正しいレイヴンの生まれ方!

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このSSはArcadia様にも投稿しています。
原作ACV発売前に、販促になればと書いたSSなので設定的にふわふわです。


第1話

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 I’m a shooter a drastic baby.

 

 わたしは裁定者、このうえなく熾烈な。

 

 

 

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「インフォメーションは!」

 

 格納庫へと続く薄暗い通路。走りながら、わたしはくすんだ黄色のヘッドセットに叫んだ。後には三人の同僚が続く。

 返ってくる言葉はおおよその予想がついていたが、これも業務連絡だ。

 味気のない脱着式のネクタイを外し、カッターシャツのボタンを外す。

 Λ(ラムダ)の刻印が入れられた音声受信部分からは、すぐさま司令課からの返答が来た。

 

『避難勧告済み。第三産業区、ポイントB-3、ACを確認、数は四機――』

 

 どうか自分の予想が、確信が外れていますように。悔しさから願った。どうかF企業が目標ではありませんように。どうか、神様。F企業は。

 懇願をよそに、オペレーターは抑揚のない声で告げる。

 

『――南下中、F企業の資材庫へ向かうと思われます。繰り返します、目標はF企業の資材庫』

 

 即席の信仰心ではこの程度。

 やりきれない気持ちから歯ぎしり。目標はF企業。わかっていたことだ。おそらくやつらも、わかっていてF企業を狙っているのだ。

 

「了解した、こちらは一分後に離陸出来る」

『現場到達時刻は現時刻より十三分後です』

 

 非常時アンロックされた厳重な扉をくぐり、格納庫へ到着。慣れていない目が一瞬、まばゆい白色照明に怯む。遅れて聞こえてくるけん騒。器材の駆動音。

 高さ約四十メートルのあまりにも広い格納庫には最新の大型の機材、いくつかのそれに抱えられた高性能な兵器が整然としていた。

 

 それらは全て、たった一つの目的の遂行と完遂を実現させる機の為に存在している。夜間迷彩が施された同一規格の暗色のAC、現在の陸上戦力主力の人型兵器が四機、跪いている。

 中量二脚、全高五メートルほど。万能を戦術構想として、現状最高の技術を持ってして開発された機械の人形。

 それらの動作は当然、何十人もの作業職員が行う日日のメンテナンスによって保障されている。

 

 わたしは部下に命令を下し、それぞれの大型高速運輸ヘリへと向かった。

 同時にACも運搬機によって積み込まれる。怪鳥が卵を産むシーンを逆再生するように。

 すぐさま天井の三層に分けられたスライド式ハッチが開かれ、黒い巨体はプロペラを回転させ、離陸。

 爆撃を考慮された巨大地下格納庫からは、通常はこのような手段でしか出撃しない。

 

 格納庫中にアナウンスが響き渡る。

『対傭兵課、離陸。状況、行制執行第一段階』

 

 四機のヘリと、円盤状のレーダーレドームが備え付けられた一機の管制ヘリが地面から飛び出すように急上昇。工場より排出され続けたスモッグにより、見えることのなくなった星空を進む。

 わたしはグリーンの光源が照らすヘリの中でパイロットスーツに着替え。時刻を確認、前インフォメーションからちょうど三分。官給品の皺ひとつない背広を、ヘリの側面に備え付けられた座席の収納スペースに収める。

 

「一番機の準備は完了しています」

 

 ヘルメットを装着。整備課ヘリ内作業職員の言葉に、対電子戦、光の反射を考慮したマットな仕上がりの特殊塗装に触れ、機体背面から搭乗。同時に狭いコクピット内ディスプレイが次次と点灯し、情報を表示する。

 

