白のエルフさん   作:あじぽんぽん

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シロウが商店街で買い物をした後のお話です


帽子屋

 カナメは商店街の裏道に足を運んでいた。

 建物と建物の間に挟まれて存在する舗装もされていない狭い場所だ。

 そんな小道を巨漢の鬼の青年はゆっくりと、何かを探るように歩いている。

 

「む……」

 

 やがて目的のものを発見したのか片膝をつくと、道端の変哲もない石を手に取った。

 裏返す……やや平べったい石には複雑な文様が描かれていた。

 

「変形しているが、やはり、似ているな……」

 

 ショルダーバッグから革製の袋を取りだして、その中に石を入れる。

 カナメはそうやって、目的の場所に辿りつくまでに三個の石を拾った。

 

「しかし、これはイタチごっこだな……」

 

 ぼやきながら裏通りを抜けると、やや開けた袋小路にでる。

 鬼の目で周辺を見通すが、雑草だらけのそこには、目に見えて分かる異常はない。

 カナメは雇い主に、さてさてどう説明したものかと嘆息しながら、眼鏡を外して折りたたみポケットに入れる。

 そして振り向きながら軽い仕草で、裏拳を放った。

 

 カナメの拳と、巨大な炎の塊がぶつかった。

 

 バシュッ! という空気が抜ける蒸発音が狭い通路で反響する。

 カナメは顔を炙る熱量に怯みもせず睨みつける。

 果たしてそこには、いつの間にか一人の男が立っていた。

 つけてきたわけではなさそうだがと、カナメは両脇の建物を眺める。

 

 男まで十歩ほどの距離だ。

 

 中肉中背の男は、この夏場だというのに背広を着け、幅広つばの日よけ帽子を深くかぶって、丸いサングラスを掛けていた。

 パチパチとおどけた様子で拍手をしながら、男はカナメを褒め称える。

 

「流石は防人の一族、高瀬(タカセ)カナメ。並の術者ならば死んでもおかしくない炎を拳の一つで掻き消すとは、いやはや、鬼神の二つ名は伊達ではありませんね」

「……そういう、無作法者のアンタは何者だ?」

「ああ、これはこれは失礼しました……。しかし、困りましたね。私、貴方と違って、それほど有名でもないので、名乗っても誰だそれは? になると思うのですが?」

 

 男は特に素性を隠したいようではなかった。

 狭い業界である、言葉通り本当に名の知れていない同業者なのかもしれない。

 

「病院送りにするにも、アンタの名前を知らないと不便だろ?」

「く、くふふふふ、そうですか、そうですね確かに……ではでは、私めの事は帽子屋とでもお呼びください」

 

 そう言って男……帽子屋は、帽子のつばを指でつかんで挨拶とする。

 

「それで帽子屋とやら、どういう了見だ? こちらはまだ仕事が残っている。それにこの後、御馳走がまっているので手短に頼みたいのだが?」

 

 先ほど殺されそうになったとは思えないカナメの発言である。

 

「いやねぇ、こちらも仕事なんですよ。ほら、あなたが拾ったその石、実は私の商売道具でして……できれば元の場所に、さり気なく、そそっと戻して頂きたいのですが?」

 

 対する帽子屋も普通ではなかった。

 カナメはショルダーバッグをポンポンと叩きながら。

 

「これがアンタの物という証拠は? 仮にアンタが持ち主でも、こんな危ない玩具を馬鹿正直に返却すると思うか?」

「まったく、まったくもって、その通りです。しかしまあ、この国にはその玩具を必要とし、楽しく遊んでいる若者も少なからずいるものでして……」

「知らん、そんな碌でもないサークル活動など止めてしまえ」

 

 冷めた表情のカナメ、彼の態度はどこまでもつれなかった。

 帽子屋は仰々しく溜息をつくと左右に首を振った。

 

「残念ですねぇ、交渉決裂ってやつですか」

「はっ、殺しから入る交渉などお里が知れる」

 

