側面から突っ込んでくる少女を見たとき、驚きはしても冷静に対処したつもりだった。
その肉薄してくる速度から並みの近接戦闘魔法師ではないと即断したため、無理にカウンターを合わせることはせず防御の構えを取ったのだ。
既に回避不可能だから防御態勢を取ったというのもあるが、防御に絶対の自信があるからこその行動だ。
しかし結果として、呂は蹴り飛ばされた。
エリカの山津波を無傷で受け止め、バリケードをものともせず壊す程の強靭さを持つ呂が小さい少女の蹴りに対して踏ん張ることもできずに吹き飛ばされたのだ。
呂のプライドを傷つけるには十分すぎる一撃だった。
「ウオオオオオオオオッ!」
呂は咆哮とともに自身のプライドを傷つけた少女、最愛に向かって突撃した。
それもただの突撃ではなく、最愛と摩利を直線上にした突撃だ。
最愛が来た時の摩利と真由美の表情から、最愛は本来この場にいるはずのない人物であることは容易に想像ついた。
エリカとレオの連携は素晴らしく、摩利の対応力の高さは身に染みて分かっている。
しかしいくら摩利の対応力が高くとも最愛がいる以上ガスや圧斬りは使えない。
その二つが使えない摩利は脅威になり得ないため、真っ先に狙うべきは目の前の小柄な少女だと、呂の本能は結論付けた。
そしてこれは呂の魔法師としてのプライドの問題でもある。
傷つけられたプライドを癒すのは、その要因を真正面から叩き潰すことのみだ。
最愛の胴体と同じ太さはあろう剛腕が最愛の眼前まで迫る。
呂を迎え撃つメンバーの中で魔法が無くても一番頑丈だったレオが一撃で戦闘不能に陥る程の拳だ。
摩利は元々距離を取る戦い方を好むため即座に身を引いていたが、最愛は未だその直線上に身体を残していた。
「避けろ絹旗!」
摩利の怒号が飛ぶ。
今から回避行動に入ったところで既に手遅れだが、それでも叫ばずにはいられない。
いくら最愛が強いと聞いていても、結局は高校生のレベルでしかないのだ。
真由美や克人はともかく、摩利とて三巨頭と呼ばれていながら世界規模で見れば何とか上位勢に片足を突っ込めるか程度。
それは呂との戦いを見ても明らかだろう。
故に最愛のレベルは己よりも下だと無意識化で判断していた。
小隊の対処を終えた真由美も摩利の怒号で意識を向け、その瞬間を目視する。
目にも止まらぬ速さで繰り出された拳は寸分違わず最愛の頭上へと振り下ろされる。
何かを押しつぶすかのような鈍い音が周囲に響き渡り、舗装された道路が捲り上がった。
砲弾と遜色のない一撃をまともに喰らっている姿を、摩利と真由美は見た。
見てしまった。
「———ッ!?」
その破壊力を示すかのようにアスファルトが捲り上がり、ドンッという衝撃波が砂煙を伴って摩利を襲った。
思わず声にならない悲鳴が二人から漏れる。
いくら最愛とは言え、あの一撃を前に無事だと過信することはできない。
最悪の想定を前に動揺を携えながら二人同時にCADを操作し始めるが、最愛の安否確認は予想外の方向で為された。
再び衝撃波が近くにいた摩利を襲う。
その発生源は摩利の眼前———捲れたコンクリートの真ん中。
砂煙を払うその衝撃と共に、人影が一つ飛ばされていった。
その人影は、見間違いでなければ呂剛虎だった。
「今のをまともに受けたら超危なかったですね」
捲れたアスファルトの中からゆったりと歩き少女は、呑気にそう呟く。
まるで交通事故に遭いかけた歩行者だとでも言うような言い草は、日常の散歩風景だと言われても納得できるぐらいに自然だった。
だからこそ、その光景を見ていた二人は戦慄する。
あの一撃をまともに受けてなお、その姿は無傷。
摩利と真由美の額に、うっすらと冷や汗が浮かんだ。
圧倒的なまでの防御性能。
それはもしかしたら、『鉄壁』の名を冠する十文字家にすら比肩しうる———。
「ボケッと突っ立ってないで超加勢してください」
「……ッそうね」
「……すまない」
思考の海に入りかける直前に飛んできた最愛の非難により、真由美と摩利はすぐにCADを操作した。
