新人戦も二日目に突入した。
本日は九校戦のメイン競技でもあるアイス・ピラーズ・ブレイクと最愛が出場するクラウド・ボールが開幕する。
アイス・ピラーズ・ブレイクは予選のみ、クラウド・ボールは午前で決勝まで行われる。
新人戦は男女ともに三高の実力が高い。
十師族である
名前だけなら九校戦でも圧倒的だろう。
クラウド・ボールは午前で終わるという事もあり、過密スケジュールだ。
エンジニアは中条あずさ。
昨日バトル・ボードを一緒に見ていた二年生で、最愛と身長が同じで親近感が湧く見た目をしている。あずさもあずさで何か近いものを感じているのか、親しい関係を築けている。
「絹旗さん、ついに本番ですね。作戦はまだ話してくれないんですか?」
「見てのお楽しみです。信頼していないのではなく、一つのショーとして超楽しんでください」
「絹旗さんがそう言うなら構いませんが……」
最愛は作戦を誰にも話していない。
作戦スタッフの鈴音は勿論、摩利にも、真由美にも、あずさにも、達也や深雪、ほのかや雫にも言っていない。本当に誰にも話していない。
一高的には真由美に勝つ可能性を持つ一年生。
身内的にはそれに加えてようやく最愛の実力が見られる機会。
そんなこともあり、一高の主要メンバー全員がアイス・ピラーズ・ブレイクよりもクラウド・ボールを見に来るという異常事態が起きていた。
「注目されているねぇ、最愛」
「……よく考えたら私、最愛の魔法について全く知らない」
「え、ほのかも最愛の魔法は分からないの?」
エリカの質問はもっともだろう。
それ程ほのかの呟きはとても意外なものだった。
「うん。最愛の魔法は私も雫もあまり詳しく知らない。おおまかにどういう魔法なのかぐらいしか分からないよ」
そういう顔色はあまりよろしくない。
ほのかにも思うところがあるのだろう。
気落ちしそうなところにすかさず深雪がフォローに入る。
「でも仕方ないと思うわ。最愛、全く魔法を見せようとしないもの」
「そうだね。私も最愛の魔法見たこと無いかも。このバカが手を握られて痛がっているのはよく見るけどね」
「あれマジで痛いからなあ。俺じゃなければ手が粉々になっているぜ、本当に」
魔法師にしろ魔法師ではないにしろ、レオの体格は高校生という枠組みを超えている。
そのレオをあの小柄な体格でねじ伏せるという所業は、やはり魔法なのだろうがどういう魔法なのか皆目見当もつかない。
「そういえば深雪は向こうに行かなくても良いの?」
「私は予選の最後。最愛のクラウド・ボールが見てみたいのは勿論あるけど、雫やエイミィに変な気を使わせないというのもあるわ」
気を使わせないというのは嘘ではないが、雫やエイミィよりも達也にという面が大きい。
それに、最愛の魔法はやはり気になる。
「それにしても凄いね最愛は。生徒会長に風紀委員長、作戦スタッフに部活連会頭まで直接会場に来るのは間違いなく異常だよ」
幹比古の呟きは当然だろう。
真由美や摩利、鈴音はともかく、克人が会場にやってくることは滅多にない。
他には桐原や紗耶香もいる。
一高三年生勢揃いに観客席はざわつき、最愛に対する期待はどんどん高まっていた。
その最愛は片手にラケットを持ち、腕にブレスレット型の汎用型CADを携えている。
汎用型CADという面以外はクラウド・ボールにおいてラケットスタイルの基本スタイルとも言えるだろう。
対する相手は魔法スタイル。
「最愛はCADを使うつもりなのかな」
「たぶんフェイクだよ。最愛に自己加速術式は必要ないもん」
「まあお手並み拝見ってやつだな」
レオの言葉はこの場に限らず全員の共通認識だ。
開始時間になり、会場は静まり返る。
ランプが一個ずつ点っていき、三つ全てが点灯した。
それと同時に低反発ボールが射出。
対戦相手はそれがコートに侵入すると同時に、真由美が使用したダブル・バウンドを用いて撃ち返した。
刹那、ボールライン上に現れる人影。
一振りのラケットから放たれた、迅速の球は相手の真横を通り過ぎ、壁に反射してネットにまで転がる。
その状況を飲み込めたのは、深雪、真由美、克人等最愛のクラウド・ボールを見たことがある者のみ。
対戦相手ですら、茫然としていた。
0.5秒ごとに加算されていく点数。
ようやく復帰した対戦相手は加重魔法でボールを飛ばし加速魔法で最愛のコートを狙うも、即座に身体横を通り過ぎた剛速球に完全に恐怖を感じている。
クラウド・ボールはその性質上、特化型のCADを用いることが主となる。
そして特化型CADにインストールできる起動式はたった九つであり、その魔法一つ一つがとても重要だ。
そんな重要なリソースを裂いてまで防壁の魔法を入れている選手が、一体どれほどいるだろうか。
正解は一人もいない。
プロテクターを付ける程度で、当たっても死にはしないの精神が基本だ。
しかし最愛の打球は、そんな精神を軽く脅かした。
外野から注意してみてようやく影が視認できるレベル。
