九校戦三日目。
今日はバトル・ボードとアイス・ピラーズ・ブレイクの決勝まで行われるが、今最愛がいるのは競技場ではなく訓練場。少し無理を言ってとある人物を呼び出していたのだ。
「よう絹旗。待たせたな」
「おはよう、絹旗さん」
訓練場に現れたのは桐原と紗耶香。最愛が呼び出した二人だ。
昨日の今日で呼び出したのに快く受け入れてくれた二人には感謝している。勿論、今からやることを手伝ってもらうことが前提の感謝だが。
「頼んだものは超持ってきましたか?」
「ああ、ラケットと低反発ボールだろ? まだ練習が足りなかったのか?」
「そういうわけではありませんが、超試したいことがありまして」
そう言って地面にサクサクと枝を突き刺していく。軍の施設だからもっと丁寧に扱えと思わなくもないが、相手が最愛なら仕方ないかという謎の納得が感じられたためそのまま見守る。
最愛が今からやることは、簡単に言ってしまえば手の内を見せることと同義。だが今の胸中はそれでもいいやと思えるほどに、熱いものが込み上げていた。
「桐原、昨日は超頑張りましたね」
「お、おう。最愛のおかげでスタミナがついたからなんとか行けたって感じだな。それにしてもまさか褒められるとは思ってなかったぜ」
「超素直な感想です。桐原は九校戦に超勝ちたいですか」
「当然だ」
「私は正直、超どっちでも良いと思っていました」
驚いたような表情を浮かべる桐原と紗耶香。事情を知らない者は最愛も九校戦を勝ち抜きたいんだ、優勝したいんだと思われているだろう。だが実際は真逆。負けても良いなら一回戦で負けたいぐらいだ。わざわざ能力を見せる必要はないというのが最愛の結論だった。
―――昨日までは。
桐原の勝ちに対する執念は知らないわけではない。練習の時もそれは感じていた。だが第三者としてその光景を目撃して、絶対に負けないという執念と三回戦を戦えない桐原の無念をしっかりと感じ取っていた。
らしくないな、と最愛自身も思っている。
しかしたまにはこういうのも良いのではないかとも思っている。
「ですが今は、超優勝したいと思っています。対戦相手が師補十八家だとか『
「百家相手に関係ないと言えるお前が羨ましいよ……まあつまり本当は勝つ予定ではなかったけど、気が変わって勝ちに行くことにしたということか?」
「少し違いますよ桐原。勝ちに行くのではなく超勝つんです」
断言した最愛の目は今まで見たこと無いほどに本気だった。
サラサラと大まかにクラウドで使うコートと同サイズのコートを書いていく最愛。
「ネットはありませんが超仕方ありませんね。桐原は反対のコートにお願いします。紗耶香は桐原の後ろの方でボール拾いをお願いします」
「分かった」
「分かったわ」
桐原は籠に入れた低反発ボールを持って枝が刺さっている対面のコートへ、紗耶香がその後ろについて最愛を見る。だがその最愛の姿に、どうしても疑問を感じてしまう。
「おい絹旗。ラケットは使わないのか?」
「超使いません。百聞は一見にしかずですよ桐原。本気でコートに打ち込んでみてください」
「分かった」
それが桐原にとって地獄の始まりだった。
最愛の最終調整は昨日死力を尽くして戦ったことを知っていてなお、中断の着信音が鳴るまで続いたのだ。
♦ ♦ ♦
連絡を受け取った最愛達は訓練場を飛び出し、一高本部へと駆け込んだ。
最愛は深雪や雫、ほのかから。桐原は服部、紗耶香はエリカからそれぞれ同時に近いタイミングで状況を教えてもらった。それは摩利が準決勝のレースで七高の選手と衝突して肋骨骨折という重傷を負ったというもの。関りが薄い最愛はまだしも、桐原や紗耶香が見過ごせるものでは無かった。
真由美は搬送に付き添っているため不在で、克人が現場の混乱を抑えるべく冷静に対処を行っていた。桐原と紗耶香はその克人の元へ、最愛は克人がどちらかといえば苦手なためメールで状況を教えてくれた同級生を探す。
しかしその姿は何処にもない。
加えるなら達也の姿もだ。
達也ならこういったことに必ず巻き込まれると思っていた最愛のあては、全て外れてしまった。
考えられる可能性はいくつか挙げられるし、関わっていない可能性もある。だが深雪たちが観戦していたという事は、達也も同席していたということだ。ここまで深刻な状況だということは単なる事故という訳でも無い。しかし本部に居ない。聞いた話では付き添いは真由美一人だ。つまり達也は最愛の知らないところで何かしら関わっているということだろう。あんな秘密主義なのにどうしてこんなに動くんだ……なんて思わなくもないが、よく考えれば不利益しかない勝利のために先程まで練習していた最愛が言えることでもなかった。
しかしこれで作戦スタッフは頭を悩ますこととなるだろう。
優勝確実とまで言われた摩利のバトル・ボードは結局三位。二位の三高は決勝レースまで残っており、加えて摩利はミラージ・バットの出場選手でもあったがそれも棄権。
さらに三高は全体的に高い順位を維持しているためポイントが縮まってきている現状がある。どちらにしろ最愛が考えても仕方のないことだ。
結局何もすることがないため何食わぬ顔でホテルへと戻り、何食わぬ顔で『衣食住』のイベントを済ませた最愛。全員が働いている中新人戦のイベントが近いという口実―――使うことは無かったが―――を建前に早々に寝る準備をしていたが、寝る前になってようやく顔を合わせた深雪によって深雪がミラージ・バットの本戦に出場することが決まったことを聞いた。