最愛が来たことにより瓦解していた前衛と後衛の機能が復活したのだ。
ドライブリザードで追撃を行う真由美を横目に、摩利は最愛の近くへと寄る。
「大丈夫か、絹旗」
「超問題ありません」
「そうか……よくあの一撃を耐えたな」
マルチ・キャストで魔法を発動させながら、摩利は思わずそう口にした。
それは本心からの称賛でもあり、一体どうやったのかという質問でもある。
「まさか。超受け流しただけです。あれをまともに喰らったらいくら私でも超ヤバいですよ」
最愛の口から出た答えは、否定だった。
ロケットランチャーよりも超強くないですか、と笑う最愛に、摩利は多少の納得と少量の畏怖を覚える。
あの衝撃は最愛が攻撃を受け止めたことで起きたものではなく、受け流された攻撃がアスファルトに当たったことにより起きたものという訳だ。
だが少量の畏怖はその納得した部分に含まれている。
最愛は果たして、理解しているのだろうか。
受け流すということは、受け止めることよりも難しいということを。
♦ ♦ ♦
ゲリラにとって今回の侵略は想定外のことばかりが起きていた。
上手く行ったことと言えば最初の奇襲だけであり、次点の横浜国際会議場の制圧から魔法協会横浜支部制圧までの全ての作戦が失敗に終わっている。
最早ゲリラ鎮圧は時間の問題であり、後はどれだけ日本の戦力を減らせるのか、どれだけ戦力を残して本国へ帰還することができるのか、その二点に集約されている。
———だから何だと言うのだ。
自身の任である魔法協会制圧により完全孤立してしまった呂は、三人の少女に追い詰められながらも獰猛に嗤う。
十師族にして世界でも高水準の遠隔精密射撃魔法を扱う七草真由美、過去二度対戦し、一度は撤退、そしてもう一度は敗北という苦渋を舐めさせられた渡辺摩利、そして最後に———
「があッ!」
「超うるさいですよ! それと馬鹿力が過ぎます!」
近接戦闘という自分の領域で真正面から挑んでくる少女、絹旗最愛。
今回のゲリラにおいて最も報告が上がっており、素手で人間、直立戦車問わず全てを破壊する様から悪魔だと恐れられている少女であり、最も呂が戦いたいと願った少女でもある。
何人たりとも寄せ付けない鉄壁の防壁力と全てを破壊する攻撃力の両方を備えたBS魔法師。
ある意味、呂と全く同じタイプの魔法師と言ってもいいだろう。
だがそれは間違っていたと、今の呂なら断言できる。
「ぐぉっ!!」
最愛の強さはその力よりも圧倒的戦闘センスにある。
全ての攻撃を受け流し、その合間に反撃を行い、さらに真由美と摩利の援護を一番受けられるよう上手く立ち回っている戦闘技術は高校生が得られる経験では成し得ない程の高度なものだ。
特に最愛の受け流し技術は歴戦の猛者と言っても差し支えの無い程洗練されており、身体が触れる前に受け流されるという不可思議な状況に呂が慣れていないのも一因となっている。
真由美と摩利の手札の多さが呂の攻撃を阻害しそこで生まれる隙を最愛が攻撃するという凄まじい連携に、呂は為す術もない———というわけでもなかった。
「ハッ!!」
「……ッ!」
最愛の受け流しは正確ではあっても完璧ではない。
受け流された力を利用して連撃を加えていけば対応は遅れていくし、力もスピードも呂の方が一枚上手だ。
付け入る隙はそこにある。
真由美と摩利の援護は鬱陶しいが、それでも無視しようと思えば何とか無視できる範疇だ。
だがチャンスは一回きり。
その一回の攻防で真由美と摩利の攻撃を受けながらも最愛を倒し、真由美と摩利に専念する。
それが呂に残された唯一の勝ち筋だった。
戦況の移り変わりは、呂から始まる。
「———なッ!?」
右の拳を上手く受け流された呂は勢いそのままにタックルを仕掛け、最愛の見えない鎧ごと鷲掴みにした。
真由美と摩利を完全に無視した動きに一瞬最愛が動きを止めたのを感覚で察した呂は、そのまま地面へと叩きつける。
