シロウが喫茶店カネダでの仕事を終える頃には夕方をすぎていた。
途中、小さなトラブルがいくつかあったものの、仕事自体は予想以上に上手くこなす事ができシロウは自分自身でも驚いていた。
対人恐怖症の毛があったシロウだが、店にいた客の視線があまり気にならなかった。
それどころか恐々だが見も知らぬ他人と普通に会話する事ができたのだ。
「シロちゃんにカナメさん、お店を回せたのは二人のお陰よ、本当にありがとうね」
「特にシロ君は慣れない仕事でもよく頑張ってくれたね」
シロウの性格を知っている源五郎、実はひやひやしながら見守っていたのだ。
「え……い、いいえ! そんなに大した事はしてないですっ!?」
「そうでもないさ、お客の人気も凄かったし、だいぶ活躍していたなシロ」
男のときはトロくさくて不器用な様子も、エルフの美少女の場合は恥ずかしがり屋のお嬢さん的にプラス補正されて見られるらしい。
そのエルフの少女への男女問わずの困ったラブコールに対処してくれたのが、普通に仕事をこなしていたカナメである。
にこにこと微笑みながらシロウを褒める良子と源五郎。
そしてカナメにも褒められてしまい、エルフの少女は嬉しくて耳をピンと立ててしまう。
シロウは喜びのあまり、また次も喫茶店の手伝いをする事をあっさりと約束してしまった。
そんな安上がりなエルフの少女に鬼の青年は苦笑をしたのである。
金田夫婦に挨拶をして、シロウはカナメと一緒に喫茶店カネダを後にした。
帰り道にシロウ達はスーパーに立ち寄る。
昨夜から二人に増えてしまった
買い物の途中で、留守番をしている同居人の欲する物を思い出してお酒コーナーに行くと、奇跡的に一本だけ置いてあった小さな瓶を手に入れる事ができた。
「ん、それはハチミツ酒か? 珍しいモノを買うな?」
「あ、はい、その……料理に使おうかと思って」
「へぇ、シロは自炊をしているのか。ひょっとしてお菓子とかも作れたりするのか?」
買い物カゴを持つ姿が意外と似合うカナメに尋ねられた。
シロウに付き合って買い物をしていた彼は、お酒を無造作にカゴの中に入れていく。
「ええっと……お菓子も作れない事はないと思いますレシピさえあれば」
シロウは母の誕生日にチョコムースケーキを作った事が何度かあった。
味はともかくとして、見た目はあまり良くなかったが母は喜んで食べてくれた。
「本当か? シロは凄いなぁ」
感心したようなカナメの声に照れくささを感じて、うつむくシロウ。
ふと見たカナメが持つカゴの中には、麺類やカレーといったインスタントやレトルト食品が大量に入っていた。
「カナメさんはインスタントが多いんですか?」
「ん、ああ……まあ、あとは外食かな」
節制をしているシロウだが、安すぎる食材やインスタントは極力手にしないようにしていた。
天涯孤独の身である、体を壊せば誰も頼る者がいないので健康には気を使っているのだ。
カナメのカゴには他に一升瓶の日本酒と焼酎、そして6缶パックのビール、お惣菜の春雨サラダや肉じゃがなどが入っている。
鬼は酒好きと聞くが独り身の哀愁が漂っていた。
「あの、インスタントとか外食ばかりだと体に良くないし、カナメさんも自炊してみたらどうですか? 今は専用の調味料とかもあるから料理ってそれほど難しくないです」
「ふむ……」
「あ、例えば肉じゃがの材料のジャガイモ、玉ねぎ、人参や鶏肉の組み合わせは他にも色々作れるし、保存も効くので買っておくと何かと便利ですよ」
「うん、そうだな……」
シロウはカナメの健康を気遣い自炊する事を勧めてみたのだが、ひどく曖昧な返答である。
彼の反応の薄さに余計なお世話だったのかとシロウは思った。
シロウは一人暮らしが長く、母子家庭だったため同年代の者と比べても料理はできる方だ。
数少ない得意分野である、そのため珍しく熱心に話しすぎてカナメを不快にさせたのかと後ろ向きな気持ちになった。
エルフの少女は長い耳を垂れさげてシュンとしてしまう。
「すいません……言いすぎましたか?」
「え、いや、そうでなくてだな」
カナメは太い指で眼鏡のブリッジを摘まみ上げると、ばつが悪そうに語る。
「どうにも私は料理をする才能ってやつが致命的に欠けているらしくてな……兄達にも家畜の餌と罵られる始末で……なので健康のためにも作らない事にしているんだよ」
インスタントのほうが体に良いレベルの料理ってっ!?
