真・恋姫†無双 ~真・王平伝~   作:若輩侍

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しょっぱなから飛ばしていきます。
恋姫だし、これくらいは許される……かな?

では、どうぞ。


第二話

王平は絶句していた。何にかって? そりゃあ、目の前に広がる光景にである。

 

「どうしたんですか聖様。そんなあり得ないものを見たかのような顔をされて」

 

キョトンとした様子で、楊鳳こと静音が湯船の中で首を傾げているのである。ここで少し話は遡る。

 

曹操に風呂の用意を頼んだ王平は、風呂の用意が整うまでに伸びきった髪と髭をサッパリとさせるために王座の間から自室へと直帰した。そして鋏と髭剃りを用意すると銅鏡の前に座り、慣れた手つきで最初に伸びていた髭を剃り、それからぼうぼうになっていた髪の毛を短めの長さに整える。ここまでは何時もと同じだった。髪はともかく、男であれば髭は数日放置しておけばすぐに伸びてしまうものなので、遠征から帰る頃にはいつも伸び放題の状態。王平はそれを何時も自分で処理しているので、今ではすっかり髭を剃る事に慣れてしまった。流石に髭と髪を同時に整えるのは、非常に稀なことであるが。

 

今回は散髪も同時に行ったのでそれなりに身だしなみを整えるのに時間を掛けてしまった王平。しかしそれが功を奏したか、王平が髭と頭髪を整え終わるのとほぼ同時に風呂の用意が完了した事を侍女の一人が伝えに来てくれたのだ。砂埃に加え、切った髪塗れにもなっていた王平にとって、まさに渡りに船である。

 

そうして機嫌良く鼻歌などを歌いながら浴場に向かった王平。脱衣所に着くなり服を脱いで全裸になり、心行くまでまで入浴を楽しもうと遠慮なく浴場への戸を開ける。無論、人がいるはずもないので腰に手拭いを巻くと言った配慮は一切していない。文字通り、完全無欠の全裸である。手拭いを放り込んだ木桶を脇に、先に掛け湯をしようと湯船に近づいた、その時ようやく……王平は先客がいる事に気付いたのだった。

 

そして目の前に広がるあり得ない光景。王平の今の心情はと言えば、

 

あ、ありのまま今起こった事を話すぜ。

俺が掛け湯をしようと湯船に近づいたら、まさか湯船の中に先客がいた。

しかもそいつは俺の良く知る人物で、向こうも俺をよく知る人物だった。

ちなみに俺は男で相手は女、そしてここは全裸が基本の浴場だった。

な、何を言ってるのか分かるとは思うが、出来れば現状を理解したくは無かった……理性がどうにかなりそうだ。

八百一だとか房中術だとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。

もっと素晴らしいものの片鱗を味わっているぜ……。

 

男、王平。絶賛目の前の桃源郷に理性を侵食され中であった。

 

「聖様?」

「はっ!?」

 

楊鳳の声に、王平は忘れかけていた我を取り戻す。もう少しで内なる狼が理性の檻を食い破って出て来そうになっていたが、そこはやはりたたき上げの軍人。理性と欲望の操作はお手の物である。

 

……相手が相手だけに、少々危なかった気もするが。

 

というのも楊鳳……ぶっちゃけ、曹操軍の中でもかなりの美人なのである。長く荒事の中に身を置いていた所為か、女にしてはその眼光は鋭く肌なども決して綺麗とは言えない。目立つほどではないものの、肌には消えない傷痕も多くある。それでも生気に満ち溢れたその顔はなお凛々しく、そしてその凛々しさが元より整った顔立ちをより美しく映えさせているのだ。そして軍旅にあった時は汗と埃塗れになっていた黒髪も、今は本来の艶やかさを取り戻し、洗い立てなのかぽたりぽたりと水を滴らせている。

 

これだけでも男が惹かれるのには十分だと言うのに、それに加えて今は全裸。そう、一糸纏わぬ全裸。際立って大きくはないが整った綺麗な形の乳房も、さらにはその下までもが丸見えの光景。男からしてみれば、まさしく最終兵器並の威力を誇る光景である。

