魔法科高校の絹旗最愛   作:型破 優位

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 前話で勝敗のミスがありました。
 愛梨は全敗です。
 申し訳ありませんでした。


虚像と現実

 時は戻り、クラウド・ボール決勝戦の翌日。

 最愛は荷物を持ちながらとある場所に来ていた。

 

「ここが富士の樹海ですか。本でしか超見たことがありませんでしたが、何と言うか超雰囲気がありますね」

 

 そこは九校戦の会場から程近い富士の樹海、通称青木ヶ原樹海。

 以前からあまり良い噂は聞かない場所でそれを示すかのように人無き物を見かけることはあるのだが、聞いているよりはだいぶ少ない。

 思ったよりも普通の森だな、というのが最愛の素直な感想だった。

 そもそも最愛が何故こんなところに来ているのかと言えば、もう何もかもが嫌になって自らの命を———なんてことはなく、ただ外側から見た富士山とその樹海の景色が綺麗だったため実際に見に来ただけだ。

 生まれも育ちも学園都市の最愛にとっては学園都市の外そのものが非常に物珍しいものであり、実際に見られる機会があったから見に来たという単純な理由に過ぎない。

 

 ただ、そういうことにしている。

 

「超どうしたんでしょうか、本当に」

 

 ぽつりと、最愛が呟いた。

 その呟きは、この世界に来てからずっと感じている違和感だ。

 想子(サイオン)という未知の力があり、魔法という超能力に近しい物があり、魔法が恒常化している。

 学園都市というものがそもそも架空のものなのか、それとも自分が作り出した虚像なのかという思考も過った。

 だがもしそれが虚像なのだとしたら、絹旗最愛という人格は生まれたその瞬間から破綻していることになる。

 自身の人格が破綻しているのはどうしようもないことなのだが、学園都市によって形成されたものだからこそ何とか受け入れているのだ。

 しかしその枕詞が無くなった時、今まで自分が何をしていたのか、何のために身を粉にしてきたのか、今までの全てが瓦解してしまうのは明白。

 何よりもあんな経験が自身の妄想の類と言われる方が耐えられないため、最愛もそれ以上は考えることを止めた。

 でも考えることを止めようとしたところで、自身の異常性を認識させられる機会は無数にあるため否が応でも考えることになる。

 最早呪縛だ。

 その呪縛から、最愛は逃れたかった。

 

 磁石がおかしくなる、迷ったら出られなくなるという話を聞いたため多少期待したのだが、特段何が起きることも無く青木ヶ原樹海を走破した。

 いっそのことそのまま富士山にでも登ろうかと思ったが、流石に冗談が過ぎると思い直して適当に散策することに決める。

 良く考えたら折角外に出る機会があったのに学校ばかりに縛られているのもどうかとは前々から考えていたし、最愛には魔法を学んでいく中でこの現象になる要因として一つ心当たりが生まれたことも理由に挙げられる。

 正直、その可能性は考えたくなかった。

 だが完全に捨てきれるかと言えば、それも無理な話だ。

 

 だから今のうちにこの世界を楽しんでしまおうと決めて、最愛は高校の生活を捨てた。

 その可能性がもし事実だった場合、最愛がこの世界に居られる猶予は長くないと予想ができたからだ。

 今回何故あんなことをしたのかと言えば、高校に自分の居場所を無くすためと答える。

 最愛にとって一つのケジメみたいなものだが、帰る場所があるという感覚が最愛にはなかったこともあって非常に不器用かつ迷惑を置き土産にするやり方になってしまった。

 

 ただ、自分の本性を公の場で見せたこともあってもう退くことはできない。

 人格が変わる魔法など精神魔法以外は存在しないし、自分の人格が変わるだけの魔法など意味はない。

 つまりあれが本性であることは明らかであり、達也や深雪、克人がそれを知れば最愛がいなくなったことの理由は勝手に説明してくれるだろう。

 そして以前の九校戦に出る条件から探すことは不可能ということも含めて、無理矢理ながらも納得させてくれると分かっている。

 しかしそれでも、彼女達は納得いかないだろう。

 

