放課後の現在、絹旗は不機嫌だった。
勿論日常モードでの不機嫌なため殺気などを放ったりはしていないが、ムッとした表情をしているのには変わり無い。
その理由は明確。うるさい、そしてしつこい、である。
今日の廊下はいつもの風景と打って変わって勧誘期間並の喧騒を醸し出していた。事の発端は昨日の放課後。突如として爆音で鳴り出した放送は、学内の差別撤廃を目指すと謳った有志同盟による、実質放送室を占拠して行うという違反放送だ。
しかしそれをただの校則違反として終わらせるだけではしこりが残る。そのため明後日、つまり明日、全校集会にて有志同盟と生徒会長による討論会が行われることになったのだ。
廊下前にいるのはその討論会前に少しでも仲間を増やそうと言う有志の生徒たち。人数的に裏でかなりの規模まで膨らんでいたようだ。見た顔も何人か有志として呼び掛けをしている。
そして彼らの狙いは言うまでもなく二科生。つまり、絹旗だ。課題を終わらせて帰路につこうとした絹旗に教室の中から、廊下からと勧誘が飛ぶ。それから逃げるように絹旗が若干早足になるのも仕方の無いことだろう。
有志をなんとか掻い潜った絹旗は、いつもの待ち合わせの場所へ。チラホラ見かける有志同盟の生徒から紋章を隠すようにして、顔を背け、話しかけられないようにしながら二人を待った。
するとちょうど一分ほど、絹旗にしてはなんとも有難いほど早くほのかと雫がやってきた。そこにふぅ、と一息。
「すごい賑やかだね。やっぱり明日の討論会かな」
「間違いないです。私は超行きませんけど」
「実は私たちもその話をしてた。五十嵐さんが明日は演習林が自由に使える貴重な日だからって」
「私たちも参加できるらしいからそっちにいこうかなって思ってるんだけど、最愛ちゃんはどう?」
「私もそっちの方が超良いですね。やりませんけど」
「えー、やろうよー」
一科生であるほのかと雫と一緒にいたためか、それからは勧誘されることもなくなった絹旗。明日の討論会は行かないことで決定した三人は、普段のように、雑談をしながら帰路を歩いていった。
◆◆◆
翌日。
達也は風紀委員のため討論会に出席することとなったが、他のE組のメンバーは各々がやりたいことをやっていた。
例えば絹旗なら、部活動だ。
今は既に討論会が始まっている。しかし演習林を使うチャンスは思ったよりも取れないらしく、貸し切り状態である本日はかなりの吉日。先輩たちもウキウキとしているところだ。
ほのかや雫も同様に、絹旗は部活動のユニフォームは着ていれど遠距離の魔法など使ったことは皆無。CADにすらインストールされていない。予めBS魔法師と言っておいたために慣れるまでは、ということで今は見学させて貰っている。
だが実際は、今日の空気がやけに殺気だっていることに勘づいたからだ。今の絹旗は日常モードではあるが、周囲の警戒は行っている。
「はいはーいみんな! 今日は演習林が使える貴重な日だから、ガッツリ練習するわよ」
「はーい」
五十嵐の一言に陽気な返事を返しながら演習林の中へ入っていくバイアスロン部。しかし、その歩みは突如として鳴り響く爆発音によって止められる。
「えっ」
「なんの音!?」
爆発音だけではない。
校舎を見てみると実技棟から黒煙が立ち上っている。
五十嵐は無闇に動かないよう指示をし、情報端末で速やかに状況把握を図った。
そして――
「おおおお落ち着いて聞いてね? 当校は今、武装テロリストに襲われているわ!」
「……マジですか部長!?」
「こんなこと冗談で言わないわよ!」
――第一高校が襲撃にあっていることを知った。
絹旗は、一点を見つめている。
「護身のために一時的に部活用CADの使用が許可されています。でもあくまで身を守るためだからね」
そう五十嵐が言い終わるが早いか、突如として木陰から人影が飛び出した。
ナイフを持っている。テロリストだ。
悲鳴が上がるなか、テロリストはほのかに向かって突進。ほのかは恐怖のあまり足がすくんでしまい、動けない。
テロリストの刃が後少しでほのかに届く。ほのかが恐怖により腰を抜かしてしまった。
その瞬間、唸るような声が両者の間から響いた。
「オイオマエ……それは超誰に向けてんですかね」
ほのかとテロリストの間に割り込んだのは絹旗。テロリストはそれに構わず突っ込むが、絹旗にナイフが刺さろうとした瞬間、ナイフは刃折れ。テロリストは巨大な壁にぶつかったかのような衝撃を受けた。
「――グフッ!?」
「せっかく人が学校生活を超楽しんでいたのに……」
