機動戦士ガンダムSEED Parasite Strike 作:見ルシア
装甲の補修が終わるとヴェンデロートは下山を開始した。
外は相変わらず雪が降っている状態だか、身を隠して移動するのには好都合である。
「ここからフランスのアルザス地方を通って、どうするかですね、当初の予定では出来るだけ陸路を通り、フランスのオルレアン基地などユーラシア連邦に所属する各基地での補給も考えていたのですが」
オルレアン基地はフランス中央部にあるユーラシア連邦の基地の1つである。
「まさか、これほどザフト側の侵略が進んでいるとはな、これでは我々の領内にいるのに、敵の勢力圏下を進むようなものだ」
副艦長とホバートは卓上に表示された地図のパネルを見ながら今後の方針に関して話し合っていた。
副艦長の手が現在地の北に上っていき、フランスとイギリスの間の海峡、ドーバー海峡を示す。
「ここは一度ユーラシア連邦の首都ブリュッセル、そしてイギリス領内に入ってからアイルランドに向かうべきかと、大西洋連邦の勢力圏下であれば、まだザフトは追って来ないはずです」
「アタランテの考えはどうなっている?」
<その意見には賛成しかねますね。副艦長>
アタランテが副艦長の意見に拒否反応を示す。
<お忘れですか?オルレアン基地での補給は重要物資の受領及びデータの受け渡しも兼ねているのですよ。これは優先事項です。>
データと言うのはアタランテシステムの事である。シルバニア基地での基地防衛の防戦データを届ける事もこの作戦の重要な任務であった。
「しかし、我々がこのまま進路をオルレアン基地に向けても……北には我が軍の首都ブリュッセルもありますし、そこでアイルランド基地に行くまでの補給とデータの受け渡しを行い、データに関してはそこから他の基地に移して貰えれば」
<それではオルレアン基地が落ちますよ、最近のヨーロッパ戦線の状況から見て次に狙われる可能性が高いのはこの基地ですから>
副艦長の言葉を最後まで言わせずにアタランテが遮った。
「ここは予定通りオルレアンへ向かおう、任務は順序にそって遂行せねばならないのだから」
ホバートはいつものようにアタランテに賛同する姿勢を見せる。
副艦長も多数決で負けた形となるため、それ以上苦言を言うことは無かった。
雪上を滑るようにヴェンデロートは進んでいく
◇◇◇
ザフト軍所属 フランス ボルドー=メリニャック空軍基地
エール・リベルタはフランスの西側にあるボルドー空軍基地で補給を行っていた。
この基地は元々ユーラシア連邦の空軍基地であったがザフト軍によって攻略され前線基地の一つとして利用されていた。
既に滑走路の補修作業も終わり基地としての機能を取り戻している。
そのエール・リベルタの機内でキャミッサーはある小隊との交信を行っている。
「『犬小屋』の情報、もっとこっちによこしてくれても良かったんじゃないか?ええ?キャミッサーさんよ、こっちはまた部下とMSを失ったんだが」
画面に映っている紫色の髪の人物が吠えた。
ハバリー・フランキー、バクゥ隊を率いる隊長である。
「『犬小屋』に関しての情報はこちらが持っているものは写真付きで全てジブラルタル基地に送ったものが全てです」
『犬小屋』はヴェンデロートのザフト側での別称である。その箱の様な外見、バクゥをケーブルで繋いでいる事から誰かがそう呼び、それが別称として定着している。
「あの人型が持ってたレールガンに関しては何も書いていなかったが?」
「我々の時には人型は撃ってすら来ませんでしたからね、武装の把握のしようもありませんよ」
キャミッサーが答える。
フランキーはまだ納得していないようだったが
「誰かと違って高速戦はお家芸じゃないんでね、一応尾行してはいるが、こっちも『オルレアン基地』の攻略の準備もしなければならんのでね、そろそろ切り上げさせてもらうわ」
『オルレアン基地』の攻略は前々から計画されている事であった。
「それじゃ、ロスに伝えてくれ、『オルレアンで会おう』とな」
と言い残すと通信が一方的に切られた。
キャミッサーはオペレーターと顔を見合わせる。
「やれやれ、フランキーめ、勝手に攻撃を仕掛け、撃墜できなかったのをこちらに八つ当たりするとは」
キャミッサーが苦言を言う。
とはいえ、「犬小屋」の情報をジブラルタル基地に伝えた時点で、武勲欲しさに他の部隊が独断で攻撃を仕掛ける事は想定済みであった。
この空軍基地もヨーロッパ・アフリカ各地に散らばっているある一隊のおかげで占領できたのである。
「ジブラルタル基地からは「目標の周辺部隊は協力して作戦を遂行せよ。」との返答が来ておりますが」
オペレーターが口を挟む。
要するにジブラルタル基地は「協力して作戦を遂行せよ」と判断したようだ。
その時、新基地司令との会談を終えたロス機長がブリッジに戻ってきた。
傍らにはアネットも一緒である。
「留守中ご苦労だった。何か変わった所はあったかね?」
「は、フランキー隊より、『犬小屋』と交戦したと報告が入って来ております。また目標は下山を開始し、現在それを尾行中であるとの事です。」
キャミッサーが留守中の状況報告を簡潔に行う。
「彼にはこちらが補給を受ける間の監視を頼んでいたのだが、ずいぶんと気が早いな」
ロス機長は帽子をアネットに預けながら言う。
オペレーターがキャミッサーに目配せをするが、バクゥが撃墜された事は伏せる事にした。
余計な心配をさせるのは得策ではないだろう。
「それで、こちらがジブラルタル基地に要求した増援はどうなっている?」
「それに関してジブラルタル基地からは、カラサワ隊長率いるディン4機が中型輸送機にて出発されたと言うことです。」
オペレーターとロス機長の会話にキャミッサーは眉を潜めた。
(……独占欲が無い臆病者と見るべきか、それとも慎重を期した利口者と見るべきなのか)
キャミッサーの考えでは当初、エール・リベルタ単独で『犬小屋』を仕留める算段であった。
が、既に機長自らジブラルタル基地だけでなく、各部隊に増援を求めていた事は機長の秘書官であるアネットから伝えられていた。
赤服でもある彼女はキャミッサーの乗機である早期警戒・空中指揮型ディン特殊電子戦仕様のオペレーターも勤めている。
「しかし、我々の方に戦力を割いて「足付き」を相手にしているバルドフェルド隊の方は大丈夫なのか?」
「ジブラルタル基地からはバルドフェルド隊には既にザウート2機に加えてデュエル、バスターを増援に送ったのでこちらにはディンをという事でした。」
キャミッサーの疑問にオペレーターがジブラルタル基地からの回答を伝えた。
ザウートはザフト軍の陸戦型重MSである。
頭部はジンと似たようなモノアイだが赤茶色のボディー、それに大型の固定火器である2連キャノンと2連副砲を備えている。またキャタピラーを展開しタンク形態にもなれる。
その分重量は増えており、機動性、運動性は他のMSに比べて著しく低下している。
「限られた兵力から増援を出して頂けたのはありがたいが、そのどちらも無駄にならなければ良いがな」
バルドフェルド隊の主兵力は高速機動に優れたバクゥである。
そこに鈍足のザウートを送るとは、恐らくジブラルタル基地の上層部に何か含む所があるのではないかとキャミッサーは考えた。
奪取したG兵器2種も増援に送っているのだからそんな些細な理由ではないだろうが。
「増援が到着しだい、我々も追撃を再開しよう。オルレアン攻略作戦前に『犬小屋』には退場願いたいからね」
そうロス機長はつぶやくと、いつもの自分の席に腰を降ろした。