「ほのか、雫はどうして私なんかを超気にかけてくれるのでしょうか」

 

 雫の父親曰く、最愛と雫は遠い親戚にあたるという。

 しかし本当に遠い親戚にここまで親切にしてくれるのだろうか。

 いや確かにほのかや雫はそういう親切にしてくれる部類の人種ではあるが、少なくとも実業家である北山潮(きたやまうしお)が最愛に対して毎月の支払いと称してお金をポンと出すことはあり得ないだろう。

 だからそこに一つのヒントがある可能性が高いとは分かっていたのだが、それを聞いてしまえば保たれていた安寧が崩れてしまうような気がして踏み出せなかった。

 今の生活がたとえまやかしだったとしても、かつて焦がれるほどに渇望していたものだ。

 そう簡単に捨てきれるはずがない。

 

 最愛は徐にCADを取り出して、自己加速術式を展開した。

 最初のころに比べれば見違える程素早くスムーズに発動し、想子の量も増えていることは分かる。

 そして何より、窒素装甲を展開しながらでも魔法の効果が多少は残るようになってきた。

 恐らく無意識下で『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が魔法という概念に少しずつ浸食されているからだと最愛は推察している。

 そしてこの事実こそが最愛にとって最大の不安要素だった。

 

 時期は分からない。

 ただ魔法と超能力が実戦レベルで扱える程度にスムーズに切り替わることはクラウド・ボールで既に証明されている以上、そこに間違いはない。

 そしてもしこの進化が意図されているものだとしたら。

 この世界は当初疑っていた魔術サイドの攻撃ではなく科学サイド、つまり学園都市が行っているのではないのだろうかという仮説が浮上した。

 そしてその仮説から思い浮かび上がるのは、暗闇の五月計画。

 最愛が今の超能力を植え付けられた実験であり、当時頓挫したと思われていた計画が改悪を経て再び始動したのではないかというもの。

 

 全てはあくまで仮定でしかない。

 だがその仮定ならば、起きた時に準備されていた家や資金等の環境も、雫やほのかという高校生活を鮮やかに彩る親友の存在も、親戚がいるという今までこの世界に最愛が居たのかのような根拠も、そして魔法という分類に超能力という分類があることも、自身の能力が事実上の進化を遂げていることも———。

 その全てが嫌という程綺麗に繋がってしまい、逃れられない虚像となって押し寄せていた。

 クラウド・ボールの決勝戦で本性を見せたとは言ったものの、あれはあながち演技ではないのだ。

 それ程までに今の最愛の精神状態は擦り減り始めている。

 

 閑散とした山道をただ歩き続け、住宅街へと抜けていく。

 魔法や能力を使って高速での移動もできることにはできるが、今はただゆっくりと歩きたい気分だった。

 今最愛に立ちはだかるのは、かつて折り合いをつけたはずの精神的に大きい壁だ。

 最初は気にする余裕も無くただ生き抜くために、安全性が保障されてからはその現実を見ないように目を逸して、そして今再びその大きな壁が立ちはだかっている。

 そしてその壁はもう無視できないところにまで来てしまっていた。

 

 潮と最愛は既に面識を持っており、携帯端末やCADを買ってもらったこともあって連絡先も交換している。

 だからと言ってこの用件のためにすぐ連絡できるかと言えば、最愛は間違いなくノーと答える。

 もし今すぐ連絡できるくらいの心構えがあるのだとしたら今こうやって住宅街を歩きながら現実逃避を敢行していないだろう。

 

「今までどちらかといえば詐欺を超やる側でしたが、詐欺をやられる側は超こんな気持ちだったのでしょうか」

 

 絶対にあり得ないとは思いつつも少し甘い蜜を吸ったら本当にあるのかもしれないと考えてしまう、まさしくそういった思考を利用した詐欺があることを最愛は知っている。

 当初はこんなものに引っかかるなんてと嘲笑っていたものだが、こういう心理が働いた時から疑うということができなくなるのだと確認することができたのは良い体験なのだろうか。

