真・恋姫†無双 ~真・王平伝~   作:若輩侍

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今回は王平と一刀の絡みがメインとなります。
「おい、女の子との絡みは何処行った!」的な非難がGO!GO!な予感がががg

それでは、どうぞ。


第九話

「くあ~、やっと区切りがついたな」

 

執務机に並べられた書簡の山を見ながら、王平は盛大に伸びをした。賊軍の討伐から数日が過ぎ、そしてその数日を消費してようやく王平隊の戦後処理が終了したのである。

 

王平は楊鳳と相談をしながら大量の業務を無理のない様に数日に分けて振り分けたつもりであったが、それでもなおかなりの時間を要してしまい、何とか時間の短縮を図った結果、昨日と今日は楊鳳と共に夜通しの作業となっている。

 

気持ちの良い朝日が差し込む王平の執務室であったが、対照的に王平と楊鳳の顔色はあまり優れた様子ではない。特に楊鳳などは、王平よりも数段疲れた表情を浮かべながら、先程まで筆を握っていた腕を揉み解している。それもそのはず、楊鳳は王平が述べた内容の代筆をしていたのだから、肉体的に王平よりも疲労が大きい。頭脳労働的には王平の方が負担が大きかったが、どちらかと言えば人の体は肉体労働の方が疲労を色濃く出すものだろう。

 

筆を置き王平の目がある事も気にせず大あくびをする楊鳳に、王平はすまなそうな顔をしながら労いの言葉を掛けた。

 

「いつもすまんな、静音。お前にはいつも助けられる」

「あふっ……いえ、これが私の務めですから。でも、流石にもう限界、です」

 

言いながら楊鳳がうつらうつらと船を漕ぎ始める。そして楊鳳はそのまま執務机に突っ伏すと、しばらくして静かな寝息をたて眠ってしまった。

 

「やれやれ……」

 

王平は苦笑を浮かべながら、執務室に備え付けられている仮眠用の寝台から毛布を引っ掴むと、それを眠る楊鳳の肩に掛ける。毛布を掛ける際に乱れてしまった髪を王平は手櫛ですいてやると、少し固めの艶やかな黒髪は寝不足のせいか少しだけ抵抗を示し、そして何事もなかったかのように元の真っ直ぐな状態へと戻った。

 

「さて、俺もこいつらを華琳様の所に運んだらひと眠りするか」

 

眠る楊鳳を起こさないよう仕事の成果を脇に抱え、王平は執務室を後にする。起こさなかった事を後で楊鳳にぶつくさと愚痴られるだろうが、それで楊鳳が休めるのならば王平としては安いものである。ただでさえ日頃から世話を掛けている手前、過労で倒れさせるような事だけは絶対にしたくないのだ。

 

扉が音をたてない様に静かに廊下に出た王平は、曹操の執務室へと続く廊下を進み、そして中庭の方へと向かう。王平の執務室から曹操の執務室へ行くには、そのまま廊下伝いに行くよりも中庭を横切る方が早い。

 

時間短縮をしようと廊下から中庭へ繋がる通用口に王平が手を掛け、扉を開けた次の瞬間。王平の顔面に向け、凄まじい勢いで黒い何かが飛来した。

 

「うおっ!?」

 

抱えていた書簡を地面に放り出し、王平は素早く抜刀すると飛来した何かを鞘から抜き様に剣を撥ね上げる事で弾く。ギィィンと嫌な音と共に火花を散らせたそれは軌道を真上に変えられ、天井にビィィンと震えながら突き刺さった。

 

「いきなり何が……って、これ春蘭の七星餓狼か?」

 

王平が弾いた飛来物の正体。それは夏候惇が愛用する漆黒の大剣、七星餓狼であった。当たれば即死確実の品のそれが、一体なぜ城の通用口目掛けて飛んできたのかは甚だ疑問ではあるが、とりあえず命を落とさなくて済んだ事に王平はほっと息を吐く。剣を鞘に納め、散らばった書簡を集めていると、中庭の方から件の剣の持ち主と、もう一人顔を真っ青にした北郷一刀が王平の方へと近づいてきた。

 