 システムチェック、全系統異常なし。味方機および管制機とのリンクをチェック、リンクを確認。

 聞き慣れた電子音に安堵感を覚える。状態は万全だ。

 通常、ACの輸送は一般的なヘリよりもやや大きい程度のものに吊らされ、長距離を移動する。

 わたしはAC乗りとして、破格の後方支援に恵まれていた。

 思いだすのにそれほど手間取らない昔、これになると心に決めた生き方。それを考慮すれば、まるで夢のようだった。そうだ、そのはずだ。

 

 瞳を閉じ、暗闇を作り出す。そこに過去を照射する。

 

 

 

『公営物や企業、市民などの被害を増大させる秩序を忘れた傭兵に、代表は新たな対傭兵補助機関を設立する事を決定しました――』

 

 私設警備部隊訓練所の、不衛生な食堂で流れていたラジオニュース番組だ。

 

『秩序を守るために生み出された攻性の行制組織、それが対傭兵局です。当局には新たに立案された特別法に基づき、平穏を破壊する傭兵を対象とする限り、積極的な強制執行を、独自の裁量に基づき、その行制権を行使することが認められています――』

 

 死ぬほど勉強した特別官務員試験の項目に書いてあった一文だ。

 

『諸君らは、安定を好まぬ薄汚い傭兵どもに振り下ろされる鉄槌でなければならない。諸君らは積極的にこれを行なわなければならない。秩序保護法、総則にもあるように、これは公益、すなわち市民を保護する崇高な使命だ――』

 

 合格後の就職記念会で部長の語った文句だ。

 そうだ、そのはずだ。わたしはそこに属する。その限りにおいて、わたしの行ないは正しい。

 

 

 

『ポイント到着。降下準備に入ってください』

「降下準備完了」

 

 オペレーターの声にわたしは一転して目を見開いた。気持ちを切り替えなければ、ここは戦場だ。

 ヘリ後方のハッチが開かれ、ACは前方を向いたまま後方へとスライドするように移動し、無重力に身を投げる。

 この瞬間が最も危険だ、遮蔽物は当然にない。落下を恐れるあまり、不用意にブーストを吹かしては位置を悟られる。限界高度到達後、重力を中和するように吹かし、着地。

 

 暗闇に溶け込んだACが四機。静まり返った産業区に、頭部カメラアイの赤い光が計十六個浮かび上がる。

 

『状況、行制執行第二段階。想定戦場領域を転送、位置情報を指示します』

 

 高度を飛ぶ戦場管制機からオペレーターの指示が伝わる。

 

『各機、ポイントAまで高速前進』

 

 転送されたマップ上の指示に従い、ジェネレーターを高機動用出力まで上げる。グライドブーストと呼ばれる、長距離移動用高加速を行なう。それと同時に肩部、背面が小さく起爆し、隠密布を展開。グライドブースト時の大きなブースト光を覆い隠す水平円柱状に展開されたそれを風になびかせ、地面を滑るように前進。並ぶ工場地帯を疾走する。

 身体にかかるGに息を荒げる。

 

『目標傭兵はアロー・フォーメーションを取っています。矢じり先端には重量二脚、かえしには中量二脚が二機、矢羽に四脚』

「野良にしては統率がとれているな、やるかもしれん。重量二脚を連れているにもかかわらず、なかなかはやい」

『作戦課からの提案です。ポイントAの到達後、一番機・二番機はポイントBに、残りはポイントCに。偶数番機がバックアップ。矢じりが先の両ポイントを通過し、ポイントDに達したとき、奇襲をかけます』

 

 ポイントDはポイントAよりも数十メートル先にマーカーされ。AからB・C到達までの行動ルートは、向かってくる矢を左右に避ける形になる。どうぞ通ってくださいと言わんばかり。

 ポイントA到達。高温により溶解しかけた隠密布をパージ。

 オペレーターは絶え間なくキーをタイプ。画面上の数値を脳内で処理し、追いつけない部分は感覚で把握する。

 

