雪の皇女と、彼の物語 作:氷桜
【Episode1:出会いの後】
付き合い始めたんだ、と同じ学部のやつに少しだけ自慢げに伝えたら。
は、と言われた。
ついでに、その時吸っていた煙草が地面に落ちたので慌てて拾い上げて灰皿に放り込んだ。
どういう意味か、と聞けば。
まだ付き合ってなかったのか、と返された。
なんでも、僕は知らなかったことではあったのだけど。
少しずつ、少しずつ。
まるで羽化するかのように変わっていく彼女は、春の辺りから見惚れられる存在に成っていたらしい。
顔自慢の新入生。
硬派で有名な先輩。
その他諸々から、まるで高嶺の花のように扱われながら。
同時に、多数の告白を受ける対象へと変わっていったのだという。
けれど。
彼女はそれら全てをたった一言の言葉と、その神秘的な目で断ってきたのだと。
どんな言葉か、と聞いてしまえば。
苦笑いをしながら、肩を叩かれ。
幸せものだな、という祝福の言葉と共に。
好きな人がいるんです。
相手が、どう思ってくれるかは分かりませんが。
それでも。
私から、嫌うことはないでしょう。
だから、ごめんなさい、と。
そう言っていたのだと、教わった。
――――視線の先に、彼女の姿が見える。
僕を見つけ、此方に歩んでくる。
その表情は、何処か微笑んでいるように見えた。
そうか、君も。
僕と同じように、想っていてくれたのかと。
だから、やってくる彼女に聞こえるか聞こえないかで、囁いた。
好きだよ、と。
え、と聞き返したような声を上げて。
少しずつ、やってくる。
なんでもない、と。
僕は、微笑み返した。
【Episode2:なんでもないような、寒い日に。】
おはよう、と。
大学も冬期休暇に入ろうとする直前。
いつものように、いつもの場所で。
正確には、その日で変化するけれど。
互いの家――――今日は、彼女の家へと朝やってきた。
おはよう、と返事が返り。
行きましょう、と声を掛けられる。
部屋を出れば、彼女も漏らす息は白い。
元々の出身が出身なだけに、ある程度寒さには耐性があるとは言うけれど。
それでも、寒いものは寒いらしい。
彼女の体温が若干低い、というのは出会った時から知っていた。
初めて手に触れた時に妙なことを想ったのも、それが原因。
特に手や足、末端が冷たくて。
代わりに胴体、首や腹部などはきちんと暖かい。
そして、その影響もあって。
彼女の顔色は、ある程度見知った人間なら分かるほどには変わってしまう。
そんな、まるで雪の精の化身が。
今、僕の隣を歩く彼女だった。
寒いね、と呟いて。
寒いのは嫌ね、と返る。
今日は暖かいものでも作ろうかな、と呟けば。
だったら二人で食べましょう、と返って来て。
勿論、と僕は返す。
吐く息は白く、凍りつく。
ちらり、と空を見れば忌々しいくらいに分厚い雲だ。
また一歩、大学へと歩んでいき。
少しだけ、互いの距離は縮まって。
一歩歩けば、更に縮まっていく。
手が届くか、という距離は。
気付けば、肩が擦れ合う程度には近付いていて。
どちらともなく、手を握る。
指を絡め、また一度空を見上げながら。
白い霧の中を、一歩ずつ歩んでいく。
それしか、僕等には出来ないでいた。
【Episode3に続く】