 カナメの鬼の双眼と、帽子屋の丸サングラスの奥の視線がぶつかりあう。

 帽子屋の背後が陽炎のように揺らぎ、バスケットボール大の炎の玉が三つ浮かび上がった。

 

 攻撃魔術を補助、制御するための違法魔道具……触媒の反応を察知する事ができなかった。

 

 カナメの顔がわずかに動く。

 帽子屋は素の魔力だけで、十分すぎる殺傷力をもつ魔術を発動させているのだ。

 それは拳銃も無しで、銃弾を叩いて撃つに等しい危険な行為であった。

 

「では、高瀬カナメ。始めますよ?」

 

 こんどは律儀な開始の言葉。

 カナメは無言で左手を前にだし、右手を腰に引きつけて構える。

 

「弾けて、舞え」

 

 帽子屋の言霊(じゅもん)

 炎の玉が高速で、三つ同時にカナメに襲い掛かった。

 

「しゅっ!」

 

 カナメは左手一本で炎の玉を受け流す。

 流れるような最小の動きである。

 一番最後の炎に至っては、まるでハエ叩きのように地面に落した。

 

「牽制とはいえ、こうも呆気なく迎撃されると、私、術者としての自信が無くなって……」

 

 帽子屋は言葉も途中で、慌てて後方に飛びさがった。

 その距離や、三メートルをゆうに超える驚異的なものだ。

 そして、帽子屋が先ほどいた場所には片膝をついて着地するカナメがいた。

 驚くべきは鬼の青年もである。

 カナメは息を吸う一瞬で空を切り、五メートルを超える飛び蹴りを放ったのだ。

 

「ははっ、これは恐ろしい! 油断する暇もありませんな」

「ほざくなよ」

 

 大地を爪先で蹴り、カナメはさらに追撃を掛けた。

 帽子屋から再び、三つの炎。

 その攻撃を回避し、再び受け流し、カナメは帽子屋の動きを観察した。

 カナメが弾いて建物の壁に接触した炎は一瞬で消えた……ボヤ騒ぎにならないよう帽子屋が制御しているようだ。

 目を凝らすと帽子屋の体に薄いもやが見える、驚異的な身体能力は魔術によるものか。

 攻撃魔術と肉体強化、二つ同時での魔術制御は玄人でもできる者は少ない。

 並みではない事は一目瞭然だ。

 この国の防人の家に生まれて修練し、戦ってきたカナメにも、男の底は容易には見えなかった。

 

 帽子屋が今度は炎の玉を五つ生みだし、立て続けにカナメに放つ。

 そうなると流石のカナメも動けず、その場で足止めされ防御に専念するしかない。

 しかし、帽子屋の炎もカナメの護身に阻まれて傷を負わせる事ができなかった。

 そしてそれを見届けた後、帽子屋がカナメに話し掛ける。

 

「本当は様子見のつもりでしたので、私、すぐ引く気だったのですが」

「…………」

「だがしかしです。高瀬カナメ……貴方は予想以上に危険な人のようだ」

 

 幅広つば帽子の下の顔、その口元が、言葉とは真逆に柔和に笑っている。

 瞬間、鬼の青年は、近距離で、吐きそうになるほどの濃い魔力の発生を感じた。

 たたっん、カナメはその場で太ももだけをあげる独特な足踏みを刻んだ。

 

「なので、しばらく、動けなくなる程度には怪我をしてもらいましょうか」

「…………!?」

 

 帽子屋と対峙してから、カナメは初めて後退した。

 バシュン! と、カナメの上方から襲いかかる重たい何か。

 火の粉が飛ぶ、叩きつけられたのは、形をもった太く長い炎。

 鬼の青年にも受け流せぬ、先ほどとは桁違いの熱量であった。

 

 メラメラと燃えあがる炎は、爬虫類の尻尾のような形状をしていた。

 熱で空間が歪んでいる、帽子屋の体に絡みつき、姿を現したの巨大な影。

 

「紹介します、ミスタカナメ。我がサラマンダーです」

「アンタ、精霊の支配者か!?」

 

