結果から言えば、雫とほのかは何とか持ち直すことができた。
九校戦が終わった直後とまではいかないが、夏休みに行った雫主催の旅行やその間の達也たちの尽力が非常に大きいと言える。
しかしあれから最愛は完全に消息を絶ち、携帯も繋がらずに音信不通になってしまった。
家にも帰っている様子も無いため何処に行ったのか、何をしているのか、いつ帰ってくるのかなどの手がかりも全く残っていない。
むしろその徹底ぶりのおかげで雫とほのかが最愛を信じると踏み切ることができたとも言えるのだから皮肉だろう。
しかし最愛の居なくなったタイミングが悪かった。
最愛が居なくなった数日後、九校戦の大会委員に工作員が紛れ込んでいることが一部の人に知られることとなった。
その理由は単純に達也が現行犯で犯人を捕らえたからなのだが、それを他校の生徒がいる前で行ったため「一高の生徒が暴れた」という一文だけが広まったのだ。
九島烈の登場や達也の暴力行為の正当性が認められたこともあってこの件はすぐに収束したのだが、第三者の介入が分かったとなれば一高として放ってはおけない人物が一人いる。
それが最愛だ。
最愛は第三者目線で見た場合、新人戦クラウド・ボールの決勝戦にて『
第三者が一高の優勝を邪魔しようとしているのは明確である以上最愛へと干渉が及んでいる可能性、具体的に言えば何かしらの交渉材料として使うために人質にしている可能性も一概には否定できなかった。
故に真由美と克人の間では最愛の捜索について緊急会議を行った。
全く考えていなかった最愛が連れ去られたという可能性は、大会委員に工作員が居たという事実から一気に現実味を帯びてしまったのだ。
もしこの仮説が是ならばすぐにでも行動に移さなければ手遅れになる。
二人が出した結論は、当初最愛と交わしていた約束を破棄してでも捜索に行くべきというものだ。
しかしこれは結局実行されることはなかった。
実際に一人の魔法師を救うために最悪の場合実力行使も辞さないという姿勢を見せ、それを約束の場にいた達也にも伝えるところまでは確かに進んでいた。
そこまでいって実力行使に及ばなかったのは、とある
その情報筋は以前ブランシュのアジトを見つけ出しているという実績もあることから真由美と克人はその情報を信用して落ち着くことにしたのだが、結局その情報筋からも最愛が何処で何をしているのか、何を目的としているのかの情報が入ることはなかった。
またその第三者は香港系国際犯罪シンジケートの『
以降は妨害が起きることも無く一高が優勝を飾ることができた訳だが、それに伴う事故———摩利の事故だけとは限らない———で同時に煮え切らない結果になってしまったとも言えるだろう。
だからという訳では無いが、新学期初日の生徒会室の空気は稍重だった。
「本当に困ったわねぇ……」
その真由美の呟きからは疲労の色が濃く見える。
普段から公の場では毅然と、身内中では明朗快活な彼女がここまで明確に弱音を溢す姿は珍しい。
しかし実情は確かに困ったものではあった。
「達也くん、結局絹旗さんは学校に来ていないのよね?」
「教室にはいませんでした」
「そりゃそうよねえ……絹旗さんなら何か考えがあると、そこは間違いないと思って今日まで来たけど、本当に考えがあるのかどうか、そもそも何がしたいのかももう分からなくなってきたわ……」
「同感です」
達也の同意を得て再び嘆息をする真由美。
そこに鈴音から、恐らく最近感じていたのであろう疑問が提示された。
「会長も司波くんも絹旗さんのことを以前から高く買っているようですが、良ければその理由を教えてください」
その疑問とは、真由美たちが最愛を高く買っている理由だ。
真由美や克人、達也、深雪は最愛の見た目にそぐわない異常性やその思慮深い様、そして何より最愛の本質の一部を確認しているが、鈴音やあずさはその片鱗を九校戦で垣間見た程度でしか知らない。
つまり第三者視点から見た最愛は理論が出来る一部の能力に特化した二科生というだけであり、鈴音からすれば九校戦新人戦モノリス・コードで起きた事故により達也やレオと共に代理で出場して大金星を勝ち取った幹比古と大差はないのだ。
「そうねぇ……達也くんが何かした場合、絶対に考えがあるとリンちゃんは思うでしょ?」
「そうですね」
「方向性は違うけどそれと似たような認識で大丈夫よ」
大丈夫ではない、と達也は言いたいところだが、真由美が至って真面目に言っていることから頭ごなしに否定することも話の腰を折ることも達也にはできなかった。
「確かに絹旗さんは司波くんと同様に二科生でありながら理論が得意で、評価項目には無い部分が非常に秀でています。特に空間把握能力とマルチキャストを実現させる演算能力、BS魔法の練度、そのBS魔法を決勝まで隠し通すための計画性やその全てを通した実行力など目を見張るものはいくつかありました」