どうやらその後に退院した摩利と真由美、克人たちから通達があったみたいだが、達也の深雪なら優勝することも可能だという後押しが余程嬉しかったらしく、嬉々として伝えてくれた。
そうして迎えた翌日。
波乱を呼ぶ新人戦がついに開幕した。
♦ ♦ ♦
大会四日目。
本戦は一旦休みとなり、今日から五日間は一年生のみで勝敗を競う新人戦が開幕する。
ここまでの成績は一位が第一高校で三百二十五ポイント、二位が第三高校で二百二十ポイント、三位以下が団子の状態だ。
一位と二位の差は百五ポイント。一高が大きくリードしている状況だが、新人戦の成績次第では三高が逆転する可能性も秘めており、逆に新人戦を優勝できなくてもポイント差をある程度維持できるなら一高が総合優勝できる可能性が高くなる。
新人戦の種目順は本戦と同じだが、本戦と違ってスピード・シューティングは初日で決勝まで行われる。その理由は開会式の有無によるものだが、選手としては本戦よりも力配分が大切になるためむしろハードな種目になっているとも言える。
そして同時並行種目にバトル・ボードがあるのだが、雫とほのかの種目は奇跡的に被らなかった。大会側も同高校選手の種目は可能な限り被らないように調整しているようだ。
ちなみにただ被っていないという訳ではなく、雫は午前でほのかは午後の予選最終レースのように見に行ける猶予があるという意味で被っていない。
一高新人戦の初戦は雫が飾り、そこから知っている名前ではエイミィ、Cクラスの滝川和美と続いていく。和美は以前温泉にも一緒に入ったが、他人以上友達未満という関係だ。いや最愛にとって大半が友達未満ということだからむしろ普通の関係と言えるか。
だが今から試合を行うのは数少ない友人である雫。
思惑や策略が大半であった最愛にとっては初めて応援しに来たと言えるだろう。
加えるなら今回達也がメインエンジニアとして戦う最初の試合だ。CADというものに全く触れてこなかった最愛ですら卓越した技量を持っていると判断できたその力が、九校戦メンバーという実力者を伴って表舞台に現れる。
最愛はこの三か月、常に魔法の練習は行っていた。雫やほのかに教えてもらえる点や元がゼロのため伸び代しかない点を考えればその成長速度も頷ける。だが魔法力はあくまでも二科生の範囲内だ。しかしそんな最愛でさえ、達也のCADと得意分野、そして相手が普通のCADを持つという断定的な条件ではあるが、ほとんどの一科生を完封できるといえばその技量が伝わるだろうか。
そんなCADを作れる達也が九校戦メンバーのCADを担当、そして作戦の立案を行うとしたら―――どんなに運が無くても三位入賞は堅い。
事故の要因も事前に取り除くはずだ。
深雪曰く昨日の事故は第三者によってレース場に仕掛けが施されていたらしく、それと七高選手のCADに細工が施されたことにより招き起こされたものらしいのだが、予選ではCADに細工をするか直接手を下さなければ邪魔は入らない。
しかし達也がCADの異常を見過ごすわけも無く第三者の横やりは不可能に近い。
つまり安心して試合を見られるという訳だ。
結論も出たことで多少の達成感を胸に、周囲を見渡す。
上段部には真由美や摩利、鈴音がいる。雫の、というよりは達也のエンジニアとしての腕前を見に来ている可能性が高い。理由は達也だからで案外納得がいく。
同列には幹比古、美月、最愛、ほのか、深雪、エリカ、レオという順番で座っているのだが、どうも隣人の様子がおかしい。
「どうしました、ほのか。超緊張しているみたいですが」
「う、うん。ちょっとね」
「ほのかのレースは超午後からじゃないですか。何のために雫の試合を超見に来たのですか」
「分かっているんだけど……」
「超ダメみたいですねこれは……」
どうやらこの場にいる面子では緊張をほぐすことは不可能に近いらしい。達也か雫の試合で紛らわしてもらうか、確実なのは前者だが現実は後者が一番手っ取り早い。
「最愛は……」
「どうかしました?」
「うん……最愛は緊張していないの?」
「少しはしています―――と超言いたいところですが、全くしていないですね」
「凄いよね最愛は」
「超経験の差です。こればかりはほのか自身が超慣れるしかどうしようもありません」
「そうだね……」
「それに本番は達也が超見てくれると言ってくれたじゃないですか。それに作戦も達也が考えたらしいですし、超大丈夫です」
「うん、そうだね。達也さんが考えてくれたんだもん……」
本人がいなくても効果は絶大だった。
達也というワードそのものがほのかにとっては特別な存在というだが、恋というものはそこまで人を変えてしまうのか。最愛も年頃の女の子だからそういったことには前から強い興味を抱いていたが、中々機会に巡り合わない。
巡り合わないではなく、無縁の生活を送っていただけだが。
「さあそのまま試合を超見ましょう。始まりますよ」
「そうだねっ」
ほぐれたというよりは抑え込めるだけの余裕が出来たという感じか。
これなら本番も大丈夫だろう。
ランプが一つずつ点っていく。
「ありがとうね、最愛」
聞こえてはいるが、聞こえていないフリで。
そのお礼は何故か素直に受け取れる気がしないのだ。