「まさか、貴方がこうして捕まるなんて。奇跡っていうのは起こるものなのね」アイエフは俺の方を見て、言った。「奇跡なんて、本当は無いと思っていたのだけど」
「……俺と関わるなと約束したはずだ」俺は、アイエフを睨みつける。
こうしてアイエフを睨みつけたのは、初めてのことかもしれない。
「あいにくだけど、私だって、関わろうと思ってこうしているわけじゃないわ」アイエフは、コートのポケットから携帯を取り出しながら、俺の目の前に座った。「確かに、貴方と話がしたいと言い出したのは私。でもそれは、私の立場上での行動。こういう状況が作り上げられたのは、完全に偶然。だから、私の前職が貴方と同じだったことは、女神たちにはバレていないわ」
「そうか」俺はアイエフの瞳を見ながら「それじゃあ、俺は何をすればいい?」
「……先に言っておくけど、どんな内容でも、動揺しないで頂戴」
「分かってる。それくらいの覚悟は出来てる」
「じゃあ言うわ。貴方には潜入任務に協力してもらう」アイエフは簡潔にそう言った。
……潜入?
「……言いたいことは色々とあるが、そんな簡単なことでいいのか?」
「構わない、というよりは、そうして貰った方が助かる。と言った方が良いわね。この手の仕事はいつも人手不足なのよ」
「まぁ、それは分かる。それで、場所は?」俺は単刀直入に尋ねる。
「リーンボックスにある、違法ギャンブルを行なっている店。主な内容は聞き込み。対応は貴方に任せるわ」
「了解」俺は自然と、足に力を込めていた。癖というのは恐ろしい。
「装備は、ラステイションの方で用意しているのを使用してもらう。ちなみに、装備の中には、貴方が裏切ったとき用の麻痺針が仕組んであるのも混じってるわ」そう言ってアイエフは、手に持っていた携帯を俺の前に置いた。「それは指定されていないものだけど、連絡用に持っていて頂戴。ラステイション側が知るとマズイような情報は、こっちにかけるように」
「分かった」
俺はそこまで言って、頭に中で情報を整理する。リーンボックスで潜入任務。数少ない違法ギャンブル店の調査。行うのは聞き込み。……。ん?
「……さっきの口ぶりから推測するに。さてやお前、ラステイションの人間じゃないな?」……あ。やべ。
おそらく、自覚剤が抜けきっていなかったのだろう。俺はつい、そんな事を口走ってしまった、地雷を踏んでしまった、と直感する。……が、それをへし折るかのように、
「あぁ、言い忘れてたわ。私いま、プラネテューヌの諜報部員をやっているのよ」アイエフはあっさりと答えてきた。「もちろん、スパイとかの非合法な手段は禁止されているけれど」
「……俺からふっかけた話題だが、言っていいのか? それ」
「貴方は表社会に一切関わろうとしないし、大して問題にならないでしょ……ほら、腕出して」アイエフはそう言って、コートのポケットを漁り始めた。おそらく、ヘアピンでも探しているのだろう。
「それでよく、諜報部員なんてやっていられるな」俺は手錠で繋がれた両手をテーブルに乗せる。人生のうちに、リードで繋がれている犬の気持ちを知ることになるとは、去年の俺は思いもしなかっただろう。「それに、ピッキング技術なんて覚えてたって、使う機会がないだろ?」
「まぁ、技術は持っているに越したことはないから」アイエフは数本のヘアピンを手錠の鍵穴に差し込む。そして、少しヘアピンの先が沈んだあたりで、「あー。これはナメられてる。並びが簡単かつ単純だわ」とぼやいてきた。
「……鍵は貰ってないのか?」俺は、単純な疑問をぶつける。
「うちの国の技術を盗まれたらマズイからというのと費用削減のため、基本的に鍵は作ってないんですって」
「……そうなのか」
「しかも、諜報部員なんだから、ピッキングくらいできるだろ。なんて言ってくれちゃって。ピッキングするにも体力がいるってことをなんで理解してくれないのかしら、ほんと」
「……そうか」心なしか、俺を繋いでいた手錠を外すアイエフの手先が、少しだけ荒っぽくなっていたように見えた。
3
「こちらコード1。定位置に着いた。どうぞ」
『了解。こちらはもう既に準備完了済み。作戦通り、21:00に潜入開始』と、耳元の通信機から聞こえてきた。
俺は「了解」と返事をしてから、腕時計を見つめる。20:57。あと三分前後。この三分間は、雑に付近をぶらつきながら、時間を調整する。事前にラステイション側に確認を取り、三十秒のズレは許容範囲として認めると、許可を得ている。
緊張はしていない。あるのは恐怖だけ。それも、失敗というものではなく、潜入中にラステイション側の人間に殺されるという事態が起こり得るという妄想によるもの。
そしてそれ以前に、この任務も一つの罪だ。それを考えたら、あっちが殺してくれるというのは有り難い限りだ。死んで許される罪ほど軽い罪は無い。一番重い罪は、死ぬことが許されない罪。
『カウントダウン一分前』
俺の心臓が叫んでいる。死ぬのは罪だ。自殺こそ、己の人生に対する無礼だ、と。心臓が、俺に生という釘を打ち付けてくる。
『三十秒前』
それに、あの女神様は俺を殺さない。……絶対に。
『潜入開始』
「こちらコード1、潜入開始」
俺は少し崩れた歩き方でその店に近づき、扉を開ける。少し存在感を出しつつ、かつ目立ち過ぎないように、店内へと入る。
XX17年 1/XX 21:01 潜入調査
「……見ねえ顔だな」店内すぐのカウンターで雑誌を読んでいた店長と思われる人物が、俺に声をかけてきた。「他所もんか?」
