事件は接触はないにしろ接触しかけ急停車した九校戦選手乗車のバス、そして死者一名を出すという惨事。警察沙汰は避けられず事情聴取や現場の通行の補佐を行った結果時間は三十分を経過した。
一応午前に出発はしたのだが、出発時の遅れと含めて結局到着は昼過ぎとなった。
九校戦はその性格上そのまま軍に進む生徒も多い。軍としても優秀な生徒は是非とも欲しいところであり、九校戦には全面的に協力してくれる。選手が泊まるホテルもまた軍が保有しているものであるなど至れり尽くせりといった感じではあるが、実際そうでもない。
ホテルとはいえ軍の施設ではあるため専従のドアマンなどはいない。荷物も自分で積み下ろしする。
その積み下ろしを手早く終えた生徒達はこれからのことに胸を膨らませ談笑しているのだが、服部は一人浮かない顔をしていた。
「どうした服部。随分と不景気な顔だな」
そんな服部に背後から気さくな声がかけられる。
「桐原……いや、そんなことは無いさ」
その声の主は服部の予想した通りの友人だった。
振り向きながら反射的に返した声は、しかし自分でもびっくりするぐらい説得力のない言葉だった。
「いや、そんなに好調そうな顔には見えないけどな」
実際その通りだ。今服部は異常な程自信を無くしている。
それは先程のバスで起きた事件についてだ。
先ほどのバスで成功失敗あれど動いたのは達也の天敵と化している森崎、二年生の百家で風紀委員の
だが服部も咄嗟に魔法を放とうとするも魔法を止めた、むしろ状況判断ができていた部類であり、上記の成功の例としてカウントすることもできるだろう。
だがそれは服部の良しとするところではない。
解決したのが摩利や克人、真由美だったらまだ納得できていた。しかし実際解決のきっかけになったのは深雪だ。年下の女の子がそれぞれの得意分野を理解して冷静に対処してみせた。これが服部の自信を大きく損失させた。
服部は魔法力の優劣によってその人物の魔法師としての能力が決まると思っていた人種だが、それは深雪に咎められ、今尚達也によって証明され続けている。達也で例えるならまずはその眼。あれは危機回避能力を大きく上げる非常に大きい要素であり、アドバンテージになる。例えば判断能力。その眼から与えられた情報を瞬時に理解する理解力、テロ時に見せた克人をも使いこなす指揮力、剣道部数人を無傷で抑えた身体能力。
様々なものがあるが、魔法力が圧倒的に劣っている場合はその他の要素全てを含んだ判断能力が勝敗を分ける。そして今回、その判断能力の差も見せつけられたわけだ。
意気消沈といった服部の言葉に、だが桐原は仕方ないと言った感じな表情だ。
「そういうのは場数だからなぁ。その点あの兄妹は特別だと思うぜ」
「兄妹?」
服部は「彼女」ではなく「兄弟」と言ったことが気になっているようだ。
「ああ。妹は分からんが兄貴の方は……多分ありゃ殺ってるな」
「ヤってる?」
突如として放たれた物騒な言葉に、服部は訝し気な声に驚きを混ぜていた。
「ああ、実際に人を殺しているな。それも一人二人じゃない」
「殺人という意味ではないよな。実戦経験があるってことか?」
「雰囲気がな……殺人で思い出した。服部、絹旗最愛を知っているよな」
突如して話題の方向性が変わることは普通のことだが、その転換点があまりにも不穏だった。桐原が質問ではなく確認で聞いているのは最愛が二科生でありながら選手に選ばれていることや、その容姿が上級生でも噂になっているからである。
「ああ、知っている。彼女も冷静に行動していたからな。彼女がどうした」
「これはマジの話だが、あいつは気を付けろ」
服部が固まった。
その表情に冗談気はない。
「どういうことだ?」
「司波兄の方は恐らく実戦だが、絹旗は違う。あいつは人を殺すことを全く躊躇しない」
「……確かなのか、それは」
言葉を失った。
なんとか絞り出した質問は、だが一瞬で跳ねのけられる。
「ああ、この前のテロの時に俺もアジトへ突入したんだが、どうやったのか先に絹旗が来ていて司兄を追い詰めていたんだ。そして俺が見た時には司兄の左肩から先はなかった」
その後右腕を斬った桐原が言う事ではないが、あの倉庫の光景は地獄以外の何物でもない。
「中にいたテロリストは全滅だ。信じられるか? あんな小柄な少女が人の身体を引き千切り、殴り潰し、全身血塗れで笑いながら司兄にトドメを刺そうとしていたんだぜ」
そこまで聞いても服部にその実感はない。
