白のエルフさん   作:あじぽんぽん

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喫茶店カネダ

 全ての事情を聞いた良子は、師夫婦の修羅場に半泣き状態だったシロウを胸の中に抱きしめて、「シロちゃん辛かったわね、大変だったわね」と優しく撫でてくれた。

 亡き母を思い出させる良子のふくよかな胸の温かさ、そして言葉に、シロウは取り替えっ子病にかかってまだ一日しか経っていない事に気がついた。

 

 シロウは恐怖を覚えた……なぜ忘れていたのだろう?

 

 異人種、しかも女になっているというのに違和感もなく順応していた事実。

 昨夜の事を思い出す……シェルルと一緒に風呂に入ったときもなにも感じず、女の体を十五年付き合ってきた体のように普通に洗っていた。

 それ以外にも、性別が違えば戸惑うはずの行動が昨日の今日でまったくなかったのだ。

 シロウは己が生きてきた足場が崩れていくような不安を感じてしまい、ますます泣いてしまう。

 

「ああ、泣かないで……大丈夫よ、大丈夫だからねシロちゃん。何かあっても私達が守ってあげるからね? ね、そうよねパパさん?」

「うん、そうだよ。シロ君はうちの家族みたいなものだ。ボク達がついているから、なにも心配しなくていいからね?」

「うぅ、えっぐ、りょ、良子さん、げ、源五郎さん……」

 

 抱き合うシロと良子を源五郎の大きくて太い腕がさらに抱きしめた。

 三人とも種族は違うが、まるで本物の家族のようであった。

 師夫婦の優しさに、唯々、エルフの少女は安堵して美しい泣き顔を見せる。

 

 そんな時である、リリリリリリリリッ!! と良子のメイド服のポケットから音が鳴ったのだ

 

「あ、あら、ごめんなさい電話みたいね?」

 

 良子はメイド服のポケットからスマホを取りだした。

 

「うん? 葵ちゃんみたいだけど、どうしたのかしら?」

 

 その言葉にシロウと源五郎は顔を見合わせた。

 春日葵――喫茶店カネダにアルバイトに来てくれる良子の親戚の女子大生である。

 

「はい、はい……え、葵ちゃん大丈夫なの? ううん、こっちは平気だから無理しないで、ええ、ゆっくりと休養をとって体を休めてね。はい、はい、お大事にしてください」

 

 電話が終わったらしい良子がため息をついた。

 

「どうしたんだいママさん?」

「それがね、葵ちゃん急な熱が出てしまってバイトを休む事になったのよ」

「あらぁ、それは大変だぁ……。ああっ!? 今日は休日で客の入りが多い日だ!! 二人だと手が足りないよね!?」

「え、ええ……どうしましょうパパさん!?」

 

 先程のシロウに見せた頼もしい姿はどこにやら、途端におろおろしだす金田夫妻。

 種族は違えど実に似たもの夫婦である。

 

「あ、あの……僕が手伝いますか?」

 

 そんな頼りがいのなさそうな二人に、エルフの少女は涙を拭きながら申し出る。

 以前から葵が休みで忙しい時は、シロウも喫茶店の手伝いをしていた。

 何よりも家族(・・)のピンチである……下ごしらえと料理だしをする程度だったが、いないよりはマシだろうとシロウは考えたのだ。

 

「え、シロちゃん、そんな状態でしょう? 大丈夫なの?」

「へ、平気です」

「でもエルフで、女の子の慣れない体でしょう?」

「あ、その……正直に言うと人間の時より体が軽いんです、なぜか分かりませんけど……。あ、い、いいですよねカナメさん?」

「ん? ああ、シロがやりたいのなら私は構わないさ」

 

 横で腕組みして静かに見守っていたカナメに了解をとるシロウ。

 良子は「ええ、どうしましょう?」と頬に手を当て悩んでしまう。

 

「まあ、シロ君がこう言ってくれているんだし、折角だし手伝ってもらおうかママさん」

「……そうね。それじゃシロちゃん、申し訳ないけどお願いしますね」

「は、はい、任せてください!!」

 

 自分の豊かな胸をぽよんっと叩くエルフの少女、柔和な眉がキュとあがる。

 しかし、シロウの珍しく気合いの入った表情も良子の次の発言で呆気なく崩れてしまう。

 

「それじゃ、シロちゃん用に制服を合せましょうね」

「え……?」

「うふふ、シロちゃん。おばさんはね、年頃の女の子のお洋服の着せ替えとか、着付けか一度してみたかったのよ?」

「あ、あの……制服って?」

「メイド服よ~。もしも自分に女の子が生まれたら絶対にしてみたいと思ってたのよね。ありがとうシロちゃん! おばさんの夢が一つかなったわぁ~」

「え、えええ!?」

 