鈴音が提示したのは最愛がクラウド・ボールで見せた力の全てだ。
改めて並べてみればその異常性を再確認できるのだが、納得できる理由としては十分な功績でもある。
故に真由美も妥協点はそこであると踏んでいた。
「それだけでも十分じゃないかしら」
「そうですね。しかし私が聞きたいのは実際に確認できたものではありません。会長たちは以前から絹旗さんに肩入れしているように見えました。それだけ目にかけていたということは、そこではない部分での理由があると思っています。特に絹旗さんを九校戦に選出した理由を私は聞かされていないまま押し通されてしまいましたから」
「ええと……そうだったかしら? でもいいじゃない! 絹旗さんはちゃんと結果を残したのだから!」
「九校戦の結果だけを見れば確かにそうです。ですがそれ以外のところが芳しくないから今悩んでいるのではないのですか? その原因の一つに絹旗さんを九校戦の選手へ選んだ理由があると考えていますが、違いますか?」
「そ、それは……そうだけど……」
図星だ。
しかしこの場で一番突かれたくない部分でもある。
真由美としても生徒会には最愛について話を付けておきたいところではあるのだが、事情が事情だけに話すなら一だけではなく十まで話さなければならない。
つまり真由美や克人が最愛に出し抜かれてしまった九校戦へと参加することになった経緯やその際に交わした約束は勿論のこと、そして最愛に目を付けた経緯となればブランシュの件で最愛が人を殺め嬉々として拷問を行っていたところまで掘り下げる必要も出てくる。
魔法師となればいつかは人を殺めることになるだろう。
しかしそれは魔法師の卵である魔法科高校の生徒が行うことではないし、拷問などそもそも行っていいものではない。
「……そうよ。私も十文字くんもそう考えるに足る理由があるの。でもその理由については絹旗さんの許可が必要だからその時になったらまた話すわ」
「しかしその絹旗さんは現在行方不明ですが」
「それだけ重要なことなの。理解して頂戴」
「そういうことなら」
毅然とした態度で要求を突っ撥ねた真由美にはまだ話したくはないという意思がはっきりと見て取れる。
鈴音も明確な理由がある以上は追及する意味もないと判断してあっさりと引き下がるも、実際これは時期を延ばしただけのものだ。
いつかは話さなければいけない時が来る。
それも、卒業前までには必ず。
「ごめんねリンちゃん。ありがとう」
「いえ」
言い終えるなり真由美はハア、と今日何度目かの溜息を吐く。
最愛に関しては以前からやりにくいと思っているのだろう。
そこは達也も同意見なのだが、最愛と達也が似ていると評されていることから立場が違えば達也も今の最愛の位置になっていたかもしれない、と考えると少しだけいたたまれない気持ちを覚えてしまう。
「今月は生徒会選挙もあるし論文コンペの準備もしないといけないのにどうしてあんな手紙を寄こしたのかしら……」
そして何よりもこの最愛から送られてきたという手紙。
どういうルートなのか十師族七草家本宅の真由美を名指しで宛てられた手紙で、差出人の名前は一切書かれていないという如何にも怪しいものだった。
本来ならば一考の余地も無く廃棄されるような代物なのだが、重要機密と記されている点や検査をしても不審な魔法が無い点、何よりも七草家本宅まで直接送られてきているという点から一人の人柱を介して当主の眼前で真由美に読み伝えられたものだ。
当初はその人柱が文章を訂正していたがためにただただ丁寧な煽り文句が綴られているだけの何とも心象が悪い手紙だったのだが、そこに綴られた最後の一文は決して見逃すことはできないものだった。
「始業式の日に顔を出すから超丁寧に出迎えてください————手紙には確かにそう書いてあったんですよね?」
「そうよ深雪さん。私も直接手紙を確認したけど、ところどころ『超』と付いているのを確認したわ。超をわざわざ付ける人なんて一人しかいないじゃない」
この手紙が送られてきたのがつい昨日の話。
しかし問題はこれが最初は真由美に読み伝えられたということだ。
それも、七草家当主の前で。
「お父様にも問い詰められたわ。この手紙の送り主は誰なのかって」
「それで、会長は何と?」
「勿論絹旗さんについて説明したわ。答えない方が変に勘繰られるからなんだけど、凄い興味を持たれちゃってね。生徒に————絹旗さんを変に詮索はしないで欲しいとは頼んで一応了承は貰っているけど……」
何かを言い淀んだ真由美に事情を知らない鈴音とあずさは違和感を覚えるが、先程の関連性からそこが最愛を認める要因の一端と理解して追及することは無かった。
しかし今の鈴音の質問に対する答えで鈴音とあずさの視点は一変したとも言える。
