「ここがシュトルツの国、か。奇妙な光で満ち溢れているな。あれもえれき、か?」
「そうだよ、ちいさん。ここではエレキは生活の基盤だからね。どこにでもあるよ」
「御下槌とは、いや、和の国とは全く異なるな……」
「エレキの国ではこの光景が普通だからね。そして今日この日から、このエレキの国も今までとは異なる姿に生まれ変わるのさ。ボクら蠱惑的な二人組によってね」
「ここなら他にも調石師はいるんだな。もっとまともなやつで」
「ひどくないかい!?」
相も変わらず煩いシュトルツを流して、ちいまるは見える光景を堪能する。星とは違う奇妙な輝きで溢れる街並みはまさに異国の地だということを強く教えてくれた。
シュトルツではないが、この地で、えれきふぁいたあとして頂に辿り着く。その決意をさらに固めながら、未だに騒いでいるシュトルツに案内を頼んだ。
それを聞いてシュトルツは嬉しげに笑う。その姿を怪奇そうに見れば、その視線に気づいたのか喋り出す。
「フフ、御下槌ではちいさんに案内してもらったけど、ここだと立場が逆転だね」
「お前の案内はなんとも不安だが、仕方あるまい……」
「さあ行こう。エレキ・ファイト界の歴史に刻むための第一歩を!」
「ただの案内だがな」
ちいまるは疲れ気味に言う。長旅の疲れなどではない。シュトルツの奇行に疲れているのだ。
先程から騒ぎ続けるシュトルツを、周囲の人々も変なものを見るような目で見ている。その様子からやはりシュトルツはエレキの国でも変人なのだと確信した。
しかし、周囲の視線はシュトルツだけでなくちいまるにも注がれている。
「……もう少しまともに振る舞えないのか。俺まで変人扱いされてしまう……」
「このくらい慣れてもらわないと。なんたってボクらはエレキ・ファイト界を大いに震撼させるんだからね。それと、この注目はちいさんの格好が珍しいからだからね?」
「えれきとはこういうものではないのか……」
絡繰の比率が高いあまり、普通のエレキのようにコンパクトサイズにならない。そのため、ちいまるは絡繰とエレキの合作、払暁蜘蛛を装着しているのでかなり目立つのだった。
「それじゃあ、さっそく行こうか! チケット売り場に!」
「動く箱に乗るためだけでなく、宿を借りるにも特別な売り場があるのか……」
「宿じゃないよ。エレキ・ファイトのチケットさ!」
シュトルツのことだから観光だ旅行だと言って、訳のわからない場所に付き合わされるのかと思いきや、存外まともな場所であることにちいまるは少しの感動を覚えた。
この国に来たのはエレキ・ファイトの頂を掴むため。その夢のために熱くなる姿に、ちいまるもまた、熱くなる。決して表には出さないが。
えれきふぁいたあになったが、自身の基盤は忍びなのだ。もう忍びではなく、また、刃も大馬鹿に砕かれ心をさらけ出したりもしたが、それでも心は刃の下に。一方でシュトルツという大馬鹿は心を剥き出しだが。
ちいまるとしても、観光などよりエレキ・ファイトに興味がある。頂点に至るにはエレキ・ファイトの知識を培わなくてはいけないのだ。
シュトルツからエレキ・ファイトの話を聞いても興奮のあまりか、基本的に何を言ってるのかわからない。それに百聞は一見にしかず。この目で実際に見たほうが早いと考える。
「今からだとあまり良い席はないかなぁ。ちいさん、F席でいい?」
「何でも構わん」
「オッケー。初めて見るエレキ・ファイトがこの試合だなんて、ちいさんは運がいいよ! いや、ここはこの日にエレキの国に戻れるよう日程調整をしたボクの手腕が素晴らしいのかな?」
「ただ腹を下して旅程を遅らせただけだろうが……。で、どんな試合なんだ?」
「今エレキ・ファイト界で大人気の二人、クレアさんとステルラートさんの試合だよ! ……まぁエキシビションマッチだけどね。それでもほとんどの席は埋まっちゃうくらいすごいのさ!」
「えきしびじょん……?」
和の国では聞きなれない単語ばかり出てくることにちいまるは困惑した。最も今に始まったことではないが。
「行くよちいさん!」
そしてシュトルツが勝手に行くのも今に始まったことではないが。
