そこそこ長くなってしまいましたが読んでやってください。
──ただ息を潜める。
現在時刻は午後一時半。家族連れがこぞってフードコートに集まる時間帯、道路を歩く人々が近くで行われるグルメの祭典に浮き足だって参加する中、
車の駐車スペースと壁の間に陣取り、腰を下ろす姿は異質。俯いた顔にうっすらと開けた眼、無精髭のおじさんの姿は駐車場を拠点にするホームレスにすら見えてしまうだろう。
だが彼の規則的で静かな息遣いと、時折軽く顔を上げては周りを見渡す姿を見れば、もうひとつの考えにも至るにちがいない。
何かを、待っていると。
(──未だに接敵はなし。三時間待って戦いの一つもないとは、我ながら運が悪い方だとは思っていたがここまでとは……)
加賀谷は静かに──何かに警戒するように──ため息を吐く。
ゲームが始まって三時間半が経過した。
たまの休日、デパートに用事もなく訪れては公園で日向ぼっこをするか、いっそのこと使う
折角駐車場という銃撃戦が盛り上がりそうなベストプレイスを確保し、今か今かと敵を待ち望んでいた自分としては
そもそも敵と戦いたいなら最初の公園で待つべきなのだ。見たところ同じような状況の人達が何人かいたし、その内の数人はそのまま残っている筈だ。それなら思う存分ドンパチすることが出来る……のだが、加賀谷には出来ない理由があった。
(……最初の五連ガチャでショットガンとピストルが一丁ずつ、回復薬が二つに手榴弾が一つ……悪い結果だとは思わないが接近戦は不利だろうな)
欲を言えばアサルト、せめてスナイパーライフルがあればと、自分の不運さを呪う。
ピストル。
ショットガン。
マシンガン。
アサルトライフル。
スナイパーライフル。
このゲームの銃器はこの五種類に分類される。これらの内から幾つかの銃種に別れ、その一つ一つにステータスが割り振られている。
ゲーム説明から銃の一覧は見られるが、総じてダメージは低めに設定されている。これは各自のHPが一律であり、そしてこういったゲームにありがちな装備というものが存在しないからだろう。
(デモンストレーションだからまだ実装されてないのか、そもそもゲームバランスを考えていないのか……どちらにしろ最善策は待ち一択だ)
ただでさえ威力の劣るピストルと高威力だが射程の短いショットガン。仮想敵がアサルトやスナイパーであるなら自然と行動は消極的になっていくものだ。
だからこその待ち伏せだったのだが、誰も来ないのならば意味がない。腕に着けた画面から残り人数を確認すると『46』の文字。開始から三時間経って未だ決着がつかないとなると通常のゲームではあり得ない事だが、実際にVRで体験してみると納得してしまう。極力死なないように立ち回るならば誰だって待つものだ。しかもゲームの範囲縮小もないのなら遭遇率も下がっていく。
終わったらレビューに書こうなんて
コツン、と足音がした。
ビクッ、なんて過剰に反応しながら高鳴る心臓を抑えて駐車してある車の陰に隠れる。緊張して息が上がりそうになる感覚を、ゆっくりとした呼吸で呑み込みながらショットガンを右手で構え、左手をズボンのポケットに入れてそこにある
気配隠しの呪符だ。呪符と言っても呪いというより只のお守りで効果は存在感を薄くするだけで、気配を回りに紛れさせて見えにくくする効果しかない。そもそもこの呪符も何かあったときの護身用に自分で作ったものだ、あまり効果は期待できない。
だが、それだけで良い。
必要なのは隙だ。相手が自分に気付かず、こちらだけが一方的に相手の位置を知覚する、そんな状況を三時間待っていたのだから。
さっきまでは羽の様に軽かった仮想のショットガンが鉛を握るように重く感じる。ただのARの筈なのに、ショットガンを握る感覚だけはあるのが今は疎ましい。
止めるのではなく、浅く息をしながら通路を見て標的を確認する。
(? 何で巫女さんがこんなところに……)
通路を歩いていたのは黒髪の巫女だった。凛々しくも可愛らしい顔を真剣に構えながらも、その口端は楽しげに弧を描き、右手にピストルを遊ばせながら慎重に歩いている。
間違いなくゲームの参加者だ。ホッと胸を撫で下ろしながらも警戒の度合いを強める。余裕そうな様子から、もしかしたら既に何人か倒して調子が良いのかも知れない。もしあのピストルだけで数人倒しているならば相当の腕前だろう。
(戦闘特化の巫女さんか……前にテレビで伊勢神宮の巫女がサーカスみたいな動きで舞ってる動画があったが、もしかしたら関係者だったり?)
