魔法科高校の絹旗最愛   作:型破 優位

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戦略

 第一セットが終わり、両者共に控室へと戻った。

 準備されていた飲料水を手に取り、喉の潤いと身体の冷却を一気に行う。

 ふぅと一息ついて椅子に座ると、

 

 

「お疲れ一色。これで腕も冷やしておいたら?」

 

「あ、ありがとうございます、水尾先輩」

 

 

 スッと渡されたアイシングを有難く受け取り、疲労が蓄積された右腕へと当てた。

 三高三年、水尾佐保(みずおさほ)

 今大会では本命が二人不慮の事故に見舞われたとはいえ本戦の優勝をしており、人当たりの良さから後輩たちに慕われている女子生徒だ。

 

 

「ボール重そうだったね。あそこまで押される一色を見るのは初めてだよ」

 

「はい。ただの自己加速術式ではないですね。しっかりと軸を作らないとラケットが押されて簡単に攻め込まれてしまいます」

 

「……気にしているね。最後のはどうしようもないよ。あんなことできるなんて誰も知らなかったんだから」

 

 

 結果的に一セット目を取ったのは最愛だった。

 点数は四十二対三十三。

 本来ならあのまま追い抜いて十点は差を付けられる予定だった。

 だが結果は一度も追いつくことができることはなく、

 

 

「手で返球なんて芸当、初めて見た」

 

「私もです」

 

 

 完全に背中を捉えたと思った八球目。

 最愛はCADに触れる動作をした後、右手はラケットで、左手は素手で返球するという暴挙に出た。CADによるマルチキャストと言われればそれまでだが、魔法の兆候を最愛からは感じられないしそもそもの話CADは操作したのかどうかも怪しい。だがそれが魔法であると、その場の全員が断定した。

 

 

「左手を(かざ)すだけで打球速度は変幻自在。コントロールも悪くありませんでした」

 

「BS魔法の可能性か……もしかしたらボールの威力もBS魔法が関係しているかもしれないね」

 

 

 クラウド・ボールは魔法またはラケットでボールを返して得点を競う競技。

 はたく仕草をして返球したのならまだしも、翳しただけであそこまでの打球速度を生みだすのは魔法でしかできない芸当だ。

 それ故に厄介極まりない。

 そんな魔法など二人の知識の中に存在しないのだから。

 

 

「仮にBS魔法だとしても、絹旗さんは普通の魔法も卓越しているわ。圧縮空気弾をあそこまで精密にコントロールできるのは脅威ね」

 

「実際に撃ち合った感触からして、もしかしたら圧縮空気弾を手から直接出しているのかもしれません。ただその場合汎用型CADに見えるアレは実は特化型であったという可能性が出てきます」

 

 

 実体験や情報から考察を落とすも要素が多すぎて逆に手がかりが掴めない。

 愛梨はアイシングを腕から離し、身体をあまり冷やさないようにストレッチを始めた。

 

 

「それもあり得るけど今のところ断定は危険だね。全てを警戒して戦うしかないよ」

 

「そうですね。どちらにしても向こうが圧縮空気弾で攻めてこようがBS魔法で攻めてこようが、私がやることは一つです」

 

 

 時計を見上げ、立ち上がった。

 休憩時間の終わりだ。

 

 

「相手より一点でも多くとって勝つ。もう不覚は取りません」

 

「うん。一色なら勝てるよ。いってらっしゃい」

 

 

 絶対に負けられない。

 強い決意表明を残して、愛梨は控室を出た。

 蒸し暑い熱気の中コートで向かい合う二人。

 出迎えるのは、その蒸し暑さを吹き飛ばすような熱狂的歓声。

 

 第一セットは完全に愛梨勝利ムードだった流れを最愛が断ち切って勝利を収めるという波乱の展開を起こし、競技場は大いに盛り上がった。

 競技場の注目は最愛へ向けられる。

 一回戦、三回戦、先程の試合とラケットを使った最愛だが、魔法主体の試合も二回戦で行っていたのだ。

 視線は最愛から、その手に持っているものへと転化される。

 コートに立ち試合開始を待つその右手に握られているのは、一セット目同様のラケットと汎用型CAD。そして、左手には二回戦目で使用した特化型CADが携えられていた。

 本日何度目かのどよめきと困惑が徐々に競技場を支配し、しかし最愛ならもしかしたらという期待へと変換されていく。

 そんな競技場の雰囲気に対して、最愛と愛梨はただお互いを見つめ合っている———愛梨が一方的に睨んでいるようにも見えるが、本人にその意思はない———だけだった。

 苦汁を舐めた者と、舐めさせた者。

 巻き返しを狙う者と、逃げ切りを狙う者。

 両者の思惑と熱気が渦巻く第二セット開始のランプが、点った。

 

 

 

♦ ♦ ♦

 

 

 

 開始のブザーと共に最愛のコートへボールが射出された。始まったのは、一セット目と同じ最愛の力押しプレイ。だが先程とは違って最愛はCADを左手にも携えている。

 CADの同時操作(パラレル・キャスト)

 魔法を行使する際に自然発生する想子(サイオン)波動というものが複数のCADから発せられることによってお互いが干渉を起こし、魔法が発動できなくなるために高難易度の魔法技術とされている。

 本当にそれができるのかどうか。

 その答えは、すぐに分かった。

 二球目が愛梨のコートに射出された。

 それを最愛の打球と被らないように音速でラケットを振り抜いた愛梨だったが、細かな変化しか見せなかったその表情がついに大きい驚愕へと変わった。

 最愛が初球を振り抜いたと同時に窒素装甲(オフェンス・アーマー)を解除、圧縮空気弾を用いてネットを越えた瞬間に愛梨のコートへと叩き付けたのだ。

 