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「あれがえれきふぁいとというものか……単純な力比べとは訳が違うな」
「ファイターによって戦い方も違ってくるのさ。そしてその戦い方に合わせて調石するのがパートナーの調石師の役目。戦いは見えない場所でもすでに行われてるんだ。つまりボクは影が戦場、ちいさんはステージが戦場だ」
興奮のあまりか、シュトルツが普段より心なしか早口だ。言葉の内容は、相も変わらず距離をとりたくなる内容であるが。
「これから忙しくなるよ。払暁蜘蛛の訓練だけじゃなくエレキ・ファイトの修行、対戦相手の研究もだ!」
シュトルツが今後の方針を力強く言った。夢に関しては具体性が見えてくる姿にちいまるもわずかに感心する。それに応えるためにちいまるも気づいた点を言うことにした。
「払暁蜘蛛は絡繰の比重が高いあまり、耐久性は低い。敵の動きを研究し、攻撃を受けない立ちまわりが必要だな」
「見た目は頑丈そうだけどね……。ギャップ萌えというものかなこれ……」
エレキに関してはシュトルツより知らないため、素人目の意見となる。だが、戦闘に関してはちいまるの方が詳しい。
きっと、ここで止まるべきだった。
エレキ・ファイトで興奮したのはシュトルツだけではなかった。ちいまるも、高揚してしまったのかもしれない。ほんの僅かに、ちいまるは先走ってしまった。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず、ということわざがある。俺達は才がない。経験がない」
「う、うん。そうだね」
いつもとどこか違う、口数が多いちいまるの姿に僅かに戸惑うシュトルツ。そんな彼女の姿を気にせずちいまるは言葉を続ける。気分はきっと先生なのだ。
「つまり俺達は互いに己を知っている。あとは敵を知ることだ」
「うん。研究するね」
「ふぁいたあに関しては競技としてある以上、試合の記録がとってあるのではないか。故にある程度はわかるだろう」
「う、うん」
「だが、その相方である調石師についてはそう簡単にはわかるまい」
「て言っても調石師はファイターのエレキの調石が仕事だから、優秀かどうかってくらいだし……だいたいは優秀な調石師だと思うけど」
ちいまるの調石師も調べるべきという主張をシュトルツはやんわりと否定した。
「どのように調石をしているか、調石時の癖、調石を行う前に何をしているのか。これらを知るだけでも俺達には収穫となる」
「ちいさん……、もうそれストーカー入ってない? ちいさんなんか暴走してない?」
横文字に弱いちいまるにはストーカーが何かわからなかった。だが、シュトルツが乗り気ではないことがわかった。
「暴走してない。お前はおとなしく待っていろ。あの二人の調石師を調べてくる」
思わぬ何かを掴むかもしれない。そんなことを期待しながらちいまるは影に潜む。
それにシュトルツに、他の調石師のようにまともな性格になってほしい。他の調石師は大馬鹿行為はしてなかったぞ、と注意出来るようになれば、今後は楽になれると信じて。
・・・・・・・・・・・・・
ちいまるはまず、クレアの調石師、エマの様子を隠れて観察することにした。
シュトルツと比べてどこかおっとりしてるような雰囲気に、やはり他の調石師はまともだと感じた。目の下に隈があるのが少し気になるが。
「うぅ~ん、やっぱりイベントが近いと色々カツカツだぁ……。クレアちゃんには休めって言われたけど……うぅ~ん、よし! 録画してたのを見てから考えよう!」
誰もいない中の発言。バレたわけではなくただの独り言のようだ。
ちいまるが隠れていることに気づかぬまま、エマは鞄からエレキを取り出した。調石を行うのだろうか。そのまま監視を続ける。
「……は?」
思っていたものと異なる光景に、思わず声が漏れた。幸いエマは気づかなかったが。
気づく余裕がなかっただけかもしれない。エマはエレキから映し出される奇妙な映像を、食い入るように眺めていたからだ。
なんだあれは。ちいまるには理解できない。それも仕方ないことかもしれない。和の国には映像を保管する技術はなく、そして流れている映像は『パッション・ローゼ外伝~ユージュの一日~』である。