あんなのがもし顔にでも当たったら、痛いで済むのだろうか。
だが相手も九校戦の選手。
恐怖を振り切りなんとか返球をしようとするも、最愛はその勇気すらも粉砕した。
最愛の撃ち返した打球が、右腕に当たったのだ。
CADを落とし、あまりの痛みに
そこで試合終了のブザーがなった。
これ以上は危険だと、大会委員が判断したのだろう。
真由美や克人が立ち上がり、足早に競技場を出ていく。
あまりにも衝撃的な内容は競技場全体を騒然とさせるに十分だった。
♦ ♦ ♦
最愛の二回戦が始まる直前に真由美と克人は戻ってきた。
真由美のまだ何か納得していないような雰囲気からしても、最愛の控室に殴りこんだことが容易に想像できる。
魔法師にとって恐怖という存在は非常に大きい。
恐怖によって魔法が行使できなくなることも珍しくない。十師族としてそのような行為は容認できなかったのだろう。あそこまで私怒っていますアピールは今まで無かったのではないか。
一回戦から二回戦の間隔は他の競技と比べれば非常に短いが、最愛の一回戦はあっという間に広まり、一目見ようと観客が大勢押し寄せてきていた。
最愛がコートに姿を現す。
観客がどよめいた。
「あれ、最愛ラケットは?」
「持っているのは特化型CAD……だね。何するんだろう」
最愛が持っていたのは小銃形態の特化型CAD。
クラウドは魔法かラケットで相手のコートへ落とせば良いというルールだ。
試合によってラケットスタイルと魔法スタイルを切り替えてはいけないという規則は無いが、最愛は二科生。一高としてはBS魔法では無くCADを使った普通の魔法でどこまでやれるのか、観客としては次にどんなビックリショーを見せてくれるのか。
そこでふとエリカが気付く。
「待って。相手のCADが汎用型になっている」
「本当だ。でもあれを見せられたら特化型CADは持てないよ。あれが魔法によって起こされたものである以上、その魔法に対応するのが選手でありエンジニアの役目だ」
厳しいことだが、幹比古の言う通りだ。
未知の対応力も九校戦メンバーに必要な力。
観客のボルテージは既にマックスだ。
その熱気に流されるがままに、二回戦の火ぶたが切って落とされた。
射出された低反発ボールは最愛のコートへ。
それを最愛は圧縮空気弾で弾き返す。
弾き返されたボールはネットを越えたと同時に追随する圧縮空気弾により加速。相手の魔法が発動する前に上方から新たに生成された圧縮空気弾によって、ネットを越える直前に
そして動きが消えるコート上。
相手の選手が魔法を発動しようと試みているが、その魔法が発動する兆候はみられない。
ボールに魔法が発動しているのは分かるが、何を行っているか傍らからでは全く理解できない。
「ねえほのか、最愛の得意魔法は収束魔法だったよね」
「そうよ、エリカ。九校戦に出場することが決まってから最愛はとにかく収束魔法の練習をしていたの。元々収束魔法だけなら一科生にも負けないレベルの干渉力があったから、長所を伸ばすことにしたらしいのよ。たぶんネットに硬化魔法を使っていると思うんだけど……」
その尻すぼみは硬化魔法を使っているかどうかというものではなく、信じられないといったものだ。
最愛はネットに硬化魔法をかけてボールとネットの座標を固定しているのだ。そして相手はその硬化魔法を突破できずにいる。
だがその流れに持って行く技が、ほのかの尻すぼみになった原因だ。
「……圧縮空気弾で打ち返して、追撃で加速させたボールをネットの白い帯に直接叩き付け、相手コート側のネットに落としたってこと? それって口で言うのは簡単だけど実際やるなんて無理じゃない?」
「私もそう思う……けど最愛は空間把握能力が異常に高いの。数学的連鎖を全て把握する程適性があったなんて私も昨日まで知らなかった」
「げ、あれを全て把握していたのかよ」
「確かに最愛は連鎖が見えていたとしか思えない発言をしていた……あれを把握できるほどの空間把握能力があるなら、確かに可能……なの?」
未だ引っかかりが取れず信じられない様子のエリカ。
だが昨日の発言でも確かに連鎖を見切っていた節があったため、信憑性は高い。
しかしまだ腑に落ちない点もある。
「でもそれって一球目だけにしか使えないよね。二球目以降はどうするつもりなんだろ」
魔法を同時に発動するマルチキャストは高等技術であり、当人の演算能力に大きく依存する。基本的に二科生にできるような芸当ではない。
「それは……私にも分からない」
「見ていれば分かるわよ、エリカ、ほのか」
「なになに、深雪は知っているの?」
「ええ、クラウドで最愛と対戦したことがあるもの」
そんなに言われたら期待するしかない。
二十秒が経過し、二球目が射出される。
二球目が射出されれば再び圧縮空気弾で対応しなければならない。
そうなればボールをコートに留めている魔法は解く必要がある。