今の言い方ではそれらの全てが素手で行われたことになる。
あの小柄で見た目大人しめの少女にそこまでの残虐性があるとは到底信じられない。
「……彼女はあくまでも二科生だ。頭も良いと聞いている。たとえ実技が苦手と言っても人を殺めるような強力な魔法が扱えるのならば、他の分野が多少苦手でも問題なく一科生になれると思うが」
服部は最愛と面識がない。せいぜい顔を合わせた程度だ。故にどういう魔法を扱えるのかを知らないわけであり、それ程の強力な魔法が扱えるのにも関わらず二科生にいることが理解できない。
「あいつが使っているのは恐らく硬化魔法だな。だが司波兄が言うには単純な硬化魔法って訳でもないらしい」
「BS魔法ってことか?」
「BS魔法には間違いないらしいな。本人もそう答えているらしいし、それ程の硬化魔法が使えたら二科生じゃないぜ。司波兄も攻守一体の装甲兵器だって言ってたな」
「装甲か……ちなみに絹旗はクラウドの選手としてはどうなんだ?」
服部は生徒会副会長だ。同じ校舎の下で暮らす生徒が殺人を犯しているという事実は看過できないが、九校戦で活躍できるかどうかというのはまた別の問題である。一先ずは活躍できるのなら良しと気持ちを切り替えたのだ。
だがその質問をした服部は、先の話を聞いたからか背後から聞こえた声に背筋を凍らせた。
「私と桐原の超勝負は私の全勝ですよ。それと本人の超居ないところであまり噂をしない方が良いですよ」
「……ッ!? お、おう絹旗。いつの間にそこにいたんだ」
「荷物置いていたら桐原が超見えたから来ただけです。ほら、昨日私に超完全敗北しましたから優しい優しい私が超慰めに来てあげました」
「お前なぁ……」
「桐原ってお前、一応年上なんだから―――」
「私に年上とか超関係のないことです。クラウド超一度も勝てなかったので超桐原は桐原です」
幸いにも最愛はその話を聞いてはいなかった。
だが服部は最愛が桐原を呼び捨てにしているところに引っかかったみたいだ。元気が無さそうだがムッとはしていた。対して桐原は本当にその呼ばれ方で慣れてしまったのか、呼び方にではなく煽りに対して反応を返している。
「ちょっと待て、どういうことだ桐原」
「どういうことって、何がだ?」
「お前が一度もクラウドで勝てなかったのか?」
あまりにもあっさりと紡がれた言葉は、しかし服部のムッとした表情を驚愕に染め上げるのは容易だった。突然のことで頭に入ってこなかったが、先程服部がした質問は信じられない事実と共に返された。桐原に圧勝できる実力は男子でも新人戦優勝候補と言っても過言ではない程度には実力を有しているということだ。
そして何人も人を殺めていることを全く感じさせないあまりにもふざけたような口調。見た目やその雰囲気とその残虐性のギャップはなるほど、不気味としか言えない。
「桐原は強いですがそれ以上に私が超強いだけです―――おっと、達也と深雪がいますね。私はこれで超失礼します」
胸を張って憎たらしい程のどや顔を決めた最愛はバスで荷物を落としている司波兄妹を見つけて嵐のように去っていった。
達也、深雪、最愛。三人一緒にホテルの中へと入っていくが、この並びがどれほど不吉なものだろうか。桐原と服部は今起きた事柄を含めてお互いに苦笑いをするしかなかった。
♦♦♦
「お飲み物は如何ですか?」
「あ、超エリカ。来ていたんですね。超コスプレですか?」
「え、エリカちゃん? すごく可愛いね」
「ありがとうほのか。最愛はそう言うと思ってたよ……やっぱりコスプレに見えるのかな?」
九校戦が前日ではなく何故前々日に到着するのかと言えば、この懇親会に参加するためだ。
高校生のパーティのためアルコールは無い。そして他校も当然参加しており、懇親というよりはプレ開会式という意味合いの方が大きい。相応に緊張感も漂っている。
最愛は雫やほのかと一緒に懇親会に参加しており、隣にはトレイ片手に何故か給仕係を行っているエリカがいた。そのフリフリしたスカートが特徴の黒いワンピースに白いエプロンは見る人が見れば確かにコスプレになるかもしれない。勿論最愛はホテルではよくあるものだと冗談で言っている。
「エリカが超いるってことは、レオや美月もいるんですね」
「正解。二人ともキッチンで、私とミキがホール」
「ミキ?」
突如として現れた知らない名前。これは雫やほのかに限らず最愛も知らなかった。
いや厳密には最愛は知っているが、その呼ばれ方は知らない。
「あ、そっか。ちょっと待っててね」
