魔法科高校の絹旗最愛   作:型破 優位

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過去

 願い事が聞き入れてもらえたと分かった最愛は、早々に司波家から離れていった。

 それは最愛がこれ以上司波家にいたくなかった、という個人的な理由などでは決してなく、長居していては達也と深雪にも七草の手が及ぶ可能性がある、という至極真っ当な理由によるものだ。

 事実最愛はここに来る前に三人の追っ手を始末している。

 追加投入されるのは時間の問題であり、それは達也たちとしても避けたいものだ。

 それでも達也たちは、せめて最後だけでもと最愛の姿が闇夜に紛れるまで背中を見送った。

 全てが終わった時に次はお互いが胸を張って再会できるように、そう願って———。

 

 最愛の姿が闇夜に紛れたのを確認した二人は先の話し合いと同様にソファーへと腰を掛け、嘆息する。

 

「申し訳ありません、お兄様……」

「どうしたんだ深雪。何かあったのか」

「実は私、最愛が一人で戦っていたのを知っていたのです」

 

 静寂を破ったのは、謝罪の言。

 あまりにも脈絡が無かったがために達也としても何を謝っているのか分からなかったが、その続く一言によって閉口せざるを得なかった。

 

「実はブランシュの一件がある少し前に、最愛が先生のところに来たんです。その時最愛は魔術師なるものを知らないかと先生に聞いていました」

「魔術師……魔法師ではなく魔術師と最愛は言ったんだな?」

「はい、先生も同じように聞き返しましたが、魔術師で間違いないと。それで魔術師は知らないと先生が言った瞬間、最愛は何かから解放されるかのように崩れ落ちました。今の最愛を見ていると、今回の件も恐らくその魔術師というものに何か原因があるのかと思います」

「……基礎単一系魔法を使ったコンパイル制御の授業の日の前日か。その日から最愛に棘が無くなったし、深雪も何か知っているようだったからな」

「流石はお兄様ですね。どうやら魔術師というのは戦う前に魔法名というものを名乗るそうなのですが、お兄様は何かご存じでしょうか」

「そこまで明確な情報があるなら存在はしているのだろうが……聞いたことがないな」

 

 相も変らぬ称賛を一身に受けた達也は、そうつぶやきながら思考の海へと向かった。

 魔術師、という名前には達也も一切の耳馴染みがない。

 慢心するわけではないが最愛ですらも恐れるような相手を自分たちが知らないはずがなく、少なくともそのような危険人物を八雲が知らないなどということは絶対に有り得ない。

 ただ最愛が魔術師という幻を見ている可能性もまたないだろう。

 それに戦いの際に名乗るという魔法名がどういうものなのかも気になる。

 

「答えは最愛のみぞ知る、という訳か。さっき聞いておきたかったな」

「……もしかして最愛はその魔術師を探すために行動をしているのでしょうか」

「いや、探しているというよりは存在しているかどうかを確認するための行動だろう。探しているのなら師匠にする質問も違っていたはずだよ」

 

 そう考えれば歪ながらもピースは繋がる。

 こうやって目立つ行動をしているのは存在しているかもしれない魔術師を誘き出すため、または存在していないことを確定させるための行動。

 矛盾しているように聞こえるかもしれないが、魔術師の存在が未確定な状況下においてはその二つが成り立つ。

 

「残念だけど、ここで考えていてもこれ以上の結論を出すことは不可能だな」

「そうみたいですね」

「こうなったら後で本人に聞くしかない」

 

 達也の一言に一瞬驚いたような表情を浮かべた深雪は、そのまま微笑みに変えて、

 

「そうですね、お兄様。最愛は必ず戻ってきますから」

「その時は俺たちのことも———」

 

 こうなったら良いなという幸せを、二人で共有しあった。

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 ほのかと雫に何を話したのか結局達也と深雪に言うことが出来なかったが、写真については保留となった。

 その理由として見た写真は幼少期だったらしく具体的に容姿について聞くことはできなかったが、ほのかと雫が違和感のない背景だと言っていることから直接見ない限り情報は得られないという判断をしたのだ。

 そうなれば頼れるのは物ではなく人だ。

 では誰に頼れば良いのか。

 魔法に関しては深雪や達也たちに聞けば良いだろうし、情報で言うなら八雲は力になってくれる。

 しかしこの問題に関して言えば頼れる人物など一人しか浮かばない。

 

 最愛を遠い親戚だと言い、何故か幼少期の写真を持っており、今もなお毎月多額のお金を振り込んでくれる友人の父親。

 北山潮。

 いつでも聞ける相手だったにも関わらず、核心を突く答えを持っている可能性が高かったために気持ちが付いてこなかったため聞くことが出来なかった人物だ。

 彼なら何かしらの答えを持っているだろう。

 そう確信しているからこそ、気持ち的に遠ざけてしまっていた。

 

 今思えば、最短距離ならこの問題も数日かかることなく何かしらの答えは得られていただろう。

 本当に遠回りしてきたものだと、何と小心者だろうと最愛も思わず苦笑してしまったものだ。

 そうやって物思いに耽れば、様々な記憶が蘇る。

 その記憶は混乱と焦燥から始まり、喜怒哀楽や憧憬へと続き、八割の恐怖と二割の絶望へと変わった。

 しかし思い出してみればやはり———

 