テロリストは全身に受けた衝撃により身体中の息を吐き出した。対して絹旗は何もなかったかのように立ち止まって、何かをぶつぶつと言い始める。
瞬間、何処からともなく、メキッと嫌な音が鳴り響いた。
「――ッ!?」
「どの世界にも人の楽しみを奪う超クソ野郎がいるみたいですね……」
あろうことか、自分の頭二つ分ほど身長が高い男の顔を右手一つで鷲掴みにしているのだ。口を塞がれているため、言葉を発することも出来ないテロリスト。しかし、その顔は苦痛に歪んでおり、絹旗の手を退かそうと両腕が必死に絹旗の右腕を掴んでいた。
「本当なら超殺して終わりですが、ほのかや雫にはまだ早いし……はぁ……」
だがまるで何事もないかのように一人ぶつぶつと呟いている絹旗は、外から見ても不気味だった。
援護に入ろうとした雫、上級生である五十嵐でさえ、その異様な雰囲気にただ見守ることしか出来ない。
「あなたは超運が良いようです。超半殺しで手を打ってあげますよッ!」
そして今度は明確に聞こえる声。
いつも通りと言って差し支えの無い声色。
だがそれと同時に放たれたのは、右腕一つで男の身体を浮き上がらせ、そのまま顔面を地面へと叩きつける一撃。
叩きつけられた地面はボゴッという音ともに沈没。テロリストの顔半分が埋まるような形となった。
息はしているため生きているのは確認できるが、放置すれば命を落とす危険があるほどの致命傷を魔法を使わず、たった一撃で。
バイアスロン部の部員たちが思わず息を呑んだ。
それを行った本人は地面から男を引き出す様子もなく、ポケットから携帯端末を操作して周囲を見渡し始める。
そして、歩き始めた。
「最愛ちゃん、何処行くの……?」
「校門前辺りも超テロリストがいると思いますから、その応戦に向かいます。ほのかと雫は超ここにいてください」
ほのかの問いかけに振り向かずに答える絹旗の姿は、ここ最近見せていなかった入学式の時と同じような雰囲気を纏っている。
この雰囲気の絹旗は物事を冷静に把握してから動く、ということをこの一ヶ月ほどの付き合いで理解しているほのかと雫は、無闇に止めることはしない。
絹旗がそれを最善だと思っての行動だ。
この前はそれを信じないで命の危険に晒された。だから今回はそれを信じることが、ほのかと雫の役目。
「最愛ちゃん! 絶対に怪我しないでね!」
「む、誰が超怪我をするというのですか。これでもテロリスト程度なら超余裕で倒せますよ」
ほのかの見送りの言葉に絹旗は少し頬を膨らませながらも、少しだけ和らいだ表情でヒラヒラと手を振りながら歩いていく。
そして呑まれていた雰囲気からやっと脱した五十嵐。
無闇に動かないようにと、絹旗を追いかけようとするも、ほのかから待ったがかかる。
「待ってください部長!」
「光井さん。何故止めるんですか? 絹旗さんは貴女たちの親友でしょ? 相手はテロリストなのよ?」
「親友だからです! 最愛ちゃんは考えなしに行動する人じゃありません!」
俄然とした態度で言い切ったほのかに、この数日間の付き合いである程度ほのかの性格を知っていた五十嵐は戸惑いを隠せない。
「それに、最愛ちゃんはテロリストには絶対に負けません。ナイフも銃も、魔法すらも無効化させる。それが最愛ちゃんの能力です」
「そ、そんな魔法……いえ、でも絹旗さんはBS魔法師……それなら或いは……」
そして、今度は別のベクトルで戸惑うことになる。
しかし、五十嵐がここまで戸惑うのも無理はない。その言葉だけを聞いただけならそれこそ無敵。一切ダメージを受けずに敵を無力化できることに相違無いのだから。
その間にも、絹旗は歩みを進めている。
そしてついに、五十嵐は追うのをやめた。
◆◆◆
閑散とした森の中。
一人の少女が歩みを進めていた。
「さて、見たところここが超怪しいと思ったのですが、どうやら超正解のようですね。銃火器の臭いがプンプンします」
絹旗の目の前には、廃工場。
外に見張りのような人はいないが、銃火器の臭い、そしてその場の空気からここがテロリストの本拠地だと断定した。
絹旗は襲撃してきたテロリストを撃退した後、すぐに周辺を地図で調べた。そして一ヶ所、つまりこの工場が怪しいと睨み、真っ先に駆け付けたのだ。
先程テロリストに言った運が良かった、というのは、誇張でもブラフでもなく本音だ。ほのかと雫がいなければ本当に命を奪っていたのだから。
「少し知りたい情報もありますし、超手短に終わらせますか」
正面から扉を破って入っていく絹旗。
第一高校では、テロリストをほぼ鎮圧し終えた頃だった。