真・恋姫†無双 ~真・王平伝~   作:若輩侍

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とりあえずストックを投下。

では、どうぞ。


第五話

暴徒鎮圧に向けての出陣当日。早朝から城内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。武官たちは各々、部隊の出陣用意に奔走し、文官たちも兵糧などの戦支度に追われている。そしてそれは王平の部隊も例外ではなく、隊舎の外に集合した王平隊は王平以下全員が出陣の準備に追われていた。

 

「王平将軍、点検の帳簿をお持ちしました!」

「おう、御苦労。と言う訳でだ。副長、目通し頼む」

 

王平の元に駆け込んできた兵士の一人が、点検の帳簿を王平に手渡す。そしてその手渡された帳簿を、王平は流れるような洗練された動きで、隣りに立つ楊鳳へと手渡した。

 

「また右から左へ流す様に……王平将軍、最近これが当たり前の様に思ってませんか?」

「適材適所、だ」

「全く……それと、副長って呼ぶのはやめてください」

 

不平を言いながらも、楊鳳は受け取った帳簿をパラパラとめくり不備が無いかを確認していく。楊鳳がそうしている間に王平は兵士たちに指示を飛ばしていく。なんだかんだで連携の取れている王平と楊鳳である。

 

「王平将軍。兵糧の点検帳簿、問題ありません」

「そうか。なら……おい、一刀! こいつを兵站部の監督官の所に持っていってくれ!」

「えっ、俺がなに、っておわわわっ!?」

 

王平にいきなり話を振られ兵たちと一緒に向こうで矢を運ぶ最中であった一刀が、運んでいた矢束を盛大にその場にぶちまける。それを見た王平は、慌ててばら撒かれた矢を集め束ねる一刀を見て苦笑し、楊鳳はそんな二人に呆れやれやれと首を横に振った。

 

「王平将軍、趣味が悪いですよ」

「すまんすまん。だがな、一刀を見ているとついからかいたくなっちまうんだ。さしあたり弟を持った兄の気持ちってのは、こんな感じなのかもな」

「意味が分からないのですが……」

「まあ、俺が静音を構いたくなるのと同じってこった」

 

くっくっくっと笑う王平に、楊鳳がさらに呆れてため息を吐く。すると周囲の兵に手伝って貰いながらもなんとか矢束を集め終わった一刀が、今度はばら撒かない様に矢束をしっかりと抱えたまま王平の元へと駆け寄ってきた。当然、その表情には少し怒りが見て取れる。昨日一日は一昨日の訓練の疲労を引きずり、重度の筋肉痛で寝込んでいたものの、二日もあれば回復するあたりはやはり若さゆえであろうか。それに比べて自分の年齢は……などと考え、一転少し気落ちしたりする王平である。二十五歳はまだまだ若いと思うのだが。

 

「いきなり声掛けるなよ。驚いて矢、ばら撒いちゃっただろ。て言うか、それ見て聖は笑ってたし」

「すまなかったな。詫び代わりにそいつは俺が運んでおくから、一刀はこっちを頼まれてくれ」

 

矢束と交換に王平から手渡された帳簿を見て、一刀が首を傾げる。先ほどは慌て過ぎて話が耳に入っていなかったのだろうと思った楊鳳は、王平に代わり一刀に補足した。

 

「それは王平隊の兵糧点検の帳簿です。それを兵站部にいる監督官に渡してきてください」

「兵站部があるのって、確か調練場でしたっけ。けど俺、その監督官の顔、知らないんですけど」

「そこは気にするな。俺たちも分からん。兵站部の仕切りは文官たちの仕事だからな」

「じゃあ、どうしろと……」

 

あまりにもあっけらかんと言う王平に、一刀は困ったような顔をする。しかし王平に頑張って捜せと言われ、些か納得のいかない顔をしながらも、最終的に一刀は帳簿を持って兵站部の方へと駆けて行った。

 

「……鬼ですね」

 

冷ややかな声で言う楊鳳に、王平は笑って返す。

 