そんな詮のないことを考えて少しリラックスし、そのまま彼女の後ろに
焦るな、ゆっくりでいい。相手は気付いていないのだから、俺は第一射を確実に当てれば良い。高威力のショットガンならヘッドショットでHPを半分削れる。そのまま自動リロードの0.2秒を相手の動きを距離を詰めつつ対処して待ち、ニ射目と三射目を胴体に──。
ショットガンを頭に向け、引き金を引く。
直前だった。
頭上数センチの位置に手榴弾が飛んできていた。
「なっ……!?」
驚愕の声を上げて後ろに飛んだが、遅かった。
ボンッ!! という重い破裂音が響く。爆発した手榴弾から粉塵が巻き起こり、仕込まれた破片が体を貫いて俺のHPを容赦なく削った。
視界の斜め上にあるゲージ半分がなくなりオレンジ色に変わったHPを横目で確認しながら俺は自分の失策を悟る。
──
一瞬だけ手榴弾が飛んできた方向に目配せする。地上に繋がる通路を盾にしつつ、半身を出して此方を確認する影が見えた。どうやら動く気はないようだが腕を見えないように隠している所を見るとまだ手榴弾を持っているかも知れない。
(ガチャで外れを引いたってところか!)
銃を持っているなら構えるだけで良い。当たらずとも牽制にだってなるのは想像に固くない。となると考えられるのはガチャでまともな装備を持っていない可能性くらいだ。
だからこそ、二人目は無視する判断を一瞬で下す。
目前七メートル、反転した巫女が此方に駆けてきた。
(──はっや!?)
一歩目でその速度に気付いた。
体勢を低くしつつ砲弾のように駆け出す姿が幻視出来るほどに、その姿は覇気で満ちていた。
だったら此方も速攻の一手以外にあり得ない。
ショットガンを最速で構えながら、腰を落として回避を優先させる。ピストルの低火力なら、HPゲージの半分を削るのに五発は必要だ。相手の攻撃を躱してヘッドショットを狙えばワンチャン──!
二歩目。
踏み出した時だった。
(──は?)
突然の三次元的な斜め移動に思考が追い付く筈もなく。
巫女服を
「いやー何とかなるもんじゃろ? 我のこと見直したかの、鏡」
「もう天に常識を期待するのは止めにするよ」
現在時刻、二時ジャスト。
天の何故じゃー! という叫びを無視しながらB級グルメ祭典で買った『人魚焼き』を頬張りつつ、俺は先程の戦いを
デパートで起きた
というのも最初のガチャでピストル一丁と手榴弾一つに回復薬三つと、初手にしては爆死としか思えない外れくじを引き、それでも苦労してデパート各地を回っては俺が囮をしつつ天に狩ってもらうを繰り返し、その都度手に入るガチャ五回分のポイントを即座に使い込んだ結果──。
ピストル二丁。
手榴弾五個。
回復薬十五個。
──このざまである。
この他にピストルが一つ(玉切れ)と回復薬二個に手榴弾五個は既に使用済み、都合三十回のガチャで最弱武器のピストル三丁が主戦力と来た。
「……君は本当に神様なのか? 運悪すぎない?」
「わ、我のせいではないぞ? 今日という日の巡り合わせが悪いか、もしくは鏡のせいじゃ!」
結局は凶ということじゃ! と良く分からないギャグを口走る天を微妙な目で見つつ、すぐに小さく息をはいた。
考えてもしょうがない。切り替えていこう。
「──さて、何か変化はあるかな天。主にデパート周辺で」
「魔力的な動きならさっきから変わらず渦巻いておる。デパートの周りを囲むように、ぐるりとな。それ以上は魔力の雑味が多すぎて良くわからん」
ベンチの隣にちょこんと座り、さっき買った『
話によると一応神の分霊である天は空気中の魔力の流れや呪術の