 

(全部超楽しかった……ですね)

 

 

 見慣れたドアの前に立ち、ピンポンとボタンを押す。

 記憶の中でも日常として記憶されている玄関のドア。

 最愛にとっては始まりの象徴とも言えるそのドアノブが、ガチャリと音を立ててクルリと回った。

 

「……自分の家なんだからインターホンを鳴らす必要はないと思うよ、最愛ちゃん」

「私は超貰っただけですから。本当の家主がいるなら私は超お客さんですよ、()

 

 最も見慣れたであろう自宅の玄関のドアから出てきたのは雫の父親にして最愛のことを最も良く知るであろう人物だ。

 何故最愛の家にいるのかと問われたら最愛が呼んだから以外の理由はないのだが、何故呼んだのかと問われたら北山家では雫やほのかと鉢合わせる可能性が高いための応急処置案と答える。

 潮も最愛が二人に聞かれたくない話をすると察して、こうやって一人で会いに来てくれたのだ。

 普段なら女子高生の家に中年の男性が、などとからかいの一つでも言うような状況ではあるが、今回に限って言えば冗談を言えるような精神状態でもない。

 

「登記簿謄本でもここは最愛ちゃんが所有権を持っているのだから、本当の家主も最愛ちゃんだ」

「そこは超気持ちの問題です。とりあえず玄関では超話も出来ないので奥に行きましょう。お金を貰っている側が超言うことではありませんが、おもてなしはさせていただきますよ」

「今日はいつになく礼儀正しいね。いつもなら「お金は沢山あるんだから良いものご馳走してやる」程度のことは言いそうだけど」

「それだけ超真面目な話ということです」

「勿論知っているよ、最愛ちゃん」

 

 最愛にとって潮とは、日頃の感謝もあって非常にやりにくい相手だ。

 衣食住を提供してもらっており、一番近しい友人である雫の父親で、一般人ながらも魔法師社会で権威を持つ実業家。

 その才覚はやはり本物であり、上記の要因や感情論も相まって話し合いという場において最愛が主導権を握ることが非常に難しいのだ。

 潮がソファーに座ったのを確認して、お湯を沸かしながらササッといつものパーカーへと着替える。

 さらに甘味やお煎餅などのお茶請けを準備しながらお湯が沸くのを待ち、あっという間にお茶の席を完成させた。

 

「手際が良いね」

「普段からやっていましたから」

「そう、普段からね———良いお茶だ」

「潮の口に合うならやはり超良いお茶なんですね。深雪に超教えて貰いました」

「司波深雪さんだね。雫からよく話は聞いているし、九校戦は私も見たが———」

「超異常、でしたか」

「———最初からそう評するつもりはなかったのだが、聡明なのも考え物だね。本音の先読みをするのはオジさん感心しないな」

「親睦を深めるのなら潮の建前を超聞いても良かったですが、今日はそういうつもりではないですから」

 

 潮としてはあくまでも最愛と話をしたかったのだろうが、最愛も雑談をするために潮を呼んだのではない。

 ただ緊張によって心が急いているのは最愛も分かっていた。

 分かったうえで、急かしているのだ。

 そんな最愛の様子を見ながら再び一口含んだ潮は、ただただ真っ直ぐと最愛に目を向けている。

 

 

 

「肩の力を抜きなさい。そんな状態では大事なものも取りこぼしてしまうよ」

 

 

 

 値踏みされている、というのは最愛も良く分かった。

 潮は上に立ち、人の上に立つ者たちと渡り合っている人間だ。

 そのような人が相手に値を付けることは至極当然のことであり、最愛としても不快感はない。

 だがそれでも、図星を指されたことに対して最愛の表情は少しだけ歪んでしまった。

 

「急ぐなとは言わないが、普段のような掴みどころがない姿の方が交渉の場においては正装だ。今の最愛ちゃんはただ自分が求める答えだけを知ろうとしている子供でしかない」

「……潮のそういうところはやりづらくて超嫌いです。正論なのが超頭に来ますね」

「その調子だ。性格上斜めに構えていた方が交渉事は上手く進むことは最愛ちゃん自身がよく分かっているはずだ」

「超丁寧にありがとうございます。潮は親戚のオジさんとしては超良い人ですが、テーブルの席では超苦手ですね」

「私は最愛ちゃんのそういうところを買っているんだよ。雫には最愛ちゃんのような強かさが足りていないからね」

 

 その話は聞いたことがなかったな、と思いながらも今度は表情に出すことはなくポリポリと煎餅を食べる。 

 潮は最愛の事情をある程度察していて、それなりに腹を割って話してくれるだろう。

 そう思えるほどの判断材料が今の会話の中にはあった。

 

「まあ前戯はこれぐらいにしておこうか。折角こんな席を用意してくれたんだ。こちらからもいくつか質問したいことはあるが、君の質問には可能な限り答えさせてもらおう」

 