「おう、聖か。丁度良かった、この辺りに私の得物が飛んでは来なかったか?」

「ああ、捜し物はこれだろう?」

 

そう言って王平はピッと天井を指さす。当然その先には天井に突き刺さったままの七星餓狼がある。その光景を見た一刀は王平と七星餓狼を交互に見やると、なるほどと一人頷いていた。王平がやった事だと思い至ったのだろう。

 

「いきなりこっち目掛けて飛んで来たんでな。悪いが受け止めてやる余裕が無かった」

「気にするな。元はと言えば全部北郷が悪いのだから……なっ!」

 

言いながら気合を入れ、夏候惇が大剣を思いっきり引き抜く。ザリッと音を立てて剣が抜け、後には溝と少々のヒビだけが残される。これは一体誰が直すのだろうと王平は思った。と言うか、これに気づく人がどれだけいるのかという時点で既に怪しいものだ。屋内で天井を見上げながら歩く人など普通はいない。

 

「それで、一刀は一体何をした?」

 

まあ、そのウチ誰かが気づくだろう。そう思い、王平は事の発端を被害者らしい一刀に尋ねる。

 

「別段何もしてないって。俺はただ後ろから春蘭に声を掛けただけで、そうしたら春蘭が過剰に反応して俺目掛けて思いっきり剣をぶん投げてきたんだよ」

「貴様ぁ、それでは私が一方的に悪いみたいではないか!」

「みたいじゃなくて悪いだろ! あと少し避けるのが遅れてたら死んでたぞ!」

「私は別に気に病む事は無いからどうでもいい」

「いやいやいや……」

 

結果、どうやら何時も通りの事らしい。春蘭の暴走の矛先が、今回は一刀であっただけの話である。ただしその矛先は一刀を越えて王平に向かってきた訳なのだが、そこは付き合いも長い分慣れている。今回の様な事態に巻き込まれるのも、王平は一度や二度ではないのだ。

 

「まあ、たまたま居合わせたのが俺だから良かったものを、もしあそこに立ってたのが女官や文官だったら今頃廊下に真っ赤な花が咲いてた所だ。もう少し気をつけろ、春蘭」

「むぅ、済まない」

 

一応、不注意であった事は意識しているらしく、夏候惇は素直に謝罪する。珍しいものを見たという様に目をパチパチとさせる一刀の頭に、王平はトンっと力のこもっていない手刀を下ろした。

 

「お前もだ一刀。剣を振っている最中の奴に、後ろから声を掛けるな。掛けるなら前からにしろ。そうすれば春蘭も剣をぶん投げたりはしないだろう」

「そうなのか、春蘭」

「そうだな、確かに目の前にいてくれた方が斬りやすくて助かる!」

「すまん、一刀。次に春蘭に話しかける時は死んでくれ」

「ちょ、見捨てないで!?」

 

踵を返そうとする王平の腰に一刀がなりふり構わずがっしりとしがみつく。書簡で手が塞がっている王平は体をねじる事で振り解こうとするが、一刀の予想以上の力強さに苦戦する。意外な所で王平隊に扱かれている成果が発揮された様だ。

 

「くっそ、良い仕事してやがるな歩兵長め!」

「歩兵長だけじゃない。聖が忙しかった間、部隊の色んな人に鍛えてもらってる!」

「なんと!?」

 

一刀が自分の預かり知らぬ所で鍛錬を積んでいた事実に驚く王平。しかしそれも仕方がない事だろう。何せここ数日、王平は政務の方に掛かりきりになっていたのだから。だがその間、一刀は体力の続く限り王平隊に通い、時間さえあれば手の空いている各兵長のお願いをして鍛錬に付き合ってもらっていたのだ。

 

王平隊は多数の小数部隊を編成し纏めたそれを一部隊とする隊編成であるため、部隊長を務める実力を備える人材が多く存在している。ゆえにしばらく王平と楊鳳の両人が調練から離れたとしても、部隊としては十分に機能するのだが、一刀はそんな王平隊の特徴を利用し、隙あらば時間の空いた部隊長に鍛錬を願い出ていた、という訳であった。

 

