もうすぐ九校戦ということもあってクラウド・ボールのコートの使用許可はすぐ下りた。最愛は部活で使っているウェアをそのまま使用、真由美は制服でコート脇に座っている。
「ねえ絹旗さん。達也君を呼んでも本当に良かったの?」
「こちらに超融通利かせてくれたんです。こっちも譲歩はしないと超割に合いませんよ」
最愛は自分の能力である窒素装甲を試合中に使うことを約束した上で勝負を受けている。最愛が今回この試合を受ける上で合意したのは二つ。一つ目は当然のことながら試合中に必ず能力を使用すること。そして二つ目は達也に視て貰うことだ。前者は真由美と克人からの願いで本来はこれだけだったのだが、最愛が後者の条件も付けたしたのだ。
これには真由美だけではなく克人も目に見えて驚いた。自分の能力を秘匿している最愛が魔法の分析に長けている達也の監督を認めると思っていなかったのだ。最愛にとってもかなりリスクのある行為。しかしそれだけ最愛が求めた条件は大きいものなのだ。
今回最愛が求めた条件は三つ。
一つ目に監視するような行動は以後全面的に禁止すること。もしするようなら最大限の抵抗を手段や場所は問わずに行うことも明言した。二つ目に特化型のCADを九校戦までに作ること。最愛の得意魔法は奇跡的にというか必然的にというか収束魔法から始まって移動魔法となっている。これは最愛にとって非常にありがたい事実であり、有効活用するためにも特化型CADは持っておきたいものだった。期限付きは保険だ。そして三つ目に最愛の魔法技能向上に助力すること。能力の有無にかかわらず最愛の魔法力は結局のところ二科生だ。実戦でも手札の一つとして使えるようでなければ必要のない代物。
前者はともかく、後者二つには真由美も克人も確約できないということ、条件が曖昧ということで首を縦に振ろうとはしなかったが、その後に最愛は達也の監督という条件を付け、さらにあくまで魔法技能の向上が目的であって魔法力の向上は望んでいない旨、CADも得意魔法は教えるからそれに特化したものを媒体だけでも作って欲しいと伝えた。水面下での駆け引きが続いたために変に勘繰り深くなっているため仕方ないと最愛は思っているが、それは正しく駆け引きは存在している。実際その状況下において最愛は駆け引きに勝利した。
真由美も克人も、まさか最愛が最初からこの場に達也を呼ぶことが目的だなんて思ってもいないのだから。
「そう……絹旗さんがそういうのならいいのだけど」
「来たみたいだな」
そんな思惑に気が付いていない二人は達也の到着を認めて顔を向ける。達也は制服姿の無の仮面を付けて小走りで近づいてくる。
「遅くなって申し訳ありません」
「いやこちらこそすまない」
「それでまずは経緯を教えて欲しいのですが」
達也の視線は真由美に向いているが別に理由はない。強いて言うならメールの送信者だからだが、真由美は頷いてから経緯を説明した。
「私たちが絹旗さんを九校戦にスカウトしたのだけど、魔法の適性を確かめるために一度試合をしようってなったの」
非常に簡潔だが達也にはそれだけで十分だった。それは内容の把握だけではなく、それに伴って契約が発生していることも理解しての十分だ。
「なるほど。しかしそれでは自分が呼ばれた理由が分かりません」
「絹旗が能力を見せる代わりに我々は魔法技能向上に助力すること、CADの制作を頼まれた。しかしそれでは平等ではないと司波の監視を絹旗が申し出たのだ」
これには達也も素直に驚いた。達也としては
「そういうことでしたか。自分としても絹旗の魔法には興味がありましたので良い機会だとは思いますが、その魔法を必ずしも理解できるとは限りません」
「可能性があるだけで十分だ」
「……分かりました」
言いたいことは当然あるし、条件についてももう少し知りたい。その気持ちを全て抑えた達也は、試合を見ることに決めた。
「さっそく始めるとしよう。ルールは女子本戦クラウドと同じ一セット三分の三セットマッチ、インターバルはセット毎に三分。二十秒ごとにボールが追加され最終的には九個のボールを打ち合うことになる。バウンド一回につき一点、地面で転がるまたは静止したものは0.5秒につき一点だ」
「それで大丈夫よ」
どちらかといえば最愛に向けて確認するように説明されたルールは本番と全く同じものだ。真由美に続いて最愛も軽く頷いてコートに向かう。ぱっと見テニスみたいだが実態が全くの別物であることは最愛も理解している。
まず屋外なのに透明とはいえ天井と壁がある。そこにボールを当ててもポイントにはならないが四方八方から攻めることが可能になる利点がある。逆を言えば四方八方から攻められるわけだ。そしてバウンドは許容してはならない。テニスで言うなら前衛で最大九個のボールを打ち合うことになる。ハッキリ言って生身で打ち合うことはお互い不可能だ。