『角BDCが100°になる地点の詳細を表示しました、そのポイントからの攻撃が、理論被害値を最低限に抑えます。奇襲後、ポイントB部隊は引き続き矢じりを攻撃、C部隊は矢羽の四脚。以上です、詰めは傭兵課におまかせします』

「それでいこう。傭兵の進行速度から見て、おそらくこちらを確認できていない。セオリーどおりなら四脚は狙撃手だ、注意を引くだけでもかまわん。手が届けば落とせ」

 

 言いつつも。わたしは部下に別の命令を下していた。みじめさをひた隠しに。

 

 ややあってオペレーターの無感情の声が耳に刺さる。

『訂正します。先程の案は司令課により破棄されました。現ポイントDで完全迎撃態勢を取ってください』

「傭兵課は司令課の意図を計りかねる。回答を要求する」

 

 問いかけつつも指示に従う、迎えうつ形のY字フォーメーション。枝分かれのポジションに付き、建物を縫うように移動を開始。

 

『司令課からの回答です。悪性傭兵は一刻も早く鎮圧されるべきものであり。また、想定外の事態による奇襲失敗の場合を危惧し、先の提案を却下しました』

 

 最善手は取れないにしても、傭兵はこちらの存在を関知していない。依然として第一撃先制攻撃は有効だ。

 

「各課は互いに信用しなければならない。また、いかなる秘密も持ってはいけない。それを共有してはならない。二条一項だ」

 

『一条三項。いやしくも特別官務員は、公益よりも保身を考えてはいけない。司令課は、傭兵課がこの提案を受けない場合は、傭兵を恐れるあまり交戦を避けたと推察せざるを得ない』

 

 コクピット内のマップには傭兵三機からなる矢じりと、傭兵課四機のY字を描く点が近付いている。ファースト・ストライクまで残り二十秒。左上部にカウントダウンが始まる。

 

 わたしはつとめて機械的に言った。

「F企業資材庫に侵入されるようなことはない」

 

 続けて、それがおまえの――

 

『言動に気を付けて下さい。規則にあるように、行制執行中の会話はすべて記録されています。各課は行制行為内であれば、いつでもこれを聞く権利を持っています』

 

 喉まで出た言葉が冷ややかに遮られるが、もとより満足のいく回答など期待してはいなかった。

 残り十秒。

 

「各機、グライドブースト準備」

 

 三秒。

 

『状況、行制執行最終段階を開始せよ』

「突撃」

 

 空気が収縮されるような音の後、加速。同時に左肩部兵装、三連ロケットを、当たれば幸いとめくら撃ち。

 前衛三機による爆発物を用いた同時攻撃は大きな爆炎を生んだ。周辺の建物が流れ弾により半壊する。ここからはライフルの距離。

 前方の粘ついた炎から、厚い装甲の重量二脚が姿を現す。左腕部は欠損。遅れて二機の中量二脚が両翼を伸ばす。どうあっても突破するつもりだ。

 

『四脚の動きが鈍りました、狙撃ポイントを探しているようです。注意して下さい』

 

「了解。両翼は突出した中量二脚を相手しろ。四番機は引き続きわたしのバックアップ、重量二脚を落とす。その後、オペレーターの指示で損傷率、残弾数からの総火力の平均でペアを組み、各中量二脚を攻撃」

 

 指示を受け、二番機と三番機が突出してきた二機の傭兵を向かい撃つべく拡散する。

 

 約十秒後、ライフル有効射程距離。

 

『二番機、労働者寮付近。三番機、資材運輸港。次いで一番機、四番機が対象重量二脚とA所有工場で執行を開始』

 

 暗視用のグリーンで映された視界の隅で、工場の影から重量二脚が半身を隠してガトリングを放つ。わたしと四番機はとっさに左右に散り、お返しといわんばかりに構えたライフルから実弾を射撃。しかし装甲に阻まれる。重量二脚は多数を恐れてか、工場裏に姿を隠した。

 