 それは火に属する精霊、炎のトカゲ、サラマンダーであった。

 

「騒ぎに気づく人もボチボチでてきそうですし、そろそろ幕引きと致しましょうか」

 

 サラマンダーから生まれる炎が幾筋もの鞭となって、カナメに鋭く襲い掛かる。

 カナメは狭い道で回避しながら、さらに後方へとさがった。

 紙一重の攻防、しかし、すぐに袋小路まで追い詰められ逃げ場がなくなってしまう。

 鬼の青年はコンクリートの壁に背をつけ、観念したように動きを止めた。

 炎トカゲは帽子屋から離れると、六本の太く短い足をバタバタと動かしてカナメに襲い掛かった。

 質量そのものを武器とした炎のプレス攻撃だ。

 

 ドスンっと、上から襲う雪崩のような炎に、カナメは顔の前で腕を交差して防御した。

 

「ぐああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 皮膚を沸騰させる高温に、さしもの鬼の青年も叫び声をあげる。

 サラマンダーの炎の巨体にカナメの190cmを超える長身が覆い隠される。

 炎はあっという間にカナメの皮膚を焼き焦がし、そのまま彼が膝をつく、と思われた次の瞬間であった。

 

「があああああああああああぁぁぁ!!」

 

 恐るべき事に、鬼の青年がサラマンダーの体を両手でつかんだ。

 そしてみちみちと筋肉を軋ませると、体を燃やしながら、炎トカゲの太い胴体に腕をまわしてベアハッグをしたのだ。

 

「な、何と!?」

 

 今度は、サラマンダーの音にでない悲鳴があがる。

 終始、飄々としていた態度の帽子屋もその光景には驚きを禁じ得ない。

 

「霊体に近いサラマンダーの体を素手でつかみ抱きしめるとは。いやはや……信じられない事をしますね高瀬カナメ」

「そりゃまあ、あれでも一応は神だからな」

「何っ!?」

 

 帽子屋の背後からカナメ(・・・)の声がした。

 カナメの拳が、帽子屋が反応するよりも早く、その体に直撃する。

 中肉中背の帽子屋が派手に吹き飛ばされた。

 

「ちっ、浅いか……」

 

 しかし、あまり残念そうではないカナメ。

 帽子屋はカナメの攻撃を咄嗟に腕で受け、自らも後ろに飛ぶ事で威力を流したようだ。

 だがダメージは受けているらしく、受けた右手が力なく垂れさがって血がでていた。

 同時に、炎のトカゲが常人には聞こえない叫びをあげ、最初から存在していなかったかのようにかき消えた。

 

 そして帽子屋は狭い裏道で、二人のカナメに挟まれる。

 

「つっ、なるほど……そういう事ですか、それが鬼神の二つ名の由来ですか」

 

 何かに気がつき納得する帽子屋、その顔は僅かに歪み、痛みを感じているようだ。

 カナメが……サラマンダーを抱きしめて重度の火傷を負ったほうのカナメの体が、ボロボロと皮膚を剥がすように崩れ落ちる。

 それは灰になり、場に立っていたのは一人の小柄な少女であった。

 和風な衣を纏い、氷のような美貌には静けさを湛えている。

 濡れ羽の黒髪と額には二本の鬼の角。

 

「私と雇用契約(・・・・)を結んでいる鬼神アフラだ」

 

 カナメの紹介に、黒髪の美少女――鬼神アフラは無言でコクリとうなずいた。

 神と雇用契約?

