空の国の聖都にて。
聖都の中心にある聖宮の一室に、ミシェリアとピスティアが出かける準備をしていた。
「ミシェリアさま、今日はどちらまで行かれますか?」
「今日はそうですね、ただ聖都を見て回りましょうか」
ミシェリアの落翼の日、聖ミシェリアの奇跡と呼ばれる日を越えてから聖都は変わっていった。
空の国の信仰がとりわけ根強い聖都でも、少しずつ地上への意識が変わりつつある。変化は地上に対してだけでなく、ミシェリアに対しても、変わっていった。
ミシェリア自身が自ら羽ばたくことができるようになったこともあるが、聖宮も聖翼ではなく聖女ミシェリアとして見るようになりつつある。
そういった新体制の結果、今までのように厳重に守るのではなく、こうして聖宮の外に出れるようになったのだ。
「あ、今日は三つ編みなんですねっ。すごくお上手ですっ!」
ミシェリアの髪型が変化していることにピスティアは気づいた。
ミシェリアは少し前まで三つ編みの結い方を知らなかった。やり方を教えたのはピスティアである。以前ならば、聖翼様にお教えするなど恐れ多いと言ってやらなかったこと。
「ええ、あれから何度か練習しましたから」
ミシェリアも褒められて少し嬉しそうにした。
聖都に降りても、持ち前の神聖さや親しみやすさで容姿を褒められることはあっても、髪型を褒められるということはあまりなく、聖宮でも同じだからだったりする。
ちょっとした友人とのやり取りに近いものを感じて嬉しく思えたのだ。
そういえば……、とミシェリアは初めての友人であるメルクにも、三つ編みを褒められたことを思いだした。
それと同時にもう一つ、思いだしたことがあった。
「そういえば、ラヴィオルの今日の予定は聞いてますか?」
「え? ラヴィオルさまのですか? たしか……今日は非番だったと思いますが」
「そうですか。ではラヴィオルの都合が良ければ、彼とも一緒に聖都を回りましょう」
「わかりましたっ」
聖宮守護団の現、団長であるラヴィオルはあの日以来、副官であるフェイエルを熱心に指導している。その熱意は凄まじく、ある種の執念を感じるほどだとか。それこそ非番であろうと文武を厳しく鍛え上げているのだ。
なんでも来年の弟の誕生日までに団長を任せるためだとか。
きっと今日もラヴィオルはフェイエルに厳しい指導を行っていることだろう。さすがに倒れるレベルのスパルタ教育はしないと思うが、助け舟のように時折ラヴィオルを呼びつけることも増えつつある。
そういった要素がなくともラヴィオルとは以前から共通の秘密があったため、それなりに共に一緒にいることもあるが。
ミシェリアは魔法を使い、ラヴィオルに呼びかける。
もしも手が空いているのなら、来てほしいと。
よほどのことがなければ手が空いていなくても来るとわかっているが、ちょっとした我儘なようなもの。ならば伺いだても必要だと考えたからだ。
「ミシェリア様、失礼します」
ほどなくして、ラヴィオルが部屋に訪れた。
「よく来てくれました。これから聖都を回ろうと思うのですが、もしよければラヴィオルも一緒にどうかと思ったのです」
「はい、ご一緒させていただきます」
「ではラヴィオルさまもご一緒ですねっ」
ラヴィオルの返事にピスティアも喜んだ。
「それとラヴィオル。髪についてなんですが」
ミシェリアがそのまま世間話をするかのように話しだした。
髪について、ということは三つ編みについて触れてほしいということだろうかとピスティアは推測した。
「髪、ですか」
「はい。動くときに、髪が邪魔に感じることはありませんか? 便利な方法があるのです」
ピスティアは若干推測と違う流れになっていることに気づいた。
しかし、そんなまさか、と自身が感じた流れを勘違いと処理した。
そんなまさか、ラヴィオルに三つ編みをしようなどと考えているはずがない、と。
「ラヴィオル、少し後ろを向いていてください」
「はい」
言われた通り、ラヴィオルは後ろを向いた。
背を向けるラヴィオルにミシェリアは近づき、その髪に触れ……