真由美の言い方はまるで危険物を扱っているような程丁重なものであり、先程から最愛に刺激を与えないようにしているのは明瞭だ。
少しでも刺激したら周囲を巻き込む大爆発を起こしかねないとでもいうようなその慎重さは、そのまま最愛を危険人物だと明言しているのと同義でもある。
良く言えば最愛を尊重して何とか約束を果たそうとしていた律義さが故、悪く言えば下手に話し過ぎてしまったが故。
(変な認識を持たせるよりは説明させた方が無難か)
今回の件、経緯はどうであれ種を蒔いてしまったのは真由美だ。
克人というもう一人の当事者が居ない以上、真由美の後押しできるのは一人しかいない。
「会長このままでは誤解を生む可能性もあるのでやはり話した方が良いと思います」
「達也くんもそう思う? 私も変に誤解されるなら話した方が良いと思っているんだけど……」
「最愛の話をすることは何も問題ありません。むしろ自分たちが最愛について話すことで最愛への詮索を止められるのですから、最愛としては有難いことだと思いますが」
達也の言う通り、最愛は詮索について制限を課しているだけで最愛について話すことは制限していない。
実際は達也が最愛について話すのは色々とリスクが伴うため話したくないというのが本音なのだが、達也の知らないところで約束を交わしていない限り達也の言っていることは事実だ。
真由美も今一度最愛と交わした条件をよく咀嚼しているのか考え込むような仕草を見せる。
数秒の沈黙が生徒会室に流れた。
「そうよ!」
そしてその沈黙を破ったのはやはりというべきか真由美だ。
「盲点だったわ! 確かに話をすることに許可なんていらないじゃない! 流石よ達也くん!」
華を咲かせたかのように表情を明るくさせているその姿は長年の悩みが晴れたとでも言うように清々しくなっており、それだけ最愛が真由美にとって大きな足枷になっていたことを表していた。
そして達也に他意のない純粋な賞賛を向けられたからか、深雪は誰もが見とれる笑みを携えているのを達也だけが確認した。
「それでは絹旗さんについて話していただけるということですか?」
「ちょっと待ってね————ええ、今十文字くんにも確認したけど話しても問題ないと返事が来たわ」
他言は無用よ、と付け加えて真由美は一度椅子に座り直した。
変に意識しすぎていたところもあると真由美自身思っているが、それぐらいが丁度よいのも事実だ。
座り直したことにはそういう意識から切り替えるという意味も含まれていた。
「会長の気持ちは俺も良く分かります。俺もその現場を見ていなければ信じていなかったかもしれませんから」
実際は達也と最愛は例の件よりも前からお互いに牽制しあっていたのだが、この場において達也の言葉を白々しいと捉える者は一人もいない。
さらに言えば達也の今の一言によってこれから話されることが普段の最愛からは信じられないものであることの裏付けにもなった。
以上を踏まえた上で、さらに真由美が警告をする。
「先に言っておくけど、今から話すことはかなりショックの大きい事よ。リンちゃんもだけど、あーちゃんも大丈夫?」
「私は構いません」
「私も大丈夫です。絹旗さんのそういう部分も受け入れてこそ本当の友達と思っていますから!」
「あーちゃん……」
最愛の人間性もあって、最愛とあずさの仲は意外と————二人の容姿で目立つという意味でも————知られている。
特に生徒会で深雪以外に仲が良い人物がいるというのは真由美としても都合が良いことであり、来年からの一高を引っ張っていくことになるあずさにとっても重要なパイプだと感じているからこそこの即決は非常に有難いものだ。
この場にいる全員の同意を得られたことで、真由美は早速知っている限りの情報を開示した。
ブランシュで独自にアジトを見つけていたこと、単身でアジトへ潜入してリーダーである司一を除く全ての工作員を惨殺したこと、その場に居合わせた克人が最愛の残忍性と十文字家の魔法に通ずるものがあることを確認したため直接対話を試みた結果、二人して最愛に主導権を握られてしまったこと、しかし練習試合の約束を取り付けることはでき、その練習試合で九校戦選手として相応しい実力があると判断したため選手として出場させるのを決めたこと、練習試合の約束を取り付ける際に交わした条件の中に『監視行為などを全面的に禁止すること、守らなかった場合は場所や手段を問わずに最大限の抵抗を行う』という文言があったため、突如としていなくなった際に捜索隊を出せなかったこと、強引にでも捜索隊を出そうとしたが、直前に確かな情報筋から生存の確認がされているため断念したこと。
「————以上が私と十文字くん、絹旗さんの間に起こった顛末よ」
鈴音もあずさも、何も言葉を発することは無い。
鈴音は本当にそんなことが有り得るのかという驚きと、だからこそ歪な信頼関係が生まれているのだという納得。