「なぁに、人探しも才の内ってな。今はウチで下っ端やってるが、一刀は本来、華琳様の傍にいる人間だ。今の内に人を見る練習をさせておいて損は無い」

「曹操様同様、随分と買っているんですね」

「まあな。それに優秀な人材は一人でも多い方が良い。同じ男として、頑張ってほしいっていうのもあるが」

 

一刀が走り去った方向を見ながら、微笑を浮かべて言う王平。そんな王平を見た楊鳳は若干、寂しそうにその表情を曇らせる。すると王平はやれやれと苦笑を浮かべ、楊鳳の頭をわしわしと少しだけ乱暴に撫でた。

 

「おいおい、男に嫉妬してどうする」

「別に嫉妬などしていません」

「大丈夫だ。今もこれからも、俺の副官はお前だけだ」

「……どうだか」

 

騎馬たちの様子を見てきます! と、楊鳳は顔を赤らめながらそう叫ぶと大股歩きで馬屋の方へと歩いて行く。その途中、地面の小石に躓き転びかけるも、どうにか体勢を立て直し、次いでグルンッと勢いよく後ろ振り向き王平と目が合うと、先ほどよりも猛烈に顔を赤くして馬屋の方へと駆け抜けて言った。

 

「……楊鳳様って、結構可愛いところあるんですね」

「やらんぞ?」

「王平将軍、目が本気です目が……」

 

帳簿を持ってきた兵士の呟きに、王平は若干据わった目つきをしてそう返したのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

豫州北東部。陳留より南に山を一つ越えた地を、暴徒鎮圧の命により出陣した曹操軍の軍勢が堂々たる姿で行軍していた。その数、およそ二千。二千の完全武装の兵たちが一糸乱れぬ動きで行軍するその光景は、遠くから見てもさぞ言い知れぬ威圧感を感じさせることだろう。しかしその行軍速度は、思ったよりも速くは無い。先日、新たに参軍した軍師の提案により現在の曹操軍はいつもより強行軍ではあるのだが、それでも通常の行軍速度より若干速い程度だ。

 

そんな中、曹操軍の右翼側の隊列にて深緑の王旗ははためいていた。王平の部隊の旗である。遠征の時に見せたように、その行軍する姿は整然とした曹操軍の中でもさらに整然としている。

 

そしてその先頭には、騎馬の背に跨り部隊長を務める王平の姿。全軍を挙げての討伐行という事もあり、流石に遠征の時に見せたようなだらしのない姿はしていない。いつ接敵しても動き出せるよう、適度な緊張感をその身に纏わせている。

 

そんな王平の隣りを同じく騎馬に跨り並走するのは、王平隊の副将である楊鳳である。しかしその表情はいつもの毅然としたものではなく、若干の不安の色を浮かばせていた。

 

「王平将軍。此度の討伐行、はたして上手くいくでしょうか……」

「さぁてな。戦を始める前から強行軍で進むのは俺もあまり経験がないからな。それにここは土地勘も無い、正直どうなるか分からん」

 

王平は前を見据えたまま、楊鳳の不安にそう答える。遠征の経験は豊富な王平だが、王平は基本的に予想外の事態にも対応できるよう万全の状態で遠征に臨むため、今回の様な効率最重視の作戦を取る事は殆ど無い。ゆえに楊鳳の問いにもあいまいな答えしか返せないのだ。それは王平が消耗をなるべく抑える必要のある長期間の軍旅を主な任としていた事もそうだが、王平が兵士の命に危険を伴う作戦を嫌っている事も一つの理由としてある。

 

兵糧の代えはいくらでもあるが、熟練した兵士の代えは簡単には用意できない。ゆえに例え百の兵糧を失おうとも、王平は十の兵士の命を繋ぐための策を練る。様々な事態に備え、自分の手駒を最大限に生かす様に戦う。それが王平の戦の仕方なのだ。知にも勇にも優れるもそれに頼らず、驕らず、堅実な策をもってして勝利を勝ち取る。王平の主である曹操もこの考えには大いに賛同していた。そのため、正直今回の強行軍を曹操が許した事は王平にとっても少々意外であった。

