翌日、九校戦は無事開幕した。
直接の観客は十日間でおよそ十万人。この交通の便の悪さで一日に一万人ものギャラリーが競技を見に来る。有線放送の視聴者はその百倍以上にもなる。プロの試合も行われる人気スポーツに比べれば少ないが、これだけの人間が注目している大会はそうそうない。
開会式は華やかさよりも規律を強く印象付けるものだった。魔法競技はそれ自体がとても派手なものだから下手に飾る必要はないのだ。来賓の挨拶も無く、九校の校歌が順に演奏された後、すぐに競技に入った。
今日から十日間。本戦男女各五種目、新人戦男女各五種目の計二十種目の魔法競技大会の幕開けだ。
最愛は今回、基本的には達也と共に行動することに決めている。理由は単純であり、一つは雫とほのかが達也と一緒に回るから。もう一つは最愛には魔法の知識はあるが実際に見たことがないため、目の前の魔法が何かを理解できない点がある。最愛が聞かずとも達也が自発的に、または深雪や雫やほのか、一緒に回るだろうレオやエリカが達也に尋ねることは明白。
加えて特定競技では普段お目にかかれない殺傷性ランクB、場合によってはAの魔法を見ることもできる。それはつまり対人戦闘において実際に使われる可能性のある魔法であり、使用者によって速度や威力が変わるとはいえ参考資料として扱える。最愛と達也の二人きり、または深雪を含めた三人ならそこまで達也が説明することもないだろうが、この状況は上手く使うべきだ。
まずはスピード・シューティングを観戦することとなった。
スピード・シューティングは三十メートル先の空中に投射されるクレーの標的を魔法で破壊する競技で、制限時間内に破壊したクレーの個数を競う。いかに素早く正確に魔法を発射できるかを競う、というのが名前の由来だ。
試合には二つの形式があり、予選は五分の制限時間内に破壊した標的の数を競うスコア型。同時に四つのシューティングレンジを使い、六回の試技で予選を終えて上位八名が準決勝に進む。準々決勝以降は、対戦型。紅白の標的が百個ずつ用意され、自分の色の標的を破壊した数を競う。
一戦目から新人戦から無敗の真由美が出場するということで非常に注目を集めている競技であり、会場は真由美目当てのギャラリーで溢れかえっていた。
最愛、雫、ほのか、達也、深雪という順番で、会場内の関係者エリアではなく、一般用の観客席に陣取る。
「予選では大破壊力を以て複数の標的を一気に破壊する戦術も可能だが、準々決勝以降は精密な射撃照準が要求されるわけだ」
達也の言葉に熱心に頷いているのは雫。このメンバーの中で唯一新人戦スピード・シューティングにエントリーしている。
「従って普通なら、予選と決勝トーナメントで使用魔法を変えて来るところだが―――」
「七草会長は予選も決勝も同じ戦い方をすることで有名ね」
達也が言いかけた台詞は、背後に座った少女に横取りされた。
「エリカ」
「ハイ、達也くん」
「よっ」
「おはよう」
「おはようございます、皆さん」
達也の後ろに座ったのは、右から順番にレオ、エリカ、美月、幹比古。都合よく空いていたのは彼らの座席が最後列に近かったという事情がある。というよりもスピード・シューティングは前列程選手と同じ視力が必要になるため、基本は後ろで見るのがセオリーなのだが、前列の人達の目的はつまりそういうことだろう。
達也曰く、近くで見る価値はあるとのこと。
「エルフィン・スナイパー―――の名前は超伊達じゃないということですね」
「……本人は嫌っているから、会長の前では言わない方が良いぞ」
これは最愛にではなく、その他に向けて言ったものだ。エルフィン・スナイパーとは真由美の異名であり、九校戦の真由美のユニフォームが近未来映画のヒロインみたいな恰好に加えて、可愛らしさと凛々しさを元に作られたものだが本人はとても嫌がっている名前だ。それを最愛は雫から以前から聞いており、あろうことか真由美のことを敢えてエルフィン・スナイパーと―――しかも半笑いのオプション付き―――呼ぶものだから、前回の件もあり真由美から苦手意識を持たれている。達也もそれを知っているから忠告だけするのが精一杯だ。
しばらく真由美の姿に熱狂していた会場だが、それも開始が近づくにつれて静寂に染まっていく。ヘッドセットをつけているため観客が少しぐらい騒いでも選手には関係ないが、これはマナーの問題だ。
真由美の集中力と気迫、それを助長するかのような静けさに緊張感が漂う。
開始のシグナルが点った。
軽快な射出音と共に、クレーが空中を翔け抜ける。
「速い……!」
思わず呟いた雫の一言は、真由美の魔法に対する感嘆だ。
真由美は真っ直ぐに立ってCADを構えている。
銃身から弾を打ち出しているのではないのだから照星に視線を合わせる必要はない。CADには最初からマズルサイトもスコープもついていない。
その立ち姿はむしろ、弓の構えに似ていた。
射出数は五分間に百個。連続して撃ちだされるものもあれば、十秒以上間隔を置いて撃ちだされるものもある。縦横無尽に飛ぶ不規則なクレーを、真由美は一個のとりこぼしもなく個々に撃ち抜いていく。
五分の試技時間は、あっという間に終了した。