 ガンカメラと頭部カメラアイがその様子を記録し、上空の管制機に転送。

 

『重量二脚の推定装甲性能が解明されました。送ります』

 

「把握した、わたしが餌になる」

 

 その短い言葉で、オペレーターは作戦を理解した。

 

『四番機、最適射撃ポイントを表示しました。向かってください』

 

 四番機がコア内部に格納されている、四十センチほどの球状リコン・ユニットを射出。それは周囲に強力なECMを作用させた。

 二手に別れる。

 

 わたしは右肩部ハンガーユニットを回転させ、吊るされていたレーザーライフルを現在装備している兵装と取り換え、工場裏に回り込む。が、当然待ち構えられていた。被弾するも、応射。

 機体前面を敵機に向けたまま、横滑りするように運送トラック出入り口のフェンスをなぎ倒し、道路をまたいだ別の工場へ。遅れて重量二脚。

 損傷チェック。87%、損傷軽微、官務続行可能。

 

 軽量機の身軽さと重量機の装甲、十全とはいかないまでも、その二つが取り入れられたハイエンド機には、まだ余裕がある。

 バックしながらも短距離移動用高加速、ハイブーストを用いて機体を左右に振り、攻撃を回避。クレーンやタンクの土台を破壊し、傭兵の追撃を阻害する。それにより動きが鈍れば敵ACに射撃。

 重厚な装甲が溶解しかけている。データ通り、光学弾が有効。

 

『注意して下さい、四脚は廃ビル群にいます。狙撃できる高所にいると考えて下さい』

「了解」

 

 工場をぐるりと一周する形で逃げ続け、大型運輸トラックが多数停めてある駐車場を抜ける。トラックの間に伏せていた四番機の最適射撃ラインを。

 四番機、トラックの影からわたしを追う重量二脚の側面を、最大チャージしたレーザー兵装で射撃。敵機、脚部損壊。消し飛んだ。追跡時の加速のまま無様にも前のめりに転倒する傭兵。コアと地面の摩擦から火花が散る。

 客観的に見て戦闘続行不可。

 

 わたしは逃走をやめ、目標を中心に円を描くように移動。背面につく。

 外部に音声を出力して言った。

 

「投降しろ」

 

 返って来たのは侮蔑の言葉だった。

 ブーストを吹かし、急加速。一瞬で接近し、左腕に取り付けられた特殊兵装をコア背面に向け、起動。少量のクリーム色の泡が吹き出し、コクピット開閉口の一部を塞ぐ。

 

 再び距離をとり、四番機とともに各兵装を使用不可にするべく射撃。ガトリングの砲身がへしゃげ、肩部マイクロミサイルが誘爆。

 無残にもコアのみとなった鉄屑を一瞥し、わたしはすでに次の相手となる中量二脚の事を考えていた。労働者寮、資材運輸港に適した戦闘。すでに送られている敵ACデータに有効な兵装。味方の損傷率。

 

 戦った、今回で言えば横たわる傭兵のことを考えるのはいつも官務が終わってからだ。

 この傭兵はあれからどうなったのだろうか、とか。やはり自殺を選んだのだろうか、とか。どんな人生を歩んで傭兵になったのだろうか、とか。わたしは考える。

 どんな悪行を重ねたのだろうか、とか。

 

 ひとまず司令課に指示を仰ぐ。

「重量二脚を無力化した、次のターゲットは?」

『一番機、四番機、注意して下さい。四脚が急速接近中……おそろしく速い、とても障害物の多いこの地帯を移動しているとは』

「わたしが迎撃する」

 

 リアルタイムでリンクされている二番機の損傷が70%を切った。敵傭兵ACとの相性が悪いようだ。瞬時に出すべき指示を選択する。

 

 四番機は二番機の援護に向かえ。空気を吸い込み、喉を震わせ、口に出す。

 

「四番機は二番機の援護に四番機回避!」

『四脚は高度をグライドブーストで滑空している!』

 

