メルスト短編集   作:横電池

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機械の国2周目関連。




機械の国のお話(デンホルム、カルメン、ヒューズ、ジル)

 

 

 

 機械の国にある都市の近く、鉄屑が流れ着く廃棄場。

 その日も『擦苦羅風』が元気に力強く生活を営んでいた。

 少し前まではニコラの影芝居劇場で賑やかだったが、今はそのニコラも、そしてアンリまでも旅に出てしまっている。

 

 アンリまで旅に出ているのだ。

 

 そのことを擦苦羅風のリーダー、デンホルムはずっと引きずっていた。

 それはもう、毎日誰かに相談するほどに。

 

 

「かわいい子には旅をさせろって言うけどよ。確かにアンリはかわいい。かわいいけどやっぱり早すぎだと思わねえか」

 

「デンさん……、昨日も聞いたっすよそれ」

 

 

 昨日、今日と、デンホルムの愚痴に連続で犠牲となったのはヒューズだった。

 廃棄場の芝居小屋の点検後、時間が空いたからと話を始めたのが運の尽きだった。

 

 

「昨日よりも心配なんだよ! アンリが今頃泣いてるかもしれねえ! そう思ったらいてもたってもいられねえ! おれまで泣いちまう! なんで誰もアンリの旅立ちを止めなかったんだ!」

 

「涙こらえながら、笑顔で見送ってやれって言ったのはデンさんじゃないっすか!」

 

「アンリィ……」

 

 

 そこからまたも延々とアンリのかわいさとアンリへの心配を呪詛のごとく呟きだすデンホルム。

 ヒューズはまだまだ続きそうなこの状況から逃げたくなった。

 

 そんな時、珍しい来訪者がやって来た。

 

 ジルの義兄、カルメンだ。

 

 ジルを迎えに来るために廃棄場にこそ来るが、今日はジルは家にいるはずだ。カルメンが廃棄場に来る理由はない。

 仕事で巡回ということも考えたが、そもそも廃棄場は街に含まれていない。巡回の範囲内ではないはずだ。

 

 カルメンが廃棄場に来た理由はわからない。ましてやこの芝居小屋に来る理由などなおさらないはずだ。

 だがヒューズはカルメンをこの場に引き留めようと考えた。デンホルムの愚痴を聞く対象を増やすためだ。さりげなく自分がフェードアウトできる可能性をあげるためにも。

 引き留めるための言い訳を考える。

 しかしそれは無駄に終わった。

 

 

「きみたち、少しいいかな」

 

「ああ? おれたちに用か? 珍しいじゃねえか」

 

 

 カルメンから声を掛けてきたのだ。

 傷心なデンホルムも珍しいじゃねえかと思えるカルメンの行動によって、ひとまずはデンホルムの愚痴が止まる。

 

 

「ジルなら今日はこっちにはいねえぞ」

 

「ああ、うん。しってるよ。今日はジルを探してたんじゃない。きみたち、というかきみに相談があってね」

 

「あ? おまえが、おれに?」

 

 

 カルメンから名指しでのデンホルムへの相談。

 

 

「それなら俺はいない方がいいか?」

 

 

 ヒューズはこの好機を活かそうとした。廃棄場で生活していく上で強かさは大事なのだ。

 

 

「いや、いてもらってもかまわないよ。むしろいてくれた方がいいかもしれない。意見は多い方がいい」

 

 

 しかし、ヒューズは逃げられなかった。

 

 

「相談、か。わざわざ街じゃなくここまで来るってことは真剣なことなんだろ。おまえは廃棄場の住民じゃねえけど、相談にのってやるよ」

 

「ありがたいね」

 

 

 そう言ってカルメンは小屋の椅子に腰掛け、相談事を打ち明け始めた。

 

 

「実はジルのことなんだけど」

 

 

 ジルのことでの相談だとは予想がついていたので、デンホルムもヒューズも特に驚きはなかった。

 次の言葉を聞くまでは。

 

 

「わたしと一緒に、お風呂に入ってくれないんだよ」

 

「ヒューズ、これって取っ捕まえて牢屋にいれた方がいいか」

 

「未遂のうちにそうした方がいいかもしれないっすね」

 

 

 カルメンもジルも、すでに10代後半なはずだ。一桁の年齢であれば微笑ましい相談になるが、これはダメだ。さらにはカルメンとジルの二人は血が繋がっていない。なおのことまずい。恋人同士ならまあともかく。

 

 

「兄妹で一緒に入るのは普通のことだろう?」

 

「おれだってアンリに拒否されたんだぞおまえ」

 

「デンさん、ややこしくなるんで今はその話やめましょう」

 

「へえ、アンリの年頃でも一緒に入るのはだめなんだね」

 

「むしろなんでおまえは、ジルの年頃は大丈夫って思ったんだよ」

 

「むしろなんでデンさんもアンリと一緒に入れると思ったんすか」

 

 

 ヒューズは思った。ひょっとしてただ愚痴を聞いてた時よりも面倒な状況なのではと。

 

 

「まあ昔の話だ。アンリも成長したからな。旅に出るほど……、成長したからな……」

 

「むかしといまでは変わるものもある、か」

 

「そりゃそうだろ。この廃棄場を街も受け入れつつあるんだ。変わらないものもあるかもしれねえけどよ、なにひとつ変わらないなんてのはねえもんさ」

 

「だけどあの子は、むかしと変わらずうつくしいよ」

 

「なんの自慢だよ……」

 

 

 デンホルムもヒューズも、カルメンが予想以上にシスコンな様子に微妙な表情になった。

 

 

「まあなんだ。話がそれちまったが、ちっとはジルの気持ちになってやれ」

 