そんな雰囲気を察したのか、エリカは片手トレイに器用に小走りで何処かへと行ってしまった。待っていろということだろう。ほのかと雫はお互いに顔を見合わせている。
それから数分後、エリカは一人の白いシャツに黒のベスト、黒の蝶ネクタイという召使いっぽい男子を連れてきた。
「おまたせ。こいつがミキよ」
「僕の名前は
幹比古。その名前は雫やほのかも知っており、最愛に至っては顔も知っていた。当然だろう。同じクラスであり、中間テストの理論で最愛よりも一つ上の順位を取っている生徒なのだから。
「ああ、なるほど。超吉田でしたか」
「こうやって喋るのは初めてだよね、絹旗さん。吉田幹比古、名字で呼ばれるのは好きじゃないから名前で呼んでくれると嬉しい」
「分かりました。私は絹旗最愛です。最愛って超気軽に呼んでもらっても構わないですよ幹比古」
「私はA組の光井ほのかです。よろしくお願いします」
「同じく北山雫。よろしく」
「オーケー最愛。光井さんと北山さんもよろしく」
お互いに自己紹介をした後は、二人の関係を教えてくれた。どうやら幼馴染らしく、幹比古はミキという呼び方が気に入らないらしい。お互いに言い合っているが、幹比古の言う事をサラッとエリカが流してそれに幹比古が噛みつくといった感じだ。レオや幹比古から分かる通り、エリカは口だと敵なしらしい。最愛の前には屈するが。
その言い合いはエリカが達也と深雪の姿を認めてそちらに向かうまで続き、これにはさすがの最愛も苦笑するしかなかった。
それからほのかや雫目当てに人が入れ替わりでやってくるのだが、最愛はそちらのグループではないため気にしないにしても居心地はあまり良くない。
対してエリカや幹比古が去った司波兄妹は達也が深雪をクラスメイトの所に向かわせたため達也一人だ。
最愛は思考する間もなく達也のところへと向かった。
「相変わらず超無表情ですね、達也」
「そう言う最愛も変わらないな」
身長差が激しい二人は、並べば異色の雰囲気を放つ。制服を着ていなければそれこそ兄妹だろう。
そして二人の制服は普段肩に刺繍がない二科生のものだが、今回は綺麗な花柄の刺繍が施されている。一高の代表に刺繍が入っていないのは不味いという考えからだが、最愛はともかく達也の刺繍姿は深雪の機嫌を非常に良くさせた。
「それでさっきは深雪が居たから超聞きませんでしたけど、あの時魔法を消したのは超達也ですよね?」
「何のことだ」
急激に頭が冷えた。
別の人ならまだしも、最愛による発言となれば達也にとって大きな爆弾だ。
「まあ超利口な最愛ちゃんは踏み込み過ぎたことはしませんが、超面白い魔法を持っているみたいですね。物も超
最愛のそれはあくまで確認であり、また物の分解については仮定の話だ。
だが何故だろう。本当に利口故に引き際を弁えているのか、妙に際どい所を突いてくる。そして言い方もなんとも嫌らしい。達也も認めるわけにはいかないのだ。しかし自身が魔法式を可視化できるだけでなく、分解させる手段を持ち合わせていることは隠さなければならないが、その件において否定することもまた出来ない。
達也の頭は最近では一番と言えるほどの回転を見せていた。
「それは俺にだけできることではない。最愛もできる可能性は十分にある」
「
「そうだ」
一応事実だ。
術式解体は起動式や魔法式を吹き飛ばす超高等魔法であり、最愛のように無理矢理魔法式を破綻させるのとは訳が違う。最愛の場合は魔法式の残骸が残るのだが、術式解体はその全てを想子の塊で吹き飛ばしてしまう。その性質上膨大な想子が必要であり、最愛がこの世界で初めて知った魔法にして、魔法を学んでから早々に諦めた魔法でもある。だが達也が使った魔法ではないと最愛は断定した。
「まあこれ以上超刺激するのは良くないので詮索はしません。でも今回のは達也が超勝手に見せたものですから貸し借りにカウントするのは超なしですよ」
仕方がないとはいえ、最愛は別に使って欲しいとお願いしたわけではない。勝手に見せて勝手に借りにされたらたまったものでは無いし、たとえバスに車が突っ込んできても最愛は必ず生き残る。
達也としては淡い希望を抱いてはいたが抜け目は無かった。
「そうだな」
その返事は短く、そしてやり辛さを感じさせた。
桐原にとって最愛の能力は天敵ですからね
たまには文字数増加で普段の1,6倍程。
仲良くなったとはいえ最愛には狂暴化する危険要素があるため、また最愛もそうなる自覚があるためお互いに牽制しあう仲は続いています。