ピスティアはそれを見て、先ほど勘違いと処理したものが、勘違いではないのだと確信に至った。
(ああ、このひとは。いま、ほんとうに、ラヴィオルさまに三つ編みをなさるつもりだ)
ミシェリアがほんとうに聖女となった時と、全く同じような気持ちでそれを見ていた。
「……って、ミシェリアさま!?」
「どうしたのですか?」
「ピスティア殿、どうかしましたか?」
慌ててピスティアが正気に戻る。
一方で二人は普段通りである。
「いえ、ミシェリアさま。あ、あの、何故ラヴィオルさまに三つ編みを?」
「三つ編みは便利な髪型ですからですが……」
ひょっとしてダメでしたか、とミシェリアは小首を傾けた。
それに対してピスティアはどう返せばいいかわからなくなった。
ダメというわけではない。何か変ということはあるが、ダメというわけではない。
確かにラヴィオルの髪は長く、何かと邪魔な時もあるだろう。そんな時、髪を結っていれば大きく違うだろう。便利な髪型というのは間違いではない。
「だ、ダメというわけではなく……、えっと、やはり、ラヴィオルさま自身が望む髪型がよろしいかと」
しどろもどろになりながら、ピスティアは言葉を紡ぐ。
内心ではちょっとだけ三つ編みのラヴィオルを見てみたいと思いながら。
「たしかに、それもそうですね……」
ピスティアの内心は置いといて、ミシェリアは納得を示した。
ラヴィオル自身が今の髪型をとても気にいっているのであれば、変えるわけにはいかないと思い直したのだ。
それでも、便利なものを教えたいという純粋な善意が少し心に残った。
僅かにミシェリアは残念な気持ちを表に出してしまった。
そしてこの場にいる者たちは、僅かなミシェリアのがっかりに気づくことができた。
咄嗟にピスティアとラヴィオルの二人は目配せする。
この瞬間、気持ちが確かに一致していた。
「ラヴィオルさまはどう思われますかっ!」
「そうですね。確かにこの髪が邪魔に感じることが多々あります。良ければミシェリア様にその、便利な三つ編みを教えていただきたいかと」
「だそうですっ!」
侍者と守護団長の連携は一切の淀みがなかった。
「わかりました。ではラヴィオル、すみませんがもう一度、背を向けてくれますか?」
「はい。お願いします」
ピスティアは内心ラヴィオルに謝罪と感謝をした。
ミシェリアの表情を曇らせなかったことに感謝を。男性でありながら、三つ編みをすることに対して謝罪を。
(ですがラヴィオルさま、今日だけはお願いします)
今日だけは、今日だけは三つ編みで過ごしてほしいと願う。
願わなくても忠臣であるラヴィオルは三つ編みで過ごすとわかっているが、それでも願わざるを得なかった。
そんな願いをするピスティアの耳に、ミシェリアの言葉が聞こえた。
「今は私が結いますが、慣れればすぐに自分でも出来るようになりますからね」
ミシェリアは善意100%でこの言葉を言った。
この言葉は、今日だけ三つ編みで過ごせばと思っていた二人には衝撃だった。
もちろんその衝撃を表に出すことはない。
ラヴィオルはただ静かに、
「……精進します」
忠臣としてあるべき姿をその身で示したのだった。
もしかしたら、聖女であるミシェリアでなくても同じ返事をしていたかもしれない。純粋な善意は非常に断りづらいものなのだ。
「ふふ、そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ」
ラヴィオルの固い返事を聞いて、微笑みながら結っていくミシェリアの姿は、ごく普通の少女のようだった。
その日からしばらく、守護団の副官フェイエルを厳しく指導する三つ編み団長の姿が聖都で話題となった。
アニメ化記念でアニメの範囲の国イベを書いてきましたが、次回はアニオリっぽいですね。
次回は更新はちょっとわかりません。
可能なら国イベ関連でなくアニメ関連で国を絞らず書きたいなと。
まあできるかわからないので、更新は未定ということで……