その翌日の日曜日。絹旗は図書館へと出向いていた。理由は一つ、古武道について調べるためだ。
暗部の経験である程度の武道の心得がある絹旗は、達也の動きが古武道に通ずるものであると分かっていた。そして深雪から教えられた、情報探索が得意という師匠、推察するにその道のプロであろう人の情報。これにより忍術の路線が有力だ。
その古武道――どうやら古式魔法というらしい――の忍術系列を手当たり次第に漁る絹旗。今回は魔法やその術式は全部無視しても良い。調べるのは人だ。勿論故人ではなく、今も生きている人でなければ意味がない。それが最低条件。場所については最悪学校は休むためできるなら近場で、と言ったところだ。
そう、絹旗はあの兄妹の師匠と接触しようとしている。目的は達也と深雪の素性――
絹旗はこの世界に来てからの約二週間、大小はあれど常に警戒を怠らなかった。だから達也の雰囲気にすぐ気がついたし、視線にもすぐに気がついた。先日の深雪についてもそうだ。つまり、絹旗は今精神的に参ってきている。
この世界にも魔法という異能が存在するが、絹旗が不意打ちで死ぬ危険性がある魔法は調べた限りではない。魔術師がいないという情報だけでも、自分を脅かす仮想の存在が極端に減るのだ。というよりも、いるにしろいないにしろ、もう絹旗の精神が悲鳴を上げている。
先日の一件がその顕著な例だろう。
あの時は深雪に対して「何故助けることよりも監視することを選んだのか」という叱責を入れたが、これは元を辿ると絹旗とあの兄妹の関係性が原因だ。お互いに警戒をしていた中での、あの場面。迂闊に手を出したら敵対とも取られかねないあの状態で何故助けに来なかったなど、はっきり言って馬鹿げている。普通に考えれば助けようとする方がおかしい。助けたくても助けられない状態を作ってしまっていたのだから。
つまるところ、絹旗はその時から既に精神的余裕がなかったのだ。誰かに当たらなければ、自分がおかしくなる。吐き出さなければ、自分が潰れる。
らしくもない、と頭を切り替えて開いていた資料を閉じる。探すのを諦めたのではなく、もう見つけたのだ。運良く近場に一人、恐らく本命だ。
「忍術使い、九重 八雲ですか」
どうやら九重寺の住職をしているようだ。住所も明白。他に有力な候補もないため、図書館を出て九重寺へと向かった。
◆◆◆
達也が
兄ならどういうのが好みか、いっそのことお揃いのを買うかと悩んでいた深雪。だがあちこち見ていたその目は、一点に集中することとなった。
そこにあったのは、昨日の暴漢がつけていたのと同じヘルメット。顔の露出面積に加え目元しか視界が開いていないため、覆面としての機能もあるものだ。念のためその店員にそのヘルメットの売買履歴について聞いてみるも、一度も売れていないとの事。となると、手がかりは直接的なもののみ。
一度思い出すと引けなくなってしまうのか、深雪は迷わずに師匠がいる九重寺へと向かった。先日捕らえた暴漢にどうしても聞きたいことがあるからだ。
八雲からは任せなさいと言われたが、達也が関わっているとあっていてもたってもいられなかった。というよりも、任せきりとはいかない。
距離もそこまで離れておらず、それこそ徒歩で行ける場所にある。ほんの数分でついた深雪は、だが異変を感じた。
昼間なのに、誰もいないのだ。
「深雪君。任せておきなさいって言っただろう?」
突如、大声が響く。ただの大声ではない。
耳を塞いでも身体の中から大音量で流れてくるような、そんな声。
「今日のところは帰りなさい」
だが明らかに普通ではない。魔法によって改編された声だと容易に理解させられるほど、その声は
そして魔法と理解した瞬間、深雪は領域干渉を最大出力で放った。
それに反応するかのように、ぐにゃっと空間が歪む。すると目の前には、門下生達が修行をしているところだった。
小さく悲鳴を上げながらも稽古中だということは理解していたため意地で最小限に――意地で抑えても悲鳴は出てしまったぐらいには驚いたが――留めて、口を手で覆う。
ずっと、そこにいたということだ。
「弟子たちが驚くから、大声は出さないでね」
そして、いきなり耳元で囁かれた声に、だが今度は声は漏らさず身体を引かせる。深雪の先程までいた場所には、今までの犯人であろう八雲が立っている。
「先生、急に忍び寄るのはやめてくださいと……」
「いや、実はずっと後ろにいたよ。どうしても気になるっていうのかい? でもその前に、珍客が来てしまったようだ」
珍客、と言われても八雲と深雪の位置関係で寺の入場門に死角ができてしまっており、その珍客がそこに立っているため深雪からは見えない。ヒョイッ、と身体を横にずらした覗き込む体勢でその珍客を視認し、