「ジルの気持ち……むずかしいな」

 

「そうか? 一緒に暮らしてるんだしすぐわかりそうなもんだが……」

 

「一緒に暮らしてなくてもわかりそうな話っすけどね」

 

 

 17にもなって血の繋りのない異性の家族と風呂に入るとか、少し考えたら嫌がるとわかりそうなものである。

 

 

「そうだな。一緒に暮らしているんだ。わたしもジルの気持ちに近づくようにしてみるよ。二人とも今日はありがとう」

 

「おう。まあ頑張れよ」

 

 

 デンホルムはカルメンに少しだけ仲間意識を強めた。昔、同じような悩みを抱えたものとして。もっとも、対象の年齢が大きく異なるが。

 ともかく同じ仲間としてアドバイスだけでは味気ないものに思えた。

 

 

「ほらよ、餞別だ」

 

 

 そう言いながらデンホルムは自身の自慢のリーゼントに手を突っ込む。

 そしてそこから、飴を取り出してカルメンに渡した。

 

 

「飴?」

 

「アンリは飴をやるとすげえ喜んでな。アンリとジルは歳が全然違うけどよ、味覚は似てる方なんだわ。この飴でもプレゼントしてやりゃ上機嫌にもなるだろうぜ」

 

「なら、ありがたくもらっておくよ」

 

「おう、ありがたくもらっとけ」

 

 

 カルメンは飴を受けとり、席を立った。どうやらもう帰るようだ。すかさずヒューズはデンホルムに解散をそれとなく言う。

 

 

「デンさん、俺らもそろそろ戻らないっすか」

 

「そうだな。今日の飯当番はヴァイゼルだし、変なモン入れられる前に止めねえとな」

 

「早く戻らねえとじゃないですか! 俺はこの国でまでわけのわからない料理なんて食いたくないっすよ!」

 

 

 ヒューズは慌てて戻っていき、カルメンも街へと帰っていった。

 デンホルムは愚痴り足りなかったが、カルメンの行動で明日にはジルが上機嫌な姿を見せるかもな、と期待しながら歩いて帰ることにした。

 あの銘柄の飴はデンホルムがよく買っているものだとジルも知っている。カルメンの気を利かせた行動にデンホルムも噛んでいるということをさりげなく、こっそりとアピールしたデンホルムだった。

 

 

 

 

 

 ところ変わってジルとカルメンの暮らす家。

 

 カルメンは帰宅後、ジルを探した。ほどなくしてどこにいるか判明した。

 ジルはどうやら浴室にいるようだ。

 

 ここで一緒に入ろうと迫るようなミスはもうしない。

 

 カルメンはまずジルの気持ちになろうとした。

 

 しかし、やはりむずかしく思えた。ジルのように強く、活力に満ち、うつくしい心。それと自分は遠く及ばないとどうしても考えてしまう。そのせいでジルの気持ちになれる気が全くしない。

 

 ならば、と考え直す。

 昼間に相談にのってくれた彼らの言葉を思い出した。

 

『一緒に暮らしてるんだし』

 

 と言っていた。そこから、一緒に暮らしている強みを活かせばいい、とカルメンは考え直した。

 

 その強みを活かしてジルの気持ちになる。たとえなれなくても、少しでもジルの気持ちに近づく。

 

 カルメンは、そのためにジルの自室へと向かった。

 

 

 

 

 浴室でさっぱりしたジルは機嫌良く自室へと向かう。お風呂に入っている途中、カルメンが浴室の外まで来ていて焦ったが、あっさり引き返したからだ。

 

 少しはいまの私を見てくれるようになったのかな、とジルは考えた。そのため上機嫌なのだ。

 

 鼻歌まで歌いそうな気分のまま、自室の扉を開ける。

 

 するとそこには、

 

 

「は? に、にいさん……?」

 

 

 カルメンがいた。

 

 カルメンがいることはまだいい。勝手に入っているのは全然良くないが、まだいい。

 

 

「なんで、なんで……」

 

 

 ジルは何度も確かめるように目をこすり、カルメンのを見る。しかしカルメンの姿は何度見直しても変わらず、

 

 

「なんで! 私の服を、着てるんだぁあああ!!」

 

 

 風呂上がりでなかったら周囲の鉄を集めて殴っているところだった。

 というか普通に殴った。

 

 一方でカルメンはどうしたものかと悩む。

 ジルの気持ちに近づくため、まずは形からとジルの服装を着てみたのだ。しかし着たところであまり気持ちはわからなかったが。カルメン的にはもう少し明るい色合いの服がいいなと思った程度だ。

 

 なんにせよ、ジルが凄まじくお怒りだ。

 

 表情にこそ出さないが、カルメンは少し動揺していた。してしまっていた。

 

 そこでふと、デンホルムのもうひとつのアドバイスが脳裏によぎる。

 

『この飴でもプレゼントしてやりゃ上機嫌にもなるだろうぜ』

 

 ジルがこれ以上暴れて家が壊れる前に、このアドバイスに従うことにした。

 

 

「ジル、落ち着いて。ほら」

 

「落ち着いていられるか! だいたいなんで私の服を着てるんだ! なんで着れるんだ!」

 

「ジル、これをあげる」

 

「は? 飴? そんなのでごまかせると……、ん? この飴の銘柄……」

 

 

 何やらジルの怒りは、動揺したカルメンの視点では、収まっていった。デンホルムのアドバイス通り、飴は効果的だったようだ。

 実際はただ怒りの矛先が別の方角へと分散されただけではあるが。

 

 

 

 

 翌日、デンホルムはジルから何度も叱られた。

 

 デンホルムは、カルメンとの仲間意識がその日からほとんど消えていった。

 

 

 

 

 

 

 


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