ゴーグルとヘッドセットを外し、客席の拍手に応える真由美。
結果はパーフェクトだった。
「ドライアイスの亜音速弾、ですよね?」
拍手を送りながら訊ねた深雪に、達也が笑顔で頷いた。
「そうだ。良く分かったな」
「……そのくらい、あたしにも分かったんですけど……」
「同じ魔法を百回も見たら、何かぐらいは超分かりますよね」
不満気なエリカに同意を示したのは最愛。最愛の言う通り真由美が使った魔法は一つで、しかも基礎的なものだ。決まりの悪そうに顔を逸らした人もいたが、それを確認しても誰も触れることは無かった。
「遠隔視系の知覚魔法『マルチスコープ』。実物体をマルチアングルで知覚する視覚的な多元レーダーの様なものだが、そこから入る情報を処理するのは自前の頭だ。余程マルチサイトの訓練を積んだのか、それとも天性なのか……十師族直系は伊達じゃない」
「あれ私的には超気持ち悪いので使って欲しくはないのですが」
ずっと見られているという感覚は人によっては気持ち悪いと感じてしまう。最愛もその一人であり、悪意が無くとも嫌なものは嫌なのだ。達也もそれは同感であるが、風紀委員という立場やその労力を考えると口が裂けても言えない部分でもある。
次の会場へと向かうために最愛達は席を立ったが、腑に落ちていない表情のレオ。
「一つ気になるんだけどよ、この真夏の気温でドライアイスを作るのも、それを亜音速まで加速するのも相当なエネルギーが必要なはずだぜ? いくら魔法がエネルギー保存法則の埒外だからといって、それだけの事象改変を伴う魔法の負担は大きいだろ」
「魔法はエネルギー保存法則に縛られず、事象を改変する技術だ。だが改変される側の対処物まで、エネルギー保存法則から自由になっているわけじゃない。物理法則ってヤツは結構頑固なもので、魔法という理不尽な力の干渉を受けても、何とか辻褄を合わせようとする復元力が働くんだよ。今回で言うならドライアイスを作ってそれを加速させる魔法は、形成過程で奪った分子運動エネルギーを固体運動エネルギーに変換して物理法則を欺いているんだよ」
「魔法行使を『事象を改変する』とは超上手く言ったものですよね。達也の言っていることだと腑に落ちませんが、この一言があるだけで超説得力が増します」
「上手く騙されているような感じは抜けねえが、確かになあ」
全員で次に行われるバトル・ボード会場へと向かいながらも魔法の根幹にある理論についての話し合いは行われ続けた。
こういう哲学的な話は一人の有識者がいることによって深く掘り下げてしまうのは、やはり人間の好奇心から来てしまうのだろう。その議論はバトル・ボード会場につくまで絶えることはなかった。
初戦を鮮やかな白星で決めた一高。だが次のバトル・ボードもまた、本命だ。
バトル・ボードは人工水路の長さを百六十五センチ、幅五十一センチの紡錘形ボードに乗って走破する競争競技だ。ボードに動力はないため魔法を使ってゴールを目指す。水路に統一された規格はなく、九校戦は全長三キロの人工水路を三周するコースとなっている。
水路には直線や急カーブ、上り坂や滝上の段差まで設けられているため、選手の純粋な魔法力は勿論、それを維持する精神力、集中力、コースの適応力、最大速度時速で五十~六十キロの向かい風に耐える持久力、そしてバランス感覚が試される非常にハードな競技だ。予選は一レース四人で六レース。準決勝は一レース三人で二レース。三位決定戦は四人で、決勝レースは一対一で競う。
ちなみにバトル・ボードに限らず、モノリス以外の競技は全て二十四人で行われる。
九校が三人ずつエントリーしたら二十七人だが、前年度の当該競技順位によって足切りにされるためだ。
スタートラインには既に四人の選手がスタートライン―――ラインはひきようもないが―――に横一列で並んでいる。四人並ぶと狭く感じる水路の中側に、摩利は位置取っていた。他校の選手が片膝や膝立ちで構える中、摩利は真っ直ぐに立っている。この時点でも摩利のバランス感覚がどれ程良いのかを物語っている。前年度優勝という話は伊達ではないということか。この時点で他校の選手は戦略で優位に立てない限り摩利に勝つことはできないことは、競技を見たことの無い最愛にも分かった。
前列には相変わらずの熱狂的なファンがいるが、真由美は少年色が強かったのに対してこちらは黄色い声援が大きい。摩利のボーイッシュな顔立ちに凛々しい立ち姿は、それだけ同性を魅了していたのだ。
だが最愛の隣に座る少女は、真逆の感情を抱いているようだ。
「エリカ、摩利が超苦手ですか」
「……はっきり言って嫌いよ」
「まあ優しい最愛ちゃんは超偉そうな態度が気に喰わないということにしておいてあげます」
直球の質問に直球の回答。敢えて聞かなかった―――達也は知っていたようだが―――面々を他所に、いつも通りのテンションでふざける最愛。今日に限っての話ではないが、この胆力には尊敬の念すら覚える。
『用意』
スピーカーから、合図が流れる。
空砲が鳴り、競技が始まった。
しっかりと魔法を説明してくれる達也くん。その魔法の理論、たとえば移動魔法は空気抵抗を推進力に変化しているのかな。