 一瞬で脳裏を這いずり回ったものに従って叫ぶと同時に、反射でハイブースターを使用。次の瞬間、自機より数メートル前方の四番機右脚部が粉々に砕かれ、貫通した弾丸は左脚部足首を吹き飛ばし、舗装された地面を穿った。

 最後に、焦りの色の強いオペレーターの声。

 

 入射角およそ45°の射撃。

 バランスを失い、崩れ落ちる同僚機を横目に。わたしはすでに工場内に移動すべく、行動している。いかに上空からの狙撃をもってしても、室内であればそれほどの脅威ではない。

 

 肩部三連ロケットで壁を破壊、その際の自機への被害は無視して身を隠す。思考。不安定な空中からの狙撃、かなりの手練。一撃目の反動から体勢は崩れていると考えれば二撃目は無いと見てもいいが。

 

 振り向き、工場内までの短い道のりと、うつ伏せに倒れる四番機を囲むように、ロケットを発射。その爆炎の中をブーストを吹かした四番機が、機体前面を地面に擦りつけながら進む。

 ロケットをパージ、弾切れだ。

 

「四番機は待機、回収を待て、可能な限り身を守れ。司令課」

『了解、ポイントは把握しています。四脚は工場より約九十メートルほど離れた地点に着地、表示しました』

「確認した、攻撃する」

 

 四番機を壁にもたれ掛けさせ、四脚のもとに向かう。と、四番機から通信。

 

『置いて行くのか』

「そうだ」

 

 何を当たり前な事を。迎撃しなければ、四脚は距離的に近い二番機と戦闘中の中量二脚に加勢する。

 正規の扉から工場を後にする。四脚が着地した付近には廃棄処分された鉄屑置き場がある。そこならば――

 

『わたしはどうなる』 と四番機が冷ややかに。

「交戦しろ」 粘つき、たぎる感情を処理して言った。

 

 ――周囲に及ぼす損害も少ない。加えて近距離戦なら取り回しの難しいスナイパーライフル。問題はない。

 

『先程の銃声、一番機カメラが捉えた四番機脚部破壊時の威力から、おおよその値が解明されました。転送します』

『死ねというのか』

 

 くどい、死ね。

 

「その発言は一条三項に抵触しかねん。黙れ」

 

 本心を飲み込み、作業のように応答。

 そこに響く駆動音。グライドブースト。ブースト光が黒い空にポツリと浮き出ている。

 

「司令課、四脚は二番機の元へ向かうようだ。追撃する」 ジェネレーターの出力を上げ、追う。

『司令課、了解。二番機は接近しつつある四脚と反対方向に退避。一番機がこれを迎撃します』

 

 距離はあるが、こちらは最高性能の内装のAC。乱立する労働者寮の間を右へ左へと、ジグザグに飛ぶ。ライフルの有効射程圏内。射撃。脚部に命中、しかし行動不能には至っていない。

 

 ジェネレーターの限界が来たのか、四脚が地に足を付け、180°反転。

 反応してハイブースト、機体を左方に瞬間的加速で移動。敵、スナイパーライフルで射撃。

 ハイブースト前にわたしがいた位置を貫いた。右側面を弾丸が通過する。衝撃波でACが揺れる。

 おそろしく正確な射撃。反転してからのあの短い時間で狙いを付けた。

 

 応射、右腕部に命中。

 

『二番機の戦闘領域に近付いています』

「二番機は何をやっている?」

 

 こちらも着地、次いで四脚は寮の壁を蹴りあげ、三角飛びの要領で、最小限のブースト量で屋上へと登った。攻撃の手を休めずにそれに続く。あれだけのスピードを出せるACだ、装甲はそれほど厚くはない。現に動きが鈍っている。

 

『依然交戦中、退避が間に合わなかったようです』

 

 わたしの沈黙にオペレーターが代弁した。

 