エレキの国のオタク文化について全く知識のないちいまるには、やたらひらひらした服を着ている娘と、なんだかよくわからない謎の生きものの生活している映像。
ちいまるは困惑するしかなかった。とても調石に関係するとは思えない。
「あぁ……、心が、私の心がパッション・ローゼで浄化されていく……。ん? え、この展開って第23話のセルフオマージュ? え、え……そんなコスチュームに公式が!? 原作になかった展開! ああああ! ちゃんとすぐにチェックしてたら今日のクレアちゃんの衣装を合わせれたのに……。絶対似合う……想像するだけで……、キャー!! クレアちゃーん!!!」
この女、ヤバい。
いくら独り言とはいえ、興奮しすぎだ。シュトルツの方が幾分マシに感じるほどに。
ちいまるはそう認識した。
彼はコアなオタクの熱い魂に、若干引いてしまった。
ちいまるはそれから暫く様子を伺っていたが、エマは発狂するばかり。この調石師はヤバい、という収穫しか得られなかった。
・・・・・・・・・・・・・
先程のエマの狂乱ぶりを頭から振り払い、ちいまるは続いてステルラートの調石師、ゼハネルの様子を隠れて観察することにした。
「……」
無言。
突然独り言をするわけでなく、静かにエレキの調石を行っている。その姿に、ちいまるは安堵した。
シュトルツやエマを見て、調石師は皆変わり者なのではという不安に駆られたからだ。
しかし、ゼハネルは普通だ。突然興奮しだすこともないし、訳のわからない言葉を連呼するわけでもない。静かに調石をしている。まさに職人、技術屋である。
「……」
調石をしていたゼハネルだったが、辺りをキョロキョロと見渡したあと、何やら大きな荷物を取り出した。
ちいまるはより注意深く監視を行う。何か調石に関する秘術やもされぬと考えたからだ。
「……は?」
ゼハネルの行動に、ちいまるは思わず声が漏れた。幸いゼハネルは気づかなかったが。
単純に聞こえなかったのかもしれない。ゼハネルは訳のわからない被り物で、顔全体を覆っていたからだ。
被り物はエマが見ていた映像にでてくる謎の生きもののようである。間抜け面の熊か猫のような、そして目に光が一切ない珍妙なもの。
ちいまるにはわからないが、エレキの国にある作品『パッション・ローゼ』のマスコットキャラクター、ユージュである。
兎に角ちいまるはただただ困惑するばかり。
そしてふざけた格好をしたゼハネルはそのままエレキをいじりだす。格好こそふざけているが、エレキの輝きは素人のちいまるから見ても凄さを感じれた。
そして───パッション・ローゼのフィギュアが次々と造られていった。
絶対エレキ・ファイトのための行動じゃない。素人のちいまるから見てもわかる戦いに無用なフィギュアの数々。
ちいまるは突っ込みたい気持ちをひたすら抑えた。心は常に刃の下に、なのだ。
「……今日は調子がいいや。やっぱり外伝のあの展開は創作意欲に強く刺激してきたからかな」
ユージュの被り物をつけたまま独り言を放つゼハネル。被り物の上から額を拭う動作つきだ。絶対汗なんて拭えてないが、そういう気分なのだろう。
「……」
ゼハネルの動きが止まった。フィギュア造りを止めて一体どうしたというのか。
「愛と希望、それはプリファイゆじゅ!」
なんだこいつ。
ちいまるは軽く目眩を感じた。
そのまま何度かポーズを決めるゼハネルを見て、疲労感がどんどんと募る。
一体自分は何に時間を費やしているのか、そんな疑念が湧くほどに。
(和の国に、御下槌に帰りたい……)
軽いホームシックに患いながら、ちいまるはその場を後にした。
・・・・・・・・・・・・
「あ、ちいさん。思ったより早かったね?」
「ああ……」
シュトルツと合流したちいまるは相変わらず疲れ気味である。
「シュトルツ……」
「な、なにかな。そんな疲れた顔して何かあったのかい」
「お前は案外まともなのかもな……」
「ちいさん何見てきたの?」
「というより調石師というのは全員変人なのかもな……」
「風評被害がひどい!?」
まずはエレキに慣れるだけでなく、変人たちとの付き合いにも慣れなくてはいけないと思うと、げんなりするしかないちいまるだった。