 

「お、おま! どうしてここにいるんだ、静音!?」

 

予想外という言葉すら生易しい光景に流石の王平も混乱し、思わず大声で叫ぶ。急いで桶から手拭いを取り出し腰に巻くも、その視線は楊鳳の体に釘づけになっている。悲しいかな、やはり王平も武人である前に男であった。

 

「何故と言われても、私も遠征で酷く汚れましたし、風呂に入るのは当然だと思うのですが……」

「た、確かに正論だ……だが――」

「ああ。もしかして裸を見た事を気にしているのですか? それなら安心してください。別に気にしてませんから」

「それはそれで問題な気もするんだが……」

 

羞恥心を全く感じていない楊鳳に、王平は困ったようで呆れたような微妙な表情を浮かべる。加えて、あまりに楊鳳が平然としているため、焦りに焦りまくっていた王平も何時の間にか平静さを取り戻していた。

 

「なんか、俺だけが焦りまくってるのが馬鹿馬鹿しく思えてきた」

「そうですか。でも正直、私は焦ってくれて嬉しいとも思いました。一応、私も女ですから」

「お前なぁ……ったく、どうしてそんな強かな女になっちまったんだか」

 

はぁ~っと長いため息を吐き、面食らって動けなくなっていた王平が桶で体を流し始める。続いて汚れていた髪をシャカシャカと洗い流し、それを数度繰り返すと、王平も湯船の中へと足を入れる。ゆっくりと腰までつかり、岩でできた湯船の壁に背中を預けると、肺に溜まっていた空気を一気に虚空へと吐き出した。

 

「ふぃ~。あー、良い湯だ」

「ですね。冷えてはいませんけど、体が温まります」

 

王平と楊鳳が二人並んで、湯船の中で盛大にくつろぐ。勿論、王平が風呂場に突入した時と同じ、二人とも未だに全裸である。湯船に手拭いを入れるのは無作法であるからだ。律儀な王平と楊鳳である。

 

「にしても、アレだ。お前、本当に恥ずかしくないのか?」

「はい。別にみられて減る物でもないですし。それに、聖様だからこそ平気なのです」

「俺だから?」

「はい。この楊鳳、王平将軍に見出されて以来、この身が朽ちるまで全てを王平将軍に捧げると誓いましたから」

 

横から向けられる真っ直ぐな視線に、王平の頬が赤く染まる。無論、のぼせたのではなく照れているだけなのだが、それを素直に言い表す王平ではない。

 

「小娘が、なぁに生意気なこと言ってんだ。そういうのはもう少し大きくなってから言えっての」

「ちょ、私は今年で十九です! もう子供じゃな、って髪が絡まりますから!」

 

照れ隠しのつもりで、楊鳳の頭に手を置きぐしゃぐしゃと髪を乱暴に撫でる王平。ちなみに王平の年齢は二十五である。

 

「十九はまだまだ子供だっ!」

「だったら聖様はおじさんです、おじさん!」

「あっ! それを言ったなお前!」

「わぁー! 髪を勝手に結ばないでください~!!」

 

もはや完全に兄妹同士のじゃれ合いである。王平と楊鳳自身も感覚としてはその様なものだと意識している。が、しかし傍から見れば、この状況は若い男女が風呂場でじゃれ合っているようにしか見えないのが、世の真理であった。

 

「……」

「全く、これでも自慢の黒髪なんですよ?」

「今度団子結びでもしてみるか」

「絶対に嫌です!」

 

さらなる来客に気付かず、王平と楊鳳のじゃれ合いは続く。しかしそれは、

 

カラン……

 

動揺した来客が音を立ててしまった事で唐突に終わりを告げた。

 

「「誰だっ!!」」

「うわぁぁ!?」

 

突然湯船から飛び出した二人が、音を立てた犯人に迫り瞬く間に床に押さえつける。情けない声と共に無効化される犯人。しかしすぐに、その顔に見覚えのあった王平がため息と共に押さえつけていた腕から力を抜いた。