『四脚の速さはかなりのものでした』

 

「だから退避が間に合わないのか?」

 

 再び屋上からグライドブーストで上昇移動する四脚、ジェネレーターの悲鳴が聞こえてくる。遅れて私も屋上に着地、こちらもブースターを吹かして追う。これを止めなければ二番機は終わる。

 ライフルを連射、狙いたがわず命中するが、四脚はお構いなしだった。

 そう。撃てばこの状況を打開できるといわんばかりに。

 

 耳をつんざく重低音。四番機と同じく、二番機は官務続行不能だろう。おそらく命中した。

 

『二番機、脚部損壊』

 

「了解。一番機、中量二脚と四脚と交戦する」

 

『三番機、対象中量二脚を撃破、そちらに向かっています』

 

 ほぼ不時着に近い形で、わずか十数メートル先に佇む四脚に、滑空しながら狙いを定める。その奥の中量二脚がライフルで射撃。反応してハイブースト、照準をずらすことなく回避成功。

 射撃、四脚のスナイパーライフルを破壊。中量二脚とわたしの間に四脚が位置するように着地。

 

 終わりだ。

 

 照準サークルの中心に四脚の脚部を捉える。

 

『一番機、戦闘を中止してください』

「なんだと」

 

 身動き一つせず、聞き返す。聞き捨てならない。この状況で、何を言いう。

 

『状況、行制執行終了。帰還ポイントを表示します』

「ふざけるな、傭兵は目の前だ」

 

 油断なく銃を構えるも、眼前の二機はまったく恐れもせず動きだした。中量二脚は先程わたしと四脚が来た方向へと向かって行き、四脚もぎこちなくそれに付いてゆく。

 

 撃て。こころの奥底でわたしが命じるも、物質がそれに従う事はなかった。

 間抜けにも去ってゆく二機のブースト光を眺め、呟くように言った。

 

「なぜ、傭兵を見逃す」

 

 オペレーターは答えなかった。

 茫然自失のわたしだったが、機械的に、本能は作業を続けた。帰還ポイントへとACを進める。それはまるで他人事のようだった。

 あれこれと沸く疑問に思考を割きながら戦術マップを眺める。二番機と四番機を回収するヘリと、わたしと三番機を回収するヘリ。計四機のヘリアイコンが動いている。

 

 おかしい。

 

「司令課、一機足りない」

 

 珍しく一拍遅れてオペレーターが言った。

『いいえ』

 

「足りない」

『いいえ』

 

 こみ上げるものを押さえつけるも、うめくように言った。

 

「無力化した、重量二脚を、連行収容する、運輸ヘリが。いない」

 

 応答は沈黙だった。

 

「取引したのか」

 

 運輸ヘリのプロペラ音が大きくなる。帰還ポイントに近付いているのだろうか。意識はそちらには向けてなどいられなかった。

 

「答えろよ。傭兵課は司令課に現状況の説明回答を要求する、二番機と四番機を見逃す代わりに重量二脚を見逃すのか。そのやりとりが二番機脚部損壊後に」

 

『すでに行制執行は終了しています。ましてやそのACはあなたの私物ではありません。通信システム同様、私的利用は規則で禁じられています』

 

 遮られた言葉にわたしは身震いし、ふと左方がやけに明るいことに気がついた。カメラアイをそちらに向ける。そう遠くない工場などが燃えている。赤赤と。他にもちらほらと。

 

「状況、戦闘被害割合」

 

『単純損害率計算で対傭兵課69% 悪性傭兵31%による損害』

 

 力なくうなだれる。最初から奇襲していれば。

 

「F企業資材庫の損害は」

『戦闘領域外です、関知しません』

 

 なんだ、これは。この有様は。

 次は無いかもしれない。あの傭兵にまともなACが与えらえていたら、危ういだろう。

 ヘリの中へとACを歩ませる。緩やかな浮遊感に包まれたコクピット内。

 瞳を閉じ、暗闇を作り出す。そこに過去を照射する。

 