 エルフの少女の手を握り、上下に振って大喜びの金田夫人の良子さん。

 シロウが慌てて師の源五郎に救いを求めれば、整えている髭面の顔、その片目をチャーミングにつむり両手で拝む『お願いシロ君』のポーズ。

 さらにシロウが救いを求めて見たカナメは苦笑いしながら首を横に振った。

 どうやらエルフの少女がメイド服を着けるのは彼らの中では決定事項らしい。

 シロウは生まれて初めて着る事となったスカートに……震えた。

 

 

 生まれて初めて着たメイド服。

 スカートは長いのに足がスースーとしていてひどく心細くなる。

 パンツが見えるのではないかと心配になるような短いスカートを履く女の子も世の中にはいる。

 どうして彼女達は平気なんだろう……シロウはそんな事をぼんやりと思った。

 

「まあ、シロちゃん、本当に似合うわぁ~!!」

 

 ぱんっと手を叩き、にこにこと嬉しそうに笑う良子。

 シロウが着ているのは、ヴィクトリアとか耽美との副題が付きそうなメイド服である。

 

「あ、ありがとうございます……」

「でも、私のメイド服だと全体的にぶかぶかねぇ……。腰の位置が物凄く高いし、葵ちゃんのだと胸がきつくなるしで、シロちゃんは日本人離れした体格だわ。骨格そのものがアニメみたいな華奢な感じで人間種とは違うみたい? 流石はエルフさんねぇ?」

「は、はあ……?」

「胸は大丈夫、きつくない? 腰位置に合わせたらスカートの裾は少し短くなるけど、でもこれはこれで若者らしくていいかな? 余っているところは安全ピンで止めましょうか、後でシロちゃん用の制服も用意するからね~」

「………………」

 

 ハイテンションな良子によるマシンガントーク。

 両手を合わせて微笑む良子に、エルフの少女はしなびた梅干しのような顔をしてしまう。

 後で制服を用意するって!? ……次もあるのかとシロウは再び震えた。

 そんなやり取りをしている二人の前に、現れたのはコック服を着た源五郎だった。

 幻想の住人ドワーフ、ビヤ樽体形の源五郎はコック姿が異様なほどさまになっていた。

 

「おうおう、シロ君か、どこの美しいお嬢さんが現れたかと思ったよ」

「やっぱり、こういう服は外人さん(・・・・)のほうが似合うわよねぇ?」

「そうだねママさん。でもボクはママさんのメイド姿のほうが好きだよ?」

「あら、もう、やだわ、パパさんったら……」

 

 すかさずマイワイフを褒める源五郎、小まめなスキンシップ、これが夫婦円満の秘訣だろうか?

 良子も見え透いたご機嫌取りと分かっていてもご機嫌(・・・)になってしまう。

 二人は実にお似合いのおしどり夫婦であった。

 

 そんな甘いやり取りをする源五郎の後ろから、甘くない強面のカナメが現れる。

 Tシャツにズボンという格好、筋肉で盛り上がった胸にエプロンを着けていた。

 190cmという日本人離れした身長と体格のせいか、フリーサイズのエプロンがひどく小さく見える。

 

「お、似合っているぞシロ。お人形さんみたいで部屋に飾って置きたいくらいだ」

「ありがとうございますカナメさん……あの、何でこうなったんでしょう?」

「さあ? なんでだろうなぁ?」

 

 シロウは現状に納得してなさそうだ。

 エルフの少女はロングスカートをカテーシーでもするかのように両手でつまみあげた。

 綺麗な生足が膝まででる、それだけの仕草でも華麗に可憐である。

 珍しく不満じみた様子をだすシロウの頭をカナメは微笑みながら撫でるのであった。

 

「いやぁ、助かったよカナメ君! まさか手伝ってくれるとは、何でも言ってみるもんだね? まさに君は喫茶カネダの救世主だ!!」

 

 シロウが手伝う事になったあと、なぜかカナメも臨時の手伝いを頼まれたのだ。

 普通に考えて弟子の知り合いとはいえ出会ったばかりの他人に、しかも強面の鬼に仕事を頼むとは……だが源五郎の細かい事は気にしない豪快な性格は、カナメも嫌いではなかった。

 

「少し大げさですよ源五郎さん。女子こ……学生時代にレストランでバイトをした事はありますが、過分な期待はしないでくださいよ?」

「いやいや、この分(・・・)だと、今日は混みそうだからね。人手は多いほうがいい、なあママさん?」

「ふふ、そうですねパパさん」

 

 メイドなエルフの少女を見ると、うふふと笑いあう金田夫妻。

 何となく察した勘のいいカナメと、よく理解してない鈍いシロウの姿があった。

 

 

 その日、喫茶店カネダは大賑わいをみせ、開店以来一番の売り上げを出した。

 

 シロウは客としてきた若い男達からスマホの連絡先交換を頼まれて何度も戸惑ってしまう。

 苦手とする押しが強そうなリア充でファッショナブルな若者達だった。

 それ以前にシロウはスマホを持っていない。

 しかしそのつど、「うちの妹(・・・・)ですが、なにか問題がありましたか?」と鬼の青年カナメがフォローしてくれたので、対人が苦手なシロウでも何とか仕事をこなす事ができたのである。

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