 

「王平将軍でも、分からない事はあるのですね。あ、語学に関しては分からない事だらけでしたか」

「……言うに事欠いてそれを言うか」

「あの時の仕返しです」

 

あの時と言うのは、恐らく北部遠征の時のあの〝臭う〟発言の事だろう。楊鳳の性格が最近ますます自分に似てきたなと、王平は小さくため息を吐いた。

 

「まあ、もしもの時の備えはしてある。頼んでた分、多めに積んできたな?」

「ぬかりなく。それにしても多少の兵糧の差で行軍速度が変わるなど、軍師殿には随分と舐められたものです」

「流石の猫耳肝っ玉軍師殿も、あの短時間で軍全体の練度を推し量る事は出来ても、一部隊の練度にまでは気は回らんだろうさ」

 

そう言って王平は背後の荷駄隊に目を向ける。兵士に守られ行軍する荷駄隊は、しかし周りの荷駄隊と特に変わったところは見えない。ただ馬に引かれている荷車の数が、周りの荷駄隊よりも数台多く見えるだけである。

 

「しかし猫耳軍師とは、言いえて妙な呼び名ですね」

「そう見えないか? 荀彧のあの頭巾」

「それは……まあ」

 

王平の言葉に楊鳳が微妙な表情で頷く。さて、先ほどから王平が猫耳と呼ぶその人物。名を荀彧と言い、先に挙がった様に、先日出陣を目前にして曹操軍へと仕官してきた新たな軍師である。

 

通常、出陣を目前に控えたあの状況で仕官など許されるはずがないのだが、なんとこの荀彧、曹操を試す事で自身もまた試されるだろうという予想を元に、半ば曹操に喧嘩を売るかのような交渉の末、見事予想通りに己の力を曹操に示す事に成功したのだ。交渉の席を設けるためにわざわざ兵站部の監督官として着任し、かつ曹操から呼び出しを受けるように帳簿を書き直したりするその度胸には脱帽である。

 

その時の荀彧の交渉すらも、これはもう王平が爆笑するくらいのクソ度胸を見せつける様なものであり、王平だけでなく曹操もまた大声で笑い出したほどであった。ちなみに王平に頼まれ、帳簿を監督官に手渡す任に就いていた事も関係して、監督官であった荀彧を連れてくる羽目になった一刀の、荀彧が曹操に斬られそうになった時の慌てっぷりはと言えば、それはもう見事なほどであった。実際は曹操が試された仕返しとして放っただけの寸止めであったのだが。

 

とまあ、そんなある意味、無茶苦茶な人物である荀彧なのだが、その荀彧を王平が猫耳を呼ぶのは、荀彧が被っている頭巾に理由がある。荀彧の被る頭巾のその形が、そのまま猫の耳の形に非常によく似ているのだ。

 

ゆえに出陣前の軍議でそれを初めて見た王平は荀彧の前で思わず、猫耳軍師荀文若推参、などと呟いてしまい、結果荀彧から殺意にも似た何かが向けられ、若干冷や汗をかくことになってしまった。

 

ちなみに王平の猫耳発言には一刀も陰で頷いていたため、同士がいると言う事で、王平の中では荀彧の呼び名が猫耳軍師に固定したのである。ただ、一刀の第一印象であるもやしは、流石に一刀が可哀想になったので使っていない。

 

「そう言えば、一刀はこれが初陣だと言っていたな」

「はい。ですが曹操様たちの傍にいるのですし、何も心配はいらないのでは?」

 

楊鳳の言う通り一刀の姿は今ここにはない。訓練は共にできても、流石に戦場に連れてこれるほどの武は今の一刀にはないからだ。そして王平隊はほぼ間違いなく敵勢と接敵する配置にある。ゆえに一刀は曹操率いる本隊への配属となっている。戦場の空気を知るだけならば、何も前線に混じる必要はない。それに曹操の傍にいれば剣を振るための武ではなく、兵を操るための知を見て学ぶ事が出来る。曹操の一刀を後曲に配置する采配には王平も納得であった。

