雪の皇女と、彼の物語 作:氷桜
【Episode:14 2月15日】
翌日。
同じベッドの中で、互いに目を見つめ合う二人。
えっち。
言い返す言葉もありません。
けだもの。
ごめんなさい。
いたいっていったのに。
可愛らしすぎてつい。
わたくしのはなしきかないで。
だから悪かった。
大きな声を出すこともなく。
互いに聞こえる程度の囁き声だけで。
すけべ。
それはナーシャだって。
わたくしはいいんです。
ズルいよ?
やめてっていったのにきかなかったんだから。
ぐう、それを言われると。
だから。
だから?
つぎは、やさしくしてくださいね?
…………えっち。
わたくしは、いいんです。
太陽が昇る、直前の話。
黄色く見えたかは――――まあ、ご想像におまかせする。
【Episode:15 春夏秋冬、移り変わりゆく】
少し、暖かくなったね。
そうね。 故郷の夏みたい。
このくらいで?
そう。 このくらいで夏なのよ。
二人、並んで歩く。
距離は寄り添う、という言葉が一番近いと思う。
春、まだ他人で。
夏、知り合いで。
秋、大事な友人で。
冬、たった一人の恋人で。
季節が移り変わる度に、関係性は変わっていった。
だと、するなら。
今年は一体どうなるのだろう。
変わってしまうのか。
或いは、変わらないままでいるのか。
それを考えれば――――少しだけ、不安になる。
どうかしたの?
そう、ナーシャは問い掛ける。
いや、物思いに耽っただけだよ。
事実と虚構、半分混じりの答えを返す。
そう。
そうだよ。
二人、歩く。
声は、響く。
影は、重なる。
月は、遠く。
二人は――――共に。
【Episode:16 祀る、雛。】
似合ってる、と。
そう聞かれて。
僕が出せたのは、精々吐息くらいのものだった。
三月。
旧暦で言えば弥生と呼ばれる時期の始まりの頃。
いつものように二人で買い物に出た所。
ふと、ナーシャが写真屋の前で足を止めた。
ねえ、これは?
指差した先に見えるのは、子供達が写った雛祭りの写真。
雛祭りって言ってね……まあ女の子のお祭りって言えば良いのかな。
雛人形を飾る、とか。 細かい部分はいろいろとあるけれど。
……女の子の家は持っているとは聞くけど、実際の所どうなのだろう。
僕は、そんなことすら知らない。
自宅に有るのは、祖母が大事にしていた形見が眠っているだけだから。
ねえ。
どうしたの?
……写真、撮ってみたいわ。
……そっか、じゃあ寄っていこうか。
ナーシャの趣味は写真。
何を撮るかには拘らないはずなのに。
最近のものを見せてもらえば、大半には僕が片隅に写っている。
理由を問えば――――不機嫌になるから、聞かないけれど。
着物を借りて。
少しだけ早く着付けが済んだ僕の眼の前にいたのは。
普段、ふわりとした印象の服を好んでいる彼女とは違う。
物語の中の登場人物のような、妖精のような少女で。
似合うかしら。
……………………。
あら、どうしたの?
………………え、っと。
ええ。
ごめん、言葉に出来ない。
ずっと昔。
想像だけ、ずっとしていた。
理想のような姿が目の前にいたのだから。
その後。
どう過ごしたかは、殆ど覚えていないけれど。
翌日――――彼女が、目に見えて上機嫌なのは。
良かったと思うと同時。
もう一度見たい、と。 淡い希望を抱くのも、致し方ないことなのだろう。
【Episode:17 黎明】
ことり、と。
眼の前に湯気が立ったマグカップが置かれた。
背の低い、卓袱台のようなテーブルの向かい側に見えるのは。
シーツ一枚を羽織った、下着姿の彼女。
はい、コーヒー。
……うん、ありがとう。
隣り合って、彼女は座る。
一口啜れば、それはいつもの味。
僕の味ではなく、彼女の味だ。
カーテンの隙間から見える空は、少しずつ明け始め。
けれど、未だに闇を抱える狭間の世界。
そんな世界に、僕等は今、二人。
一人でないというだけで、どれだけ安心するのか。
二人というだけで、どれだけ幸福かを理解するのか。
こてん、と僕は頭を傾けた。
彼女は、脚を貸して。
そして、彼女の――――月明かりの下で映える、銀色の髪を撫でた。
されるがまま。
するがまま。
たった二人。
音が失われた世界で――――夜が、明けていく。
【Episode18に続く...?】