 

「なんだ。誰かと思えば、もやしじゃないか」

「……誰ですか?」

 

王平が力を抜くのと同時に、楊鳳も腕にきめていた関節技を解く。ちなみに楊鳳は、何時の間に巻いたのか手拭いを胸と腰に巻き、最低限体を隠していたりする。

 

「ウチに最近入ったばかりの新顔だ。確か名前は……」

「名前は?」

「……」

「……」

 

二人の間に沈黙が流れる。それに耐えきれなくなったのか、王平が苦笑しながら沈黙を破った。

 

「すまん、まだ聞いてなかった」

「そんな事だろうと思いました」

 

王平の言葉に楊鳳がはぁとため息をつく。そして近くに転がっていた木桶を拾うと、湯を汲み床に叩きつけられた衝撃で気絶してしまった犯人こと北郷一刀の顔に、容赦なく湯をぶっかけた。

 

「ぶはぁ!?」

 

気絶してた一刀が、げほげほとせき込みながら覚醒する。意識がはっきりし、そして王平たちの姿を目にした瞬間、一刀はすぐさまその場に土下座した。

 

「す、すいませんでした! その俺、別にお二人の事を邪魔しに来たわけじゃ――」

「「変な勘違いをするな」」

 

再度、一刀の顔に今度は二人同時に木桶一杯の湯がぶっかけられた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「全く、華琳様も戯れが過ぎるっての」

「ええ、全くです」

「……本当に、申し訳ありませんでした」

 

ひと騒動あった後の浴場。そこでは王平と楊鳳に加え、北郷一刀が新たに湯船の中に浸かっている。無論、全裸では無く各々手拭いで最低限体を隠してだ。事情が事情であるので、今だけは無作法にも目をつむる三人である。

 

「だがまあ、君主から直々に風呂の許可が降りた日には、風呂場に突貫したくなる気持ちも分かるけどな」

「正直、王平さんなら同じ男だし、同席してもいいかなって思ってたんですけど、まさか――「楊鳳です」……楊鳳さんまで入ってたなんて」

 

申し訳なさそうにしょんぼりとする一刀に、王平と楊鳳は苦笑する。同性の王平はともかく、本来なら楊鳳としても苦笑程度では済まさないのだが、今回は曹操の悪戯に利用されただけなのでお咎めなしの方向にしたのだ。

 

「まあ、なんだ。過ぎた事を気にしてもしょうがない。今はこの風呂を楽しむとしよう」

「はい。その、ありがとうございます」

「それは俺じゃなく楊鳳に言うんだな。あー……」

「北郷です。北郷一刀」

 

聞き慣れない名前に、王平と楊鳳は首を傾げる。

 

「あ、えっと。姓が北郷、名が一刀。字と真名はありません」

「何だと、真名がないのか?」

「厳密にいえば、俺の住んでた世界にはそういう風習がないんです。なので、敢えて言うなら、たぶん一刀が真名にあたります」

「「なっ!?」」

 

その言葉に、王平は今日二度目の驚愕に目を見開いた。隣の楊鳳も勿論同じくである。真名は本来、心を許した者にしか教えないもの。それを初対面の、しかもいきなり襲いかかってきた二人に何の躊躇いもなく教えたのだから、王平と楊鳳が驚愕するのも無理は無い。

 

「ふむ、そうなると……だがなぁ」

「……」

 

王平は困ったような表情を浮かべ楊鳳を見る。しかし王平と違い、楊鳳は特に困る様な様子もなく静かに目を瞑っている。その姿を見て、王平は楊鳳の明確な意思を感じ取った。

 

〝真名は預けない〟と。

 

「そうだな。まあ知っちまったものは仕方がないか。俺の真名は聖だ。この名、お前に預けよう。だが、悪いが楊鳳の真名は勘弁してくれ。頼む」

「聖様……」

 