 

 

『わたしたちは公僕です。市民の為に身を削るのが特官員としての義務といえるでしょう――』

 同期のオペレーターが、かつて背中越しに投げかけた言葉だ。

 

『わたしはAC乗りになるよ。だからさ――』

 誰もいない共同墓地で誓った言葉だ。

 

『悪い傭兵の敵に、天敵になりたくて――』

 これはわたしの……

 

 

 

 知らず、情感のたぎりが双眸から溢れ出る。それはゆるやかに頬に線を描き。雫になった。ただそれだけだった。

 

 

 

 それほど時を置かずして、しかし致命的に手遅れな頃に。わたしは知り、自覚する。

 

 企業は自衛のために費やす資金の一部とパーツを対傭兵局に流すことで、税金を投じた最高の公的保護を受け、支出を抑える。

 局上層部は、その資金は当然のこと。行制執行中に破損したパーツの請求を中央に申し立てればそれを懐に入れ。企業より支給される同種のパーツで戦力を維持していた。

 

 本来であれば無力な人間の為に積極的に振るわれるはずの尊い剣は、対傭兵局上層と企業の癒着により、その特定企業のみを守る盾になり下がり。

 

 気づけばわたしは本来なりたかったものから遠ざかり、憎んでいたものの振る舞いをしていた。

 すなわち、傭兵に。

 

 

 

 主任――

 

 わたしを呼ぶ声がする。わかった、今降りる。つたう涙と涎を拭い、応答。

 明日も、明後日もこれが続く。傭兵どものまねごとが。

 

 気がちがいそうだ。

 事実、既にそうなのかもしれない。

 

 コクピット開閉スイッチを押し、空気の圧縮音と共に、背面からヘリ内の照明が差し込んでくる。

 おぼつかない足取りで座席に腰掛け、対面の小さな丸い窓から外を眺める。

 

 

 夜の色は極めて濃く、空は依然として黒に塗りつぶされ。それは太陽が昇る事を躊躇させるほどだった。

 

 太陽は見えない。

 光はない。

 

 

 

 I’m a shooter a drastic baby.

 

 わたしは天秤、いかにも傾いている。

 

 

 

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 薄暗い照明の寂れた半地下の酒場。狭い室の中で、あなたはカウンター席に座り、グラスに琥珀色の液体を揺らしていた。

 ほのかに甘い香りが鼻孔をくすぐる。光を透過させて反射を眺めていると、対面に座る女主人が温度を感じさせない声色で尋ねた。

 

「で、どうだった。傭兵局の連中は」

 

 あなたはまるで気にもかけていないかのように、グラスに口を付けた。

 

「ACはずいぶんと損傷したようだが、あんたよりやるやつがいたのか」

 

 薄く笑ってみせると、女主人は疑わしげに眉をひそめて、信じられんなと呟いた。

 もしもあの追撃して来たAC乗りの迷いが無くなれば、危ういだろう。

 女主人は頬杖をつき、そのままあなたを眺めていた。

 レトロな時計の針の音だけが、規則正しく響き、外からは排水処理の濁流が生む水音が耳に流れる。

 

 どれほどの時間が経ったのかわからないが、店の扉を軋ませ、一人の長身の女が入って来た。無遠慮にあなたの横に座る。小さく鼻を利かせると、それはひょっとして本物か? と言って。懐から小さな巾着をコツリと音を立たせてカウンターに置いた。

 

「現物支給でも構わんのは助かったよ、傭兵。ま、綺麗な石ころを渡されても困るかもしれんが」

 

 あなたはそれを受け取り、その後は我関せずと舌を湿らせ、喉を焼いた。

 

「混ぜ物なしを出せるような店だったか? ここは」

 

 冷ややかに皮肉った新たな客を、女店主は視線で黙らせた。

 