あずさは友人だと思っていた人物の残忍性と狡猾性を知った衝撃と、それを知っても尚以前のように接することができるのかという葛藤。
達也も真由美も深雪も、その二人の様子をただ黙って見ていた。
そして復帰が早かったのはやはりというべきか、鈴音だ。
「そういう経緯があったからこそ、会長は絹旗さんが考えも無しに行動することは思えないと考えているのですよね?」
「そうよリンちゃん。だからこそ送られてきた手紙の意図が理解し難いのだけど」
「確かに今の話だと絹旗さんの行動には矛盾がありますが、絹旗さんを信じている根拠は理解できました」
真由美がまだ何かを隠していることは鈴音も理解している。
しかしここが引き際であることもまた理解しているため、それ以上の深入りをすることはしなかった。
そこの見極めこそが十師族と関わるうえで重要な能力であり、鈴音に限らず摩利も身に付けている能力である。
「しかし会長たちが一杯食わされるなんて絹旗さんは相当頭がキレるみたいですね」
「そうね。絹旗さんの長所と短所、そして私たちが絹旗さんに何を求めているのかを把握する能力がズバ抜けているのだと思うわ。判断力、対応力、適応力、反射神経とか言い方は色々あると思うけど、とにかく普通に過ごしていてあんな力が身に付くことなんて絶対にないわね。それと————」
そこで途切れた言葉と共に、視線はある一人の人物へと向けられた。
話を聞いてからずっと俯いているこの場で唯一の二年生、中条あずさだ。
覚悟があったとはいえ、今まで親しく話していた友人が実はそんな残忍性を持った人でしたと言われてすぐに折り合いが付けられる方が間違っている。
むしろこうやって悩んでいるあずさの姿は好ましいとすら言えるだろう。
それから数十秒と時は流れて、
「私は……」
ぽつりとつぶやくように、あずさは続けた。
「私は、正直に言えばその話を絹旗さんから聞きたかったです。すぐには無理な話ですが、近い未来に本人の口から直接。でもそれが無理な話だということも分かっています。私は九校戦で初めて絹旗さんとお話ししたのですから、そんな大事なことを話せる間柄ではありません。だから……だから、
「あーちゃん……」
最初は呟くような音量から、しかし顔を上げて強い意志でそう言い切ったあずさに真由美は優しい微笑みで迎えた。
普段はオドオドと小動物のような様子を見せる彼女とは似ても似つかないその姿は、十師族や三巨頭と言った面々に並ぶ生徒会の看板を担うに相応しいものだ。
少なくとも達也は、あずさの話を聞きながらそう感じた。
「よし、とりあえずこの話はここでおしまい! まだやることは沢山あるんだからね!」
「そうですね。まずは月末に行われる生徒会選挙についてですが———」
話し合いの結果、次期生徒会長はあずさが今まで渋っていた態度を一変させて立候補という形で決着がついた。
本来なら副会長である服部と競争という形になるのだが、服部は次期部活連会頭入りが決まっていることもあって選挙は信任投票という真由美の思惑とは別にあっさりとした結果だとも言える。
論文コンペについては以前から決めていた通り鈴音が主体的に行うとして決定し、今日は解散。
帰路についた達也と深雪だったが、校門の前で見知った顔を見かけたために足を止めた。
「あれ、ほのかと雫じゃない。誰か待っているの?」
「あ、深雪。うん、あのね……」
「何かあったのか?」
何処か様子がおかしいほのかに達也は事情を聞くが、何か理由でもあるのか口籠った様子を見せる。
その代弁は、雫が行ってくれた。
「今日、最愛から連絡があった」
「……学校に来るってやつか?」
「え? 達也さんにも連絡が来た?」
「俺には来てないが会長の元には来ていたらしい。そのことで今日少しだけ話をした」
「そうなんだ」
「それで、最愛は何て言っていたの?」
「聞きたいことがある。今日の夕方七時に校門の前で———これだけ」
聞きたいこと。
雫とほのか、最愛はいつも一緒に行動していたため改まって聞きたいことがあるというのは些か違和感がある。
何か裏があると考えた方が良いのか、それとも本当に聞きたいことがあるのか。
それに約束の時間までは、もう五分も無い。
「お兄様」
「そうだな————ほのか、雫。俺達もここに残ろうと思うが大丈夫か?」
約束の時間も近く、そして何より最愛の意図が読めないこともある。
最悪の事態を想定するならほのかと雫では最愛に勝てないという達也と深雪の思考の一致で、そう二人にお願いしたまさしくその瞬間だった。
「そうですね。お願い———」
「私は二人が居て良いなんて超言ってませんけどね」
「————ッ!?」
聞き慣れた声で、でも内容は否定的で。
今回ばかりは浅慮だったかもしれないと、達也はその声を聞いて断じた。
来訪者編ver最愛