「――!?」
驚きのあまり、声が出なかった。
深雪は何も情報を与えてはいなかった。場所どころか、名前すら出していなかった。気づいていないという可能性も否定はできないが、後ろをついてこられた訳でもない。実際、ついてきたわけではないみたいだ。なのに、門を潜ってこちらに歩いてきている人物は間違いなく――
「お、どうやら超大当たりのようですね。これはついてます」
――絹旗 最愛だった。
◆◆◆
絹旗は途中で深雪を見つけてその後を――ということは無く、そのタイミングは本当に偶然だった。キャビネットを使い、多少能力も使いながら走って時間短縮をした結果が、この状況に繋がったと言っても良い。
門を潜るとたまたまそこに坊主頭の住職らしき人と誰かが喋っているのを見かけた。向こうもどうやら気がついたらしく、ヒョイッと身体を傾けてくれたおかげで、その誰かは深雪だということが分かった。
「お、どうやら超大当たりのようですね。これはついてます」
今回は深雪がいてくれたおかげで対面している人物が師匠であることを教えてくれた。面倒を考えれば、その点は感謝すべきところだろう。
門を潜り抜け、八雲へと近づいていく。それに応えるかのように、八雲もこちらへと身体を向けた。
「……そのいやらしい視線、超間違いないです。九重 八雲ですね?」
「正解。よく分かったね。深雪君についてきたのかい?」
「ついてきたわけではありませんが、まあ超運が良かったとでも言っておきますよ……時間は超取らせません。本題に入りたいのですが」
深雪は驚いたようにこちらを見ているが、今回の目的は八雲なため無視。長居は無用だ。
「なるほどね。深雪君。すまないが少しだけ席を外してほしい」
「……分かりました」
絹旗の視線で深雪が邪魔だと理解した八雲は、少し席を外すように指示。深雪も頷いて、その場から離れたところへと行く。
「さて、僕と二人きりで話したいこととはなんだい?」
「単刀直入に聞きます。魔術師という存在を知っていますか?」
「魔法師ではなくてかい?」
「はい」
八雲の頭に、ハテナが浮かんだ。
八雲も全く知らない存在だ。
だが、目の前の少女が嘘を言っているようには見えない――というよりも、本気だ。だから八雲も、真面目に答える。
「すまないが、特徴を教えてくれないか?」
「そうですね……彼らは戦うときに、魔法名というものを名乗ります。それは命を賭けて戦う時に使うものです」
「……そこまで具体的な情報があるのなら、答えは出ているんじゃないか? 僕が全く知らないのは気になるところだけど」
知らない。
魔術師のことを知っている人物は、魔法名がどういうときに使うものなのかを知っている。
でも、八雲は全く知らないと言った。
すっ、と重たい何かが降りた気がした。いや、実際に膝が崩れ落ちたのだ。それを八雲がギリギリのところで支える。
「大丈夫かい? 本当に不思議な子だ」
「すみません……気が楽になったので力が超抜けてしまいました……」
「僕が嘘をついているとは思わないのかい?」
「今ここで嘘だったと言わない時点で嘘じゃないのは超わかってます」
対して絹旗は、なんとも疲れたような表情をしている。それもそうだろう。何故ならこの二週間の絹旗は常に
あまりの変わりように、八雲ですら戸惑っている。警戒を解くだけならまだいいだろう。だが監視されていた相手を前にして魔法を発動する気配すらない。事実、絹旗の身体と八雲の腕は密着している。
それからすぐに絹旗は立ち上がり、グッと背伸びをする。
「はぁー、超疲れました。やっと良い夢が見られそうです。貴方には超感謝してあげますよ」
「これでも僕年上なんだけど……」
「というわけで、私は帰ります。超お邪魔しました」
手をヒラヒラとさせながら帰っていく絹旗は、まるで無防備。それが達也なら八雲も襲っていたところだが、今回はむしろ感心と言った様子だ。微笑みながら絹旗を見送ってると、サイドから近づく足音。深雪が来たのだ。
「深雪君。どうやらあの子は――」
「すみません……実は聞いてました」
「――感心しないねぇ。まあ人のこと言えないけどさ」
「それで先生。昨日のことなんですが……」
「安心しなさい。達也君には内緒にしておくよ」
「ありがとうございます」
「うん。それじゃあ行こうか」
達也が昨日の件を知ったら絹旗を牽制する可能性が高い。だが先程の彼女は、それこそそこらへんにいる普通の少女。まるで人が違うみたいに穏やかだった。
魔術師。達也に心当たりが無いか、深雪は聞いてみることにした。
こういうところはこうじゃない?という議論も好きなので、感想投稿時のルールに反しなければいくらでも書いてくださいな。
ネタバレは回避しつつ答えさせていただきます。