「悪かった。こいつと同じものを」

 

 立ち上がり、注文に従い酒を用意する女店主を一瞥すると、女はタバコを咥えて、鋭いツリ目であなたを捉えて言った。

 

「本当だったのだな」

「ここ禁煙。吸うなら外」 と女主人。

 

 カウンター内からグラスが触れ合う際の高音が聞こえる。

 女は短く嘆息してタバコを収める。

 

「本当にどんな機体構成でもACを扱えるのだな。たとえ脚部が二脚だろうが、タンクだろうが四脚だろうが。得物がスナイパーライフルでもショットガンでも。それが一日置きで変更されるアセンブリでも」

 

 女の前にグラスが置かれ、女主人が元の位置に座る。そしてやはり頬杖をつく。

 

「傭兵、先の戦闘で契約は切れた。で、おまえ、これからどうするつもりでいる」

 

 あなたは答えない。

 

「既にわかっているとは思うが、対傭兵局のやつらは企業とつるんでいる。シティを支配する代表の目が届かないところで。あれは独立した補助機関という位置づけだから」

 

 言葉を紡ぐ女をよそに、あなたは残りを干すと、代金も支払わずに扉に続く短い階段に向かった。

 

「いずれは代表とも事を構える」 女はグラスを見つめたまま、冷静でいながらも力を込めて語った。 「われわれを地下に追いやった連中とケリをつける」

 

 階段を踏みしめる音の後、扉が軋み、排水音が大きくなり、もう一度軋む音が聞こえ、やはり排水音は小さくなった。

 

「残念だ」

 わかってはいたが、と女がやるせなく言った。こちらはあまりにも劣勢だ。わざわざ与する異常者はいない。

「あいつは何者だろうか」

 

「いろいろ言われている。誰も踏み入れたことのない区域から現れたとか、わたしたちよりも下の地下世界から現れたとか、空に人が住めるような未来から現れたとか、Dだとか、実は火星からやって来たなんてのもある。ぜんぶ眉唾もんさ。あいつが誰かは、たぶんあいつしか知らない」

 最後のは鼻で笑って言った。

 

「D?」

「Distinguishedだったか。卓越戦闘操縦技能者を表すらしい」

「ああ、似たような言葉を聞いたことがある」

 

 なんだったか、Domi……と、記憶を探りながらグラスに口を付けると顔をしかめた。

 

「同じものを、と注文したはずだが」

 

 女店主は小さく肩をすくめて見せた。

 

「わかったよ、あいつは特別だ。例外だ」

 

 不機嫌そうに飲み干し、席を立った。

 

 もう行くことにするよ。

 そう。

 

 女は名残惜しそうに、それが見おさめのように女店主を見やり、階段に足を掛けた。

 もう会えないかもしれない。自分でも似合わない思考が渦巻いた。

 戦いは激化する一方なのだから。

 

 悪いね、本物は出せないんだ。女店主は華奢な背中に言った。

 気にするな、うまかった。

 

 女は振り向かずにそう答えると、扉に手を掛けた。

 相手は強大。永遠にここに居たかった、わざわざ寿命を縮めに行くなんて馬鹿げている。しかし。

 覚悟を新たに踏み出したそのとき、女店主が言った。

 

 本物はあの傭兵がキープしているから、あんたからの報酬代わりに。

 

 女はぎょっとして振り返り、慌てて店を飛び出す。視界の端には、なにか見られたくない傷でもあるかのようにうなじを隠す襟回りの服装の人影。

 見やると扉のすぐ横であなたが壁を背にして一服やっている。ぽわりと吐かれた紫煙が雨に裂かれていた。

 

 死に何かを期待していたわけではなかったが、少なくともそれを前提にしていた作戦は急遽変更だ。不機嫌そうに鼻を鳴らして、しかし不敵に笑い。女が、雇い主が言った。

 

 

 よろしく、イレギュラー。



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