 でもやはり今の状況で良い体験というのも違うので、やはり何かと動かなければならない状態なのだろう———。

 こうやってとめどない思考の海へと迂回しても、結局は壁にぶつかってしまう。

 完全に壁に囲われていると言った方が正しいかもしれない。

 

 そして人は壁に囲われている時、安心感を覚えると同時に外の世界へと出たくなる。

 たとえば家の中に居る時人は安心感を覚えるだろう。

 しかしずっと家に居るということは何も変化が起きないと同義である。

 次第に退屈し、変化や知的好奇心を求めて外へと出たくなるというのが人の性だ。

 そのまま外に出て変化を確認し、知的好奇心を満たせるならそれに越したことは無い。

 しかしもし外の世界が危険で外に出られない状況下の中で外に出たらどうなるか、その結果は容易に想像ができるだろう。

 要は外の世界を知っていれば出ることはないのだ。

 

 だがその家がいずれ安全では無くなる可能性がある場合はどうだろうか。

 それがいつなのか、どういう危険があるのかを確認してその対策を講じようと危険を顧みずに外へ出ようとするはずだ。

 完璧な安全を求めるために危険を冒す。

 それは人としての本能的な部分であり、その状況こそまさに今の最愛だ。

 加えて最愛は高校、つまりは壁に囲まれている家を絶った。

 帰る場所が無い以上、最愛はもう壁の外に出るしか道は残っていない。

 

「一先ず超自由ではあるので色んなところを超回ってみましょうか」

 

 魔術師がいないと判明してからは可能な限り切り替えて、ずっと魔法の練習を行ってきた。

 能力が魔法に適応し始めて再び脳裏に不安が過った。

 その不安を心の内に秘めながら、それでも魔法を練習した。

 九校戦に出場してクラウド・ボールの優勝と準優勝を勝ち取った———。

 

 十分頑張っただろう。

 一度脱力した最愛は溜息を一つ吐き、グッと伸びをする。

 魔術師を警戒していた時やブランシュの時もそうだが、やはりオフの日は必要だ。

 九校戦でしっかりと成果も残せたのだから多少の休暇も許されるだろう。

 内心で社畜のようなことを思い浮かべながら、夕陽が富士山を真っ赤に照らしていくのを背に最愛は完全に消息を絶った。

 

 

 

 

 

 九校戦は新人、総合共に一高の優勝で幕を下ろした。

 二位の三高との差は圧倒的で、真由美達三年生の代は全戦全勝という称号に相応しい華を添えられる結果となった。

 しかしそれは表向きの話。

 前夜祭の時とは打って変わって和やかな雰囲気で行われている後夜祭の一端に、表情の冴えない一団があった。

 

「結局戻ってこなかったね、最愛……」

「……うん」

 

 その集団は今回の一高優勝に大きく関わり、初めての九校戦という緊張と重圧から解放されて後夜祭を最も楽しめるはずだった一高一年生の集団だ。

 特にほのかと雫の表情は暗く、ダンス用に奏でられているはずの管弦の音の後押しもあってより哀愁漂う雰囲気を醸し出している。

 手を尽くしたのか達也、深雪、幹比古、美月は一歩離れたところからそれを眺めていることしかできず、レオとエリカが何とか元気付けようと言葉をかけているところだった。

 

「大丈夫よ雫、ほのか。最愛が何も考え無しにいなくなったりするはずないじゃない。今は何か言えない用事があって、それが済んだらきっと帰ってくるわよ」

「そうだぜ! それに前も一度いきなり居なくなった時があったじゃねえか! 今回もその時みたいに———痛ッ!?」

「あの時とは状況が違うでしょこの馬鹿!」

 

 ほのかと雫が心配をしている最たる理由として、今回は居なくなる理由が全く見当たらないという点にある。

 ブランシュの件みたいにテロに巻き込まれて何かしらの休養を取っていた———内情はただのサボタージュ———という理由付けが可能ならばまだ納得はいくのだが、エリカの言う通り今回は全く状況が違う。

 ただただ居なくなったのだ。

 しかも九校戦の真っ最中に。

 