自分が見てやれない間、王平が一刀の世話を頼んでいたのが、その名の通り歩兵隊を取り仕切る歩兵長であった。しかし一刀の口ぶりからするに、どうやら他の兵長達にも教えを請うているようである。

 

「でも最近、怪我を見てくれる衛生兵長の俺を見る目が爛々としてて怖いんだ……」

「標的を定めたか衛生兵長……」

 

そんな中、話題に上がった衛生兵長二九歳独身女性。最近行き遅れている事を意識し始めたのか、素敵な出会いが無いものかなどと王平に相談に来ていたりする部隊長の一人である。が、どうやら初々しい好青年である一刀に目標を定めた様だ。

 

「まあ、頑張れとしか言いようがないな。とりあえず、手を放してくれ。俺は華琳様に書簡を届ける途中なんでな」

「あ、そうだったのか。悪い」

 

謝罪をし、今度は素直に離れる一刀。騒動の原因だった夏候惇は王平と一刀のじゃれあいに呆れたのか、既に中庭から姿を消している。王平が思うに、大方調練場の方で鍛錬をする事にしたのだろう。

 

「ま、次からは剣を持ってる春蘭には絡まれんように注意する事だな」

「そうするよ。けど、春蘭が剣を持ってない時なんてあるのかなぁ」

「華琳様の閨に呼ばれてる時は持ってないな」

「俺がそこに居合わせるタイミングが想像できないっす」

「たいみ……相変わらず天の言葉はよく分からんが、何となく言いたい事は分かった」

 

確かに一刀が曹操の閨に呼ばれるなど、王平にも想像できない。立場的にもそうだが、曹操が女を閨に呼ぶのと男を閨に呼ぶのとでは色々と意味合いも違ってくる。もしも曹操と一刀が男と女の関係を結ぼうものなら、間違いなく夏候惇と荀彧辺りが狂乱して一刀を殺しに掛かるだろう。

 

「まあ、もし華琳様の閨に忍び込むなら、それなりの覚悟をしておくことだ」

「しないよ!? そりゃ、華琳は俺から見ても魅力的な女の子だけどさ、そう言うのはやっぱり……って、どうかした?」

 

じっと見つめてしまい、訝しげな表情を向けてくる一刀に、王平はいやと首を横に振って微笑を浮かべた。

 

「ある意味、お前は大物かもしれんな」

「へっ?」

「何でも無い。今のは忘れてくれ」

 

そう言って王平は話を切る。もし今の一刀の皆へ態度がそのまま素の一刀の物であるならば、敢えてそれを指摘する必要は無いと王平は思う。立場や階級に囚われずに人と接する事の出来る性格な一刀の存在は、上下関係に固い所のある曹操軍には良い意味で貴重と言える。王平もそれなりに気を遣ってはいるが、流石に主君である曹操に対して一刀の様に気安く話しかける事など恐れ多すぎて出来る筈もない。

 

しかし一刀にはそれが当然の様にできる。曹操だけでなく、夏候惇達であってもそれは変わらない。その柔軟な人付き合いの良さは、厳格な上下関係を強いられるがゆえに殺伐とする事の多い軍という集団において、ある種の癒し的な存在となる事だろう。無論、行き過ぎた人の良さは逆に人に煙たがられる。その辺りの微妙な間を上手く測り得るかはどうかは一刀の手腕次第だが、傍から見るにそれも問題は無いと見える。今思えば、早々に許緒に懐かれた事もその性格に起因しているのだろうと、目の前で首を傾げる一刀を見ながら王平は思った。

 

「さて、俺はそろそろ行く。あまり華琳様を待たせる訳にはいかん」

「分かった。と、そうだ、その後に時間ある?」

「鍛錬の申し出ならまた今度にしてくれると助かる。何せ徹夜明けでな、力加減を間違えるかもしれん」

「そ、そっか。じゃあ、また今度お願いするよ」

「すまんな」

 

踵を返して足早に去っていく一刀を王平は微笑を浮かべながら見送る。恐らく他の部隊長の所へと向かったのだろう。そう予想し、王平はピィッと指笛を鳴らす。すると近場の木の影から軽装の男がスッと姿を現した。

 