 相対してみて感じる。

 北山潮は歴戦の猛将だということを。

 本来ならば無下にしたところで文句を言えないほどの立場の差があるのだ。

 それでも最愛を一人の相手として、対等に向き合ってくれている。

 可能な限り、というのがどれくらいの範囲を指しているのか分からないが、最愛が抱えている大半の答えは出してくれるだろうという確信を持てた。

 

「それならお言葉に超甘えて———」

 

 だからこそ、最愛は最初に一番気になっていたことをぶつける。

 

 

 

 

 

 

 

「———私と雫って、本当に親戚なんですか?」

「全くの他人だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想外の即答に、最愛の中で時が止まったような気がした。

 

「別に予想外というわけではないだろう。君が色々と動いているのは雫から聞いている。どこで何をしているのかも分からないけど、危険なこともしていると。だがまさか私が何も知らないとは思っていないだろうね?」

「……超秘密裏に動いていましたが、七草に追われている時点で隠し通せるとは超思っていないです」

「それは重畳だ。それでどうして七草家が一個人である君のために動いているのかは分からないが、その原因となるようなものが私にあると雫からの話を聞いて直感したよ。私をこの家に呼んでいるということは、やはりそういうことなんだろう」

 

 果たして何処までが彼の作戦なのだろうか。

 そう邪推してしまう程度に、一気に流れを持っていかれてしまった。

 これはもう駆け引きなどではない。

 完全に上下関係が確定してしまったのだ。

 

「今までいろんな人を見てきましたがその中でも超聡明な人ですね、潮は。超尊敬します」

「そんなことを高校生に言われるとは思わなかったが、君に言われると悪い気はしない。非常に様になっている。達也くんといい、本当に高校生なのか疑いたくなるよ」

「達也を高校生とは超思いたくありません」

「同感だ、そしてやはり君もね」

「そんなことは超どうでも良いんです。どうして嘘をついたのですか」

「君を一目見たときに私の直感が引き込んだ方が良いと叫んでいたんだ。それなら遠い親戚だということにした方が色々と都合が良い」

 

 今みたいにね、とその恩恵の一つでもあるカップを持ち上げながら潮が言うと、最愛はごまかすようにポリポリと煎餅を食べ始めた。

 そんな姿を微笑みながら見つめる潮は、娘と同じ年頃の女の子と似合わない駆け引きを楽しんでいるようにも見える。

 別に困っている姿を見ているのが楽しいとか加虐趣味があるという訳ではなく、一人の実業家として渡り合おうとしてくるチャレンジャーを歓迎しているかのようだった。

 

「それは超失敗しましたね。見ての通り私は超問題児ですから」

「いやいやそんなことはない。君の存在は雫とほのかに良い影響を与えたと思っているよ。だが———」

 

 一つ言葉を区切った潮の目と会った時、最愛は初めて潮の本当の感情というのを垣間見た気がした。

 

「———私だけならともかく、雫に危険が及ぶ可能性が出てくるとなれば話は変わってくるかもね」

 

 潮が雫を溺愛しているのは知っている。

 故に今日までの最愛の行動は看過できないのだろう。

 その秘められている怒気は凄まじく、改めてテーブルについてくれたものだと感心してしまうほどだ。

 

「先ほども言ったが、個人に対して十師族が総力を挙げて動くことなど通常はあり得ないことだ。私のところにも不審な動きがいくつも見られている。雫に指一本触れさせるつもりはないが、魔法師では無い私だと十師族を相手取るのは難しいだろう。故に私は問わなくてはいけない。君の何に対して七草は興味を持っているのかを」

「過去の清算です」

「過去の清算? 孤児だった君の過去に十師族が興味を示す何かがあるというのか?」

 

 孤児。

 その言葉を聞いた最愛は内心小さくガッツポーズをした。

 ベッドで起きる以前の記憶がない最愛にとってはこの世界の自分も孤児だということすらも知らなかった。

 怪しまれないように欲しい情報を抜き取ったあたり、先ほどのショックからいつもの強かさが少し戻ってきたとも言えよう。

 

「その過去の産物から生まれた今の私に超興味があるようです。そして私は過去の清算をするために超動いてます」

「それは大変興味深い話だな。勿論私には聞かせてくれるのだろう? その過去の清算とやらを」

 

 勿論言えるはずなどない。

 そもそも魔術師に殺された結果、起きたらこの家のベッドにいましたなんて言ったところでふざけるなと怒りを買うだけだろう。

 だから最愛は手札を用意してきているのだ。

 過去の清算という曖昧な表現を有耶無耶にする、最強の一手を。

 

「それはこちらで超解決するものです」

「その言い分が通らないことぐらい君も分かっているだろう」

「それを超通すためにこちらから出せるものが一つあります」

 

 訝しげな表情を浮かべる潮を見ながら、その最強の手札を切る。

 

触れてはならない者たち(アンタッチャブル)。四葉家と北山家の橋渡しを私が超してあげましょう」

 

 それが、最愛が潮から主導権を奪い去った瞬間だった。




もうすぐ終わり。
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