 

「吐くか漏らすか、はたまた最後まで耐えきるか」

「王平将軍はどうなると予想を?」

「ふむ、そうだな……」

 

顎に手を当て勿体つける様な言い方に、楊鳳が呆れてため息を吐く。あからさまなその態度に王平は口をへの字に曲げた。

 

「そんなあからさまに呆れる事はないだろ」

「勿体つけるほどの事でもないのに、そういう態度を取るからです」

「あのなぁ。初陣をどう終えるかってのは、男にとっては結構面子に関わる事なんだぞ?」

「そうなんですか?」

 

意外そうな顔をする楊鳳に、王平はここぞとばかりに力説する。

 

「ああ、そうだ。いいか? 初陣を気を確かに乗り切った男と、恐怖に怯えて縮こまりながら終えた男。静音だったらどっちを尊敬する?」

「それは……まあ、前者ですね」

「だろう? 初陣であれだけ頼もしければ、今後はもっと頼りになるに違いない。そう思われれば重用される機会が増え、それが最終的に出世に繋がる。まあ、ぶっちゃけこれに関しては男も女も関係ないがな」

「……なるほど」

 

そこまでは思い至らなかったと、楊鳳は頷きながら納得する。すると今度は楊鳳が面白い事を思いついたのか、いたずら心を必死に押し隠した可愛らしい笑みを王平に向けて言った。

 

「ちなみに聖様は、どの様に初陣を終えたのですか?」

「ん、俺か?」

「はい、聖様です」

 

笑みを浮かべた楊鳳のいきなりの質問に王平は一瞬きょとんとした顔をするも、すぐにその顔に苦笑を浮かべた。

 

「期待しているところ悪いが、そんな大したもんじゃないさ。まあさっきの例えに当て嵌めるなら、前者ってことになる。ただ、俺の場合は子供の時から戦いとは何たるかを仕込まれていたからな。正直、初陣でもそこまで動揺はしなかったし、実際に初陣で何人もの敵を斬り殺しもした」

「……怖くなかったんですか?」

 

淡々と語る王平に笑みから一転、楊鳳は恐る恐るといった様子で聞く。楊鳳の言葉に王平はしばらく馬上で腕を組んで考え込むと、いつもより少し真剣な表情を楊鳳に向けた。

 

「いや、怖かったさ。けどな、人ってのは慣れる生き物でな。どうやら俺はそれがかなり顕著だったらしい。殺さなければ殺される、そう思って一人目を斬った。その時は一つの命を奪った事に恐怖したが、戦場のど真ん中で怖がり続けるそんな余裕は無かった。そして自分が生きるために二人目、三人目と次々と敵を殺していくうちに、いつしか恐怖を感じなくなった。つまり慣れちまったんだな。戦では殺し殺されるのが当たり前、それがこの時代の当たり前なんだ……ってな」

 

平然とした表情でそう語る王平に、楊鳳は返す言葉が見つからなかった。そして興味本位でその事を聞いた己を心の底から罵倒する。それを見透かした王平はしゅんとする楊鳳の頭に手を伸ばすと、別に気にするなと言ってポンッと優しく手を置いた。

 

「初陣で人死にに慣れる俺の方が珍しいだけで、大抵のやつは慣れるのに時間が掛かる。だから一刀がどんな風に反応するのかは、正直俺には分からん。だが、目の前の死を受け入れる事の出来る度量だけはあってほしいと……そう思ってはいる」

「本当に、聖様は彼の事を買っているのですね」

「折角出来た男の同僚だからな。出来る事なら長く職場を共にしたいし、同じ男として強くなってほしいと期待もするさ。それに若者の成長を見守るってのも、なかなかに面白い事だしな」

「……自分で言ってて、悲しくなりません?」

「言うな、自覚した上で言ってんだから」

 