その凄まじい衝撃はアスファルトを陥没させ、最愛の全身から空気を奪い去った。
「このッ!」
「駄目よ摩利! 絹旗さんに当たったらどうするの!」
呂が予想していた摩利と真由美の攻撃は、まさかの形として止んだ。
二人の目には今、最愛が人質として捕られていることになっている。
無暗に攻撃しては最愛に攻撃が当たってしまうリスクが非常に大きい、という嬉しい誤算によって戦況が一変したのを呂は明確に感じ取っていた。
それならば、溜めに溜まった鬱憤をここで発散させよう。
思い浮かんでくる先のことを考えて獰猛な笑みを浮かべた呂は、時の流れがゆっくりになっていくのを感じた。
感覚が研ぎ澄まされて行くような、そんな感覚。
最愛という人質を取った以上、攻撃するべきは後衛の二人だ。
狙いを付けて一歩を踏み出そうとしたその瞬間。
上から降ってくる影が目に入り、驚愕に瞠目する。
ゆっくりと過ぎる時の中で目にしたものは、既に栓が抜かれている手榴弾だった。
一体何処から———という思考には反して、その視線は迷うことなく自身が抱えている少女へと向けられた。
野生の勘が告げているのだ。
この少女が、何かをやったのだと。
見誤った、とは思わない。
視界の中で苦悶の表情を浮かべていた少女の口がゆっくりと吊り上がるのを見て確信した。
この一体どのタイミングで投げたのかは分からないが、この手榴弾は間違いなくこの少女が投げたものだと。
手榴弾は既に目と鼻の先。
その爆発プロセスが完了すれば、肉体は無事でも視覚はしばらく使い物にならない。
そしてこの三人を相手に視覚を封じられて勝てるかと言えば、流石の呂も否と答える。
あまりに呆気ない終わりだった。
まさか最後の決着が魔法ではなく銃火器の類になるとは、誰が予想しただろう。
何故手榴弾なんかを高校生の魔法師が持っているのか、何故このタイミングで使おうと考えたのか、一体いつ使ったのか。
疑問は多く浮かぶも、その答えを得ることはもう叶わない。
不完全燃焼な虎の眼前で、終幕の合図が光り輝いた。
♦ ♦ ♦
視覚を奪われた呂は、あまりにも呆気なく最愛たちの手によって捕虜となった。
勿論抵抗しなかった訳ではないが、視覚を奪われた状況でこの場にいる三人を相手にするのはいくら呂剛虎といえど不可能だ。
捕虜になった呂は近くで飛行していた黒いスーツを纏った集団———一〇一旅団によって引き渡しが行われた。
その際に何人からか強い視線を受けたが、別に最愛が何をしたという訳ではなく最愛の所業を知っているが故の興味本位の視線だ。
ただ一人、別の意味で視線を送ってきた人物はいたが、その視線に最愛が首肯を返せば何も言わずに空へと去っていった。
「それにしても絹旗さん、怪我はない?」
「怪我は超有りませんが、打撲はしているかもしれません」
「あれを受けて打撲で済むこと自体がおかしいんだが……」
「ああ、全くだぜ。俺なんて一撃で死にかけたってのによ」
摩利の言葉に同意を示したのはレオだった。
レオは最初から、エリカも軽い脳震盪が起きていただけで意識はあったため途中から戦いを見ていたのだが、その言葉には多分の悔しさが滲み出ている。
特にエリカは立ち上がってからずっと空を見上げて拳を握りしめており、口を真一文字に閉じたまま一言も喋らない。
「私は超能力で受けてるのでまだ問題ないです。どちらかといえば生身で受けてるはずのレオが無事なのが超驚きなんですけど」
「そりゃあまあ、頑丈だからな」
頑丈、で済ませてはいけないレベルだとは思うが、そこは突っ込まない。
「それで、何でこの四人だけが超ここにいるんですか」
「私が魔法協会支部に行くって話をした時に護衛として来てくれたのよ。他の皆は先に到着した北山さんのヘリに乗って避難したわ」
十師族の一員として魔法協会支部は守らなければならない拠点だ。
最小限かつ最大の戦力がこの四人だったと最愛は解釈した。
実際は最愛が暴れまわったことで救助がより円滑に行われたためこの四人しかいなかった、というのが答えなのだが、それを知るものはこの場にはいない。