楊鳳の心の内をバカ正直に伝える訳にも行かず、王平は頭を下げ遠まわしな言い方で楊鳳の真名について一刀にそう告げる。まさかの王平の行動に一刀は腕をブンブンと前で振ると、焦った口調で応える。

 

「いやいやいや! そんな、勘弁するだなんてとんでもない! むしろ俺の方こそ、真名を集る様な事をしちゃって……」

 

次第に声が尻すぼみになっていく一刀に、王平は苦笑し、楊鳳にやったように一刀の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

 

「いいさ別に。ところで、さっき俺の世界がどうとか言っていたが、あれはどういう事だ?」

「えっと、それは……」

 

王平の指摘に、一刀が応えられずに口ごもる。別にやましい事がある訳ではないのだろう。それは言い辛そうにしている一刀の表情から分かる。いや、言い辛いと言うよりも、どの様にして説明すればいいのか言葉を探すのに苦労している様に王平は見えた。

 

「信じてもらえるかは分からないんですけど」

「大丈夫だ、言ってみろ」

「……実は俺、天の世界から来た、天の御使いって奴なんです!」

「「……」」

 

本日二度目の沈黙である。王平はどう応えたらいいものか必死に言葉を探り、楊鳳は端から信じていないのか、呑気に手拭いで顔を拭いていた。

 

「うわぁーん! 華琳の嘘つき! これで大抵は大丈夫とか言ってたくせに!」

「いや、華琳様が何を言ったのかは知らんが……。というか、そもそも天の御使いって何だ?」

「私に振られても分かりませんよ」

 

ばしゃーんと湯船に突っ伏す、もとい頭まで潜って悶える一刀を横目で見ながら、王平は楊鳳と共に疑問符を浮かべる。実はこれも長く軍旅にあった弊害であり、町から遠く離れた場所で戦続きだった二人はには、最近の噂話などを耳にする機会が無かったため、天の御使いがやってくると言う噂の存在を欠片も知らなかったのだ。

 

「うぅ、これじゃ俺、ただの妄想爆走野郎じゃないか……」

 

呟きながら、一刀が湯の中から浮上する。髪をわかめの様に顔に張り付かせてどんよりとするその姿は、ぶっちゃけ気持ちが悪かった。

 

「そこまで説明の難しい事なのか?」

「難しいと言うか、内容が夢物語みたいにあり得ない事なんで……」

「なるほどな」

 

一刀の言葉に王平は頷き、そしてしばらく目を瞑って口を閉ざす。何か気に障る事を言ったのかと一刀が不安に思い始めたその時、突然王平はカッと目を見開き、その視線を驚く一刀へと向けた。

 

「よし分かった。これ以上、俺からは何も詮索しない。理解出来ない事を説明されても、どうしようもないからな」

「そうですね。ですからその分、まだ理解の及ぶ文字の勉強を――」

「俺は自分と家族、大事な人の名前が書ければそれでいい! 兵法書の内容も耳学問で事足りるからな!」

 

楊鳳の言葉を遮り、王平が突然大きな声で叫ぶ。実は王平、戦の手腕も頭の回転もかなり良いのだが、唯一文字の読み書きだけは致命的に出来ないのだ。その実力、およそ二十文字。王平自身の名とその両親の名、そして楊鳳の名とその他もろもろを含めて、たったのおよそ二十文字。そしてその理由の最たるは、若くから軍旅に次ぐ軍旅にあったことで読み書きを教わる機会に恵まれなかった事が大きな要因である。二十文字、そう二十文字である。信じられない事だが、本当にそれだけなのである。

 

「読み書きは苦手だと言うのに、頭の回転と理解力は良いだなんて……たまに聖様の事が分からなくなります」

 

しかしそんな事はとうの昔に分かりきっている事。ゆえに王平は開き直ってわははと笑い続ける。そして楊鳳はやはりそんな主にため息を吐く。残る一刀はと言えば、ようやく史実の三国志っぽい人に出会えたと、何処か遠い目をして呟くのだった。

 




王平と一刀は今後も何かと絡みます。

それでは、次回も宜しくお願いします。
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