因みに魔力の流れと呪いの残視ならかなり遠くまで視れるが魔法は見抜けないらしい。
彼女曰く「性質は似てるが起源が違うのじゃ」だそうだ。
さっきのプレイヤーも天の能力に引っ掛かったことで、かなり有利に戦いを進めることができた。
「これだけの規模のゲームを現代の科学力だけで再現できる筈が無いんだけど……やっぱりアレかなーいやだなー」
「まあアレじゃろうな。お前のいつも巻き込まれている」
「「
古代遺産。
旧時代、主に西暦2020年以降の遺物。
年代だけで言えばおそらく百数十年前、けれどその技術は現代の科学を大きく上回る可能性を持つ規格外の塊。多くが原理、材質、その他において大部分が未だに不明にして、不可解にも発掘されることもあれば
正体不明で神出
世界中の国々がこぞって懸賞金をかけては探し求めるそれに──何故か鏡は結構な頻度で巡りあっている。
「やっぱり古代遺産だよなー……分かってたよ、ぶっちゃけ天がその
「月イチで古代遺産発見とか聞く人がいれば目玉が飛び出る事態じゃろうがな」
「月イチで死にかけたいなら俺と代わって欲しいな。つーか代われ」
「なんであれ、手段が仮定できたんじゃ。あとは目的と本丸じゃが……目的に関しても大体の
「え、マジで?」
「マジで」
ドヤ顔だった。
わりと可愛いのが憎たらしかった。
「まずこのピコピコが何の機械かは分からんが、これの役割はゲームの進行や端末とかとは別にあるようじゃ」
「具体的には?」
「正確な仕組みは理解できんがな。
役割は三つ。所有者から魔力を微量に抜き取ること。それをゲームの範囲内に
「溶かし込むこと?」
「
そう言って天が取ったのは俺の『人魚焼き』の一つだった。たい焼きのパクりのようで、やけにアニメ的な人魚の形と模様のついた生地の中にはイチゴクリームが入っている。
ブラックジョーク過ぎないだろうか?
「これを作るときは鋳型の中に生地の液体を入れて、この上から中のクリームを入れるじゃろ。火にかけて生地を固め、良いタイミングで裏返してまた焼く。イメージとしては、生地とクリームが魔力、鋳型がゲームの範囲と現実の地形……まあ多分場所はどこでも良いんじゃろうがな」
「じゃあなんだよ。このゲーム始めた奴はたい焼きでも作ろうとしてんのか?」
「当たらずとも遠からず、じゃな。
鏡も学校で習ったじゃろう? 魔力には様々な性質を持った種類……魔法に適するものとか、呪いに適するものとか、或いは魔法でも各属性に対応した魔力とかな。
ゲームの範囲内に渦巻く魔力はその質がてんでバラバラじゃ。
ただ一つの例外を除いて、な」
「……まさか」
「そのまさかじゃ」
天は真剣な顔で言い放つ。
「首謀者は──擬似的な神を創ろうとしているんじゃよ」
天は小さくため息を吐くと、持っていた人魚焼きをパクッと頬張った。そのまま口を動かしつつ、器用に話を続ける。
「神は性質はあれど、ぶっちゃけただの魔力の塊じゃ。これだけ大規模な儀式場に魔力の流れ、更にゲームという『
「確定じゃないのか?」
「少し無理はあるな。先の理由があったとしても、やはり魔力に纏まりが無さすぎるのは気になるし、なにより無秩序すぎて何の神を産み出そうとしているのかも推測できん。名前も目的も分からんのでは我も対処の仕様がないのじゃ」
これでも分霊なんじゃがなー、と間延びした声がやけに遠く聞こえた。
神。
新世界以来、何度かこちらの世界に降りてきては
俺はすぐ横で二つ目の人魚焼きに手を伸ばした天を見る。おそらく珍しいであろう俺の真剣な顔を、少し首を傾げて見ながら、少し微笑んだ。