 これが真由美達と特訓した中で得られた一番大きな収穫。

 まだ窒素装甲を使っている時は魔法が使えないが、その切り替えの早さは実戦でも通用するレベルだ。残念なのは実戦で通用する魔法を使えないことだろうか。

 最愛からしてみれば窒素装甲を解除して魔法を発動しただけだが、何も知らない人から見ればどうだろうか。

右腕の汎用型CADでBS魔法を発動しながら、左手の特化型CADで圧縮空気弾を生成した。

 つまり、パラレル・キャストを成功させたように見えるのだ。

 ボールはまだ二球。

 窒素装甲を解除して圧縮空気弾を行使しても、ラケットの打球とランダムでやられたらそのカラクリには気づくことができない。

 

 ネットを越えた直後に相手コートに叩き付ける魔法スタイルと打球速度で押し切るラケットスタイル。その両立が可能だと一セット目で理解した最愛は作戦に移した訳だが、いざやってみるとやはり穴はいくつか存在していたことが分かった。

 まず点数は早い段階から確実に入るようになったが、ボールが軽いため愛梨にカウンターを貰う事が多々ある。基本的に走らされるようなボールを魔法で対処しているのだが、その判断は球数が少ないからこそできることだ。そもそも最愛の魔法は連発して返球するのではなく、硬化魔法と合わせて併用して初めて力を発揮するもの。加えて、愛梨に読まれれば全力のカウンターが至近距離から放たれることになる。そうなってしまっては最愛も返球のしようが無く、失点してしまう。

 それは三球目になれば顕著に表れた。

 最愛の演算ミスにより圧縮空気弾がボールに当たらなかったり、逆に一個外してミスに見せかけて得点をもぎ取ったり、愛梨も最愛の打球に慣れてきたのか一セット目よりも返球の精度が上がっていたりと、先程とは一変して序盤から点数が次々と加算されていく乱打戦へ切り替わる。

 得意の序盤に得点できなかったから失点をしてでも得点を取りに行く。

 先程の試合を思い返すならそれは正しい選択と言えるかもしれない。

 だがその戦法に何とも言えない違和感を覚えるのは何故だろうか。

 

 

「……荒いな」

 

「ええ。序盤に得点を取りに行くのは良い考えだけど、あんな使い方をしていては先に絹旗さんが力尽きてしまうわ」

 

「それに効率も良くない。聞いたところ絹旗の本来の戦い方は先程見せた素手による謎の魔法なのだろう?」

 

「そうね。CADはフェイク。BS魔法は使っているからマルチキャストは使っているけど、はっきり言って使う意味も理由も分からないわ」

 

「敢えてマルチキャストを使っているようにも見える。九校戦で使う可能性があるから、とあんなに練習をしていたのだ。絹旗は最初から使う予定があったということは分かるが、理解はできん。たまに使うことで相手の集中力を散らすものだと思っていたがそうではないようだ」

 

 

 克人の言葉で、摩利と真由美は違和感の正体に気が付いた。

 最愛は自分の想子量が多くないことを知っている。知っているのにも関わらず魔法をあそこまで行使している。それが最愛の作戦なのだろう。

 だからこそ彼等にはその作戦の意図が分からない。

 たとえば魔法を警戒させることで先程よりも序盤を有利に進めて確実にストレート勝ちを狙う、というのならよく分かる。むしろそんな戦術を最初から考えていたのかと称賛を送っていたことだろう。

だが魔法を使い続けることにどういった利点があるのか、何故それを狙っているのか、それら全てが不明なのだ。

 

 

「だが絹旗がそこを見落とすと思えん」

 

「ふむ。つまりまた何かしてくれることに期待という事か」

 

「……一色さんを変に追い詰めないといいけど」

 

 

 真由美の心配は尤もだ。

 最愛には前科がある。愛梨のような優秀な魔法師にもしものことがあれば、それは国としての損失と言っても過言ではない。

 だがそんな心配をよそに球数は四球、五球と増えていった。

 その度に最愛の魔法精度は落ちていき、ラケットでの打球速度も落ちていく。

 想子量や演算は大丈夫だろうが、単純な魔法技能が試合の進行についていけなくなっている。

 

 

「まさか本当に作戦が無いとか言わないよな」

 

 

 摩利の呟きを現実にするかのように点数差は徐々に縮まっていく。

 七球目が射出される頃には一桁まで、そしてものの数秒で点数はひっくり返された。

 また何かするのだろうという秘めた期待に応えることも無く。

 そのまま点数を積み重ねられた最愛は、ダブルスコアで敗北を喫した。

 

 

 

♦ ♦ ♦

 

 

 

 コート上で向かい合う二人。

 両者共にラケットを持ち、片や一環としてネックレス型の特化型CAD、片や両腕に汎用型CADというまたしても新しいスタイルで。戦略を持たず一途に勝利を掴もうとしている愛梨か、戦略を持って多彩な技で勝利を掴もうとしている最愛か。

 注目の一戦もついにクライマックス。

 泣いても笑っても、策が成功しても失敗してもこれが最後だ。

 競技場内は謎の緊張感に包まれている。

 

 コート上の二人。

一切緊張感を表さなかった最愛と愛梨から発せられていたものだった。愛梨は最愛の実在した策(・・・・・)に気が付き、最愛はその策が本当に成功しているのかどうかが量れないでいる。

 それ故に放たれている三種類の違う緊張感。全ての作戦を打ち砕いて勝つという決意の緊張、全ての作戦が上手く行っているのかどうかという懸念の緊張、それに触発された観客の二人とはまた別の何とも言えない多種多様な緊張。

 その全ての緊張が集約する第三セット。

 先の二試合とは異なり、静寂に包まれて幕開けとなった。




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