「他所者じゃないと言えば嘘になる。俺は元々ラステイションの人間だ」俺は、ある意味本当で、ある意味嘘とも言える事を言った。
「なんで俺ん店に来た」店長はタバコを取り出し、火を点ける。
「ここ数年で、一気にラステイションの規制が強くなったのは知ってるよな? そのおかげで、俺の知っている限りの店は、全部潰れっちまったんだよ」
「なんなら、プラネテューヌやルウィーに行きゃあ良かっただろ」
「プラネテューヌは行った。でも、そっちで色々と酷い目に遭ったもんで、逃げてきた。ルウィーは最後に回してる。あんな極寒の地を歩き回るのは、ちと気が引ける」
「寒がり特有の消去法を使ったわけだ」
「そういうこと」俺はそう言って、店内を見回す。やはりというべきか、空いている席はない。全員、テーブルに置かれている大金の詰まったゲームに夢中だ。「……懐かしい音だ」
「ま、立っているのもなんだ。とりあえずそこに座りな」店長はそう言って、近くの椅子を指差した。俺はそこに座り、店長と向かい合う。店長は「今のラステイションの裏はどうなってる?」と尋ねてきた。
「最後にラステイションに居たのは二年前だから、最近はよく知らないが、その時でもう既にかなり潰れていた。おそらく、今頃はほとんど残っちゃいないだろう。プラネテューヌは逆で、増えてるっぽいが」俺は答える。嘘はついていない。
「ラステイションのクズがプラネテューヌに回った感じか」
「おそらくは。しかも、特に民度の低い奴らが、ね。俺はそいつらに三回くらい、腹いせに腕に根性焼きをされかけた」
「うひゃあ、そりゃあ酷え。逃げたくなったお前さんの気持ちが分かるよ」店長は、タバコを灰皿にグリグリと押し付ける。「それを考えると、ここの連中はまだ民度が高いんだな。感謝しねぇと」
「と言うことは、騒ぎになったりしないのか?」
「あぁ。見ねえ顔が勝手に暴れ出すことはあるが、常連が暴れることはねぇ。ここにいる奴らは全員、『マジコンショック』で職を失った輩だ。最低限のリテラシーは持ってる」
「『マジコンショック』でってことは、ここにいる奴ら全員がクリエイターだったわけだ」
『マジコンショック』。四年前、違法マシンであるマジコンの一般流通により、食っていけるクリエイターが減り、結果、多くの失業者を産んでしまったという大事件だ。
「皮肉だな。違法で苦しめられた人間が、こうして違法で生きていくしかなくなってしまったってのは」俺は辺りを見渡し、元クリエイター達を見る。その後ろ姿に、輝きは一切見られない。「辛い世界だことで」
「それは、違法に手を染めているお前さんにも言えるがな」店長はそう言って、タバコを点ける。「お前さんはどうして、違法に手を染めた?」
「つまらない話だ。俺は、犯罪を当然のようにやってのける親の元で育ってな。気付けば違法に染まっていたんだよ」別に隠す事でもない話だから、正直に話す。「俺の意思で違法に手を出したのは、四、五歳の時だった。当時の俺の食事は朝晩の二食で、内容はずっと塩無しの握り飯一個。あん時の俺は、一度でもいいから、監獄食くらいの贅沢な食事をしたかった。そんだけの理由。今思えばクソみたいな理由さ」
「……お前さんも苦労してるのな」
「その分、自由を知れた。だから、苦労したとは思っちゃいない。後は……」
「後は、なんだ?」
「夜のルウィーは死ぬほど寒いって事を知った」
1
「店長、ここってトイレはあるか?」俺は、店長にそう尋ねた。
「いいや。うちにはない。行きたいなら、ここから十分ほどの公園のを使うしかない」店長は答えた。
「そうか。じゃあ、行ってくる」俺は椅子から立ち上がり、言った。「すぐに戻ってくる」
「そろそろ、テーブルシャッフル*の頃合いだ。そこまでに帰ってこないと、また席がねぇ事になるぞ」
「了解」
俺は、扉を少しだけ開け、左右を見渡してから、店を後にした。通信機の通話モードを開く。
「これからどうする?」俺は尋ねる。
『テーブルシャッフルと同時に突入する。聞き込みご苦労だった』通信機からは、そう返事が来た。
「了解。コード1、帰還する」俺はそう言って、例の地下牢獄の方へと歩き出した。
*『テーブルシャッフル』。ゲイムギョウ界の用語。テーブルに座っている人をシャッフルし、ギャンブル特有の悪い流れを平等にすることを指す。また、この行為によって、流れが悪くなることを、航海時の津波とかけて『悪天候』と呼ばれている。
XX17年 1/XX 23:00
「俺はやれと言われたことはやった。俺の役目は終わった。だから、さっさと殺してくれ」牢獄へ戻った俺は、
「それはできないわ」目の前で足を組んでいる
「……罪と罰は釣り合うべきだ」
「何か言ったかしら?」
「俺に構ってるくらいなら、その時間を人の悲鳴の一つや二つを聞き入れられる余裕を作る時間に回してくれ言ったんだ」言い直すのが面倒だったから、雑に本音を言ってみた。
最初は、俺みたいな人間と構っている時間の間で、不幸になっている人間の数を考えてみろ。と言おうと思ったが、やめた。
「あら? 私を心配してくれるの?」
「女神様が国や人を変えるんだ。心配して何が悪い?」
「それは、皮肉かしら?」
「解釈は人それぞれさ。それが皮肉だと思うのなら、そう受け取ればいい」伝わらなくとも、伝えるだけで満足することだってある。俺はそう思っている。
「…………あっ、そう」
…………。
……。
そして、時は流れる。