その日、商店街のファーストフード店では、珍しい客が訪れていた。
『シロシロ~、これ本当に美味しいのさぁ!!』
「うん、勇気だして、お店に入ってみてよかったね!」
『ねね、シロシロ、この照り焼きチキンバーガーをもう一個、もう一個だけ頼んでもいい!?』
「え、ええっ?」
二人分のセットメニューをテーブルに置いて食事をしているエルフの少女。
ご想像通りシロウと、そして風精霊のシェルルであった。
今日のシロウは、カナメにもらった無地のシャツに女物のズボンという活発的な出で立ちだが、エルフ補正なのだろうか? 不思議と上品でフェミニンな雰囲気である。
そのテーブルの足元には、購入したばかりの電化製品の箱が置かれていた。
『シロシロ~お願い~』
照り焼きチキンを欲し、シェルルが小さな手の平を合わせて哀れな声で懇願する。
シロウは口をムニムニとさせながら、しばらくシェルルを見ていたが、やがてため息をついた。
新しいDVDプレイヤーを買うために、シロウたちは商店街の家電量販店を訪れた。
そして無事に手にする事ができたのだが……何故かDVDプレイヤーではなく、その数倍の値段がするブルーレイレコーダーを購入していた。
若い男性店員が、高額な電化製品を半額まで下げてくれたので買わざる得なかったともいう。
以前のシロウならば、店員の巧妙なセールストークに乗せられた自分に自己嫌悪をしていただろうが、今は「大日本帝国製、しかも高級品が安く買えたんだから得したと思わなければ!」と微妙に前向きな考えをするようになっていた。
ちなみにシロウは、ブルーレイレコーダーがどういう家電なのかはよく知らない。
そのあと、シェルルがファーストフード店に興味をひかれ、シロウも散財はしたくないけどハンバーガーくらいならばと入ってみたのだ。
しかし、普段はファーストフードどころか、外食する事も碌にないシロウである。
お店に入るのにもドキドキ、注文の仕方がよく分からなくて心臓をバクバク、それでもなんとかお勧めセットメニューを頼む事ができた。
以前のシロウとは違い、清水の舞台から飛び降りるのに匹敵する勇気をだせば、見ず知らずの他人にも話し掛けられるようになっていた。
微妙に誤差レベルであるがシロウも成長をしているようだ。
そんなシロウの前を通りがかったのは、先ほど注文の仕方を丁寧に教えてくれた店員。
その事に勇気づけられ、シロウは追加注文をするために呼び止めた。
「て、店員さん…………ちゅ、ちゅ、ちゅ……」
「はい何ですか? ……ちゅ、ちゅ、ちゅ?」
だが悲しいかな、同年代らしき少女相手では中学時代のトラウマは払拭できず、酷い緊張で言葉がどもってしまう。
それに対して不思議そうな顔をしていた店員はハッとし、そして口元を手で押さえた。
「チュ……? ま、まさか、キ、キスですかぁ!?」
赤面する彼女に、どうして!? と、シロウは心の中で悲鳴をあげた。
「ち、違います! つ、追加で注文してもいいですか!?」
「あ!? は、はい、失礼しました! ご、ご注文をどうぞっ!!」
「て、照り焼き、チキンバーガーを追加で……え、えっと、二個です!」
困難に立ち向かうエルフの少女を尻目に、シェルルはシロウの食べ掛けのバーガーを幸せそうにムシャムシャと平らげていたのだ。
「うぅ……ひどいよシェルル」
『ご、ごめんなのさ……この照り焼きの魔力がいけないのさぁ……』
追加注文と共に、サイドメニューの大きなビスケットまでサービスされた。
「いっぱい食べる女の子って素敵だと思います」
頬を染めた店員からそう言われて、風精霊のシェルルが普通の人には見えない事に改めて気づき、そして一人で二人分の食事をとる自分という構図にシロウは切なくなった。
ともあれ捨て値で購入できたブルーレイレコーダーといい、先程のサービスといい、シロウは男女問わずに魅了するエルフの美貌について、もっと自覚をもったほうがいいだろう。
『ふ~食べた、食べたさねぇ~』
「え、シェルル、もう食べないの?」
『う~ん、ごめんシロシロ、もうポンポンに入らないさねぇ』
漫画のように膨らんだお腹を、ポンポンと叩くシェルル。
