雪の皇女と、彼の物語   作:氷桜

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7.8

 

【Episode7:幾歳、来年】

 

ぽーんぽーん、と時計が鳴った。

都合十一回。

そろそろかな、と立ち上がれば。

どうかしたの、と有名な少年探偵物の漫画を一から読んでいたナーシャが声を掛けてくる。

ん、と擬音だけで答えてリビングから離れ。

十数分後に、二つの小さな器を持って戻ってくる。

 

なにこれ、と目の前の器を覗き込んで。

年越し蕎麦だよ、と彼女用の箸を手渡しながら。

長いお付き合いが出来ますように。

ずっと一緒にいられますように。

そういう願い事をしながらの、日本の風習。

 

そう告げれば。

そう、とだけ言って箸を手にとって。

でも、口に運ぼうとはせずに。

そのまま、言葉を紡ぎ出す。

別に、願い事なんかしなくても。

私と、貴方は一緒よね?

何処か不安げなような、言葉を紡ぎ出す。

 

当たり前だ、というのは簡単で。

怒るのも、簡単で。

悲しむのも、簡単だった。

けれど。

僕は、何も言わずに。

彼女の後ろに回って、そっと抱きしめた。

その手を、彼女が小さく握った。

 

言葉にするのは簡単だ。

けれど――――言葉に、したくない言葉もあるのだ。

また、年が巡る。

去年は、家族と。

今年は、一人で。

来年からは――――ずっと。

 

 

【Episode8:ハジマリノトシ】

 

和装姿の女性。

友人と共に歩いている少年達。

大学で見かける男女様々。

それらが全て、同じ場所へと向かっていく。

 

からん、からんと石畳を歩く音。

足元は靴と、サンダルと、下駄とで様々。

寒くないのだろうか、と思うけれどそれはまた野暮な話なのだろう。

手を離さないように、しっかりと握りあった左手の先を見る。

辺りをきょろきょろと見つめる少女――――ナーシャ。

 

和装を望んだけれど、すぐに手に入らない。

少しばかり膨れた顔をした彼女を、笑いながら宥めて。

それでもその熱を失わせる事は出来ずに。

近いうち、何処かで着ることを約束させられて。

その上で、僕達はここにいる。

手を繋ぎ続けるのも、一種の契約だというように。

互いに、離せずに。

 

これは、と問われて。

知ってるでしょ、初詣だよ。

そんな風に言葉を返す。

日本の風習の一つ。

二年参り、とまではいかないけれど。

それでも、年が明けてから二人でやってきた。

 

色んなお店が出ているのね。

出店だよ。

出店?

お祭りの時にだけ出てくる店。

ああ、夏祭りのときと同じなのね?

そうそう。

 

互いに聞こえる声だけで。

互いが見える距離だけで。

互いを認識したままで。

僕達は、神に祈った。

 

――――今年も、宜しくと。

 

【Episode9に続く】

 


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