「うん、ありがとう二人とも」

「でも本当に帰ってくるのかな……私、最愛が居なくなるような気がしてならないの」

「帰ってくるわよほのか! 用事を済ませたらふらっと帰って来て、レオがデリカシーのないことを言ってまた手を握りつぶされる未来が私には見えているもの!」

 

 過去に実際起きているため反論しようにもできないレオは渋い顔を浮かべ、目線だけでも反抗しようとエリカを睨みつける。

 だがエリカも構っている余裕はないのか、レオの行動に珍しく反応を示さなかった。

 普段の快活な様子からは想像がしにくいが、エリカは理論でも上位に入る程には頭が良く、洞察力も優れていて非常に聡明だ。

 内心ではほのかと近しいことを考えているのにも関わらず、それでも二人を元気付けるために励ましの言葉をかけ続ける。

 それだけ事が重大だと感じているのだ。

 

「達也は最愛のこと、どう思う?」

 

 他方で、幹比古が達也に意見を求めていた。

 達也たちですら判断しかねているのだから達也たちと比べて親交が浅い幹比古にとって最愛の行動は理解し難いものだろう。

 あくまで他方的な見方をして何か助力ができないか、という申し出だ。

 

「正直なところ俺にも分からないが、これが前々から計画されていたということは間違いない。そしてこうなった以上最愛から連絡がこない限り探しに行くこともできない」

「七草会長や十文字会頭も動いているんだよね? それなら早く見つかりそうなものだけど」

「それがかなり動きを制限されているらしい」

「制限? それは家からってこと?」

「いや、最愛からだ」

「最愛から……?」

 

 そして思わぬところからの抑止力を確認して、幹比古は猜疑深い表情を浮かべた。

 

「確かにそれなら計画的なものだということは間違いなさそうだね。でも十師族二人の動きを制限するのって並大抵のことじゃないよね」

「俺も気になって聞いてみたのだが、九校戦を打診した際に最愛とある約束をしたらしい。その約束が理由で下手に動けないみたいだ」

「……それは穏やかじゃないね」

「俺も詳しい理由を聞いた訳じゃないから分からないが、確かに穏やかではないな」

 

 実際に穏やかではない。

 九校戦に出る際にいくつか条件をつけていたが、唯一監視するような行動だけは脅迫に近いものだった。

 前例が無ければもし事実だったとしてもただのハッタリだと退けることは可能だ。

 しかし最愛には躊躇なく人を殺めた前例がある。

 そして危害が生徒に及ばないという保証がない以上、真由美たちも下手に動くわけにはいかないのだ。

 

「でも雫とほのかをあのままにしておくわけにもいかないな」

 

 しかし最愛の影響で雫とほのかが気落ちしていくのを眺めていくのは達也としても許容ができない。

 何とかして、二人には踏ん切りを付けてもらわなければならないのだ。

 だからこそ二人には聞かなければならないことがある。

 離れていた距離を数歩で縮めて、達也は二人の前へと出た。

 

「雫、ほのか。二人に聞きたいことがあるんだけど良いか?」

「達也さん……大丈夫ですよ」

「達也さんどうしたの?」

「これを聞いていいのか迷っていたんだが———雫と最愛が遠い親戚にあたるとは聞いていたが、実際最愛と二人は前から交流があったのか?」

 

 それはこの九校戦が始まってから全員が気になっていたことだった。

 達也たちから見て雫とほのか、最愛は基本一緒にいることが多く、雫と最愛が親戚にあたるということもあって以前からとても仲が良いものだと思っていた。

 しかし実際聞いてみれば雫とほのかは最愛についてあまり詳しくはなく、どちらかといえば達也の方が詳しいと思えるような程度のことしか最愛のことを知らなかったのだ。

 その歪さと言及される度に気落ちする二人がこの九校戦ではかなり目立っていた。

 

 対して雫とほのかもいつかは言及されると分かっていたのだろう。

 特段反応を示すことも無く、雫は淡々とその答えを提示した。

 

「うん。私と最愛は遠い親戚。だけど———」

 

 しかしその答えは、淡々と答えるにはあまりにも不釣り合いなものとしか言いようが無いものだった。

 

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