シロウは驚愕してしまうが、レシピ通りに料理を作れない人間は世の中に一定数いるのだ。
「カナメさん、肉じゃがでよければ、あとで作って持って行きますか?」
「……い、いいのかシロ? て、手作りの肉じゃがだぞ!?」
「え、ええ、その程度でよければいつでも?」
カナメの厳つい鬼の顔がぱっーと喜色に染まった。
いつもの彼の冷静ぶりはどこにやら、思った以上の反応と食いつきにシロウは驚いてしまう。
そしてその喜ぶ様子に、鬼の青年の普段の食事情をシロウでも理解する事が出来た。
何でも出来る大人に思えたカナメだが苦手な事はあったらしい。
シロウは世話になっているカナメにやっとお礼ができると拳をギュと握り、肉じゃがと適当に何かを作って持っていってあげようと決意したのだ。
カナメとはアパートの前で別れた。彼はこれから野暮用があるのだとか。
たくましい後姿を見送って帰宅したシロウが見たのは、子供のように泣きじゃくるシェルルと焦げ臭い煙をあげているDVDデッキであった。
『えっぐ、えっぐ、わーん!! シロシロ~!!』
「わ、わ、なにこれっ!?」
シロウは両手の買い物袋を放りだすと、慌ててDVDデッキのコンセントを引っこ抜いた。
思った以上にコードが熱くシロウの肝が一瞬で冷えてしまう。
熱を持ったDVDデッキを抱えて投げるように玄関先に置くと、消化用の水を鍋に汲んだ。
しばらく見ていたが薄っすらと煙が出ているが燃える様子はなさそうだ。
どうやら大丈夫だと安心し、それからグズグスと泣いていたシェルルに問いかけてみた。
『な、何もしてないけど、いきなり壊れたのさぁ!?』
「え? うーん」
彼女の言葉どおりDVDデッキには何かをしたような痕跡は無かった。
恐らくは寿命で壊れてしまったのだろうとシロウは結論づける。
信頼性の高い我らが大日本帝国製とはいえ十年以上前から使っていたデッキである。しかも一年は使用していなかった。
埃が内部に溜まって焼け焦げてしまったのかもしれない。
母から買って貰った物だが形あるものはいずれ壊れる……それに『魔法少女タフ&クール』のDVDセットは残っている、そう考えシロウはそっとため息をついた。
「ふぅ、シェルルが無事でよかったよ」
『う、うん……ごめんなのさ……シロシロ……』
シェルルに対して怒る気持ちはない。
ただ安心したシロウは家族の小さい頭を優しく撫でたのだ。
シロウは落ち込むシェルルにハチミツ酒の水割をだしてあげた。
ちょっとだけ飲んでみたが、甘くてお酒というよりハチミツのジュースのようである。
ショボンとしていた風精霊は思いがけないサプライスに驚き、少しだけ元気になると味わうようにコクコクと飲んだ。
その小さな姿を覗いながらシロウは肉じゃがを作りに取りかかった。
食材を切るシロウ、慣れたもので専業主婦並みの手際である。
元々が簡単な煮込み料理であることもあり、流れるような手つきで鍋に入れた食材を火にかけた。
カナメに渡す分も考えて多めの分量で、お酒にも合うようにやや濃い目の味付けで調整した。
シロウは薄味が好みだが、作りたて肉じゃがは食材にそれほど味が染み込まないので問題はない。
酒のつまみとして母直伝の昆布の佃煮も作ってみた。
久しぶりだが思いのほか上手くでき、それだけで嬉しくなるシロウ。
口に合うといいけど、と思いながらタッパーに詰め込んだ。
それからハチミツ酒を飲み干したシェルルと遅めの夕飯を食べる事にした。
『アタシが悪かったのかなぁ……』
シェルル用に買ってきた幼児用の小さなお茶碗。
ご飯の上に肉じゃがを乗っけて、スプーンでモシャモシャと食べるシェルル。
朝方の元気はなく、電源が入らなくなったDVDデッキに何度も視線を向けている。
シロウはシェルルのそんな様子を意外に思った。
精霊とは人間の常識が通じない相手である。
しかし、シェルルの気質は人間に近く、まるで物を大事にする日本人のような精神性を持っていると感じられた。
そして――
『折角、エローフプリンセスが出てきたのにさぁ……』
シェルルはため息をつき、本当に残念そうに呟くのだ。
エローフ姫ならともかく、変身するエローフプリンセスが出てくるのは第二シーズンである。
風精霊はシロウが出かけている間に、ぶっ通しで『魔法少女タフ&クール』の第一シーズンの二十四話を鑑賞したらしい。
シェルルがそんなに『魔法少女タフ&クール』ハマったのかとシロウは驚いた。
同時にかつて自分が好きだったものを、シェルルも好きになってくれた事に嬉しさを覚える。
しょんぼりとしながら食事をするシェルルを眺めつつ、シロウは近所の家電量販店の折り込み広告のチラシを引っ張り出したのだ。