お互いにポジションへと付きながら最愛は手に持っている普通のラケットを見詰める。実は最愛、テニスは初心者ではない。富豪などの暗殺依頼の際に距離を詰める一環としてあらゆるジャンルを能力無しという条件付きではあるが平均的に出来るようにしているのだ。
静かに目を瞑ってその時を待つ真由美に対してグッと構える最愛。
「始め!」
お互いに準備ができたことを確認した克人の重量を持った合図により最愛のコートに射出される低反発のボール。まずは能力を使わずに、しかし全力で球を返球する最愛。ボールはそれなりのスピードを持って綺麗な軌道を描きながら真由美のコートへと向かっていくが、ネットを越えた瞬間―――正確には五センチ―――ボールは倍のスピードを伴って最愛のコートへと戻っていく。ただ跳ね返しただけだが能力を使わない最愛にとってはネット際からスマッシュを打たれたに等しく、ボールは容赦なくコートへと突き刺さる。
テニスならこれで終わりだがクラウドは違う。透明な壁にバウンドしたボールは再び最愛のコートへと転がり始め、二点、三点と与えていく。
「何ですかこの超クソゲーは!」
それに舌打ちをしながらあくまでテニスの要領で打ち返していく最愛だが、この戦法は二十秒が過ぎたところで早々に破られた。二つ目のボールが真由美のコートに射出されたのだ。当然真由美は難なく返球するがあくまで普通のテニスをしていた最愛にとっては地獄でしかない。打ってもネットを越えた直後に返され、バラバラの方角に飛んでいるボールは低反発ボールということもあってすぐに転がってしまう。
転がったとしてもフレームで掬ったりと対処方法はあるがそんなもの気休めにもならない。
それがさらに三球、四球、五球と増えていくにつれて真由美の得点ボードが目まぐるしく変化していき、一セット終了時の最終的なスコアは五百にまで上がっていた。当然真由美は無失点だ。
三分のインターバルのためコート脇に移動する二人だが、汗一つない真由美に対して最愛は肩で息をするほど疲労している。あくまで全力で試合を行うあたり真面目と言うべきだが、真由美にとっては罪悪感すら感じてしまうものだ。
「最初は魔法の温存か?」
「まずは超試合の感触を確かめるためですよ」
「体力が無くなってしまっては元も子もないと思うが」
「それを超考えていない程私も間抜けではありませんよ」
達也もオーバーペースだと思ったのかとりあえずは声をかけてみたのだが、思ったより最愛は元気だった。忙しなく動いていた肩はいつの間にか落ち着きを取り戻し、息遣いもだいぶ静かになっている。
三分という時間、それも動き続けることが目的ではなかった今回の疲労は回復も早いものだった。
備え付けのベンチに座って居た最愛はすっと立ち上がり、グッと伸びをする。
「達也、次の試合は超良く
「ああ、良く
インターバルも終わりに近いためコートに向かった最愛から背中越しに放たれたのは、挑発だった。自分の能力を見破れるものだったら見破ってみろと。達也もそれをしっかりと汲み取り、挑戦を真正面から受けた。
再びネット越しに対面する最愛と真由美。
先ほどと同じように真由美は目を閉じてその時を待っているが、今度の最愛は中々構えようとしない。ラケットを振ってみたり、ガットをいじったりしているがそうだとしてもあまりにも準備が長かった。
「絹旗、もう始めてもいいか?」
「おっと、超待たせているようですね。超始めて貰って構わないですよ」
それを訝し気に見つめる克人、真由美、達也だが準備が出来たのなら問い詰めることは出来ない。
「では第二セットだ。始め!」
再び克人によって開始された試合は、今度は真由美のコートへと射出される。
それをすぐさま返球した真由美は今度は身構えた。先ほどの試合は最愛が魔法を使う気が無いことが初球で分かったためリラックスしていたが今回はそんなことは無い。勝つにしろ負けるにしろこのセットは魔法を使わなければならないのだ。どんなボールが来てもいいようにボールを注視する真由美だったが、人影がボールに重なったと認識した瞬間にボールが消えた。
「え!?」
その声が響くのが早いか、バチンと真由美の後方から音が鳴る。思わず振り返った真由美だがそこにボールの姿は勿論、音の源となるようなものは何も無い。それと同時に今度はネット側からパシュッという音が聞こえたためにそのまま視線を前に戻した瞬間、真由美は目を見開き固まった。いや真由美だけではない。克人や達也ですら驚いたような表情でコートを見詰めている。
目に映るのはラケットを見つめながらも不敵な笑みを浮かべている最愛、一点、また一点と点数が加算されていく得点ボード。そして、ネット前に転がっているボールだった。
殴ればガトリング砲の威力を発揮する最愛。
まぁその力で打てばこうなりますよね。