放課後、憂いていた時間がやってきてしまった。
部活連本部で行われる出場選手、エンジニア両メンバーの最終調整を行う九校戦準備会合。最愛も他の選手と同じように参加し、内定メンバーが座るオブザーバー席に座っていた。噂も流れてしまっているため席だけは違うところ、という騙し手が使えないのは痛いがどちらにしろこの会議で話題に挙がることは間違いなし。そして強引でも内定の流れへと持って行くことが予想できる。
極めつけは隣に座る達也だ。どの道面倒事は避けられないだろう。面倒の度合いが十か十二か程度の違いだが、度合いが少ない方が良いのは間違いない。ちなみに度合いの最高値は十である。
「なんで達也までいるんですか。私だけでも超面倒なことになるって憂鬱だったのに、今までの仕返しですか。超苛める気ですか」
そして最愛は達也の存在を知らなかった。
いや正直なところ出場はしないにしろメンバーの会議には呼ばれると思っていた。
先月のテロの際にその異常性を真由美や克人が検知していないはずは無く、
だがまさか内定組だとは予想できないだろう。面倒要因第一位の存在に恨み言の一つや二つは仕方ないことだ。
「俺だって来たくて居る訳では無い。成り行きでこうなってしまったんだ」
しかし達也も来たくてここに居る訳では無い。ため息交じりに答えるその姿は達也にしては珍しく目に見えて憂鬱そうではあるが、ここでふと最愛は何かが引っかかった。
達也は成り行きでこうなったと言っているが、今までの行動上達也
その瞬間、最愛の目が腫物を見るような目からジト目に変換された。
「……超シスコン」
達也は図星故に何も言い返せない。この最愛に有利な状況で口で勝つなど不可能だ。
加えて段々と席が埋まっている状態で言い合いをするのは非常に目立つ。戦略的敗北だ。
そんなこんなで席が全て埋まった会議室兼部活連本部。その議長席に真由美が腰を下ろした。
「それでは、九校戦メンバー選定会議を開始します」
最愛としては最近聞くことの多い、達也としてはむしろ珍しい凛とした真由美の声。その言葉と共に開始された会議は、異端分子を目敏く発見する者たちによって真っ先に最愛と達也の話になる。
ほら面倒になった、とため息を吐きそうになったのだが、予想以上に好意的な意見が多いためその気持ちは数瞬の内に消え去る。
内定が早いうちに決まっていたこともあり、最愛に関してはいろいろな噂が広まっていた。良悪真実虚偽様々な噂が存在しており、全く気にしてはいないが最愛の耳にも勿論入ってきている。
ただその中で特にその場面を目撃したとして非常に信憑性の高い噂が存在している。
曰く、真由美が触れられない球を打てる。
好意派と反対派は主にこれを真と捉えるか偽と捉えるかで議論が分かれるのだが、この場には当事者二人と見学者一人―――達也が喋ると話が広がるので考慮しない―――がいるのだ。反対派意見は実力不足を懸念とした建前で二科生であることを批判していたのだが、この話は真由美と克人が真実であることを告げたため建前を崩されてしまい、本音を言うこともできず誰も口出しをすることは出来なくなった。
実力がある―――特定の分野にしろ証明されている―――ならこの学校において使わない理由は無い。
最愛の話は思った以上に平穏に終わったのだ。
だが問題児は一人―――客観的に見れば最愛も問題児ではある―――ではない。
内定という話はなく、しかし何故かこの会合に出席しており、エンジニアとして名を連ねている生徒、司波達也。
これに関しても好意的な意見と反対意見で分かれていたのだが、最愛に比べるとその比率は反対派がかなり多くなっている。加えて最愛の時は噂に対しての真偽を問うもの故に論理的な意見が多かったのだが、達也は風紀委員の活躍から推薦する上級生とそれが気に入らない反対派、主に同級生の感情的な意見がぶつかりドロドロと底なし沼の議論へと入っていた。
最愛は自分だけなら早く終わってたのに颯爽と現れてこの状況を生み出した問題児を睨みつけ、達也は気づいていながらもさすがに否定できないため、また意見することも許されないため疲れた表情で議論を見つめていた。深雪がいたら恐らく反対派の意見を黙らせていただろう。普段なら困ったものだがこういうときにこそ欲しかった救いの手だ。
「要するに」
しかし救いの手は他の場所から差し伸ばされた。
最愛の時も聞かれた場合のみ、達也に関しては静観を決めていた為決して大きくは無かった、しかしその重みのある声は不要な議論を止めさせた。
「司波の技能がどの程度のものか分からない点が問題になっていると理解したが、もしそうであるならば、実際に確かめてみるのが一番だろう」