その魔法が解かれれば最愛は圧縮空気弾で二球、三球と対応することになり、一球目で三十点獲得したとはいえ巻き返されかねない点数だ。
射出されたボールは移動魔法によって不規則な弧を描きながら最愛のコートへと侵入し、圧縮空気弾によって打ち上げられた。
それを待っていたかのように相手は魔法を発動させようとするも、魔法が発動しないのだ。
そして圧縮空気弾によって打ち上げられたボールは再び上方から飛来する圧縮空気弾によってネットに叩き付けられ、再び相手のコートとネットに固定される。
その一連の流れを見て、観客全員がついに最愛の作戦を理解するに至った。
「最愛ってマルチキャストもできたのね」
「ええ。私もクラウドで対戦するまで知らなかったわ。お兄様が手掛けた特化型CADを使い、飛び抜けている収束魔法の干渉力と圧倒的な空間把握能力。そして相手は汎用型CADで魔法速度も負けている。全てが後手ね」
「相手のコートや選手に干渉する魔法はレギュレーション違反だが、ネットなら問題ない。それを利用してネットとボールの相対座標を固定した結果コートにボールが固定される状況を作ったということか?」
「正解よ、西城君」
深雪は正直、これを見た時にうすら寒いものを感じた。
頭が良いとかそんなレベルではない。
演算能力だけなら最愛は自身よりも秀でている可能性がある。
最愛の魔法力が弱かったが故に深雪は完勝できたが、最愛にもう少し魔法力があったら深雪も今のような状況になっていたかもしれない。
BS魔法だけでなく純粋な魔法技能の面においても、その使い方という面においても底知れない実力を垣間見た気がしたのだ。
♦ ♦ ♦
「こんな短期間でここまで精度を上げていたなんて……」
「どういうことだ、真由美?」
真由美の心底呆れたような声に摩利が反応する。
摩利は圧縮空気弾でボールを正確に操りネットに硬化魔法をかけて固定するという驚愕の作戦に冷や汗を流していた。その要因の一端を真由美が握っているというのだろう。
「摩利は私が絹旗さんの魔法を定期的に見てあげていたのを知っているわよね」
「ああ、十文字と真由美に教えられている奴なんて当然知りたくもなる。まさか絹旗だとは思わなかったがな」
摩利の好奇心は本当にどうしようもない。
「絹旗さんは収束魔法に素晴らしい適性があったわ。けど圧縮空気弾は知識として知っているだけで、魔法そのものは使えなかったの」
「何!? この短期間で使えなかった魔法をあんな精密射撃ができるようにまでなったっていうのか!?」
「そうよ。しかもサイオン量は決して多い方じゃないし他の魔法も平均以下。でも収束魔法に限って言えば、一科生並みの干渉力を持っている完全特化型。しかも私は絹旗さんがあんなに空間把握能力に長けていたなんて知らなかったし、マルチキャストが出来ることも知らなかったわ」
考え込むような仕草で試合を見詰める摩利。
一セットも終盤だというのに試合は膠着状態。
だが両者の点数は今まで見たことも無いような点数になっている。
ボールは相手コートのネットにぴったりとくっついているのが四個、最愛のコートに転がっているのが四個。
両者共に毎秒八点ずつはいる計算であり、それを序盤から行っている最愛の点数は四桁を突破していた。
「最初ネットに硬化魔法でボールを固定させて、硬化魔法の干渉が一試合保てながらも試合に勝てるラインを見極め、絶対に勝てるところまで来たら自陣のボールも放置して硬化魔法に集中。絹旗さんは動かなければネットの位置は常に一定という利点を生かして最速で硬化魔法を撃てるように設定しているため、速度さえ勝てれば干渉力でどうにでもなる。ネットまでは圧縮空気で相手の虚を突く軌道を描きながら自身の演算能力を頼りにネットまで運ぶ……はっきり言って何もかもがめちゃくちゃですが、それを成り立たせてしまったという事ですね」
鈴音も呆れたように今起こったことを端的にまとめた。
第一セットが終了。
少しの休憩を挟んで、第二セットへ移行する。
「さて、相手は特化型CADの調整もしっかりと行っていたかな」
「もしかしたらやっているかもね」
だがこの試合は既に最愛のシナリオ通りに進んでいる。
何をやっても結果が覆ることは無いだろう。
「お、どうやら特化型CADを準備してきていたみたいだな」
「ええ。でも無駄よ」
結果は覆らなかったみたいだ。
出てきた最愛はラケットを握り、汎用型CADを腕に付けている。
ここからでも選手が絶望した顔になっている。
対して最愛は口角を吊り上がらせて仁王立ちしている。
そこで、ブザーが鳴った。
第二セット開始では無く、対戦相手が棄権して試合終了を表すブザーだ。
「なんかラスボスみたいだな……どうした真由美」
「……ううん、何でもないわ」
「そうか」
チラッと沈黙を貫いている克人を見た真由美。
克人はただ首を振るだけだった。
最愛を九校戦に出したのは失敗だったかもしれないなんて、真由美が言えるはずもなかったのだ。
暴走機関車最愛