二人分のセットメニューを頼んでしまったが、シェルルは照り焼きチキンバーガー(x3)しか食べない偏食をしたので、テーブルの上にはバーガー以外が二人前ずつ綺麗に残っていた。
サラダに、コーラ、そしてサービス品のビスケットである。
これ、持ち帰りにできるんだろうか……。
しかし、何度も店員にたずねるのは……。
シロウが全てを今ここで平らげるか、それとも勇気を出して店員に質問するかの、どうでもいい天秤を揺らしていたとき、お店の自動ドアが開いて外から客が入ってきた。
このファーストフード店は繁盛しているようだが、持ち帰りをする客のほうが多く、シロウ達のように店内で食事をしていく者は殆どいなかった。
シロウたちの他には、幅広つばの日よけ帽子をかぶった背広姿の男性しかいない。
入店してきたのは、夏用のスーツ姿の女性と小さい女の子……どうやら親子連れのようだ。
シロウはその組み合わせが何となく気になって目を向ける。
すると偶然、あるいは必然だろうか、小さい女の子と視線が合った。
その瞬間、シロウの本能が最大限に警戒音を鳴らした。
シロウが照り焼きのチキンバーガーで顔を隠そうとするよりも早く。
「ああ――――!! エローフ姫だ――――!!」
公園で出会った幼女のメグちゃんに、顔中を口にされて叫ばれたのだ。
ひぇぇぇぇぇ!? シロウは心の中で悲鳴をあげた。
しかも幼女メグちゃんは何を思ったのか、もの凄い笑顔でシロウの元に駆け寄ってきた。
「エローフ姫! エローフ姫! ママー! ここでご飯食べたいー!」
硬直するエルフ少女の腕を取り、メグちゃんは両手で嬉しそうにブンブンと振りまわしながら跳ね飛びた。
シロウの悪夢、再びである。
「メグ~、皆さんの迷惑になるから、お店の中では騒いではいけませんよ?」
そう嗜めるのは、きちんとしたメイクの仕事ができそうな雰囲気の女性。
違いますお母さん、そういう問題ではありませんよ!?
シロウのそんな声はもちろん伝わらない。
メグちゃんママはシロウを見ると。
「あ、あら、あなたはあのときの……うふふ、エローフプリンセスさんね?」
「――!!」
シロウは数日前の黒歴史を掘り起こされて、恥ずかしさのあまりテーブルに顔を突っ伏した。
「ごめんなさいね、一人でくつろいでいるところを」
「いいえ、問題ありません」
そしてメグちゃん母子と、何故かご飯を一緒に食べる事になった。
「あら、
「………………」
メグちゃんママこと
「ねね、エローフ姫、これ、たべる?」
メグちゃんこと
そんな幼女の善意にシロウの心が温かくなる。
「ありがとうメグちゃん、でも、自分の分があるから大丈夫だよ」
今のシロウには、二人分のセットメニューを片付ける使命があるのだ。
「えー、これ美味しいよぉ?」
「メ~グ、あまりエローフ姫を困らせちゃだめよ?」
「う~ん……はーい」
救いの手はメグちゃんのママ。
彼女は、シロウの前に置かれたサラダやビスケットなどを見ながら。
「それに、こんなに注文してますものね?」
「これは……その……店員さんに勧められて、色々食べたくなって、つい……」
「ああ、うんうん、何だかわかる。木森さんって少し流されやすそうですものね、うふふ」
「うふふ」
メグちゃん母子はそっくりな表情で、うふふと笑った。
少しどころか、かなり流されやすいシロウとしては返す言葉がない。
「でも、木森さんに会えて良かったわ」
「え、な、何でですか?」
「メグったら、あの日以来、エローフ姫、エローフ姫ってうるさくてね。
「本物って……」
メグはチキンを手に持ったまま小さく口を開き、不思議そうに宙を見あげている。
その視線の先では、シェルルが空中で、ベリーダンスもどきを踊っていた。
「うふふ、この子ね、あのときの動画とか、暇さえあれば毎日観ているくらいなのよ」
「動画ですか?」
「ええ、ちょっと待ってね……これなんだけど」
そう言って加奈子がスマホを取りだし操作して、映っている動画をシロウに見せる。
普段、縁のない類の文明の利器に、おっかなびっくりで画面をみるエルフの少女。
「え、ええぇぇ!?」
シロウは紫水晶色の瞳を見開いて驚愕した。
動画タイトル「二次元から本物のエローフプリンセス現れる!?」