広い室内が静まり返った。
その方法は効率的かつ明確な判断を下せるものであり、多少なりともリスクを伴うために誰も口にしなかった方法だ。
「……もっともな意見だが、具体的にはどうやる?」
「今から実際にやらせてみればいい」
沈黙を破った摩利の問いかけに対しての克人の答えは、これまた単純明快なものだった。
「なんなら俺が実験台になるが」
その発言に少なからず室内がざわつく。
最愛もCADに触れて分かったが、CADの調整はその調整を行う魔工師の実績と信頼関係によって成り立つ。実力がある魔工師を充てられた最愛には分からないが、調整が狂うと魔法力の低下、頭痛や眩暈、精神的ダメージ等様々な弊害が生じることとなる。実力の分からない魔工師に調整をして貰うことは非常にリスクの高い事なのだ。
つまり克人のその行為は非常に勇気のあることだと言える。
「いえ、彼を推薦したのは私なのですから、その役目は私がやります」
そこで真由美が手を挙げた。責任感故ではあると思うが、これは信用が無いことの裏返しであるためむしろ悪手だと言える。最愛的に達也は魔工師という分野に対して天賦の才能があると考えている。その眼の異常性や頭脳、そして器用さから生み出されるその腕はもしかしたら一流の中の一流かもしれない。そうでなかったとしても信用されていないという可能性を感じさせた真由美の言動は達也にとって気持ちの良いものではない。
「いえ、その役目、俺にやらせてください」
だがそれに続いた、一の腕を切り落とし最愛に高周波ブレードを握りつぶされた男、桐原武明。その男子生徒と達也の間にあったいざこざは有名であり、それだからこそ桐原が名乗りを上げたことは達也にとって気持ちの良いものだったのだろう。これまた珍しく達也の口角が上がっている。
「では早速実験棟に向かうとしよう」
克人の一言で、全員が一斉に席を立った。
♦♦♦
最愛の目の前にはよく分からない文字列が上から下へ、または映ったり消えたりしていた。
今回調整するCADは競技用のものであり、調整器具も九校戦の本番で使うものだ。最愛が使わせてもらった機械とはまた別ものであり、またキーボードで打っているためこの世界にしては珍しくアナログよりだなと考えていたのだが、周りを見るにどうやら違ったようだ。
調整の方法が違うだけならエンジニア組の表情が固まっている理由が説明つかない。
一心不乱にキーボードを叩いている達也の姿、そして全く理解できない文字列、加えて生徒会書記であり一高エンジニアの第一人者でもある中条あずさがディスプレイを覗き込んだまま驚愕の表情で固まっている点から考えて、恐らく並外れた技術を使っていると容易に想像できた。
それを見て最愛は口が綻びそうになるのを必死に抑える。
恐らく達也は世界的に見てもトップレベルの魔工師。その魔工師に最愛は貸しを作っているのだ。
そして可能な限りなら達也も融通を利かせてくれると言っていた。そしてCADに関して達也はほとんどの融通を利かせてくれる。逆に達也が不可能なら実質不可能と考えても良いかもしれない。
可能なら勿論依頼するし、不可能でもそれが分かるだけ時間を浪費しなくて済むし、何よりそれで貸しは使われない。達也が何か言ってくる可能性もあるが、それは間違いなく一蹴できる。こちらは貸しに加えてわざわざ能力を見せびらかすという危険を冒しているのだ。
最愛の思案中に調整は終わったようで、現在はまた揉めているようである。今度は今見せた達也の技術を理解したエンジニアチームと、仕上がりそのものは平凡だったことを指摘している出場選手チーム。この構図は流石に、間抜けというべきだろうか。
簡単に言えば専門家が支持しているが、それを見ていた素人が専門家に対してここは違うよね?と結果だけを見て如何にもそれっぽい指摘をして専門家を困らせているという構図。
しかし今度は泥沼化することなく、議論は終わりそうだった。
「俺は、司波のエンジニア入りに賛成します。当校の威信に関わる九校戦において肩書は関係ありません。たとえ平凡な仕上がりであろうとも、エンジニアは彼を強く推薦していますし、何より選り好みしている時間はありません」
達也と仲が一番悪い人は誰でしょう、という質問に森崎と並び真っ先に名前が上がるであろう生徒会副会長の服部。彼が達也を推したことは反対派の威勢を一気に削ぐものであり、克人の一押しもあって達也のエンジニア入りは正式に決定した。
達也の魔工師としての腕を確認した最愛は、何かを企んだようです。