楊鳳の鋭いツッコミが王平の胸にグサリと突き刺さる。そんな傷を覆うように、俺はまだまだ現役だぁ! と自分に言い聞かせるように叫ぶ王平を見て、楊鳳はクスリと小さく笑みを浮かべる。

 

二人の間に流れる、戦場にはとても似つかわしくないそんな和やかな時間。

 

しかしそんな時間は長くは続かず、むしろそれぶち壊すかのように、次の瞬間……王平と楊鳳の下に本隊からの伝令兵が急ぎ足で駆けこんできたのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

伝令を受け王平が曹操軍の本陣へと足を踏み入れると、そこには既に主だった重臣たちが集結していた。少し遅れてやってきた王平に、皆の視線が一斉に集まる。

 

「申し訳ありません、少し遅れました」

 

一礼し、話の席に加わる王平。そんな王平に、一人の将が呆れた様子で声を掛けた。

 

「随分と遅いお着きだな子均。そろそろ老いが響いてきたか?」

 

確かにここにいる面子の中では王平の年齢は高い方だろう。しかし老いたなどと言われるのはいくらなんでも心外過ぎる。まだ王平は二十五歳、現役真っ只中の男なのだから。当然、王平はその台詞に怒りで眉間にしわを寄せ、声の主に厳しい視線を向けた。

 

「徐晃お前、顔合わせて一発目がそれとか、喧嘩売ってんのか?」

「ふん、今のは鈍亀の鳴き声か?」

 

長い茶色の髪を後ろで一つに纏めた女性――徐晃は、髪を揺らして小さく鼻を鳴らす。出陣前日、別件の任務より帰還したこの徐晃なる将は、曹操軍の中でも優秀な将である。しかし見ての通り王平とは超が付くほど仲が悪い。理由とかなどを関係なしに、とにかくこの二人は何故だか仲が悪いのだ。犬猿も真っ青になるほどである。

 

「はい、そこまで。二人とも、今は軍議の最中なのだけど?」

「はっ。申し訳ありません、華琳様」

「……申し訳ありません」

「分かればいいのよ。……報告を」

 

言い争いに発展する前に、曹操が王平と徐晃を諌める。平然と答える徐晃に対し、王平は些か不満げである。しかしそれでも二人が素直に沈黙したのを見やると、曹操は報告のため後ろに待機していた兵士に声をかける。

 

「はっ! 前方に確認した行軍中の集団は数十人ほど。旗がないため所属は不明ですが、装備に統一性が無い事から正規軍である可能性は低いと思われます」

 

少し早口気味ながらも、偵察で得た情報を兵士が簡潔に説明する。それを聞いた王平は、顎に手を添え少し考えるそぶりを見せると、兵士に向かって問いかけた。

 

「ふむ……なら、その集団に黄色い布を身につけている者はいたか?」

「いえ、確認できませんでした」

「そうか……」

 

どうやら件の黄巾共ではないらしい。それを確認した王平はふぅと、その場で小さく息を吐く。とは言え、黄巾を身につけていないからと言ってそれが暴徒や賊ではない証となるわけではない。もう少し正確な情報が欲しいところだと王平は思った。

 

「もう一度、偵察隊を出しましょう。夏候惇、北郷、あなた達が指揮を執って」

「おう」

「お、俺ぇ!?」

 

そんな王平の心境を読み取ったのか、はたまた荀彧自身も同じことを思ったのか。ともかく再偵察を提案する荀彧の言葉に、然もありなんと即答する夏候惇に対し、一刀はまさかの指名に驚き素っ頓狂な声を上げる。

 

「何よ、不満でもあるの?」

「いや、不満と言うか……俺で戦力になるのかなって……」

 

自慢ではないが、未だに一刀は馬に掴まって方向を指示するのが精一杯である。だと言うのに、機動力が必要となる偵察隊の指揮を執るなど、到底出来るとは思えない。夏候惇はともかくとして、相方に選ぶのなら夏侯淵か王平辺りが自分よりも適任なはずであると、一刀は思う。

 

