「やっ……ずぁっ!」
迫り来る二対のツルを、軌道を見極め交互に右へ下へと回避し、しゃがみこんだ体勢のまま爪先で強く地面を蹴ってガラ空きの本体へ即座に肉薄する。
「シャアアアッ、シャアアアアッ!!」
牽制するような、威嚇するような耳障りな奇声。
そうしてすぐさまツルはこちらへと軌道を変更して、
「うるっ、せえっ、よっ……!」
声を張り上げながら、言い切ると同時にシステムが俺のモーションを認識––––刀身が宝石を思わせる水色の輝きを帯び、左斜めに斬りあげる形で、リトルネペントの体に真っ赤なラインをつくる。
単発ソードスキル《スラント》だ。
「シャア––––ッ」
悲鳴を上げたかと思えば、それは中途で聞こえなくなる。
そのままネペントは不自然な体勢で鞭のようにしならせたツルもそのままに静止、やがてブルリと体を一瞬震わせた後、バリンと割れた硝子のようにその身を四散させた。
目前で、青々としたポリゴン片が吹き荒れる。
「……お」
視界の内に、戦闘終了及びその経験値を表示したウィンドウが出現する。
ドロップした
束の間の休息。リポップまでは少し時間に余裕がある。ふっと息を吐くと同時、軽快なファンファーレと金色の光に俺の身体は包まれた。
強さの昇華。つまるところ、レベル2への昇格のサインだった。
「レベル2……二時間近く狩り続けて、レベル2……」
正式版に際して、初のレベルアップ体験だというのに、気分はゲンナリもの。
胚珠は低確率であるし、ドロップしなかったのは仕方ないにしても、二時間モンスターを狩ってレベル1からレベル2にしかならなかったのは、かなりの誤算だった。
「そんだけ感覚忘れてるってことだよなぁ……」
全盛期––––それこそβ時代終盤の頃であれば、二時間もあればレベル1から最低でもレベル3までは上げられる程度の戦闘技術を有していた。それがこのざま。ブランクとは、なんと嘆かわしいものなのか。
そっと、己の胴体を見下ろしてみる。
先ほどまでの戦闘で、リトルネペントの粘液を少し付着させてしまったり、集中の途切れでまともにツルを食らってしまったりした革製の外套は、少しボロくなっているように思えた。事実、耐久値を半分近くにまで落とし込んでいるのだから、見た目に変化が生じていてもおかしくないのだが。
二時間の戦闘で得たものと言えば、なんとか戦闘のカン、技術の磨き直しができたことの他に、微々たる経験値、初期金額より少し多い程度の割に合わないドロップマネーと、悲惨そのもの。
「……萎えるなぁ」
が、本当に萎み込んでしまっていては、ウツボカズラさんたちの餌食になるだけだ。萎ませるのは気分だけにしておいて、体はまだまだ動かし続けなくてはならない。
「と、その前に」
レベル2になるに差し当たって、ステータスアップポイントが加算されているはずなのだ。
俺は半自動的に慣れ親しんだ動作でメインメニューのウィンドウを出す。少しスクロールした後、ステータスタブを選択。そこには現在のレベル、取得スキル、身体ステータス等が記されていた。
新たに加わった3ポイント分は、二つあるステータスのうち、敏捷力に全て注ぎ込む。可視できるステータスは他には筋力のみ。序盤は技術次第で数撃でモンスターを仕留められるし、然程筋力にこだわるメリットはないと思われた。それ以上に、転移門のない場所同士の移動の高速化が現時点では最優先事項であると考えたため、敏捷力に全振りしたのだ。
なお、取得スキルについては、現時点使用可能スロットが、二つしかないため、一つは《片手用直剣》に、もう一つは、保留のまま。できる限り経験値を無駄にはしたくないので、早いところ決めてしまうのがいいのだが……。
––––その時だった。
「っ!?」
突然、Mobのポップ演出に似た配色の光が、全身を包み込んだ。
位置情報の破損によって、リポップ地点と現在立ち止まっている場所が重なってしまった? いや、でも、まだリポップまでは時間があるはずなのに。であれば、エフェクト、演出等の不具合? それとも–––––。
いくつかの憶測が脳内を飛び交う。数多くの候補の中、やがて一つの結論に辿り着いた。
––––運営側による、強制テレポート!
辿り着いた瞬間、完全に視界は光に閉ざされ、身体が浮くような感覚とともに––––、
「うあああっ!?」
目の前は真っ白に。そして、すぐさま暗転した。
リンゴーン、リンゴーン。辺りに鳴り響いているのは、鐘の音だろうか。
その音源が気になって、いつのまにか閉じていた瞼を上げると、そこは見慣れた街並––––いぃっ!?
「はっ……はじまりの街!?」
異国風の街並み。一万人は入れそうなスペースがある初期ログイン地点、中央広場。
どうやら、はじまりの街まで戻されたらしい。
俺だけ初日から先に進みすぎたからか? などと自惚れたことを考えると、周囲に続々と初期装備のプレイヤー––––作り物めいた見事なまでの美男美女たちが、同じく転送されてきていた。
どうやら全プレイヤー対象の転移であるらしい。となると、何か前情報なしの大規模なイベントか、はたまたゲーム運営に関わる大問題が、サービス開始直後に見つかったか……。
「とにかく運営の続報待ちか。ふざけんな、また村まで走らなきゃじゃねえか……」
悲惨なクエスト進行度に加え、この強制転移。悪態の一つもつかなければやってられない仕打ちだ。
何やら周囲のプレイヤーたちも不満があるらしく、早く責任者が現れるようにと喚き散らしていた。
そんな思いが通じたか、はたまたタイミングによる偶然の産物か。
––––その男は、上空に現れた。
『諸君、私の世界へようこそ––––私の名は、茅場晶彦』
赤いフードを被り、フードの下はただひたすらの闇。袖を目一杯広げ、その
『これはゲームであっても遊びではない』と。