というかヤツィ進化のプロフ関連
見習い巫師であるヤツィは餓えていた。
食べ物に餓えているわけではない。お腹はむしろ満腹だ。ついさっき晩ご飯を食べたばかりなのだから。ハンバーグではなかったのがやや不満だが、チキンステーキというのもとてもジューシーであった。
では何に餓えているのかというと……
「レガリアの位置がわかったのに未だに見習い巫師って、そこのとこどう思いますか。兄さま。あれはほとんど合格だと思うんですよ」
「俺に言われてもだな……」
『見習い』という肩書きがなくなる機会である。
前回の英雄探しでの聖地の件を引きずりながら文句タラタラだ。
「他に誰に言えばいいんですか! わたしが見つけたレガリアを横取りした兄さま以外の誰ですか!」
「ま、自然神に……」
「言えるわけないでしょう!」
「じゃあアロロアだ! もとを正せばたいていはあいつのせいだ!」
「たしかに!」
「濡れ衣にも程がありますなぁ! お二人のワタシへのの扱いがどんどんひどくなって不公平ポイント爆上がり中ですぞ! アロロア泣いちゃう!」
「勝手に泣いてろ賞金首」
「ジャンゴ殿も賞金首では!?」
「お二人とも落ち着きを持ってくださいよ。それにもっと誠実な生き方をするべきだと思います」
「食い逃げ犯に言われたくないですぞ! やーい見習い巫師やーい! 食い逃げ技術は一人前やーい!」
「こ、このぉおお!!」
ヤツィは激怒した。必ずやこのハプニングメーカーたるアロロアに鉄槌をくださんと心に誓った。
「ほれほれ、ヤツィ落ち着け。そのアホにはなに言っても疲れるだけだ」
「くっ……! たしかに……!」
「ワタシの扱い本当にひどくありませんか? アロロアさんったら繊細な一人前の巫師ですぞ! もっとこの一人前に優しくして!」
「一人前……ぬがぁぁあああ!!」
ヤツィの怒りの矛先は完全にアロロアへ向かったようだ。ジャンゴはそのことに少しホッとする。このままジャンゴの手首に光るレガリアについてのことは忘れてくれないかと期待して。
まあヤツィは結構アホだし大丈夫か。
そんな失礼なことを考えながら二人の追いかけっこを眺めていた。
ふと思う。
ヤツィは水から自然神の声を聞くのが得意だ。あの聖地にあったレガリアは風の属性だった。
そしてそのレガリアに選ばれたジャンゴは風が得意だ。
巫師の聖地はなにもあそこだけではない。各地にあるのだ。その中には当然風以外もある。
つまり、単にヤツィの属性と噛み合わなかったから選ばれなかっただけではないか。そう考えれた。
もっとも、巫師として(腹立だしいが)凄腕のアロロアが何も言わない辺り、そう単純ではないかもしれないが。
「なあ、アロロア」
とはいえジャンゴは聞いてみることにした。
「ホッ? なんですかな?」
「ヤツィのレガリアって属性が違ったからダメだった、とかだったりするか?」
「兄さま、そんな単純なわけないじゃないですか」
「おそらくそうでしょうなぁ」
「んなっ!?」
「まじかよ……」
あっさりとした肯定に拍子抜けしてしまった。
ヤツィは何か思うことがあるのか体をぷるぷると震わせて───
「そういうことはもっと早くに言えぇえええ!!」
「ぼぐぁ!?」
───アロロアのお腹へ勢いよく頭突きを行った。
「はっ! ということは水のレガリアのある聖地に赴けばわたしも見習いから卒業できるのでは? そうとわかれば聖地を探しましょう!」
気合いの入ったヤツィと呻くアロロアを見ながらジャンゴは思う。
……ますます親父に似てきた気がする。真っ先に肉体言語なあたりが。
そんな自分の妹分の、残念な成長の仕方に悲しく思えた。
「ほら、早く行きましょう!」
「わかったわかった。サクッと一人前になるか!」
「はい!」
「おおぉ……、鳩尾に綺麗に入って……。待って、ワタシはまだ休みたいですぞ……」
何か呻いていた気がしたが気のせいだと思うことにした。
それからしばらくして
「自然神が言うには、ここが水のレガリアがある聖地です」
「だいぶ『語り』も慣れてきたな、ヤツィ」
「そ、そうですかね。えへへ」
「ホッホッホ。やはり得意な属性というのも大きいでしょうな」
「だな。にしても普通の泉みたいだなパッと見は」
ジャンゴの言葉通り、そこはごく普通の泉に見えるものだった。
「もっと未来の大巫師さま大歓迎! みたいな雰囲気でもだしてくれてもいいよなぁ」
「聖地要素がなくなりそうですね」
「ホッホッ。ある意味観光名所になりそうですな」
気ままに実りのない会話を交わす。聖地が観光名所になる様子を想像したらありがたみが完全になくなった。
「では『語り』でレガリアについて聞いてみますね」
「おう!」
「さてさてどのような結果になるか」
「───わかりました。泉の中央にある浮島。そこにレガリアがあるそうです」