スマホの小さな画面の中では、胸だけパツンパツンなよれよれTシャツにスウェット姿のエルフ少女が、空中でくるくると可憐に回転し不思議なエフェクト(?)をまといながら。
『ハートフルセクシーダイナマイッツ!!』
と、美しいドヤ顔で決めていたのだ……しかも肉声つきである。
このエローフプリンセスとやらは、間違いなくあの日のシロウであった。
「こ、こ、こ……!?」
エルフの少女は声にならない。
「エローフプリンセス! エローフプリンセス!」
『エロプリ! シロシロ、エロプリなのさ!!』
甲高い声をあげたのは、動画に気づいたメグちゃんとシェルルの二人。
加奈子からスマホを受け取って、器用に操作し再生させるメグとその肩に乗るシェルル。
シロウがクルクルと回る動画に、二人してきゃきゃとはしゃぎだした。
「これ、え、なんで? え、なんでなんで?」
シロウは逆に顔面蒼白となる。
その様子に加奈子が。
「あ、あら、これは木森さんが、自分で投稿したものではないの?」
「ち、違います! 僕はこんな恥ずかしい姿を人に見られたくはありません!!」
おぉ、ボクっ子? などと呟く加奈子。
「あ、あの、船場さん、これって消す事は出来ないのですか?」
「ええっと……本人が承諾してないのなら、肖像権? とかプライバシーの侵害で消してもらう事は可能だとおもうけど……」
「じゃ、じゃあ……!」
勢い込むシロウに「あーでも……」と言いながら加奈子は、テーブルに置かれたスマホの動画下部をちょちょいと操作する。
そこには八桁にも迫りそうな勢いの再生数と、呆れるくらいコメント数。
美しいとか、可愛いとか、萌えとか、素晴らしいとか。
野生のエロプリとか、リアルエロフとか。
善意的なコメントが多いが、シロウにとっては痛い言葉が羅列されている。
頭がくらくらとしてきた。
「これだけ観ている人がいると、動画自体がコピーされて拡散していると思うから、木森さんには災難ですけど……完全に消すのは無理かな?」
「ハートフルセクシーダイナマイッツ!!」
『ハートフルセクシーダイナマイッツ!!』
エローフプリンセスのファンの小さな二人の声が重なる。
動画の中のエルフが、シャランと決めハートポーズをとっていた。
「そ、そんなぁ~」
リアルエローフプリンセスこと木森シロウは、頭を抱えて涙目になった。
「シロシロお姉ちゃんまたねー!!」
「うん、またねメグちゃん」
ファーストフード店の外。
ぶんぶんと手を振るメグに、シロウも小さく手を振り返した。
「木森さん、今日はお話ができて楽しかったわ」
「こちらこそ、とても楽しかったです」
「また、一緒にお茶でもしましょうね」
「は、はい、ありがとうございます!」
なぜか畏まってお礼をいうシロウに、うふふと笑う加奈子。
『ばいばいなのさー、メグメグ!!』
去っていくメグちゃん母子に、シェルルが空中で両手を振っている。
その様子に、シロウは疑問に思っていた事を聞いた。
「あのさ、メグちゃんって……シェルルの事が見えていたの?」
『ああ、たぶんぼんやりと見えて、アタシの声も聞こえていたとおもうさね』
シロウは、メグからいつの間にか
「そうなんだ……メグちゃんって才能があるのかぁ、凄いなぁ……」
精霊は魔術素養のある人間しか見えない、そう考えてのシロウの発言だったが。
『たぶん違うと思う~。あのくらい年だと、アタシらの事が見える子が多いんだけど、大人になっていくと大抵は見えなくなって、見えていた事自体を忘れてしまうのさ~』
「へぇ……」
あるいは自分も、小さいときは精霊が見えていたのだろうか?
そこでシロウは不意に思い出して気がついた。
人見知りの激しいシロウが、加奈子にそれほど緊張感を覚えず普通に話せていたわけを。
あの手をつなぐ二人の後ろ姿は、かつての、幼い頃の自分と母の姿でもあったのだ。
「……お母さんかぁ……」
久しぶりに口にした言葉は、懐かしくてほろ苦かった。
『うん、どうしたんシロシロ?』
「何でもないよ、シェルル、帰ってタフ&クールを観ようか?」
片手に持ったブルーレイレコーダーの箱を持ちあげ、エルフの少女は微笑んだ。
『おお、続き続き、観る観るさぁ!!』
大喜びする風精霊。
そうしてシロウとシェルルは家路についた。