 そのあまりにもな説明に帽子屋は呆気にとられ、そして笑い出した。

 

「くふふ、はははっ、いやはや、流石は長き時を刻んできた日の国だ。柱の陰にも神がいるなどと言われているだけの事はありますね」

「神様だけはあり余っている国だからな」

 

 八百万もいるし、と、カナメは心の中で付け足した。

 

「いつから切り替わってました?」

「アンタがサラマンダーを出そうとしたときかな」

「……鬼神に自分の姿を擬態させて、その間に貴方は隠形で姿を隠し、私の背後を取るまで気配を消していたのですか」

「ま、そんなところだ」

 

 カナメは帽子屋に近づきながら質問した。

 

「で、どうする? 私に連れられ自分の足で病院まで歩くか? それとも気絶させられて運ばれるか?」

 

 カナメは握った岩のような拳を見せた。

 

「ははっ、どちらも遠慮願いたいです。そういうわけで、そろそろお暇させて頂きますよ、ミスタカナメ」

 

 帽子屋はニヤリと笑うと、帽子のつばを指で挟んで持ちあげた。

 その途端に帽子屋の体が炎に包まれて一瞬で燃えあがる。

 炎はすぐに収まった。

 残ったのは焦げ目ひとつない幅広つばの日よけ帽子だけであった。

 

「やれやれ、難儀な奴だった……」

 

 そう言ってカナメは、拾いあげた帽子を自分の頭に乗せる。

 額の角が帽子のつばに微妙に引っかかり、カナメは顔をしかめた。

 

 帽子屋を捕まえる事は、特に考えてなかった。

 少し痛めつけた程度で情報を吐きだすようなタイプには見えなかったし、まだ奥の手を隠し持っていそうな感じだったからだ。

 カナメは戦闘狂というわけではないし、わざわざ無用な危険を冒す趣味もない。

 

 ――奴と会った事が、ある意味では有益な情報か。

 

「まあ、あとの事は龍王寺のほうで調べてくれるだろう」

 

 そう思案するカナメのシャツが、くいくいっと引っ張られる。

 見ると鬼神アフラがカナメを見あげて何かを言いたげに立っていた。

 

「……お神酒……」

「あー、はいはい……」

 

 カナメはショルダーバッグを探った。

 取りだしたのは変哲もないワンカップの日本酒である。

 その容器をアフラは両手で包むように握った。

 

「……御馳走様……」

 

 アフラは微笑みながら口の牙を見せて、次の瞬間には姿が消えた。

 カナメの手にはフタを開けていない、中身だけが綺麗に消失したワンカップが残った。

 

 鬼神アフラへの報酬はリーズナブルである。

 

 

 ◇

 

 

 カナメは築三十年は超える古びたアパートに戻ってきた。

 手に持つのは商店街で購入した一升瓶の日本酒。

 未成年への手土産としてはアレだが、飲み残ったら料理などに使ってもらえばいい。

 軋む階段をあがって直ぐの部屋、標識には「木森」の文字。

 扉をトントンと軽く叩いた。

 

「シロいるか? 約束通り、夕飯を馳走になりに来たのだが」

『あ、はーい、カナメさん、今開けますね!』

 

 たたっという足音。

 カナメは扉の前から一歩下がって待機した。

 

「お待たせしました!」

 

 予想通り勢いよく開かれる木森家の玄関扉。

 姿を現したのは、白銀色の髪と紫水晶の瞳、そして長い耳が特徴的な少女。

 鬼の青年の隣人、最近エルフになったばかりの木森シロウだ。

 その容姿に関して言えば美少女だな、と思う以外にカナメの感想はない。

 

「こんばんはカナメさん、上がってください」

「お邪魔します、これは手土産だ」

「ぁ、ありがとうございます」

 

 カナメが持ってきた一升瓶を、両手で受け取り礼を言うシロウ。

 そしてカナメを見あげると不思議そうな顔をする。

 

「ん、どうしたシロ?」

「あ、いえ、カナメさんが帽子を被るのは珍しいなと思って」

「ああ、これか……まあ、そうだな」

 

 大抵の被り物は、鬼の青年の額の角に引っかかるのだ。

 カナメは帽子を片手で外すと、エルフの少女の頭に乗せた。

 

「わわっ!?」

「これはシロにあげよう。つばが広いし、耳隠しにでも使ってくれ」

「は、はぁ? ありがとうございます?」

 

 

 カナメは、何故かテレビジョンから流れっ放しだった『魔法少女タフ&クール』の無印を観ながら、夕飯を食べたのである。

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