「そういえば最愛よお、夏休み明けてから一度も学校に姿を見せていないけど、もう辞めちゃうのか?」
レオのその言葉で、エリカを含めた全員の視線が最愛へと注がれる。
最愛の復学。
今ここに最愛がいるからこそ問うことができる質問だ。
「私自身戻れるとは超思っていないのですが、実際今の状況って超どういう感じなんですか」
「……十師族に関連することで登校が難しいと私と十文字くんが直接校長に交渉してるから退学にはなっていないわ」
実際に真由美と克人の尽力は大きく、加えて最愛には九校戦の新人戦クラウド・ボールにて優秀な成績を収めたこともある。
この二つによってギリギリを彷徨っているだけであり、これ以上休みが続くようなら自主退学という処理が為されてしまうのは自明の理だ。
むしろよく退学になっていないとすら思ってしまう。
「だけど百山校長は権力とかを嫌っているから、これ以上は無理よ。だから絹旗さん。私が言えることではないのだけど、私は絹旗さんに戻ってきて欲しいと思っているわ」
真由美の言葉の真意を他の三人は知らない。
だがこれは真由美の本心でもあった。
苦手意識は相変わらず残っているが、それ以上に最愛を苦しめてしまった。
真由美の預かり知らぬところで起きていたこととはいえ、学校に来れない一因を作ってしまっていたのも事実だ。
それを糾弾されたとしても、真由美には真摯に受け止めることしかできない。
だがその心配は、晴れた声によって杞憂に終わる。
「真由美が超気にする必要はありませんよ。私が超やりたかったことは全て終わりましたから」
「で、でも絹旗さん……」
「全てのことが超綺麗に片付きました。それならもう、過去のことは超どうでもいいじゃないですか」
すんなりと出たその言葉に最愛は多分の驚きを覚えるが、それも一瞬のこと。
かつて潮に言っていた過去の清算が全て終わったことの証だと思えば、それ以上に嬉しいことはないだろう。
今の最愛には本気で心配してくれる先輩や友人がいて、本気で怒ってくれる親友がいる。
いつでも帰ってきてねと見送ってきてくれる仲間がいるのだ。
「帰る……場所ですか」
「どうした? 絹旗」
「超何でもないです」
そう、今の最愛には帰る場所があるのだ。
どれだけ無茶苦茶なことを言っても、どれだけ我儘なことを言っても、正面からぶつかりあって、それでも最後は背中を押してくれる、そんな大切な人たち。
ブロロロという音を立てながら、ヘリが遠くから飛んできていた。
そのヘリは、北山家から追加で送られてきた迎えのヘリ。
その迎えのヘリで手を振る二人の姿を認めて、最愛はふっと笑った。
本当にどこまでもお人好しな人達だ、と思わずにはいられない。
だがそれが非常に心地よかった。
だからこそ、この言葉は最初に届けたいと思った。
二人のために、この言葉はずっと取っておいたのだ。
それは、親愛なる友へ捧げる最上の感謝の言葉。
「ただいま、雫、ほのか」
これにて完結となります。
予約したのに明日の日付になってたという、最後の最後でドジを踏みました。
散々亀更新しておきながら結局最後は駆け足っぽくなってしまったのは非常に申し訳なく思います。しかしこの作品を通じて私の知見も広がりましたし、新しい輪を作ることもできました。
改めてここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
今後はダイジェスト方式、最愛に対する各キャラの批評、本編でもあり得たかもしれないIFストーリー等を載せて行こうかなと思いますので、興味がある方はお気に入りをそのままにしておいていただけると嬉しく思います。
改めまして、皆様ありがとうございました。
追記6/13 21:17
違う保存データで投稿しており、急いで加筆修正行いました。
違和感を覚えた方も多くいると思います。
誠に申し訳ありませんでした。