「お呼びですか将軍」

「おう、悪いが一刀の事を見といてやってくれ。努力するのは構わんが、無茶して倒れられるのは困るからな。ついでに隊の様子も一緒に頼む。報告は日が落ちてからだ」

「御意に。将軍の方へはまたすぐに人を寄越しますゆえ」

「苦労を掛ける。隠密兵長には宜しく伝えておいてくれ」

「はっ、では……」

 

淀みない動作で頭を下げ、男――王平隊所属の隠密兵は、再び陰に隠れると音も無く姿を消す。王平はそれを見届けると、ようやく本来の目的である曹操の執務室へと足早に歩を進めた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

翌日、昼間に仮眠を取ったおかげで何時もより早く目が覚めた王平は、まだ霞の掛かる調練場へと一人足を運んでいた。理由は目の前に立つ、調練場のもう一人の客人にある。

 

「ったく、お前も熱心だな一刀。まさかこんな時間に呼び出されるとはな」

 

調練場に佇むのは、歩兵隊の装備を纏い模擬刀を携えた一刀であった。一刀は苦笑する王平に、バツの悪そうな顔で頭をかいて応える。

 

「ごめん聖。けど、この時間なら確実に捕まると思ったからさ」

「なるほど、違いない」

 

一刀の言う通り、今は皆の殆どがまだ夢の中にいる時間帯。起きているのは担当の警備兵くらいのものだろう。誰よりも早く起床する曹操でさえも、床を抜けだすのは日がそれなりに昇ってからなのだから。

 

「だが、偶の早起きもしてみるもんだ。空気が澄んでてうまい」

「俺のいた世界じゃ、ここまで空気は澄んで無かったから新鮮に感じるよ」

「そうか。天の世界も良し悪しって事か」

「うん、そうかも」

 

他愛無い話を続ける王平と一刀。ひとしきり語り合った後、一刀は模擬刀を構えるとその切っ先を王平と向けてくる。一刀が王平隊に出向してきてから一月程となるが、その形だけは十分様になっている。その姿に王平は思わずニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 

「お前の鍛錬に付き合うのはこれが初めてだが……どうやら、部下達に仕事を一部持っていかれた様だ」

「そう言えば確か、聖は華琳に俺の面倒を任されてたんだっけ。俺、色々勝手にやっちゃったけど、もしかして聖には迷惑だったり?」

「隊の調練の邪魔になってたのなら流石に困るが、そうでないなら問題は無い。まぁ、どちらにしろお前が気にする事じゃないさ。時間もあまりない、そろそろ始めるぞ」

「分かった。ご指導よろしくお願いします」

「ああ。存分に打ち込んで来い」

 

言いつつ王平は左手で模擬刀を構える。それを見た一刀は怪訝な表情を浮かべる。一刀が言わんとしている事を見抜いた王平は、挑発するような顔をして一刀に言う。

 

「言っただろう、手加減はしてやると。いいから来い! 俺に両手を使わせられるかはお前次第だ」

「分かった。……てやぁぁぁぁぁ!!」

 

まずは初撃、一刀が雄叫びと共に剣を上段から振り下ろす。振り上げから振り下ろしまで、ブレの少ない見事な一撃。少々踏み込みが甘いが、戦いの火蓋を切って落すに十分足り得る一撃であった。王平を頭から真っ二つに断ち割るかの如きそれを、王平は剣を寝かせて受け止める。どれほど力がこもっているのか試すのが目的であったが、思った以上に重さのある一撃に、王平は少しの驚きを覚える。

 

「ふむ、初撃は上々だな。だが……ふんっ!」

「うわわっ!」

 

王平が少し力を入れ剣を押し戻すと、一刀はたたらを踏みながら後退する。王平はすかさず間合いを詰めると、体勢の崩れていた一刀の足を容赦なく払う。足という支えを失った一刀が後ろにドテッと見事にひっくり返った。

 

「今ので一度死んだぞ一刀。体重を乗せて重い一撃を放つのは良いが、まだまだ重心の取り方が甘い」

「くっ……うおおぉぉぉ!」

 

