プロが昔Pタンが居た会社だということはこの前本人から直接耳にした。でも、それは2年も前の話だ。今更Pタンにどういう用件だというのだろう。
先ほどまでの不安感は薄れ、今はただこの封筒の意味を問いただしたい気持ちでいっぱいだった。
「あの、いったい」
「プロデューサー!ごめん、待たせちゃったな」
そんな時だった。食堂の入り口から彼を呼ぶ声がした。
「そんなことはありませんよ。どうでしたか?」
「うん、今日も沢山好きなことの話ができたよ!」
「それは良かったですね」
彼を呼んだのは小さな女の子だった。快活そうで、笑顔の似合う、可愛い子だ。
「すみません、本当に申し訳ありませんが、次の予定があるのでこの辺で失礼させていただきます」
「あ、え、はい……」
彼のその雰囲気のせいか、それとも大の大人が私なんかに向かって頭を下げるその光景にあっけにとられたのか、私はさっきまで言おうとしていたことをすっかり飲み込んでしまい、ついそう返事をしてしまった。
「そうだ、最後にご紹介しておきます。こちら、346プロダクションの所属アイドル南条光です」
「はじめまして、アタシが南条光だ。カッコいいヒーローアイドルを目指してるぞ!」
日曜朝のヒーローが決めそうなポーズでこちらに挨拶をする彼女。武内さんはそんな彼女に満足そうな笑みを浮かべると最後にこう付け加えた。
「未来の、シンデレラガールズです」
なんだ、普通に笑顔もできるじゃないですか。
「武内君から頼まれた?」
次の日の午後、大学で午前の講義を受け終えた私は一目散に事務所に向かっていた。
「うん……急に頼まれたんだけど……」
「なんか言ってたか?」
怪訝そうな顔をしながら私から封筒を受け取るPタン。まったく、昨日の私の気苦労を知らないくせに。
「特には……。いや、中身を見ればわかるとだけ伝えて欲しいとか言ってたなぁ」
「中身を見ればわかる……ねぇ」
そのままPタンは封筒を封を切らずに机の上に置いてしまった。
「……あの、武内君って呼んでたよね。仲の良かった人なの?」
「あー、後輩だよ」
なるほど、元会社の同僚って訳かぁ。
「なんか……怖そうな人だったけど、あれでアイドルと信頼関係なんて築けるの?」
昨日のあの鋭い目つきを改めて思い出す。うーむ、口下手っぽいしなんとなく三峰は苦手だなぁ……。
「そう言ってやるな。彼も入社当初から気にしてたんだよ」
そう言って苦笑するPタン。もしかしてそんな相談とかもされてたりしたのかなぁ。
「まぁ、あの顔は俺も最初ビビったけどな。後輩にビビるとかどんな社会人だよっていうな。まぁ、でも、あいつはすごい奴だよ」
背もたれに体重をかけたまま、Pタンは羨望にも嫉妬にも見える表情で窓の外を見つめていた。
「……何があったのか聞いてもいい?」
「……そだな、俺は結華のプロデューサーだから」
その答えは、自分の過去を私に知っていて欲しいという意味なんだろうか。
「じゃあ、聞く」
プロデューサーの顔が見えるように事務所内のソファに腰を下ろした私は、彼の顔に視線を飛ばした。封筒の中身も気になるけれど、今はただPタンが窓の向こうに飛ばした視線の意味が知りたかった。
「シンデレラプロジェクトって知ってるか?」
「もちろん」
アイドルオタクに何を今更なことを。シンデレラプロジェクトと言えば、346プロダクションが企画した一大アイドルプロジェクトの名称だ。
個性豊かなアイドルたちで構成され、ここ数年の346プロダクションのアイドル事業の核ともいえる存在である。年数回行われる346プロダクションの人気投票の名前も、そのプロジェクトの名称に乗っ取りシンデレラガールと呼ばれている。
「そりゃ結華なら知ってるか」
「アイドルオタクですから」
「その設定忘れてたよ」
「設定とか言わないでよ!で、それがどうしたのさ」
「武内君はな、そのシンデレラプロジェクトに最初期から携わってきた人間なんだ」
わーお、まじですかい。
「シンデレラプロジェクトがまだ紙の上の存在だった時から裏で動いててな。346の期待の星だったよ」
ああ、今ならPタンの気持ちが痛い程伝わってくる。あの眼差しは、羨望だ。自分が辿り着けなかった場所にいる存在への、憧れの眼差し。まだ舞台の下からアイドルたちを見上げているときの私と、同じ目をしている。
「アイドル事業の路線変更が計画された時も、あいつが率先してシンデレラプロジェクトの推進を提言していた。シンデレラの舞踏会は、そんなあいつの最高傑作だったよ」
そのライブなら私も現地で見ていた。倍率何倍と言われる抽選を偶然にも通り抜け、辿り着いた舞踏会で私が見たのは、間違いなく舞台の上で輝くシンデレラたちだった。
……そんな彼女たちに魔法をかけたのが、あの人なんだ。
「あいつは口下手だからな。今でも苦労してるんだろうよ。それでも、あいつなりの精一杯の言葉で、精一杯の心でかけた魔法は、間違いなく彼女たちに最高の舞台を届けたよ」
武内さんの話をし始めてからのPタンは、一度も私と視線を交わさなかった。
そんな視線の先に、Pタンは今も囚われているんだろう。灰被りに、魔法をかける魔法使い。その役に。
「ねぇ、Pタン。封筒見ないの?」
「……そうだな」
そんな魔法使いである彼が、Pタンに託したものはいったい何なのだろう。彼が魔法使いなのなら一体どんな魔法をPタンにかけるつもりなんだろう。
Pタンの話を聞いて、いっそう彼が託した封筒の中身が気になってしまった。
「……ん、手紙や書類って訳じゃなさそうだな」
丁寧に封を切ったPタンが中を覗き込むように見るとそこには数枚の細長い紙切れが入っているようだった。
「……なるほどなぁ。これが魔法使いの魔法って訳か。おーけー、君の意図は何となく伝わった」
それだけ呟くとPタンはククッっと小さく笑う。なんか仲のいい友達に悪戯された時の高校生みたいだ。
「よし、この日空けとけ」
勢いよく一枚の紙をこちらに突き出してくるPタン。
私はそれを反射的に受け取るとその紙に目を通した。
『CINDERELLA GIRLS LIVE ~シンデレラ達のマジック・アワー~ 』
「結華、俺たちの目指す場所を確認しに行くぞ」
手渡されたそれは、魔法使いが差し出してきた舞踏会への招待状だった。
ということでお読みいただきありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
相も変わらず不定期更新ですが頑張っていきますので引き続きよろしくお願いいたします。