「なに、気にするなよ鏡。我らはこのまま事態の収束に尽力すれば良い。ここに来る前にも政府のお偉い様方に連絡はしたのじゃろう? ならば我らが何もしなくとも解決するかもしれんし、もしかしたら何の事件も起こらず、ただのゲームのイベントで終わるかもしれん」
だからのー、なんて。
彼女は何時もみたいに気楽そうな顔で笑った。
「──気楽にいこう」
それはまるで子をあやす母親のようで、それでいて童女のような笑みだった。
「──そうだな。難しく考えても、仕方ないか」
頭を手でガリガリと掻き、気持ちを入れ替えるように顔を上げ、立ち上がる。
「そうと決まればさっさと行こうぜ。ここで暇潰してる場合じゃないしな」
「そうじゃの。さっさと首謀者潰して、デパートのピコピコを
言葉は、続かなかった。
何かに気付いたかのように天はすぐさま顔を上げ、デパートのただ一点を睨み付けた。顔には先程の気楽そうな顔はなく、少し悩ましげに眉をひそめ、顔を汗が伝った。
「──どうやら丁度のようじゃ。魔力の流れが変わったようじゃ──屋上に球体を作る感じでな」
「ってことは本丸は屋上か! でも一回確認したけど何もなかったよな?」
「我らがいなくなった後……いや
そう言ってデパートに向かって駆け出す天に俺は付いていく。祭りの人混みを抜け、広々とした公園で俺はかろうじて天と並走する。
「その根拠は!?」
「神を創る儀式じゃぞ? 魔力の流れとゲームの奉納だけではまだできん筈じゃ。何らかの術……おそらく魔法の類いを発動しておる。これだけの規模の魔法なら十分以上はかかると見た!」
「でも屋上の儀式場に乗り込んでどうするんだよ! 何か策でもあるのか!?」
「馬鹿を言え──
その言葉に、それもそうだなんて思いながら、ズボンの右ポケットに少し視線を落とす。
確かにこれがあれば──概ね、何とかなるかもしれない。今回のような異常事態なら、尚更。
ゲームの補正により、白いラインが走り、何かのマークが書かれた公園を
お昼を過ぎて子供を連れた家族が幾つか見られるのどかな公園だ。デパートのすぐ横に位置し、買い物後の休憩か子供のご機嫌とりの目的で人工芝を一面に敷き詰めたそこは──戦場となっていた。
幾つかの遊具を陣取り、ライフルやスナイパーで武装した老若男女が銃口を向けるのはデパートの出入り口や噴水に身を隠す──黒服だった。
いや間違えた。黒パーカーだった。
フードをかぶり、サングラスをかけて銃器を手に
「……なんだアレ」
「どう考えてもサクラじゃろうな……確かに百人も集まる保証はないじゃろうしな。パーカーのワンポイントがゲームのシンボルマークと同じじゃし。公園のは協力プレイってところかの」
「まさかアレ全員共犯か? あれだけいれば大規模なゲームが用意できてもおかしくはないかもだが……」
公園の植木に体を隠すように観察すれば、確かにそこら中に投影されたマークと同じ──手を広げる人のエンブレムがパーカーに付いている。
デパートを背にするように構えている姿からも、中に入れさせないという意思表示だろう。この分だとデパート内にも何人かいるかもしれない。
「どうする?
「むむぅ……これは我の勘なのじゃが、このゲームで負けたまま進むのは駄目な気がするんじゃよなぁ。多分ARの状態じゃないと見えない何かがある気がしての……」
「この激戦のなかを走るのか? 顔出した奴から負けていきそうだが」
「……一か八か、話してみるしかないの」
次回はラブコメを予定。
メインディッシュの下着選びのお話です。
筆が疼くぜ……筆じゃないけど。