立ちあがった一刀が、今度は王平の胴目掛けて剣を薙いでくる。腰を入れ、体全体を使って剣に威力を乗せようと意識しているのか、とても素直な軌道を描くその剣線を、王平は先日の七星餓狼を弾いた時と同じ要領で下段から剣を振り上げ弾く。弾かれた剣に釣られ伸びあがった一刀の胴体に王平は右手の掌底を強かに打ち込む。かはっと息を詰まらせた一刀が、再び後ろから地面へと転がる。

 

「死亡二度目だ。意識するなとは言わんが、意識のし過ぎは逆効果だぞ一刀。どこに打ち込む心算なのか剣線が見え見えだ」

「うぐぅ、がはっげほっ」

 

痛みで体を強張らせ地面に額をこすりつける一刀を、王平は敢えて冷ややかな目で見下ろす。一刀の反骨心に火をつけるためだ。

 

「どうした。お前から頼んでおいて、もう終わりか?」

「ぐぅぅ、まだまだぁぁぁ!」

 

そして王平の狙い通り、一刀は痛みに顔を歪めながらも立ちあがり、ギラギラとした瞳で王平を睨みつけてくる。鍛え甲斐をひしひしと感じさせる一刀の姿に、どうしようもなく王平の顔に獰猛な笑みが浮かぶ。

 

「だりゃああぁぁぁぁ!!」

 

額に付いた泥を拭いもせず、一刀が猛然と打ち掛かってくる。感情が高ぶっている所為か、一刀は腕の疲労をものともしない様子で連続して剣を振るい、その目はただ一心に王平へと向けられている。その様子は、剣を振るうのに夢中で一刀が息をすることを忘れているのではないかと王平が心配になるくらいだ。

 

剣を教えている立場としては、自分との鍛錬に熱中してくれる事は師匠冥利に尽きるが、そのまま気力を振り絞られ、一刀に倒れられては王平も困る。楊鳳との読み書きの学習もそうだが、この後は王平隊での調練も残っているのだ。一刀には体力をある程度温存しておいてもらわなければならない。

 

しかし目の前の一刀はどう見ても鍛錬にのめり込んでいて、言葉で到底止まりそうにない。力強く振り下ろされる一刀の剣からもその意思がはっきりと感じ取れる。

 

――若いなぁ。

 

どこまでも必死な一刀を王平は微笑ましく思う。そんな一刀に水を差すのは王平としても不本意であるが、王平は仕方なくまだまだ連撃を繰り出そうと息巻いている一刀の剣に狙いを定めると、振り下ろされるその瞬間を狙い、一刀の剣の腹に自身の剣を叩きつける。手加減の一切を抜いたその一撃は、甲高い音と共に一刀の模擬刀の刀身を容赦なく叩き折り、肩口から打ち据えられようとしていた一刀の剣は空しく宙を斬って過ぎる。

 

「そこまで!」

 

その瞬間を見計らったように、凛とした響きの声が日の差し始めた調練場に響き渡った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

日が昇り、町や城内に人気が出てきた頃合い。調練場から町中へと場所を移した王平は、曹操の日課である朝の散歩に付き合わされていた。曹操の左一歩手前を歩く形で付き添う王平の姿は、主君に付き従う部下のそれである。

 

「まったく、華琳様もお人が悪い。お見えになっていたならば一声掛けてくださればよいものを」

 

散歩がてら町の様子を見て回る曹操に、道すがら王平はそう声を掛けた。実は先程の王平と一刀の早朝鍛錬を、曹操は終始二人に声を掛ける事無く陰から見守っていたのだ。本人曰く朝の散歩のついでに気づいたから覗いただけとのことで、実際本当にそうなのだろう。ちなみに一刀の剣が折れた瞬間、鍛錬に区切りをつけた声の主は当然ながら曹操である。

 

「あら? どう考えても無粋だと思ったからこそ声を掛けなかったのだけれど、違ったかしら」

「主君にお声を頂ける事を光栄に思いこそすれ、無粋などと思うはずがありませんよ」

 

顔だけ振り返り言う曹操に王平は端然として応える。しかしその返答がお気に召さなかったのか、曹操の表情が分かりやすく不愉快そうに歪む。

 