「なるわけないけど、偵察に何人も将を出すほど人手が有るわけじゃないし。あんたも一応、ここに立ってるくらいなんだから、せめて夏候惇の抑え役くらいしてちょうだい」

「……そういうことか」

 

荀彧の説明に一刀はなるほどと言って頷く。しかし遠回しに馬鹿にされた夏候惇は、当たり前のように頷いている一刀に喰ってかかった。

 

「おい、何を納得している! それではまるで、私が敵と見ればすぐ突撃するようではないか!」

「違うの?」

「違うのか?」

「違わんだろう」

「違わないでしょう?」

「……すまん、春蘭」

 

桂花、夏候淵、徐晃、果ては曹操にまでそう言われ、夏候惇が頭を垂れて落ち込む。王平はと言えば、弁護する言葉を捜すも見つからず、申し訳なさそうにしていた。

 

「うぅ、華琳様までぇ~……」

 

いじけた声で言う夏候惇に、その場の皆が苦笑を浮かべる。そこでようやく弁護の言葉が見つかったのか、王平はまあまあと言って夏候惇に声をかける。

 

「まあ、あれだ。春蘭の部隊は練度も高いし機動力もある。それに万が一戦闘になった場合も、夏候惇隊の実力が有れば難なく振り払える……それを見越しての判断だな、文若」

「そんなところよ」

「そ、そうか。良かった……」

「……そこに俺、入ってないんだけど」

 

幾分元気を取り戻す夏候惇対し、今度は一刀が若干不本意そうな顔をする。王平はやれやれとため息を吐くと、一刀に向き直って口を開いた。

 

「初めの調練の時に言っただろう。今のお前は未熟だ。だからこそ春蘭の後ろに付き、そしてその目に見えたもの全てを余さず学べ。無論、春蘭の手助けをしながらな」

「見て学ぶ……」

「そうだ。何も他人から教わる事だけが学ぶという事の全てじゃあない。時には己の目で見ることでしか得られないものもある。そしてそこにあるものを見て学ぶ事は、己を高みへと導くためのれっきとした手段の一つだ。一刀なら分かるはずだろう?」

「……そうだな。うん、分かるよ」

「そうか。なら安心だ」

 

一刀の答えに王平が満足そうに笑う。そして王平の言葉に力強く頷いた一刀の瞳には、先ほどとは違い強い意志が宿っているのが見て取れた。

 

「では春蘭、一刀。すぐに出撃なさい。二人とも、良い働きを期待しているわよ」

「はっ! 承知いたしましたー!」

「ああ。出来る限り頑張ってみるよ」

 

そう言うと二人は踵を返し、曹操の命を果たすため、偵察部隊を率いるために本陣から出ていく。それを見送った曹操は、ふっと小さく笑うと王平の方へと目を向けた。

 

「相変わらず、人を煽るのが上手い男ね」

「煽るだなんて人聞きの悪い……ただ少し、先に踏み出すための道ってやつを示してやっただけです。これでも一応、一刀よりは長く生きてますからね。後人に道を指し示すのが先人の役目ってやつでしょう? それに一刀はなかなかに努力家です。なので俺は、ついそれを応援したくなるんですよ」

 

弟みたいに思えて世話を焼きたくなるっていうものありますけどね。と、若干恥ずかしそうな顔をして加えてそう言う王平に、曹操は少し意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「あらあら、随分と気に入っているみたいじゃない。けど、あまりにそうだと今度は大事な副官に機嫌を損なわれるかもしれないわよ?」

「もう損なわれましたよ。そして解決済みです。と言うか、一刀を気に入っているのは華琳様も同じなのでは?」

「さぁ? どうでしょうね」

 

そう言って、曹操はニヤリと笑うと話をはぐらかす。そんな二人を見て、荀彧はあんな男さっさと死ねばいいのになどと物騒な事を口にし、夏候淵はそんな荀彧に苦笑を浮かべ、徐晃は不機嫌そうに鼻を鳴らすのだった。




地理関係は結構アバウトです。原作に明確な表現がないので。

それでは、次回も宜しくお願いします。
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