「なんともわかりやすい場所だな」
「ですな。いかにもな場所が正解だなんて少し捻りが足りませんなぁ」
「あっ、ですが───」
「それじゃ行くか! 競争でもするか! 俺より着くのが遅かったら奢れよ! よーいどん!」
「ジャンゴ殿ズッルーい! 待ってよー!」
「あははー!」
「なんですかそのテンション……。ってお二人とも! すぐに戻ってください!」
ヤツィが二人に止めをかけた時にはもうすでにジャンゴは浮島についていた。
「ん? ヤツィどうしたんだ?」
「兄さまは大丈夫みたいですね。良かったです」
「な、なんだ? 不安になるようなこと言って……」
「この泉には人に噛みつく魚がいるそうなんです」
「魚ぁ? 魚なんて放っておいて大丈夫だろ。むしろ捕まえて喰おうぜ。な、アロロア……?」
西部の国では魚は珍しい部類である。
魚が人に噛みつくなど生意気な話だ。魚は人に喰われるべきだ。そんな考えからジャンゴは賛同しそうなアロロアに同意を求めた。
そしてアロロアの様子がおかしいことに気づいた。
「アロロアくん? そのお尻のあたりから見えるヒレのついた尾は何かな?」
「ジャンゴ……殿……」
「あ、アロロアさん……お尻に!」
結構大きめの魚が噛みついている。
ジャンゴの位置からは尾しか見えないが、それでも大きいと思わせるサイズだ。およそ80センチはありそうな大きさ。その魚がアロロアの尻に噛みついているのだ。
「アロロア……」
「お……お助けを……」
ジャンゴに助けを求めるアロロア。
それに対し、ジャンゴは───
「ドンマイ! 強く生きろ!」
見捨てることにした。
「ジャ、ジャンゴ殿ぉぉ!!」
その仕打ちにアロロアが尻の痛みに耐えながら、なけなしの力を振り絞りジャンゴに駆け寄った。
しかし急な激しい動き。それに呼応するように魚の噛む力が強くなり───
「あ、アロロアーー!?!?」
「アロロアさーーん!?!?」
───盛大に前のめりに転んだ。
「だ、大丈夫か?」
見捨てることにしたと言っても、大事には至らないと思ったからこその判断。笑い話として使えると思っての判断だ。
しかし目の前で尻を噛まれながら派手に転倒されれば心配してしまう。
そのため、ジャンゴはやや腰を落とし、アロロアを起こそうと手を差しのべた。
アロロアは前のめりにに倒れながら、上体を起こし、ジャンゴの差しのべた手を───掴まずにさらに上へ手を伸ばす。
「へ?」
「……」
アロロアの手はジャンゴの顎に、正確にはジャンゴの髭を両手で摘まんだ。
「痛い痛い痛い! な、何してんだ!」
「溺れるものは藁をも掴むと言うのです! ワタシを助けると思って耐えてくだされ!」
「助かりたいなら髭じゃなくて手を掴め!」
「あ、ごっめーん。間違えちゃった!」
「こいつぅ!」
少しの沈黙が流れ……
「それより早く本当に助けてくだされ! ワタシのお尻の穴が増えてしまいますぞ!」
「勝手に増えてろ! いいから髭から手を離せこの!」
「あー! ワタシの尻より髭なんですか! なら絶対離しませんもんねー!」
互いを蹴落としあう争いが始まった。
なお、尻には相変わらず魚が噛みついているままである。
「兄さま! アロロアさん!」
ヤツィは醜い二人の争いを止めるために杖を握る。
このまま見ているわけにはいかない。自分の一人前になるためのいわば試練なのだこれは。そう自身に言い聞かせながら。
「今助けに行きますからね!」
「ヤツィ! このアホをひっぺがしてくれ!」
「ヤツィ殿! この髭を引っこ抜きませんか!」
ヤツィは泉に入る。
この騒動の原因は今アロロアの尻に噛みついている魚だ。つまりそれをなんとかしたらいい。髭ではない。
争い続けている二人のそばまでヤツィはたどり着いた。
そして───
「えいや!」
───魚に向かって渾身のフルスイングを放った。
その一撃は強く、魚も思わず逃げるほどだった。
そしてそれは当然魚だけでなく……その攻撃によって
「ワタシのお尻がぁぁあああ!?!?!?」
アロロアに、アロロアの尻に激痛が走った。
ヤツィの杖、というより棍棒での一撃はアロロアのお尻にまで襲ったのだ。
あまりの痛みにアロロアは思わず尻に手を持っていこうとした。
その行為によって
「俺の髭がぁぁああああ!?!?!?」
ジャンゴに、ジャンゴの顎に激痛が走った。
アロロアが助けを求めて掴んでいた髭が、咄嗟に手を引っ込めたおかげでごっそりと抜けたのだ。
「ま、まさかこんなことになるなんて……」
痛みに呻く二人を見ながらヤツィはただひとり、静かに呟いた。
ちなみにレガリアはその後、あっさり見つかった。
アロロアのお尻、ジャンゴのお髭の尊い犠牲はあったが、無事に見習いを脱却することができたのだった。