「それは曹孟徳の臣下としてでしょう。私は王子均、一個人としての気持ちを聞いているのよ。……というか貴方、分かってて言っているでしょう」

 

何かが表情に出てしまっていたのか、不愉快そうな表情から一転、曹操がジトっとした目を王平へと向けてくる。しかし王平は悪びれずに「はい」と頷いた。元より隠す心算も無い、部下から上司へのちょっとしたいたずらという奴である。

 

「まあ確かに、俺としては最後まで黙って見ていてくれた事を嬉しく思います。変に気を張らずに済みましたんで。一刀にしてもそうでしょう」

「なら私の判断は間違っていなかったという訳ね。それでどう? 聖から見た一刀の感想は?」

「今日初めて相手をしましたんで、まだ何とも」

「……そう言えばそうだったわね」

 

王平の言わんとすることを理解したのか、曹操は呟きながら納得した風に首を頷かせる。王平が一刀の世話を曹操に頼まれたのは遠征から帰還した翌日。しかしその数日後には朝廷からの勅命である賊徒討伐に駆り出され、また戦を終えて城に戻っても戦後処理でこれまた数日間は政務に掛かり切りならざるを得なかった。

 

つまり王平には世話を命じられはしたものの、一刀の面倒を見てやるほどの暇が無かったのである。全ては間が悪かった、と言うしかないだろう。

 

「まあ、俺が見てやれない分、一刀は自分で兵長達に鍛えてもらっていたようですが」

 

何気なく言った王平の言葉に曹操が俄かに厳しい表情を浮かべる。それは曹操が、王平個人に任せたはずの一件が、いつの間にか王平隊全体を巻き込んでの事態になっている事に懸念を覚えたからであった。

 

「それは隊として問題無いのかしら。調練に支障は出ていないでしょうね」

 

しかしそれに気付かない王平ではない。ゆえに昨日、一刀の去り際に隠密を一人付けたのだ。剣呑さを含んだ曹操の問い掛けに、王平は怯むことなくあっさりと応えた。

 

「昨日ウチの隠密一人を一刀につけて様子を観察させましたが、特に問題は無いようです。強いて言えば兵長達の暇が一刀との鍛錬で潰されてしまう事ですが、本人達が望んでやっているそうなので問題は無いでしょう」

「そう、なら良いわ。けど兵長達には後で何らかの褒章を用意しておきなさい。勿論、費用はあなた持ちでね」

「御意に。まあ、それくらいの給金は貰っていますんで」

 

曹操の言葉に王平はしっかりと頷く。元々曹操に言われるまでも無くしようとしていた事であるし、実際王平の棒給は将軍をしているだけあって多い。兵長の数が多い王平隊の事を考えれば、いつもならば王平も容易には頷けないが、遠征に出向いていた分の給金が今回は手付かずで残っているため懐事情的にも全く問題は無い。

 

とりあえずは次の給金の割り増しでもするかなぁ、などと王平が考えている内に、気が付けば回りまわって王平達は城の前へと戻っていた。

 

「それじゃ、私は先に仕事へ戻るわね。散歩に付き合ってくれた事、礼を言うわ」

「お役に立てて何よりです。ただまあ、次回からは一刀の奴でも誘ってやって下さい。天の知識とやらを聞きながら町を歩くのもまた一興でしょうから」

「気が向いたらね」

 

王平の提案をさっと流して曹操は城の中へと消えていく。それを見送った王平もまた苦笑を浮かべながら、既に副官が待っているだろう執務室へと足を向けたのだった。




さぁーて、今作のモブキャラ達は?

衛生兵長
王平隊所属の衛生兵を纏める兵長、二十九歳独身女性。最近自分が行き遅れているのではないかと感じている。出向してきている北郷一刀に標的を定めているらしい?

歩兵長
同じく歩兵隊を纏める兵長。王平が忙しい間の一刀の鍛錬の相手を務める。本文中に描写は無いが、こちらは男。

隠密兵長
同じく隠密兵を(ry
今回は名前だけ登場している。


オリキャラまでは行きませんが、兵士A的な立ち位置で、今後もモブキャラとして登場する予定です。兵種の数だけ兵長はいる……。

それでは、次回も宜しくお願いします。
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